7-32. アニスとシズアはパレードを見物したい
祭りの三日目、最終日。
アニスとシズアは街中に繰り出していた。
「今日はお昼過ぎにパレードがあるのよね?」
パレードのことは、朝、宿でも話題になっていた。
王都内各地区の代表者が華やかな衣装を来て踊りながら王都の中を練り歩くらしい。
「そだね。シズ、見てみたい?」
「ええ、特に最後の王族の人達がどんなことするのか、興味があるわ」
シズアの言うように、パレードの最後尾には王族が付くことになっているのだそうだ。
「王族は馬車に乗ってるだけって話じゃなかった?」
「王族自身はね。でも、お付きの人達は仮装とかすると聞いたわ」
「私としては、ラウラの仮装が見たかったんだけどな」
まあ、アニスからすれば王女姿自体も仮装っぽいのだが、折角のお祭りなのだから、楽しい格好をしてくれればなと思うのだ。
「もしかしたら、アニーの期待に応えてくれているかもね。それだって、実際にパレードを見ないことには確かめられないわよ」
「そだね。でも、どこで見る?」
「どこでも構わないけど、できれば間近で見たいわね」
「だったら早めにお昼食べて、場所取りしよか?」
アニスの提案に、シズアは思案顔になる。
「そうね。サンドイッチとか外で食べられる物を買って、並びながら食べるのは?」
「良いよ、それで」
アニスとしてはシズアが良ければ何でも良い。
「魚を挟んだサンドイッチとかあると良いね」
「別にいつも魚が食べたいのでもないから、気にしなくて良いのよ」
「んー、でも、まだ時間あるし、少し歩きながら探してみない?」
「それもそうね」
街中は賑やかだ。
パレード目当ての人がいるのか、三日間の中でも一番人出が多い気がする。
二人は街角の大道芸や歌や楽曲演奏に時折足を止めて見物したりしながら、屋台にも目を向けて歩いていた。
と、見慣れた姿の人物が屋台の前に立っているのに、アニスが気付く。
「サラ」
アニスの声に、サラがこちらを向いた。
「おぉ、アニスか。お主らとは別行動としておったのに、ここで会ってしまうとはな」
「奇遇だよね。で、サラは何を買ってるの?」
「オオカワエビドッグだ。素揚げにしたオオカワエビを挟んだものでな、ケチャップを掛けて食べると旨いぞ」
「私、それ食べるっ!アニーは?」
「じゃあ、私も」
やっぱりシズアは魚介類には目がないよね、と思いながらアニスも同じ物を選ぶ。
サラが美味しいと評した物がどんななのか、アニスとしても興味がある。
「ときにお主達、パレードは見るつもりか?」
オオカワエビドッグを手に入れた後、アニスとシズアはサラと並んで歩き始めていた。
「そのつもりなんだけど、結構混んでるから場所取りしようかって話してた」
「確かに、この人出だとパレードの見物は大変なことになりそうだな」
「そなんだよね」
そのアニスの相槌にサラが言葉を返すまで、少しの間があった。
「そうだな。なら、パレード見物の穴場を教えてやらんでもないが」
「えっ、穴場なんて教えて貰って良いの?」
「構わんよ。どの道、我がおらねば使えんしな」
「ん?それってどゆこと?」
「行けばわかる。しかし、直ぐに行くと暇を持て余しそうだな。ゆっくり祭りを楽しみながら、行くとするか」
三人は連れ立って賑やかな街中を歩き始める。
露店の出ている道や広場などを中心に人が沢山いたが、時間が経つに連れ、更に人が増えているようにアニスには思えた。
が、あるところを境に行き交う人が明らかに減る。
「ねぇ、この先って貴族街じゃない?」
歩いている道の先に、貴族街を隔てる壁とその壁を通り抜けるための門とが見えている。
貴族街にも店はあるが露店は出ておらず、そのため態々貴族街に行こうとする人が少ないのだ。
「ああ、そうだ。我らの目的地は貴族街の中にある」
「そなの?貴族街でパレードを見ようとするのは止めた方が良いって宿で言ってたんだけど」
「その忠告は正しいな。だからこそ、これから行くところが穴場足り得るのだ。ここらで立ち止まって見物しようとすれば、憲兵に貴族街から追い出されかねん」
サラはきちんと分かった上で、二人を連れて行こうとしてくれている。
「ねぇサラ。随分と奥の方まで来ていない?」
暫く歩いてからシズアが尋ねる。
「穴場はパレードの出発点に近いからな。パレードを誰よりも先に見られる良い場所だ」
「まさか、王城の中とか言わないわよね」
「言わんよ。王城の外だ。ほら、ここだ」
サラは広そうな敷地の入口にある、大きな門の前で足を止めた。
「ねぇサラ。ここ、貴族のお屋敷だよね?」
不安そうにアニスが尋ねる。
「そうだな。だが、主は不在だから心配することはない」
「はぁ」
サラはさっさと大きな門の脇にある、小さな扉の前へと移動した。
腰の収納ポーチから掌くらいの大きさの札のような物を取り出すと、それを扉のノブの上にある箱に当てる。
すると、カチッと音がした。
「鍵穴で鍵を開けようとすると、守衛が飛んでくるから試すでないぞ」
それだけ言って、サラは扉を開けて敷地の中へ。
他に注意することは無いのだろうかと気になりながら、アニスはシズアを先に通し、最後に扉を潜って閉めた。
サラは門から奥へと続く道を歩いていく。
道の両脇には樹木が立ち並び、道が曲がっていることもあって道の先が見えない。
「サラ、ここってお屋敷なんだよね?家が見えないけど」
「あぁ、わざと道を曲げているからここからでは見えんが、建物はこの先にある。だが今はそちらには用はないからな。ほら、あそこに右へ入る小径があるだろう?それに入るぞ」
門から続く太い道は、馬車が余裕ですれ違えるだけの幅がある。
その道が緩く左に曲がっている途中に下草が無く土が見えている場所がある。
それが小径への入口だ。
そこから三人は太い道を逸れ、森へと入った。
小径は森の中で別の小径と交わったり分かれたりしていたが、サラは迷う様子もなく進んでいく。
暫くすると、開けた場所に出た。
そこは敷地の境界で、右に低いレンガの壁がある。
その壁の脇の敷地側で、作業着姿の男達が木製の足場のようなものを組んでいた。
男達は、猫人族、犬人族にドワーフで、人族が一人もいない。
作業を監督しているらしいのも、執事服を着たドワーフだ。
サラがそのドワーフの方へと歩いて行くと、ドワーフがサラに気付いてお辞儀をしてきた。
「これはこれはサラ様、お久し振りです。言っていただければお迎えに上がりましたのに」
「祭りを見物しながらこっちに来たんだ、気にするな。我らの方こそ、突然来て済まなかったな。今年もパレード見物するだろうと思ってこ奴らを連れて来たが、良かったか?」
「それはもう歓迎いたします。それで、そのお二人は?」
ドワーフの目がアニス達に向いた。
「ザイアス領のコッペル村に住むアニスとシズアだ。二人は姉妹で冒険者をやりながら商会も営んでおる我の友達だ。よろしくしてやってくれ」
そしてサラはアニス達の方に振り返る。
「こ奴はトビアス。ここの執事頭でまとめ役だ。ここで何かあったらこ奴に相談すると良い」
「ども、私はアニス」
「シズアです」
サラの紹介を受けて二人が名乗ると、トビアスが胸に手を当て畏まる。
「トビアスと申します。サラ様のご友人なら何時でも歓迎いたします」
挨拶を終えたトビアスは、体を起こすとサラに向き直った。
「サラ様。丁度携帯用の観覧席が組み上がりましたので、よろしければお座りください。他の者達も間もなくやって来ると思います」
「そうか。では、お言葉に甘えさせて貰おうか。アニスとシズアも一緒に上がるぞ」
サラが先頭に立って観覧席を登っていく。
観覧席は全部で三列。サラはその最上段に登り、列の中央へと進んで座る。
椅子と言うより、階段の段に腰掛ける感じだ。
一応、一人ずつのクッションが用意されているので、アニスはサラの隣のクッションを、シズアは更にその隣の物を使わせて貰う。
トビアスもやってきて、アニスとはサラを挟んで反対に腰掛けた。
「他の人、上に登って来ないけど?」
「一応、最上段は貴族と来客用となっておるからな。それに使用人の連中は大人しく座ってたりせんよ。見ていれば分かる」
そう話をしている間にも、人が集まってきた。
剣士に、作業着の者、メイド姿の者、料理人と思われる者など格好は様々だが、サラの言う通り、この屋敷の使用人達のようで互いにぺちゃくちゃと喋っている。
それにしても、これだけ人がいるのに、アニス達以外に人族がいない。
「ねぇサラ」
アニスはサラに向けて口を開いたが、使用人達の歓声に飲み込まれてしまう。
「パレードが始まったな。ほら、先頭が見えてきただろう?」
サラの示す方に目を向けると、城壁沿いに進んでくる行列が見えた。
その先頭は風変わりで派手な衣装を着たエルフで、その先端に飾りのついた長い棒を持って踊りながらやってくる。
決まった振り付けがあるのか分からないくらい、色々な動きを織り交ぜていた。
最初からあんなに動いていて、最後まで持つのか心配になる程だ。
「あのエルフの人の来ている物に見覚えがあるのだけど」
驚いたようなシズアの声。
「それはそうだろう、法被だからな。背中に『祭』の字があるのが読めるか?」
「読めないけど」
「遠い国の字だからよ」
シズアの説明で、そう言う事かと分かったが。
「何でエルフが法被着てパレードの先頭で踊っているの?サラの知ってる人?」
サラに尋ねるが、ともかく使用人達の応援の声が騒がしい。
自然とアニスの声も大きくなる。
サラの返事も大声だ。
「奴は祭り好きのハヤト・カーニバル。ノルトランデ辺境伯で、この屋敷の主人だ」
「は?」
伯爵様が法被を着てパレードの先頭で狂ったように踊っていると言う状況をアニスが飲み込むのに、しばしの時間を必要とした。
お祭り好きな人は、本当に好きですからね。
若干朦朧としながら推敲してましたので、誤字脱字あったらごめんなさい。