7-31. アニスとシズアは世界神の巫女に頼まれ物を渡したい
「一応聞いておくけど、アニスは成人しているの?」
リリエラの問いに、アニスは首を横に振った。
「ううん、私は十三だよ」
「そう。まあ、十歳になっていれば冒険者にもなれるし、商会も作れるけど、貴女達は私の想像の上を行っているわね」
「それって、褒めてくれてるんだよね?」
嬉しそうに尋ねるアニスに、顔を顰めるリリエラ。
「面と向かってそう聞かれると凄く言いたくないけど、そうね、貴女達のことは評価してるわ」
「ありがと。じゃあ、次ね。リリエラに渡すものがもう一つあるんだ」
「私、何か他にお願いしていたかしら?」
「いや、リリエラに頼まれたものじゃないよ。順番に説明するけど、まずは全部出しちゃうから」
アニスが続けて収納サックから出したものは、全部で四つ。
「目覚まし時計と鏡は分かるけど、これはただの箱?それから、この小さい物は何?」
リリエラは奇妙な形の小物を手に取ってよく観察するが、見ただけでは何かが分からない。
「それはね、遠話具の子機だよ。こう耳に引っ掛けて、この出っ張ったところから音が鳴るからそれを耳の穴に入るようにして、こっちに集音部があって、声を拾うようになってるんだよ」
「こんな小さなものが遠話具なの?」
「だから、これは子機。本体はこっちの目覚まし時計だよ。目覚まし時計で相手を選んで呼び出して、子機で話をするの。ちなみに鏡を使えば、映像も送れるようになってる。あと、こっちの箱は遠写具として使う時用の子機」
アニスが一つ一つ教えていくが、リリエラは理解が追い付かない。
「ねぇアニス、目覚まし時計が遠話具の本体ってどう言うことなの?目覚まし時計に見えるけれど、目覚まし時計としては使えないってこと?」
「ちゃんと使えるよ?でないと遠話具の機能を隠す役に立たないし。遠話具用の魔石とかは隅っこに寄せて、時計の機能を邪魔しないようにしてあるよ」
「隅っこって、そしたら魔石は随分と小さな物になってしまうわよね?これ、どれくらい遠くまで話せるの?そう言えば、どうして一つしか無いの?遠話具なら、二つ無いと使い物にならないと思うのだけど」
右手の指を頬に添えながら、リリエラは目覚まし時計とその周囲を眺めていた。
だが、幾らよく見ても一つしか見当たらない。
「もう一つはティファーニアが持ってるんだよ。それ、ティファーニアからリリエラに渡して欲しいって頼まれた物だから」
「あら、これでパルナムにいるティファーニアと話ができるの?ティファーニアも随分な物を用意してくれたわね。久し振りにティファーニアの声も聴いてみたいけれど、その前に何か貴女達へのお礼を考えないといけないわね」
「いや、遠話具を渡すのはティファーニアとの約束だから、お礼は要らないんだけどさぁ」
「けど?」
アニスの引っかかる物言いに、リリエラは首を傾げる。
「攻撃魔法無効化の魔具の対価のこと、覚えてる?」
「あの指輪の魔具のことなら、神殿がお金を支払ったわよね?だから儀式が終わったところで神官に取り上げられてしまったわ」
リリエラが手を掲げてみせる。
確かに儀式の時にはリリエラの指に嵌められていた指輪が今は無い。
「お金のことじゃなくて、『世の中を動かす力の一端』のことを教えてくれるってシズに言ってた話」
「あぁ、忘れていた訳ではないのだけれど、貴女達を見ていたら、もう知ってそうに思えて、どうしようかと考えていたのよね」
リリエラの言葉に、アニスとシズアが顔を見合わせる。
「私達が何を知ってるって言うの?」
尋ねたのはシズア。
「このペンダントよ」
リリエラは首から下げているペンダントに手を当てて示す。
「こんなものが用意できる組織なんて、私、一つしか知らないわ」
「リリエラの知らない組織かも知れないわよ?」
シズアの反論に、リリエラは眉をピクリと動かした後に、にっこりと微笑んだ。
「あら、そんなことを言うのなら、まだ貴女達に教えられることがありそうね。ねぇ、今、世の中を動かしている人達って王族や貴族以外に誰がいると思う?」
「お役所の人達?」
「そうね。まあ、彼らは王族や貴族の指示を受けているから、その一派とも言えるわよね。もっと他の勢力は無い?」
「神殿?」
「そう。それともう一つが商業ギルドね」
得意気に話すリリエラを見て、シズアはムッとなる。
「それくらい分かるわ。共和国ができたのは、あの地域で商業ギルドの力が強かったのも理由の一つだったのよね」
「よく知ってたわね、その通りよ。で、まあ、王侯貴族も神殿も商業ギルドも基本的には世の中の表側で動いている人達な訳だけど、裏側で動いている人達もいるの。その裏側で動いている人達の集まりが裏の組織。でも、一括りに裏の組織と呼んでも色々あって、一番簡単な区分けは王侯貴族や神殿など表の組織と繋がりがあるものと、それらとの繋がりのない独立系。因みに私の実家の組織は独立系ね」
「リリエラのところの規模はどれくらいなの?」
「パルナムを中心にした南の公爵領内では大きい部類よ。他所もそうだけど、大抵の独立系の裏の組織はそこまで広範囲な縄張りを持たないの。必要なら他の地域の独立系の裏の組織と同盟を結ぶ。家の組織も、近隣の地域の組織と同盟を組んでいるわ。でも、王都は遠過ぎて同盟の範囲の外なのよ。それが普通なのだけど、一つだけ巨大な独立系の裏の組織があるの」
リリエラが一旦言葉を切って、シズア達を見詰める。
答えが分かるかと聞かれているように思えた。
いや、話の流れから想像付くだろうと言いたいのか。
「もしかして、そのペンダントを用意してくれた組織がそうだと言いたいの?」
「ええ、そう。反魔導国を目的とする裏の組織。その勢力範囲は王国だけでなくて、帝国や魔導国にまで広がっていると言われているわ。そして、邪神の力に対抗できるのはそこしかないの。でも、彼らは世の中の動きには基本、干渉しようとはしない」
名前を出してはいないが、どう考えてもリリエラは『宵闇』のことを言っている。
宵闇が世の中の動きに不干渉なのは、宵闇の裏にいる魔女達の方針に合わせてのことだろうから不思議はない。
「だとすると、世の中を動かす話とは関係しないように思うけど?」
「その組織の視点ではね」
「どう言うこと?」
シズアの疑問に、リリエラは大事なことを話すとばかりにテーブルの上に乗り出してきた。
「噂があるのよ。魔導国に繋がる裏組織があちこちの王国内の裏の組織に繋がって、じわじわと勢力を伸ばそうとしているらしいって噂がね。それを反魔導国の勢力が放置できると思う?私の呪いのことも、神殿の貴族派のことも、その噂と無関係とは言い切れないわ。だから、このペンダントを用意してくれたのだと思うのよ」
「魔導国に繋がる裏組織が世の中を動かそうと企んでいるだろうからってことね」
理解を示したシズアに、リリエラが頷いてみせる。
「私の杞憂であって欲しいのだけどね。それで貴女達、もしまだこの話に首を突っ込み続けるつもりなら、もっと情報を集めた方が良いわよ。あと、なるべく目立たない方が良いと思うけど、貴女達には無理かしらね」
「どうして?」
「それなりの腕前を持つ冒険者でありながら、結構な規模の商会まで経営している未成年者の姉妹が目立たない理由があるのなら教えて欲しいのだけど」
「あー」
至極ごもっともなリリエラの言葉に、何も言い返せないシズアとアニスだったが、アニスには一つだけ言いたいことがあった。
「ねぇ、リリエラ」
「何?」
「『未成年者の姉妹』の前に、『可愛らしい』って付かないかな?」
アニスが可愛いと思うのはもちろんシズアのことでありまして、自分のことではないのですね。
さて、そろそろ第七章もあと数話と思います...多分...きっと...。