3-1. 間話・ダリアは商売を大きくしたい
白い雲がプカプカと浮かんでいる広い青空の下、一台の幌馬車が街道を走っていた。
幌馬車の御者台には、筋骨逞しい壮年の人狼族の男が、その隣にはやはり良く鍛えた手足を晒している人狼族の少女が座っている。
御者台の後ろ、荷室の側にも一組の男女が並んで座っていた。二人共成人しているがまだ若い。そして、御者台の二人とは異なり、戦いには向いていなさそうなひ弱な身体付きだった。
「ザイアスの街に行くのも久し振りですね、お嬢さん」
「そうね、ケビン。もう半年は行ってなかったわね。あそこには何も無かったから」
犬人族のケビンにお嬢さんと呼ばれた人族の女性、ダリアは御者台の向こうに見える道の先に目をやる。
馬車は領都ザイナッハを出たばかりで、道の先を幾ら睨んだところで目的地のザイアスが見える筈もない。しかし、そんなことはダリアには無関係なようだった。その芯の強い性格そのままに、鋭い目をギラギラと輝かせていた。
「それにしても、あの話は本当なのでしょうか。魔法で走る二輪車をザイアスの街で見掛けたって言う、あの人達の話。何か別の物を見間違えたとか」
不安そうな眼差しでケビンはダリアを見る。
「本当か嘘か、聞いた話の真偽を気にしても仕方が無いわ。百聞は一見に如かず、自分の目で見て確かめれば良いのよ。どのみちザイアスには暫く寄ってなかったから、顔繋ぎに行かなければならなかったんだし、そのついでくらいに考えておけば?期待し過ぎると、外れた時の気落ちが大きくなるわよ」
「そう言っているお嬢さんだって、話を聞いて直ぐにザイナッハを出て来たじゃないですか」
ケビンが指摘すると、ダリアはツンと顔を背けた。
「そろそろザイナッハを出ようと思っていたところだったからよ。それに早くに行動して損することはないでしょう?」
「いや、お嬢さんが噂話に直ぐ喰いつくのは昔からのことなんで、別に構わないんですけど、旅を始めた頃に比べて勢いが弱くなりましたよね。前だったら『新しい金蔓になるかも知れないから早く行くわよ』って言ってたと思うんですけど」
「あら、そうだった?私も年を取ってしまったのね」
「お嬢さんはまだ十八で、年を取ったと言うにはまだ全然早いですっ!」
惚けようとするダリアに、ケビンは容赦なく突っ込みを入れる。
「あら、そう?だったら旅の間に成長したって言えば良い?勢いがあっても実力が伴わないのでは、ただの間抜けだし。私だってそれくらい分かるようになったわ」
「僕は勢いのあるお嬢さんも好きでしたけどね」
それによって散々振り回されてもいたが、ケビンの中では楽しい思い出になっていた。
「残念ながら、人は変わる物よ。ケビンだって、旅の間に随分と背が伸びたわよね。出発した時は私よりも背が低かったのに、今では見上げないといけないもの」
「まあ、僕だって十七になりましたから。ただ、変わったのは見た目だけで、中身は変わっていませんよ」
「相変わらず非力そうなところもそのままよね」
改めてケビンの身体付きを確認しながらダリアが口にする。
「確かに僕は非力ですけど」
と、ケビンはそこでダリアの腕を片手で握った。
「お嬢さんを押さえつけられるくらいには強くなりましたよ」
ニコリと微笑むケビン。ダリアが握られた腕を外そうともがくが、硬く握られたその手から逃れることはできない。
「ケビン、あなたまさか私を力で従えると思っているんじゃないわよね」
力で逃れることはできないと諦めたダリアは、言葉での攻撃に切り替えた。
「あ、いえ、すみません。そんなつもりじゃなかったです」
ケビンは慌ててダリアから手を離す。
「分かっているのなら良いわ」
心臓がドキドキして声が裏返りそうになるのを懸命に抑えながら、強がってみせるダリアだったが、ケビンがヘタレでなければ、危なかったところだと内心では冷や汗を掻いていた。
「お嬢さんは、旦那さんから預かっている大事な人ですからね」
ダリアはそんなつもりで言ったのではなかったが、ケビンの勘違いを正そうとすると心の内を晒してしまい兼ねず、ささやかな指摘に留めることにした。
「その父様はもういないのよ」
「そうですね。残念なことです」
しんみりとするケビン。自分のことから話がそれてホッとするダリアではあったが、この場を暗くするつもりではなかったため、ワザと明るい声を出す。
「あーあ、父様が亡くなってから、もう三年半か。時が経つのも早いものね」
「はい、そう思います。旦那さんのお店は、今頃どうなっているのでしょうか」
「そんなの私の知ったことでは無いわ。まあ、店が潰れるとは思わないけど、あの糞女が未だにのさばっているのかと思うと近寄りたくはないわね」
語気が荒くなるダリア。
「お嬢さんはそうおっしゃいますが、パネラさんはこの馬車をくれたり、旅の資金も用立ててくれたじゃないですか」
「それくらい、私の権利だもの、当然よ」
パネラの話題になると、ダリアはいつも不機嫌になる。
だが、ケビンはパネラに対してそれほど悪い印象は持っていない。
確かにパネラは若かった。ダリアの父よりもダリアの方が年が近いほどには。だからダリアの父が旅先からパネラを連れてきて再婚した当初は、その若さと美貌で誑し込のだと言う尤もらしい噂も流れたものだった。
しかし、その噂は長続きしなかった。
何故なら、時が経つと共にパネラの商売人としての有能さが明らかになっていったからだった。
パネラは家の中で大人しくしているような性格ではなかった。買い付けのために各地を巡ったり、新たな取引先の開拓に取り組んだり、家を空けていることも多かった。
そうした姿を目の当たりにした店の人間たちは、直ぐにパネラに対する評価を見直した。
そんな中にあっても、ダリアはパネラのことを嫌っていた。もしかしたら、ダリアはパネラに父を取られてしまったように感じていたのかも知れないとケビンは考えている。
それで、父の死後、丁度成人になっていたダリアは公都パルナムの家を出て旅商人になった。
ダリアの旅に付いて来たのはケビンと、公都で冒険者をしていたジャコブとカーラの父娘の三人。
その一人、ケビンはダリアの一つ年下。ケビンの両親もダリアの父の店で働いていたので、幼い頃からダリアのことを知っている。店の見習いとして働き始めたのは十二歳になってから。ダリアが旅商人になると言った時に心配でたまらず付いて来た。
ジャコブとカーラは、ダリアの父の旅によく用心棒として同行していた。昔、ジャコブが父に大変世話になったとのことで、父の旅に同行しても代金は受け取らなかったらしい。その代わり、公都で寝泊まりする所は、ダリアの父が用意していたそうだ。それでダリアの父が亡くなった時、公都に居続けることができないと、ダリアに付いて来た形だ。
「ザイアスまでは八日だったっけ?」
「そうですね。途中に街が四つ、軍の砦が三つ。野宿は避けたいので、それらでそれぞれ一泊ずつすることになります」
ケビンの言葉にダリアは溜息を吐く。
「途中に軍の砦が三つとか、本当にあそこは辺鄙なところよね。その向こうに街は無いし」
「最後の二つも軍の砦ですしね。でも、近くにダンジョンが二つありますよ」
「ダンジョン産の素材集めをするなら良い所ではあるわよね」
「後は、精霊が多く住んでいると言われている迷いの森があったり、賢者様が居ると言う話もありますし」
ケビンが思い付く限りのザイアスの良い部分を挙げていくと、賢者の言葉にダリアが引っ掛かった。
「賢者様か。もし実在するのなら会ってみたいわね。他の人が知らない情報を手に入れられるかも知れないし」
ダリアは口角を上げる。
「偏屈な老人で話が通じないかも知れませんよ。人と接することが殆ど無いみたいですから。あそこの街の人間以外で賢者様に会ったと言う話を聞いたことがありません」
「でも、魔法の二輪車よりも確かな話なのでしょう?折角あそこまで行くのだし、何か成果が欲しいのよね」
商人の性か、成果が何も無いと損であり、損はしたくないと考えているようだ。
ケビンも同じ商人の端くれとして、その気持ちは理解できる。
「はい、お嬢さん。ともかくできる限りのことをやりましょう。そうすれば、きっと運命神ファタリティア様も微笑んでくださいます」
「そうだと良いわね」
ダリアは気のない返事をした。ケビンの気遣いは嬉しいのだが、残念ながら努力したからと言って必ずしも報われる訳ではないのだ。
「でもまあ、そろそろ何とかしたいところではあるけれど」
口の中で小さく呟くダリア。
「お嬢さん、何か言いましたか?」
「ん?いえ、何でもない」
ダリアは取り繕った笑みを見せるのだった。
まずは3-1.を投稿させていただきました。
「間話」としたのは、主役のアニスも、準主役のシズアも登場しないお話なので...。
さて、本作のことを考えている中で、どうしても書きたくなって先のお話を書いてしまいました。盛大なネタバレではあるのですが、目指しているところを共有するのも良いかなぁと思っています。
大体本話の二年と少し先のことになります。お読みいただければ幸いです。
「姉の心妹知らず ~まあ、それで良いんだけど~」
https://ncode.syosetu.com/n1821if/
なお、そのお話も、まだ中間地点でしかありません。
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(2023/12/30追記)
改行位置を四章以降に合わせる見直しと一部の表現見直しを実施しました。以降追記しませんが、三章すべて同様です。
あと上記の別作について、その後タイトルを変えてますが、中身は変わっておりません。




