7-29. アニスとシズアは儀式の終わりを見ていない
上手く行った。
電撃を喰らい、痺れて動けなくなったところを神殿騎士に取り押さえられている男達を眺めながら、アニスはホッと胸をなでおろす。
リリエラが魔法無力化の魔法を使うところまでは、ほぼ想定通り。
魔法が使えなければ物理攻撃しかなく、剣などでの近接攻撃か、投げナイフなどの遠隔攻撃になるかは賭けの部分もあった。
確実性を取るなら近接攻撃だろうと準備していたのが通路に敷いた絨毯への仕掛け。
絨毯には、銅とミスリルとを合わせて作った細い針金が編み込まれている。
モーリスに頼んで用意して貰った物だ。
この絨毯はプラムの電撃をよく通す。
ミスリルを混ぜ込んだのは、電撃と共にプラムの電撃魔法そのものも通すため。
だからこそ、普通なら電撃を通さない靴を履いていた男達に、電撃魔法を当てられた。
その電撃魔法をプラムが放つには、当然、リリエラの魔法無力化の魔法の影響範囲の外にいなければならない。
だから、礼拝堂の片隅にある小部屋を使わせてもらった。
その上で、アニスが結界を張っておけば、リリエラの魔法無力化の魔法は小部屋には届かない。
リリエラもアニスも邪神の力に対抗するための魔力補助のペンダントを持っているので、その意味では互角。
先にアニスが結界を張っていれば、リリエラの魔法は結界で防げる。
後はアニスが礼拝堂内の様子を見張っていて、ここぞという時に小部屋に隠れているシズアに連絡を取り、プラムの電撃魔法を発動して貰えば良かった。
「上出来かな?」
リリエラの儀式を守ると言う目的は、果たせたと思う。
そうそう、気になっていることがもう一つあった。
アニスは自分の向かい側に並んでいる桟敷席に目を向ける。
左から三つ目、帝国の第三皇子アルフレッドのいる区画。
皇子の親衛隊長であるジタンの脇腹の様子を、魔女の力の目で探ってみる。
儀式の始まる段階では、ジタンの脇腹にあった切り傷のような物は先日見たのと変わりがなかった。
しかし、今は三分の一くらい掠れているように見える。
邪神に対抗する力を混ぜ込んだリリエラの魔法の影響だろう。
ならば、とアニスは考えた。
今ここでジタンの脇腹を綺麗にしておけば、リリエラのせいにできる。
我ながら良い考えとアニスは微笑み、胸のペンダントの魔力補助を起動して、前方に翳した右手の掌の先に魔力の球を作り始めた。
リリエラには、ペンダントにより与えられる邪神の力に対抗するものが何かは知らせていないが、実は魔女の力を変換した魔力なのだ。
ペンダントヘッドにしている魔石に籠められる魔力の量には限りがあるから、使えば後で補充が必要になるにせよ、それは大した問題ではない。
寧ろアニスの持つ魔女の力をそのまま使い、それを誰かに見咎められでもしたら大問題だ。
だから、アニスは他人から見えるところで説明のつかない方法を使うつもりはなかった。
ともかくも、掌よりも大きな魔力の球を作り、その球をジタンの方へと送り出す。
そして球がジタンのいる桟敷席に到着すると、間違えないようにゆっくりとジタンの脇腹に球を当てる。
すると、ジタンの脇腹の切り傷のような物のうち、魔力の球が当たった部分が跡形もなく消え綺麗になった。
それを確認したアニスは更に球を動かし、切り傷のような何かをすべて消し去った。
まだ傷自体は残っているが、誰かに治癒魔法を掛けて貰えば問題なく治る筈だ。
結果に満足するアニス。
しかし、そこでふと檀上に目を向けると、リリエラと目が合ってしまう。
うむ、見られてしまったようだ。
まあ、リリエラ相手なら幾らでも言い訳できるし、問題はない。
アニスは誤魔化し気味に、愛想笑いを浮かべてみせる。
一瞬、リリエラの眉が寄ったように見えたが、次の瞬間にはリリエラは参列者の方に笑顔を向けていた。
先ほどの出来事で、礼拝堂の中はざわざわしている。
「皆様」
リリエラが凛とした声で、参列者に話し掛けた。
落ち着き払った態度の中に、有無を言わさない迫力が籠る。
その圧力を感じ取ったか、ざわつきが次第に収まっていく。
礼拝堂の中か静かになったところで、リリエラが再び口を開いた。
「皆様、大変お騒がせいたしました。不届き者達は神殿騎士達が取り押さえましたので、どうかご安心ください」
そこでリリエラは、立ったまま両手を胸の前で組み、軽く祈りの姿勢を取る。
そして顔を上げると、組んだ手を解き、もう一度参列者に向き合う。
「さて、先ほど神との繋がりが弱いとのご意見をいただきました。それは、私を包む神の光が弱いからだと思いますが、それは言い掛かりに過ぎません。神と私の繋がりは光が弱くても十分強固なのです。私が皆様に向けてお話しているこの時も、神との繋がりが切れていないのが良い証拠。しかし、もっと確かな物を見たいと言われる方もいらっしゃることでしょう」
リリエラは左手を持ち上げ、その掌で胸元を押さえた。
「なので今からお見せしたいと思います」
今度は右腕を真っ直ぐ伸ばしたまま、ゆっくりと頭上に持ち上げる。
合わせて目線を斜め上へ。
「ザナウス神よ、より強き光を我に齎し給え」
リリエラが感情を乗せて声を上げる。
凄く芝居がかった仕草だ。
壇上を眺めながらアニスは思う。
まあ、参列者の心に深く刻み込もうとするならば、芝居も必要なのだが。
そんなリリエラの振る舞いに応じる神の声が、頭の中に響いてきた。
『我が巫女の願い、聞き届けてやろう』
神の声と共に、リリエラを包む光が強まっていく。
それを見ていた参列者の中から、おおーっと歓声が上がる。
すると、光が一回弾けるように飛び散った。
そして再びリリエラを包む光が現れる。
参列者の歓声がさらに大きくなった。
いやこれ、過剰演出じゃないの?
アニスは思う。
参列者の反応が面白くて、ザナウス神がノリノリでやっているのではないだろうか。
本来、こんなまだるっこしい手順は不要だったりする。
リリエラがペンダントの魔力補助を起動しさえすれば、ザナウス神とは普通に繋がれることは、既に試して分かっていた。
が、それを最初からやってしまうと邪神の力が籠められた魔具への対策が用意されていると知られてしまう。
なので、わざと弱い光にしていたのだ。
ただ、最後までそのままだとリリエラの巫女としての資質を問われかねないことから、騒ぎが一段落したところで普通の状態に戻すための小芝居をした。
それが真相だ。
しかし、想像していた以上に参列者の受けが良い。
これならリリエラの世界神の筆頭巫女としての地位は、当面安泰だろう。
「それでは皆様、神への祈りに戻らせていただきます」
光に包まれたリリエラは、上げていた右手を下ろし、軽く頭を下げる。
そしてくるりと反転すると、再び神の像の前で跪いた。
「神よ、お待たせいたしました。先ほどの続きから進めさせていただいてもよろしいでしょうか」
『汝の思う通りにするが良い』
もうリリエラの祈りを邪魔する者はいない。
アニスは礼拝堂の中を一通り見渡して問題なさそうだと見て取ると、シズア達が控えている小部屋に行こうかと階段を下りていく。
「あ、サラ、どしたの?」
アニスが一階に着いたところで、小部屋から出てくるサラと行き会った。
「礼拝堂の中に仕掛けが無いかを探ってこようと思ってな」
「仕掛け?どして?」
「リリエラの祈りを最初に邪魔した奴だが、何となくだがプラムの電撃にやられた奴らの中にはおらん気がしてな。そ奴が礼拝堂の中にいたかどうかも分らんが、自分の居場所を明かさずに声を出すなら、どこかに魔具を設置しておるのではと考えたのだ」
「遠話具みたいな奴ってこと?私が探しに行こか?」
自分なら魔術眼もあるから、魔具なら見つけられると思う。
「いや、良い。我が行く。お主はシズアに付いていてやれ」
サラはアニスの返事を待たずに行ってしまった。
その場に取り残されたアニスは、ま、いっか、と小部屋の扉を潜り中に入る。
そこにいたのは、床の上で横になっているシズアと、その横にしゃがんでシズアを見ているプラムだった。
「プラム、お疲れ。で、シズはそこで何してるの?」
「ぐー」
シズアの口から出たのは呻き声のような音だけ。
「ぐー?」
妹の言いたいことがわからず、アニスは首を傾げた。
「シズ姉は、うちの電撃で痺れちゃったんや」
「あー、そゆことね」
プラムが広範囲に電撃を放つには多くの魔力が必要だった。
その魔力をシズアが与えたのだが、魔力を与えるにはプラムの体に直接触れなければならない。
それでどうやらプラムの電撃をシズアも喰らってしまったようだ。
何とも気の毒にと思いつつ、痺れて動けないなら、どこを触っても良いのかなと思うアニスだった。
アニスは変態さんではありません。妹が大好きなだけです。
それにシズアは意識がありますからね。変なことをしたら後が怖いと思いますよ。