7-30. アニスとシズアは世界神の巫女に祝いの言葉を伝えたい
「正式にザナウス神の筆頭巫女になったんだよね。おめでとう、リリエラ」
「おめでとうございます」
「ありがとう、アニス。それからシズア。よく来てくれたわね。ともかく、二人とも中に入って頂戴」
アニスとシズアは儀式のあった日の夕方、リリエラの私室を訪ねていた。
儀式の終わった後に話がしたいと伝えたところ、夕方ならと言われたためだ。
「部屋の前にいた見張りの人がいなくなったね」
先日訪れた際には扉の外側に立っていた、護衛の姿が見えないことに気付いたアニスが、リリエラに確かめる。
「見張り?ああ、護衛のこと。儀式が滞りなく終わったから、用が済んだのよ。お陰で私も自由に外出できるようになったわ」
リリエラは嬉しそうに話しながら、アニスたちを私室の中へ招き入れた。
「でも、危なくない?リリエラにかけられた呪いのことって、まだ解決してないよね?」
心配そうな表情を見せるアニス。
しかし、リリエラは微笑んでいた。
「そうね。私は闇魔法が使えないから解呪できなくてそのままよ。もっとも、貴女達から貰った魔力補助のネックレスを発動させれば、呪いの効果を軽減できるから不便してないわ。それに解呪しないでおけば、次の手は打って来ないように思うのよ」
「儀式の時にリリエラを襲おうとした男達とは別ってこと?」
「私は別だと考えているわ。少なくとも礼拝堂にいた男達は呪いとは無関係ね。身体検査をしたけど呪具は持っていなかったし、ただお金で雇われただけのようだったわ。私の祈りを邪魔した声の主が黒幕かしらね。もしかしたら、その黒幕と、私に呪いを掛けている人との間に繋がりがあるかも知れないけれど、儀式の妨害ができなかった時点で貴族派の目論見は崩れた訳で、黒幕の側がすぐに私に何かをする理由はないでしょう?まあ、私は襲われても問題ないのだけどね」
「へ?何で問題ないの?」
アニスは呆けた顔でリリエラを見る。
と、リリエラが身体中に魔力を巡らし、魔法を起動しようとするのがアニスの魔力眼に映った。
アニスは咄嗟に左手で剣の柄を掴むと、リリエラの動きに合わせて剣を抜く。
ガツッと言う音が部屋の中に鳴り渡った。
「アニス、貴女流石ね。ゼントが敵わなかったのも当然だったのかも知れないわ。普通、神の巫女なんて非力と決めつけて、油断しているものなのに」
「ねぇリリエラ、最初に魔力で身体強化しながら魔法無力化の魔法を使ったよね。そしたら次にすることなんて、考えなくても分ると思うんだけど」
アニスの剣が、リリエラが手にしている短剣の動きを止めていた。
楽しそうに微笑むリリエラに、半分呆れた感じで目を細めるアニス。
「それに、わざわざ実演してくれなくても良いんだけどね」
「あら、相手の力量なんて剣を合わせてみなければわからなくない?」
「別に私はリリエラの力量には興味がないんだけど。もしかして、リリエラが自分で私のことを試したかったってこと?私に興味があるんだ?」
「えっ?いえ、そう言うことではないのよ」
顔を赤くしたリリエラが動揺気味に返事をしながら、短剣を引く。
そのまま短剣を握った右手を体の後ろへと持っていき、その右手を左手で包むように握ってから、くるりと半回転――しようとしたところで足を引っかけて体制を崩す。
「危ないっ」
アニスはリリエラを支えるために近寄りたかったが、リリエラがバランスを取ろうと短剣を持った手を振り回しているので危なくて近寄れず、ただリリエラが転ぶのを眺めていることしかできなかった。
「だいじょぶ?」
「ええ、何ともないわ」
リリエラは手を突いて四つん這いになった状態のまま、太股に付けた鞘に短剣を収め、それからゆっくりと立ち上がる。
「恥ずかしいところを見せてしまったわね」
「時計塔でも転んでなかった?」
「あー、そんなこともあったかしらね」
誤魔化すようにオホホと笑う。
「儀式の時、よく転ばなかったよね」
「あの時は歩くことに集中していたから。私、気が散っている時が危ないのよ」
「なる」
時計塔の時も確かにそうだった。
「ねぇ、二人とも。そろそろ座って話をしない?」
それまで黙ってリリエラとアニスのやり取りを見ていたシズアが口を挟んだ。
「あらまぁ、そうね。そのテーブルに座って貰える?お茶でも入れるから」
アニスとシズアは前回訪れた時と同じ席を選んで座った。
リリエラはお茶のセットをお盆に乗せてきて、そのお盆ごとテーブルの上に置くと、二人の目の前で、ポットからカップにお茶を注いでみせる。
そして、そのカップを二人と自分の前に並べてから、自分も席に着いた。
「それで今日は何のお話?」
リリエラはアニスとシズアと交互に目を向ける。
口を開いたのはアニスだった。
「リリエラに渡したいものがあるんだけど、時間は大丈夫?筆頭巫女になったお祝いのパーティーとかは無いの?」
「今夜はパーティーは無いわ。明日の夜、王城の晩餐会に呼ばれているから、それが祝賀パーティー代わりかしらね。だから今夜は自由よ」
「おけ。なら順番に行くね。まずは、頼まれてたこれ」
アニスは収納サックから、箒とペンダントを取り出し、リリエラの前に置いた。
以前リリエラに頼まれていた、風の飛行魔法を付与した箒と、探索魔法で見つからないようにするためのペンダントだ。
注文通り、ペンダントヘッドには無色透明の魔石を使ってある。
「あら、早いわね。もう少し時間が掛かると思っていたわ」
「私達、そんなに長く王都にいるつもりないから、早いうちに渡しておきたかったんだ」
「そう。自分達の拠点もないこの王都で、どうやって用意したのか気になるところだけれど、詮索は止めておくわ。支払いは、商業ギルドの手形で良いわね?」
「えっ、うん。良いよね、シズ?」
「えぇ、問題ないわ。リリエラ、手形の宛先をコッペル姉妹商会にして貰える?」
「分かったわ」
リリエラは腰の収納ポーチからペンと手形帳を取り出してテーブルの上で手形帳を捲っていく。
そうして手形帳の新しい頁を開くと、受取人欄にコッペル姉妹商会、金額欄に「金二十万ガル」と記入するとともに署名をし、記入した一枚を手形帳から切り離してアニスに差し出した。
「これを受け取って。私、支払いはさっさと済ませるのが信条なの」
「そ、じゃあ毎度あり。あ、シズ、これ後よろしく」
アニスは、リリエラの手形をそのままシズアへと渡す。
商会のお金の管理はシズアの担当になっているからだ。
手形の扱い方も、シズアの方がよく分かっている。
「ええ、商会としての取引の実績に入れておくわね」
シズアは自分の収納ポーチに手形を仕舞う。
「あら、貴女達の商会のお金の管理ってシズアの役目なの?」
「そだよ。シズの方が計算得意だし、商業ギルドの約束ごともよく分かってるし」
「そう、ごめんなさい。私、シズアって十歳くらいに見てたけど、もっと年上だったのね。よく自分のことを見た目で判断して欲しくないと思うのに、シズアのことを見た目で判断してしまっていたわ」
「いや、シズは見た目通りに十歳だけど?」
「は?」
あー、でも、前世の歳を足したら四十近くだから、リリエラの見方も正しいような。
とは言え転生者であることは教えられないし、ごめんね。
と、シズアの年齢を耳にして唖然としているリリエラに、心の中で謝るアニスだった。
まあ、通常、十歳で商会のお金の管理はしませんから、リリエラの感覚の方が当たり前ですよね。
そのリリエラですが、箒とペンダントを無理やり注文したのが7-6.の時で、転んだのは7-7.の時でした。
さて、なのですけども、すみません。この話、長くなり過ぎたので分割しております。
続きは明日投稿しようと思いますので、よろしくお願いいたします。