7-28. アニスとシズアは世界神の巫女を襲撃から守りたい
アニスは疲れていた。
儀式の進行に合わせて、神々がいちいちアニスに挨拶に来ていたからだ。
確かに、今日の儀式は参列者にも声を届けるものかも知れない。
だからと言って十柱の神々のすべてが、自分に個別に声を掛けに来なくても良いのではないのか。
そんな想いをザナウス神とヴィリネイア神にもぶつけてもみたのだが。
『思った以上に汝に興味を持っていたらしいな』
『皆、珍し物好きなのよ』
お気楽そうな言葉が返ってきただけだった。
まあ、ザナウス神は以前からそんなではあったし、ヴィリネイア神も軽い感じで話し掛けてくる。
その後の神々も、儀式の中では勿体ぶった物言いをしているにも関わらず、アニスには矢鱈と親しげだった。
神の声が聞こえるなんて幸せなこと。
小さい頃からそう言われて来たし、実際そうなのだろうなと思いもする。
だが、実際に声を聞いてしまうと、何かが違う。
最初にザナウス神の駄洒落を聞かされてしまったからだろうか。
神の声を聞くことの有難味が薄れてしまったような、そんな印象がある。
加えて、段々と節操なく声を掛けてくるようになってきた気がする。
今なんて、神の像の前で祈りを捧げていた訳でもない。
中央神殿の礼拝堂の中だから、神の像はすべて見えるところにありはする。
でも、今は警備中なのだ。
儀式を台無しにしようとする不届き者達が参列者の中にいるかも知れない。
なので、できればそちらに集中したいのだが、次から次へと神がやってくるので集中し切れずにいた。
唯一の救い、と言ってしまうと大げさではあるが、ヴィリネイア神より後の神々はアニスに挨拶をすると、遠慮がちに引き下がってくれていたので、アニスの周囲に神が増えてはいない。
『我としては、汝ともう少し話をしていたかいところだが、そこの保護者達の目が怖いゆえ、今は退散しておくとするかの』
アニスにとっては十柱の中で初めて言葉を交わすのが最後となった、知識神スキレウスの去り際の台詞だ。
スキレウス神が怖いと言っているのが、単なる言葉の綾なのか、本当に怖いと思っているのかは分からない。
だが何にしても、周囲が神だらけにならずに済んで、アニスとしては助かった。
『さて、次は我の番だな。我が殿、そうだ我は神だからしんがりだな。がっはっは』
いや、それが人だったとしても最後は殿だから。
と、アニスは心の中で突っ込む。
『襲撃者がどこにいるかとかは、教えてくれないの?』
実際にザナウス神に向けた言葉はそれとは全然別のこと、直面している問題についてだ。
『神は人同士の争いごとには手を出せんのだ。だから汝の問いに答えてはやれん。だが、汝らは今日この時のために準備をしてきたのであろう?その努力を信じるが良い』
『うん、そうする』
まあ、神の立ち位置については理解していたので、最初から答えは期待していない。
それでも、何とかなるだろうと言われているような気がして、少し嬉しい気持ちになった。
ただ、油断は禁物だ。
『では、我は行く。娘よ、また会おう。ほれ、ヴィリネイアも行くぞ』
『えー、私はもう出番が終わっているのにー』
『えー、ではない。行くぞ』
『はいはい。娘さん、またね。ネーアって呼んでくれたら、いつでも行くから』
『ありがと。またね』
と、神の気配が消えた。
ここからは気合いを入れていかないと。
アニスは、はぁーっと一回ゆっくり深呼吸をする。
礼拝堂の前方では、祈りを終えた知識神の巫女達が左手に移動して、壇上から降りていくのが見えていた。
続いて右手から、世界神の巫女達が壇上へと上がってくる。
先頭を歩いているのはリリエラ。
その後ろには巫女が三人。
これまでは、筆頭巫女の他には筆頭巫女の補佐が二人、その他は巫女の認定を受けようとする巫女見習いだった。
リリエラの他に三人と言うことは、認定を受ける者は一人だけとなる。
魔力眼持ちは少ないので、一人でも巫女の成り手がいるのは良いことだ。しかし、今日に限って言えば、危険に巻き込まれるかも知れない人は少ない方が良い。
神殿としては、危険があるからと言って儀式を取り止めることなどはせず、警備を強化して対応する方針だった。
だから、世界神の巫女の認定を受けるのが一人なのは、そもそも一人しかいないだけのことで、それ以上でも以下でもない。
リリエラ達は壇の中央まで進むと、ザナウス神に向き合って手を組み、跪く。
ザナウス神の目の前にリリエラ、その右後ろに認定を受けようとする巫女見習い。両端が筆頭巫女補佐の二人。
これまでの筆頭巫女達と同じように、最初にリリエラが神に呼び掛ける。
「世界神ザナウスよ、王都シン・ラフォニアの中央神殿における貴女様の巫女、リリエラにございます。どうかお声をお聞かせください」
その言葉に応じるように、祈りを捧げるリリエラの体の周囲が淡く白く光り始める。
しかし、そこから光が強くなっていかない。
それまでの巫女達を覆っていた輝きには明らかに劣るところで止まったままだ。
それでも、神の声は届いてきた。
『リリエラよ、今日も汝の声が聞けて嬉しいぞ』
「神のお言葉に感謝を」
一応やり取りはできているものの、淡い輝きがそれ以上強くなることはないままだ。
「そんなに弱い光で王都中央神殿の世界神の筆頭巫女を名乗るつもりなのか?」
神とリリエラの対話を遮るように、どこからともなく男の声が聞こえてきた。
拡声魔法か、はたまた拡声の魔具か。
その声は礼拝堂の中に響き渡ったが、声の主は分からない。
アニスは声がすると同時に魔術眼を起動したのだが、魔法の出元に辿り着く前に話が終わってしまった。
リリエラはどうするのかと目を向けるが、祈りの姿勢を取ったまま動いていない。
「世界神ザナウスよ。何やら邪魔が入りました。祈りの姿勢は解きますが、このままお声をお聞かせいただけますでしょうか」
『汝の好きにするが良い。汝の想いが届く限り、我の声もまた届き続けるだろう』
ザナウス神の了解を得たリリエラは、握っていた手を解き、スッと立ち上がると参列者の方へと体を向けた。
魔力の淡い輝きは、それでもなおリリエラを包んでいる。
「私の祈りを妨げようとする者はどなたですか?」
幼そうな容姿に見合わず、リリエラは毅然とした態度で言い放った。
「ふん。強がった口をきいても、お前と神との繋がりが弱いのは誰の目にも明らかだ。その状態を維持するだけでもやっとのことだろう」
嘲笑の入り混じった声。
「根拠のない言い掛かりです。ザナウス神と私との繋がりはそう簡単には切れません」
言い返すリリエラに、男の笑い声が響く。
「だったら試させて貰おうか。今から魔法攻撃をしよう。それを魔法で防いでもなお、神との繋がりが切れないのかどうか」
「望むところです」
リリエラが勇ましく応じる。
と、空中に何本もの火の槍が現れ、リリエラ目掛けて飛び出した。
火の攻撃魔法だ。
リリエラは左手を胸に当てながら、右手の指に嵌めた攻撃魔法無効化の魔具に魔力を流し込み、発動させる。
その効果により、リリエラに迫る火の槍は、リリエラの手前数メートルのところで悉く消失していった。
「ふーん、面白い玩具を用意したものだな。ならばこれはどうだ?」
今度は礼拝堂中央の天井付近に大きな火の玉が現れる。
「いい加減になさい」
リリエラはぴしゃりと言い放つと、詠唱を始めた。
「礼節も弁えぬ幼き子らよ、魔法神の前にて跪け」
詠唱と共にリリエラの足元から礼拝堂の床全体に及ぶ大きな魔法の紋様が現れる。
リリエラは片膝を突いて、床の紋様に手を合わせて力ある言葉を叫んだ。
「デアクティベイト」
それは範囲内にある魔法の紋様すべてを無力化する魔法。
発動と同時に、天井の大きな火の玉が跡形もなく消えた。
リリエラは発動した魔法を維持しながら立ち上がり、高らかに宣言する。
「神と私の繋がりは、そう易々と切れるものではないこと、いい加減に理解しなさい」
おおっ、リリエラが凛々しい。
リリエラを包む魔法の力の輝きは淡いままだったが、アニスの瞳にはリリエラの姿がまぶしく映った。
これで終わりなら良いんだけど、とアニスが思うそばから、参列者の中に動きが出る。
「こうなったら実力行使だ。行くぞ、今なら誰も魔法は使えない」
確かに魔術眼のみが使える魔法無力化の範囲内では、攻撃魔法も防御魔法も使えない。
それを好機と捉えたか、参列者席の中から何人かの男達が通路に飛び出し、短剣を握ってリリエラに駆け寄ろうとする。
「あ、出番が来たよ。シズ、行ける?」
アニスが遠話具越しに話し掛けると、すぐに答えが来た。
『アニー、任せて。良い?私の魔力を渡すから、盛大にやってね、プラムちゃん』
『いーよー。うちの全力を見せたげる。全身全霊、渾身のぉー、電撃ーっ!』
アニスの真下の小部屋から電撃が迸る。
電撃は、礼拝堂の通路の床に敷かれた絨毯を猛烈な速度で伝わり、リリエラ目掛けて駆けていく男達に襲い掛かった。
「ぎゃー」
電撃を当てられた男たちの悲壮な叫び声が、礼拝堂の中に響き渡ったのだった。
リリエラもやる時にはやりますね。
そしてプラムちゃんの電撃も、ここぞというところでバッチリ。