8-2. アニスとシズアは思惑を共有する
「こちらで良いですか?侍女用の部屋ですけど、私には侍女がいませんから」
アニスとシズアはアリシアに案内され、貴族学校の寮に来ていた。
アリシアは貴族学校の生徒で、通えるところに自分の家の屋敷が無いため、学校の寮に入っているそうだ。
寮に入っても貴族は貴族。自分の世話をするための侍女を連れてこられるように、生徒の部屋の隣に侍女用の部屋も用意されている。
だが、アリシアには侍女がいない。
それはアリシアの侍女を雇うだけの金銭的な余裕がアリシアの実家に無いためなのか、別の理由なのか。
気にはなるものの、貴族の家の事情を詮索する訳にもいかず、口を開かずに侍女部屋の中を見回す。
そこは質素な部屋だったが、ベッドに箪笥や机など、必要な家具は一通り揃っていた。
何よりアニス達にとって有難いことに、ベッドが二つある。
「ありがとうございます。私達には十分過ぎるほどです、アリシア様」
「そうですか、ならば良かったけれど。そう言えば、シズア達は夕食は取ったの?」
「いえ、まだです」
アリシアに問われたシズアは、正直に首を横に振った。
「なら、食べた方が良いわね。食堂に行きましょう。何かあると思うから」
「あの、食材はありますから、調理場を貸して貰えれば」
迷惑を掛けまいとするシズアの言葉を、アリシアは手を挙げて遮る。
「大丈夫よ。この寮のことなら良く分かっているから、私に任せて」
自信ありげに微笑むアリシアの様子に、シズアは黙って従うことにした。
そこでアリシアは、二人を一階の食堂へと連れていく。
食堂の中はがらんとしていて誰もいない。
「テーブルは自由ですから、適当に座っててくださいな。今、食事を持ってきますね」
「私、手伝います。アニーは座って待ってて」
「あ、うん」
アニスを食堂に残し、シズアはアリシアの後を追う。
だが、勝手が分からないシズアは、厨房でテキパキと動き回り、作り置きの料理を取り出して皿に盛り付けていくアリシアをただ眺めていることしかできず、やれたことと言えば、自分の分の食事のトレーを食堂に持っていくことだけだった。
「すみません、手伝うと言ったのに、何もできなくて」
「シズアはトレーを運んでくれましたよね。それで良いのですよ。私は毎日朝晩、自分の食事の準備をしていますから慣れているのです」
「そう言って貰えると助かりますけど。ありがとうございます、アリシア様」
「どういたしまして。さぁ、二人ともお食べなさいな」
アリシアに促され、二人は「いただきます」をして食べ始まる。
「これ、美味しいですね」
「うん、美味しい」
二人の感想に、アリシアの頬が緩む。
「ここの料理長は、以前、お城で料理を作られていた方ですからね。いつも美味しいのですよ」
なるほど、道理で旨い訳だ。
「厨房にはいつも料理が作り置きされているのですか?」
「ええ、食事の時間に間に合わない生徒のために用意されています。食事の時間なら、料理人が皿への盛り付けまでやってくれます。それを運ぶのは侍女の役目ですけど、侍女がいなければ自分でやるしかありません。それに侍女がいれば、自分の部屋まで運ばせますから、ここで食べるのは侍女がいない生徒だけです」
「あー、だからテーブルの数がそこまで多くないのですね」
食堂にある席の数が、アリシアに聞いた寮の部屋数ほども無いなと思っていたが、そう言うことなら分かる。
「まぁ、それもそうなのですけれど、貴族の派閥は別に寮を持ってますから、この寮にいるのは派閥に属していない貴族の子女だけになっていて。それでここの寮の部屋も今はかなり空いているのですよ」
「派閥って、第一王子派とか、第一王女派とか?」
「あら、良く知っていますね。その通りです。そう言えば、ザイアス子爵は第一王女派でしたか。私の同級生にザイアス子爵の娘がいますが、彼女はラナイール寮に部屋があって、同じ寮の人達とよく交流されているようですし」
「ええ、そうみたいです」
シズアは、自分たちが第一王女であるラ・フロンティーナにザイアス子爵のアルバートの書状を届けたとは言わずに、惚けた相槌を打つ。
「ねぇシズ、『ザイアス子爵の娘』ってイラのことだよね?」
「あの人が双子でない限りそれしかないわね。双子の姉妹がいるなんて話は一度も聞いたことがないから、きっと本人よ。で、確かあの人は12歳で貴族学校に入ったばかりよね。同級生と言うことは、アリシア様も今年の新入生ですね?」
「そうですけれど、イリアーナ様とお知り合いなのなら、ラナイール寮に行きますか?」
知った仲なら、その方が気兼ねなく過ごせると考えたのだろうか。
しかし、シズアは咄嗟に首を横に振った。
「いえ、アリシア様のところに泊めて貰いたいです」
「そうなの?貴女達がそうしたいのなら、私は構いませんけれど」
「ええ、是非そうさせてください。ね、アニー」
言葉と共に、シズアがアニスに視線を送ってくる。
表情はにこやかだが、同意してくれるよね、と言う強い圧を感じたアニス。
ぶんぶんと、大きく首を縦に振った。
「分かりました。元はと言えば、私のお礼代わりですから、私に否はありません。好きなだけ泊っていって貰えれば良いですよ」
「ありがとうございます。ところで、アリシア様はどうしてあそこに居たのですか?お兄様を探しているような話でしたけど?」
「はい。それはそうなのですが、詳しい話は私の部屋に戻ってからで良いですか?ここで話すのはちょっと」
あまり大っぴらにはしたくないのだと察した二人は、まずは目の前の食事を腹の中に収めることに専念した。
* * *
食後、アリシアの部屋で話を聞いたアニスとシズア。
もう夜も遅いので、続きは翌日のこととして、ベッドに入るために侍女部屋へと移動した。
「ねぇシズ。なんでイラのところに行かずに、アリシアの手伝いをしようと考えたの?」
互いに向き合う形でベッドの縁に腰掛け、アニスが小声でシズアに話し掛ける。
「まぁ、幾つか理由はあるけれど」
同じく小声で返事をするシズア。
「一番大きな理由は、この寮の人達はどの派閥に属していないから、かな?」
「どゆこと?派閥に属してると不味いことがあるの?」
「派閥の中にいると、他の派閥の人とは接触し難くなるわよね。派閥に属していなければ、どの派閥の人と接触しても問題にはならない。つまり、ここにいれば貴族学校のどの生徒とも話ができるわ」
シズアはニヤリとした笑みを見せる。
うん、小悪魔っぽい。
アニスはそうは口に出さずに、頭の中に浮かんだ疑問をシズアに投げ掛けた。
「でもさぁ、私達はザイアス子爵領の住民だよ。第一王女派に見られちゃうんじゃない?」
「派閥争いは貴族たちの話だから、平民には無関係よ。それに、冒険者の活動は基本的に政治には縛られないことになっているし」
「そだけど、私達、ザイアス子爵の使者の仕事の途中だよ。それ、イラも知ってるから、イラに見つかったら不味くない?」
「使者の話は秘密だからイラもそんな話はしないと思うけど、イラと親しくし過ぎると私達もイラの仲間と見做されてしまうわね。状況にもよるけど、イラとは一度話をしておきたいかな?」
確かにイラなら、話せば分かってくれそうに思える。
「で、そうやってこの寮に居続けて、何か良いことがあるの?」
「私、試してみたいことがあるのよね」
「何を?」
「貴族を牛耳れるかどうか」
「は?」
妹の思惑が読み取れず、呆けた表情になるアニス。
「ほら、後継者争いの派閥に分かれているのって貴族全体もだけど、貴族学校の中も似たようなものよね?だから、貴族学校の生徒を牛耳ることができれば、貴族全体も牛耳れそうには思わない?」
「いやー、そうかもだけど、それができたら国王なんじゃないの?シズは国王は目指してなかったと思うけど?」
「ええまったくね。国王なんて面倒なだけ。やりたくも何ともないわ。私が目指すのは飽くまで悪女よ」
うふふっ、と微笑むシズア。
どう見てもノリノリだ。
まぁ、シズアがそうしたいのなら全力で手伝うけどね、とアニスは心の中で腹を決めるのだった。
アニスはシズアのそばにいて、何かを一緒にやれさえすればオッケーですからね。
さて、次回ですが火曜日は都合により無理なので、水曜日(の深夜)かなと思います。
それすらも駄目そうなら、いつも通りに活動報告でご連絡します。
できれば、そう言う活動報告は書きたくないのですけれども...。