8-3. アニスとシズアは玄人の手を借りたい
アニスとシズアがアリシアの部屋で寛いでいると、部屋の扉の鍵をガチャガチャさせる音がした。
「帰ってきたようね」
「そだね」
案の定、開いた扉の向こう側にはアリシアの姿があった。
「お帰りなさい、アリシア様」
「お帰りー」
「ただいま戻りました。って、出迎えてくれる人がいるのは嬉しいことですね。それで、調査はどうでしたか?」
アリシアの問いに、シズアは残念そうな表情で首を横に振る。
「駄目でした。アリシア様が出掛けている間に役所や商業ギルドで調べてみましたけど、目ぼしい情報が無くて」
「そうでしたか」
シズアに同じく浮かない表情になるアリシア。
「西地区の北側が怪しいと言う話は確かなのですよね?」
「そう考えています。ベンは兄の大学の同級生と言う以前に私達の幼馴染ですし、嘘を吐けるような人でもありません。ですから、『同じ教室の第二王子派の連中が、西地区の北側でコソコソやっているらしい』と兄が口にしていたと彼が言うのなら、その通りだったのだと思います」
これは昨晩聞いた話なのだが、アリシアの兄ユーリことユーレウスと、ベンことベンジャミンは、魔法大学のゴルドラド・レースナー特別教室に所属しているのだそうだ。
この特別教室は、第二王子の出資で開設されたもので、講師のゴルドラド・レースナーも第二王子が帝国から呼び寄せた魔法研究者とのこと。
つまり、その特別教室とは、アニス達が魔導国との関係を疑っている教室そのものだったりした。
その特別教室、教育機関の一組織と言うことで、門戸は誰にでも開かれており、第二王子派以外の学生も所属しているらしい。
しかし、それは表面的な話で、裏では第二王子派の貴族の子女だけで何かをやっているようだとユーリは疑っていたと、アリシアはベンから聞いたのだった。
ただそれは飽くまでユーリの推測の域を出ない物なので、いきなり特別教室に乗り込んで第二王子派の学生を締め上げる訳にはいかない。
情報収集が必要だった。
それで、アニスとシズアはアリシアが貴族学校に行っている間に、情報が得られないかと役所や商業ギルドに行ってみたが、見事に空振り。
「ねぇアリシア様。私達、考えたのですけど、玄人の力を借りようと思います」
「玄人ってどのようなお方なのです?」
「情報屋です。それも裏に通じている」
「裏?そんな人達を雇えるだけのお金、私には無いですよ」
侍女がいないのだから、予想された反応ではある。
「そこは私に考えがあります。それでアリシア様にお願いなのですけど、私が交渉している間、黙って微笑んでいて貰えますか?何か聞かれても『そうですね』しか言わないでください。顔色も変えないで。貴族ですから、できますよね?」
「ポーカーフェイスをしろと言うことですね。分かりました、それで情報が手に入るのなら、私、頑張ります」
アリシアは、可愛らしく拳を握ってみせた。
この貴族の娘は、少しおっとりしたところがあるが、口を開かせなければそんなことは分からない。
自分の後ろで黙って睨みを利かせて貰った方が、何倍も戦力になる。
そんな計算がシズアにはあった。
「アニーは、さっきの打合せ通り、適当に話を合わせてね」
「おけ。任せといて」
アニスは親指を上に伸ばして、片目を瞑ってみせる。
これが失敗しても、まだ手は残っているが、できればその手は使いたくない。
なので、絶対に上手くやる。
静かな決意を胸に、シズアは二人と共に学生寮を後にした。
「そう言えば、二人はどうして情報屋のことを知っているのですか?」
「知り合いから教えて貰っていたんです」
「その人がどう言う知り合いか気になりますけど、聞いてはいけないのですよね?」
「そうですね。聞かれても答えられませんね。あと、当たり前ですけど、今から行くところが情報屋だってこと、他人に教えてはいけませんから」
若干、凄みの入ったシズアの声色に、アリシアは腰が引けたようだ。
「あのう、私、付いていかない方が良いのではないですか?」
すると、シズアがぶるぶると首を横に振る。
「いえ、アリシア様はいて貰わないといけません。早くお兄様を見つけたいのですよね?」
同行しないと兄が見付かるのが遅くなると言わんばかりのシズアの勢いに、アリシアは抵抗を止めた。
「はい、一緒に行きますので、よろしくお願いします」
暫くして、三人は学園都市の南南西部分の商店が立ち並ぶ一画に到着した。
そこでアニスとシズアは雑貨店を見付けると、迷いも見せずに中へ入っていったので、アリシアもそれに続く。
雑貨屋らしく、店の中には雑多な商品が並べられていたが、商品の傾向としては生活雑貨が多い。
俎板や包丁に鍋などの調理用具、皿やカップなどの食器類の他、洗濯用品に清掃用品まで。
魔具の扱いもあるようで、魔力コンロなども置いてある。
アリシアは物珍しそうに店内を眺めていた。
シズアは陳列棚をざっと見回した上で、奥に向かう。
するとカウンターに座っていた若い店員がシズアに気付き、立ち上がる。
「お客様、何かお探しですか?」
「店長と話がしたいのですけど、今、このお店にいます?」
「あの、失礼ですが、面会のお約束はされてますでしょうか?」
「いえ、突然来てしまったので駄目なら出直しますけど、『烏娘の友人が来た』と伝えて貰えます?名前はシズアと言います」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
店員は裏に入っていったが、少しすると戻ってきて、カウンターの扉を開けた。
「店長が会うとのことなので、こちらへどうぞ」
シズア達は店員の後に付いていく。
通された先は、応接室だった。
三人がソファに座る間もなく、店長と思しき女性が部屋に入って来た。
年の頃は、三十代半ばだろうか。
目付きの厳しい女性だったが、シズア達を見てその目が更にキツくなる。
「あらあら、リリエラのお友達と聞いたけど、随分と若いのが来たねぇ。アンタだけは成人してそうだけど」
女性の目が向けられたアニスが首を横に振る。
「まだ13だよ」
「あらま、そう?何だか死線を掻い潜ったような顔つきだけど、未成年なのかい」
以前、死にそうになったのは確かにしても、それが顔の表情から読み取れるとは思わず、アニスは眉をピクつかせた。
そんな姉を横目に見つつ、シズアがずいっと一歩前に出る。
「貴女がメリッサですね?始めまして、シズアです。こちらは男爵令嬢で貴族学校に通うアリシア様、それから姉のアニスです」
「アリシア・レズモントと申します」
「私はアニス」
アリシアが優雅に会釈したのに対して、アニスは片手を腰に当て突っ立ったまま。
しかし、メリッサはそのどちらにも少し目を向けただけで、シズアに視線を戻した。
「お貴族様を連れてきて、何のつもりだい?」
「実際に相談があるのはアリシア様ですから、来て貰いました」
「そうかい。貴族風を吹かせないでくれるなら構わないけどね」
貴族の中には、その地位に物を言わせて平民相手に無理難題を吹っ掛ける者がいるのだ。
メリッサは、アリシアがそう言う輩ならお断りと言いたいのだろう。
アリシアもそれを感じ取ったようで、もう一度、優雅に会釈する。
「私は公正を信条としておりますので、ご心配には及びません」
相手を安心させるつもりの言葉だったが、そこでシズアに睨まれた。
何故自分を睨むのかと考えたところで、シズアの指示を思い出す。
「そ、そうですわね」
取って付けたように指示された台詞を口にするアリシア。
それを見たシズアが満足そうな笑みを浮かべた。
どうやら間違っていなかったらしいとアリシアは安堵する。
「なら、話を聞こうかい。そこのソファに座りな」
メリッサに促され、三人はソファに腰を下ろした。
アリシアとシズアは幅広のソファに並んで座り、アニスは一人用のソファに。
メリッサは廊下に向けてお茶を要求するとアリシアの前のソファに座った。
そこへ菓子盛りとお茶のカップを盆に乗せた店員がやって来て、それぞれの前にカップを、テーブルの中央に菓子盛りを置いていった。
「それで、話って何だい?」
メリッサはアリシアを見ている。
相談があるのはアリシアだとシズアが言ったからだ。
しかし、アリシアに言えることは限られている。
「そうですね」
これで話をどうするつもりかと、アリシアは隣に目を向けた。
「アリシア様は、組織間の同盟をお望みです」
「同盟だって?何と何の?」
「幽暗と黒薔薇の会とのです」
「黒薔薇の会って何だい?聞いたこともありゃしないよ」
目を丸くするメリッサに、シズアが微笑んでみせる。
「黒薔薇の会とは貴族学校内に作られた秘密の集まりです。アリシア様はその代表として来られました」
「貴族学校の中?確かにあそこには中々手が出せないが、噂でも耳にしたことが無いのは変な気がするけどねぇ」
そうだ、それはアリシアも同じだ。
黒薔薇の会なんて見たことも聞いたこともない。
しかし、ここでそれを言ってしまったらシズアの作戦が台無しだろう。
だからアリシアは一所懸命、顔色を変えずに微笑んでいた。
「貴族学校の中の秘密の集まりですから、聞いたことが無くて当然です」
シズアは澄まし顔で告げる。
「ふーん、そうかい。まぁ、折角だから話は聞いてやらないでもないけど、こののほほんとしたようなお嬢様が交渉役で問題ないのかねぇ」
「そうですね」
メリッサに目を向けられたアリシアは、さも意味ありげな口調で切り返す。
しかし、内心はメリッサに同意したい気持ちで一杯だ。
知りもしない集まりの交渉役なんてできる筈がない。
心の中では思い切り冷や汗を掻きながら、ひたすらに笑みを顔に張り付け続けるアリシアだった。
策略系の話はシズアが前面になりますね。
アリシアは、人の好さをシズアに上手く使われてしまった感じです。
話の中で、「烏娘」の呼び名が出てきますが、夜烏の娘でリリエラを指す言葉で、かつ、裏の話をしに来たことを示しています。
と言うことで次回ですが、日曜日(の深夜)になってしまうかな、と思います。すみませんが、よろしくお願いいたします。