2-10. アニスは二輪車を乗り回したい
「シズ、速いっ、揺れるー、倒れるー」
「だから倒れないって言ってるのに。ただ、もう少し道が平らな方が良いわね。変に喋ると舌を噛むかも知れないから、気を付けてね」
「舌を噛むかもじゃなくて、ゆっくり行ってよ」
二輪車の後ろに座ったアニスがシズアにしっかと抱き付きながら訴える。
アニスとシズアは、賢者タキから幾つかの風魔法を教えて貰った。その一つがエアブーストだ。エアブーストは、魔法を掛けた対象から空気を噴射させ、その勢いで前へと飛ばす効果があり、二輪車を動かすには打って付けの魔法だった。
今、シズアがそのエアブーストの魔法を使って二輪車を走らせている。この魔法、魔力の流し方で強さを、つまりは二輪車の速度を調整できるのだが、シズアはそこそこの魔力を注いで猛烈なスピードで飛ばしていた。
それも走っているのは平らな道ではなく、草原を貫く細いデコボコ道なので、揺れが激しく二輪車ごと派手に転んでしまうのではないかとアニスは気が気ではなかった。
「仕方が無いわねぇ」
シズアが魔力を弱め、ブレーキレバーを軽く引いて速度を落とす。
二輪車の振動が前より収まったことでアニスがホッと息を吐いた。
「はぁ、やっと落ち着いて乗ってられる。シズがあんなにスピード狂だとは思ってなかったよ。道が凸凹なのにどうしてあんな速さで走れる訳?」
「ゆっくりだと凸凹に沿って走ることになるから上下動が激しくて無駄が多いでしょう?速くすれば道の出っ張ったところだけを使って跳んでいけるから効率的なのよ」
「いや、速くしても思いっ切り飛び跳ねてたから、上下動が物凄くて怖かったってば」
アニスが訴えるが、シズアはどこ吹く風だった。
諦めて溜息を吐くアニス。
「まあ、いいや。シズ、やりたいことがあるから、道から外れて左の草原に入って貰える?」
「え?良いけど、何するの?」
「ふふふ、見てれば分かるって」
シズアはアニスに言われるまま、二輪車を道の左側に拡がっている草原へと乗り入れた。
「どの辺まで行けば良い?」
「そうだね、道から何をやっているのか見えない方が良いから。あそこの茂みの向こう側に行って貰える?」
「分かった」
茂みの裏に回り込むと、アニスの思惑通りに走って来た道が見えなくなった。
「うん、ここで丁度良い。シズ、二輪車から降りて支えておいてくれる?」
「ええ」
アニスはシズアが返事をする前に二輪車から降りて、自分の収納サックの中を漁っていた。そして、螺子回しを取り出すと、後部座席の後ろ側に取り付けてあった金属板の螺子を外しにかかる。
「そう言えば、気になっていたんだけど、何でそこに金属板を取り付けていたの?別に無くても支障ないわよね」
「今のままならね。でも、役立てる方法があるんだよ」
アニスは金属板を外し、後部座席に接していた面を地面の側にして草の上に置いた。
それから螺子回しを仕舞い、代わりに無色透明な石を一つ取り出した。
「魔石よね?それをどうするの?」
「二輪車を動かす時に使っていた魔法を付与しようと思って。シズ、エアブーストの呪文は何だった?」
「我らを取り巻く澄んだ大気よ、弾ける力で加速させ給え、ね」
「そう、だけどそれだと力ある言葉が必要になっちゃうから、少し改変する」
アニスが左手を金属板に翳して呪文を呟く。その声は小さく、シズアには何と言っているのか分からない。しかし、アニスの邪魔をしないよう静かにしていた。
アニスは左手は動かさず、右手に持っていた魔石に魔力を籠めて平衡状態にする。そして、右手の掌に魔石を乗せて、そのまま左手の下へと持って行った。すると、平衡状態の魔石が変化し始め、暫くすると魔法の紋様の形を成した。
「よし、後は定着」
そう言ってから、アニスは右手を退け、魔法の紋様の形になった魔石を下に敷いた金属板にピタリと合わせるように乗せた。その状態で魔石から徐々に魔力を抜き、金属板へと染み込ませていった。
「できた」
作業が完了すると、アニスは満足そうに両手で金属板を持ち上げる。
「これに魔力を籠めれば」
言葉通りにアニスが金属板に魔力を籠めると、金属板から発生した風がアニスの顔に思いきり吹き付けた。
「ね?これなら使えそうじゃない?」
勢いの強かった風で乱れた髪のまま、アニスがシズアに向けて笑顔で勝ち誇る。
「ええ、そう思う。でも、凄いわね、アニー。賢者様は魔法付与のことは言ってなかったと思うんだけど。あ、それも、ゼペック爺ってこと?」
「うん、そう、ゼペック爺。だけどそのやり方は秘密にするように言われてるから、シズにも教えられないんだ。ごめん」
「アニー、大丈夫よ。どうせ教えて貰っても私にはできそうもないし」
申し訳なさそうな表情のアニスを元気付けるように、明るい声でシズアが返す。
「それよりも、その金属板を二輪車に取り付けて試してみない。ね、アニー」
「うん、そだね」
気を取り直したアニスが、薄く微笑む。
アニスは金属板を一旦地面に置くと、収納サックから螺子回しを再び取り出し、金属板を元通りの位置に螺子止めした。
「これで良いと思う。シズ、乗ってみて」
「うん」
アニスが作業する間も二輪車を倒れないように支えていたシズアは、そのまま二輪車に跨る。
「ねえ、アニー。これ、どうやって動かすの?」
「後ろの金属板に魔力を注げば良いんだけど、できない?」
シズアはうーんと唸りならが、魔力を動かそうとするが、思ったように金属板の方に魔力が移動していかない。その様子はアニスにも見えていて、シズアの魔力制御の練習に丁度良いと思いながらも、使い勝手を良くするには工夫が必要だな、と考え始めていた。
「シズ、あのさぁ。ブレーキワイヤーに沿って魔力を流すようにしてみたらどうかな?」
ブレーキワイヤーは金属板には直結していないが、金属板に近いところを通っているので、ワイヤーに魔力を流せれば、金属板にも魔力が届きそうに思える。
「分かった。えーと、こうかな?」
ブレーキワイヤーを意識させるのは良かったようで、シズアの魔力がワイヤー沿いに後輪の方への流れていくのがアニスには見えた。そして、金属板から風が吹き出し始める。
「あ、できた。アニー、これは凄く便利よ」
草原の中をシズアが楽しそうに二輪車を乗り回す。
喜ぶシズアの様子を見て、アニスは嬉しくなった。
「それでさぁ、シズ、お願いがあるんだけど」
自分の前に戻って来たシズアにアニスが上目遣いに持ち掛ける。
「何?」
「私に二輪車の乗り方を教えて」
「え?良いけど、教えることってそんなに無いような」
シズアは二輪車から降りると、それをアニスに渡し、乗るようにと促した。
「良い、アニー。これって体で覚えるしかないから。速度を出せば倒れない、曲がる時は体重を曲がりたい方にずらすようにしてハンドルは急には曲げない。止まる時はブレーキレバーを引く。以上、分かった?」
「分かった、ってそれだけ?」
「そう、ごちゃごちゃ言わずにやってみる」
「ううっ、今の説明だけでは出来る気がしないんだけど」
ブツブツ言いながらもシズアに言われた通りにやってみるアニス。
直進するのは直ぐにできるようになったものの、曲がり方には苦労をしていた。何度かシズアに手本を見せて貰いながら、一通り乗りこなせるようになった頃には一時間の時が過ぎていた。
「どう?自由に運転できるようになったよ」
達成感に満ち足りたと言うより、疲労困憊な様子のアニス。戦いの時の動きからは想像できない姿に、シズアは微笑ましさを感じた。
「アニーにしては手こずったわね。別に家に帰ってから練習するのでも良かったんじゃないの?」
しかし、アニスは大きく首を横に振る。
「ここから先は私が運転していくつもりだったから」
「どうして?」
「姉が後ろに座っていて、妹が前で運転しているって不自然だよね?それって、どう見ても妹の方が二輪車に慣れているって言っているようなもんだよ。そしたら、シズが転生者じゃないかって疑われるかも知れない。それだけは避けたいんだ」
アニスから真っ直ぐに見つめられ、頬を赤らめて目を逸らすシズア。
「アニーは、そこまで考えてくれてたんだ」
そして再びアニスと向き合う。
「それじゃあ、お願いするわね、アニー」
「うん、任せておいて。シズみたいな怖い運転は絶対にしないから」
「もしかして、アニーってば私の後ろに座りたくないだけじゃないの?」
「い、いや、そんなことはないから」
そう言いつつも、アニスの目が泳いでいるのをシズアは見逃さなかった。
「まあ、いいわ。確かにアニーの言う通り、私が前にいるのは不自然だから、後ろに座っているわ。でもこれ、もう一台あった方が便利とは思わない?」
「それはそうなんだけど、これ一台を作るだけでも結構お金が掛かっちゃったからなぁ。できれば、防具とか装備も良くしたいんだけど」
アニスの言葉を聞いて、シズアも思案顔になる。
「それはそうねぇ」
少しして、シズアの表情が明るくなった。
「そうだ、アニー。装備品の素材を自分達で集めれば安く済むんじゃない?二輪車の素材も自分達で集めちゃえば、そこまでお金が掛からないかも」
「この辺りで採れる素材ならね。ともかく、一度ヴィクトル達に相談してみようか」
「ええ。それが良いわ」
そして、シズアは後部座席に跨り、アニスが二輪車を出発させようと魔力を制御する。
「アッシュ、行くよ」
バウッ。
アニスの運転する二輪車が動き出し、草原から道へと入った。その後ろをアッシュが元気よく駆け足で付いていく。目指すは街の工房だ。
何でも器用にこなすと思われたアニスも、二輪車には苦戦したようですね。
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(2023/12/30)
後書きが無かったので追記しました。




