9-37. アニスとシズアはエルフの魔具職人を見付けたい
「すみません。こちらでは人探しの依頼はお受け致しかねるのですが」
「そですか」
アニス達は、ウィルポアの役場のカウンターの前に立っていた。
その目的はと言えば、エランを見付けること。
エランはウィルポアに到着後、アニス達が魔女の館へ行くことになった時に、さっさと自分の家に帰ってしまった。
魔女と関わりたくないのだろう。
家の場所を尋ねる隙も無かった。
そうしたことから、エランの家を役場で尋ねてみようと来てみたのだが、この結果。
どうしようかとアニスは後ろを振り返り、皆の顔を見る。
「あの、何処か聞けそうなところを教えて貰えませんか?」
シズアが前に出てアニスの隣に並ぶ。
物凄くしおらしい態度で。
アニスはシズアの頭を撫でてあげたくなったが、シズアが訴えかけているのは受付担当の女性職員。
余計な手出しはせず、黙って様子を見守る。
「そうですね。憲兵隊で把握しているか、お金は掛かりますが情報屋か、或いは冒険者登録しているのなら冒険者ギルド、商会に所属しているのなら商業ギルドに聞いてみるなどが思いつきますが」
「そうですか。ありがとうございます」
シズアはそれ以上は深く追求せず、礼を言うと引き下がった。
「ども」
アニスも軽く会釈をして、カウンターから離れる。
「で、どーする?」
「取り敢えず、受付の人が教えたくれた所に行ってみない?」
「そうだな。手っ取り早く済ませるために、手分けして聞きに行くか?」
「そだね。幾つに別れよか?」
アニスが提案者に目を向けると、レモンはうーんと考えた。
「最低二人で行動するとすれば三組作れるが、直ぐに連絡が取れるようにしたければ二組か?」
「あー、遠話具のこと?そだね、シズとポリーの二つだけだもんね」
「なら、二組で良いのではなくて?それほど多く行き先がある訳でもないし」
イラの言葉に全員が頷く。
それからどう分かれるかについて話し合い、レモン、ポリー、ミリアの三人が憲兵隊と情報屋に、アニスとシズア、イラ、ファリアの四人で冒険者ギルドと商業ギルドに向かうこととした。
因みに、ファリアとミリアが分かれたのは、ファリアは冒険者ギルドに行きたがり、ミリアはエランと少しでも長く行動した一人としてレモン達に付いて行った方が良いと考えたためで、喧嘩をしているのではない。
「ポリー、憲兵隊の拠点の場所を聞いておいてくれるか?」
「うん、分かった。序でだから、情報屋についても何か知らないか聞いておく」
「私もギルドの場所を聞きたいから一緒に行くわ」
そうしてシズアとポリーが再び受付の担当者と話した後、アニス達は役場の建物を出て二手に分かれた。
アニス達が最初に訪れた冒険者ギルドは、空振りに終わる。
受付で尋ねたところ、エランの名で冒険者登録された記録が無いとの返事だったのだ。
「エランの名が、偽名ということはなくて?」
「うーん、どーだろうね。偽名を使っているようには見えなかったけど」
「まだ判断するには早くない?情報ギルドに行ってみてから考えたいわね」
「シズア先生の言う通りと思うのでぇす」
「良いわ、商業ギルドに行ってみましょう」
そこで四人は商業ギルドへと赴く。
しかし、その商業ギルドの受付の反応も芳しくなかった。
「エランの名で登録された商会はありませんね。商会の従業員と言うことはありませんか?ギルドでは、商会の従業員までは把握していませんから」
「そですね。工房の職人かも知れないです」
「工房の種類は分かりますか?」
「魔具工房かなぁ」
「それなら、この近くの魔具工房を紹介しますから、そちらで聞いてみるのは如何でしょう?」
「それでお願いします」
アニスは工房の名前と地図を書いた紙を貰い、その足でその工房へと向かった。
「エラン?聞いたことのある名だが、何処の工房だったかな?」
相手をしてくれた工房主が、アニスの話に首を傾げる。
どうやらエランは偽名ではなさそうだが。所在が分からなければ先には進めない。
「エルフの職人のいる魔具工房とかで分かる?」
「そうだなぁ。この辺りでは、エルフはそこまで珍しくないから、それだけだとなぁ。何か工房の手掛かりでもあると助かるんだがな。例えば、工房の印とかだが」
「印?あー、そー言えば、この印は知ってる?」
アニスは、魔力で工房の印を描いてみせた。
「おぉ、そりゃフェルファラグ魔具工房の印だ。鶏の爪の形をしているだろう?」
「そなんだ。獰猛そうに描かれてるから鷹かと思ったけど、鶏なんだね。しかも雌鶏」
「何でも雄々しい雌鶏を想像した意匠だと聞いたことがあるな」
「雄々しい雌鶏?」
どんな雌鶏なのか想像が付かないアニス。
「悪いが俺に聞かれても分からん。何にしても、行くんだろう?確かエルフの職人がいた筈だ」
「勿論、行くつもり。場所を教えて貰っても良い?」
「そりゃ構わないさ。少し待ってくれるか?地図を描くから」
そうして有り難く手描きの地図を頂戴して、親切な工房主に別れを告げる。
「順調ね。アニーが工房印を覚えてくれていて助かったわ」
「あー、いや、あの工房の印は、例の開かない扉に埋め込まれてた魔石に焼き付けられてた紋様の奴なんだよね」
「エランの工房の印ではないってこと?」
「そーかも知れないし、違うかも。どっちにしても行ってみれば分かるよ。それに、その工房なら、扉の魔石に焼き付けられた付与魔法について、何か知ってると思うし」
「確かに、それはそうね」
フェルファラグ魔具工房に到着したアニス達は、近くにいた職人に工房主に会いたいと告げたが、応対してくれたのは職人頭のロンダルだった。
「悪いが、兄貴、いや店主は出掛けていて留守なんだ。俺で良ければ話を聞くが」
ロンダルは、髭面の厳つい表情をしたドワーフの男性だったが、アニス達に向けられた言葉は粗野なものではない。
「エランと言うエルフの魔具職人を探してるんだけど、この工房にいるかな?」
「エラン?あぁ確かにいたが、つい先日辞めたぞ。理由を尋ねたら、森の外を見てみたいから、だと言われたな。借りていた家も引き払うとのことだった」
「あー」
その返事は予想して然るべきだった。
エランは本気で精霊の森の外に出ようとしていたのだ。
「私達、森の中でエランに会ったんだよ。それで森の外のことを教える代わりに、ここまで案内して貰うってことになって」
そしてアニスは前日にウィルポアに到着してエランと別れたことをロンダルに話す。
話を聞いたロンダルは、腕組みをしてウーンと唸った。
「エランは、ここを辞めた後に顔を出したことはなかったな。昨日から今日にかけてもだ。確か、この街に両親も住んでいるんだよな。そこにいるのかも知れない」
「場所は分からない?」
「悪いが知らないんだ」
「そか」
残念だが、行き詰まった。
「なら、魔法の紋様について聞きたいんだけど?」
「どんな紋様だ?」
「七層複雑度八の紋様で、一層と七層はこんな感じ」
アニスは両手を前に出し、右手と左手の先に一層と七層の紋様を出してみせた。
「あれ、お前さん、魔力眼持ちなのか。まぁ、それは兎も角、その紋様は見たことがないな。ウチの工房印が入っているとなると、特注品だろうか。その紋様、何処で見た?」
「魔女の館の部屋の中」
「は?」
ロンダルは呆けた顔になる。
「どうして魔女の館に入ったんだ?」
「どうしてって、ウィルポアに着いた時、門番のところで魔女の館に行くようにって鍵を渡されたからだけど」
「そんなことがあるのか。うむ。魔女の館となると、やはりエランだな。最近、魔女からの依頼を受けていた筈だ。何を頼まれたかは記録に残さないことになっているから当人でないと分からないがな」
「そか。だと、やっぱりエランを探さないといけないんだ」
「そうなるな」
見解の一致を見たものの、誰にも次の策がなく、気不味い空気が漂い始める。
「そろそろお暇しない?」
「そだね」
情報が無いというのに居座るのも申し訳ない。
シズアの提案に乗っかって、工房を出ることにする。
「頼ってくれたのに、役に立てなくて悪いな」
出口に向かいながら、ロンダルが詫びてきた。
「いや、私達もエランに聞いておかなかったしね」
例え時間が掛かったとしても、この街にはいる筈だから、いずれ見付けられるだろう。
もしかしたら、レモン達がもう見付けているかも知れない。
アニスは気持ちを切り替えつつ、ロンダルの隣を歩く。
「あ、兄貴、帰って来たんだ」
出口に近付いたところで、向かい側からドワーフが一人やって来た。
「おう、ロンダル。お嬢さん達を連れてどうした?」
「エランを探してここに来たそうなんだが、俺には教えられることがなくてな。兄貴は何か知らないか?」
「エラン?この街を出たんじゃなかったか?」
「それが、この子達をここに案内して戻ってきたらしいんだよ。前に住んでた家は引き払った筈だから、実家じゃないかと思うんだが」
「エランの親御さんのところってことか?あぁ、確か親御さんは雑貨商を営んでいたんじゃなかったかな。南の商店街に店があると聞いた気がする」
おぉっ。諦めていた所に有力な情報がやって来た。
「お兄さん、ありがとっ!」
名前をまだ聞いていないので、ロンダルの兄と言うつもりで言ったのだが、相手は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「お兄さん、か。お嬢さんにそう言って貰えると嬉しいねぇ」
「そなん?でも出来れば名前は教えて欲しいかな。私はアニスだよ」
「アニスか。俺はドルトンだ。良ければドルトン兄さんとでも呼んでくれ」
「ドルトン兄さん?んー、ちょっと呼び難いなぁ」
と、首を傾げて考えること暫し。
「ドルトン兄とか?」
「ちょっとそれ、私がアニーって呼んだ時に混乱しそうだけど」
シズアが口を挟む。
「おー、そか。じゃあ、ドルトン兄ならどう?」
「それなら良いわ」
「おけ、ドルトン兄ってことで。ドルトン兄も良いよね?」
「あぁ、よろしくな、アニス」
ドルトンが差し出してきた手を、アニスが握る。
「うん、こちらこそ」
笑顔で握手をする二人だが、その脇で悲しそうな表情の男が一人。
「俺は?」
「ロンダル。だってほら、兄と弟」
と、ドルトンとロンダルを順に指し示し、その上で。
「兄と妹」
今度はドルトンと自分を指差す。
「だから、ロンダルと私は一緒」
「いや、俺の方がアニスより年上だよな」
「まぁ、そだね。じゃあ、ドルトンよりは若いからちい兄でどう?」
「名前は入らないのか?」
「じゃあ、ロンちい?」
「あー、そうなるのか。なら、ちい兄で頼む」
「おけ。じゃ、ドルトン兄に、ちい兄、二人共、今日はありがとね」
「エランが見付かると良いな」
「またウィルポアに来たら寄ってくれよ」
「うん、またね」
別れの挨拶をしながら、次って何時になるのか、まぁ二人はドワーフで長生きだから、きっとまた会えるに違いない。
「あ」
そこでふと、アニスは一つ、忘れていたことを思い出した。
「アニーどうかした?」
「雄々しい雌鶏ってどんな雌鶏か聞こうと思ってたのに忘れた」
「今は聞かない方が良さそうに思うけど」
「そか」
聞けば兄妹の絆が深まりそうな気がしつつも、シズアに従うアニスだった。
アニスが魔具工房の兄弟と友好な関係を築けたのは良かったですが、エランまで辿り着けませんでしたね。




