7-27. アニスは新たな神の声を聞く
「皆様、ご静粛に願います」
中央神殿の礼拝堂の壇上、向かって左側の端のところに進行役の神官が立ち、参列した人々に呼びかけた。
拡声の魔法が付与された魔具を使っているようで、礼拝堂内に神官の声が響き渡る。
その一声で、礼拝堂内のざわつきが徐々に収まり、遂にはシーンと静まり返った。
見計らったように進行役の神官が開式を宣言する。
「これより王国十神祭、年納めの儀を始めます」
口を閉じた進行役は、壇上、自分とは反対側の方に手を伸ばす。
それが合図となり、壇の右端から人がぞろぞろと壇上に上がってきた。
神官衣に身を包んだ白髪の老人を先頭に、色とりどりの服をまとった女性達が続く。
女性達は全部で十人。
白髪の老人が中央の演台の前で止まるが、女性達のうちの半分はその後ろを通り過ぎてから立ち止まり、民衆の方に向き直った。
白髪の老人は神官長。名は確かオズウェル・オネスティ。
その両脇に並ぶ十人の女性達は、神の巫女。
それぞれの服の色は、向かって左から茶、赤、緑、水と続く。
その並びは、豊穣神アルミティア、戦闘神アグニウス、天候神ゼピュロウス、護りの神マルレイアと、壇の後ろに並んでいる神像の順番と同じだ。
それぞれの神に、その神の巫女が一人ずつ。
中央神殿には一柱の神につき複数の巫女がいるので、その中の代表者と言うことになる。
つまりは筆頭巫女。
神官長の右隣には白いワンピースに身を包んだリリエラの姿もある。
正確に言えば、今の段階ではリリエラは筆頭巫女候補だ。
この儀式の中で神に認められれば、正式に筆頭巫女となれる。
だが、それを邪魔しようとする輩がいるらしい。
今はまだ何事もないが、最後まで気は抜けない。
「ではまず神官長から一言お言葉をいただきます」
進行役の言葉を受け、神官長が口を開く。
「王及び王族の方々、貴族の方々に来賓の方々、そして一般の方々」
神官長は左右の桟敷席にも目を向けながら呼びかける。
アニスの向かい側に並ぶ桟敷席の一番左、神像に一番近い区画に国王と王妃、その側近達がいた。
そこから壁を挟んだ隣の区画には第一王女ラ・フロンティーナやトニー達。
第一王子、第二王子には、アニスの側の桟敷席が割り当てられている。
第一王女達からさらに隣の桟敷席には、アルフレッド皇子の姿があった。
その横にはジタンもいる。
事前の打ち合わせで聞いていた通りだ。
壇上の神官長が言葉を続ける。
「本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。多くの方々の列席に、神々もお喜びでしょう。神々より受けた恩恵に対し、我々ができるのは祈りを捧げることだけ。皆様の想いが届くよう、心を込めてお祈りください」
神官長は両腕を大きく広げてから、徐々に両手を近付けて手を合わせ、更に指を絡めて握り、祈りの姿勢を取る。
その状態で静止した少し後、神官長の口が動く。
「神々よ、我らと共に」
「神々よ、我らと共に」
参列者の中からも同じ言葉がそこここで聞こえた。
神官長に合わせて祈った人達がいる。
こうした祈りも神々に届いているのだろうか?
『大なり小なり届きはするな。祈りの内容まで伝わってくるかはそれぞれだが、祈りの力は感じられるのだ』
姿の見えない相手からの声が聞こえた。
この感覚は分かっている。
『ザナウス神』
言葉に出さずに思念を送る。
『うむ、どうかしたか?果て無き原初の力を持つ娘よ』
場所が神殿であるし、神に祈りを捧げる儀式なのだ。
声が掛けられる可能性は考えていた。
『周りに分からないようにしてくれてるよね?』
以前に神の声が聞こえた時は、身体が輝くくらいに魔力が集まってしまい、他の人に丸分かりだったことを警戒してのことだ。
もっとも今は、その時ほどの暖かい感じがしないので、抑え気味にしてくれているようだとは思っていた。
『今日の我も紳士的であるからな、神だけに』
そのネタは前にも聞いた。
『駄洒落に新鮮味がないのも神だから?』
『おっと、これは一本取られたな。わっはっは』
頭の中に神の高らかな笑い声が響く。
『で、私と話してて良いの?』
『構わぬよ、我の出番は最後だからな。それに折角、参列してくれたのだ。楽しんで貰いたいのだよ』
『いや、私は警備のためにいるんだけどね』
『人の社会における役割なんぞ、我らは気にせぬぞ。今ここにいることが重要なのだ』
もっともらしいことを言っているが、好き勝手に振る舞う言い訳なのではないだろうか。
『お願いだから、警備の邪魔をしないでね。あと、他の人に気取られないようにしててよ』
『それが汝の命と言うことだな。しかと賜った。周知しておこう』
分かってくれれば良い。
だが、何か気になる言い方をされたような。
いや、気にすまい。
アニスとザナウス神が会話している間に、神官長は顔を上げ、握っていた手を解いて聴衆の方を向いていた。
「では、一年の締めくくりとして、十柱の神々に順に祈りを捧げて参りたいと思います。皆様にも神の声が届きますように」
そう言うと、胸の前で手を握り軽く祈る態度を見せてから、神官長は一歩下がり、出てきたのとは反対の、進行役の立っている側へと歩いて壇から降りる。
神々の巫女達もその後ろに続くが、薄黄色の服を纏った光の神の筆頭巫女だけは動かず、その場に留まっていた。
そこへ、壇上の巫女と同じ色の服を着た女性達が六人、壇の右手からやってきて、筆頭巫女と合流。
筆頭巫女を中心にヴィリネイア神の像の前に並んだ。
巫女たちは全員がヴィリネイア神の側を向いている。
筆頭巫女だけが前に出ており、残りの巫女達はそれより一歩下がった位置で横に並んでいた。
『両脇の二人は筆頭巫女補佐だな。残りの四人はこの地域の巫女として認定を受ける新成人の巫女達だ』
ザナウス神が親切にも教えてくれる。
『神が認定するの?』
『我らは祈りの声が届くかどうかを確かめるだけだ。その結果で判断するのは神殿の役目だ。これだけの人間達が祈る中で声が届かないと巫女として辛いからな。もっとも、この式に至るまでの中で祈りの声の強さは分かっておるし、それによって選別されてきておるから、この式に残っていて落ちるものはまず無いな』
仕組みは分かった。
そういえば神の巫女を決めているのは人の側だと言われていたな、と思い出す。
神から見れば巫女かどうかの区別はない。
その人間が神の巫女だと決めるのは、飽くまでも人の側。
アニスがザナウス神の説明を聞いている間に、光の巫女達は両手を握って跪き、神への祈りに入ろうとしていた。
「生命神ヴィリネイアよ、王都シン・ラフォニアの中央神殿にいる貴女様の巫女、リーリアにございます。どうかお声をお聞かせください」
神官長と同じく拡声の魔具を使っているようで、リーリアの言葉がよく聞こえる。
リーリアは、口を閉じた後、祈りの姿勢のまま動かずにいた。
暫くすると、リーリアの体の周囲が淡く黄色に光り始める。
光は段々と強くなり、その輝きが増すのと同時に心の中が温かくなっていくように感じられた。
『リーリアよ、息災でなによりです』
「神よ、お言葉をありがとうございます」
ヴィリネイア神の声に即座に応じるリーリア。
ん?ヴィリネイア神の声が聞こえるけど、どして?
『この儀式では参列者にも神の声が届くことになっておるからな。ほら、参列者の中にも薄く魔力の光に包まれておるものがいるだろう』
確かにザナウス神の指摘の通り、本当にちらほらとだが魔力の光が見えている。
そして、当然だが壇上の巫女たちは誰もが魔力の光に包まれていた。
『私は大丈夫なんだよね?』
『先ほどの汝の命はとっくに周知しておるわ。神は仕事が早いのだ。神速だ、神速』
気分を害したかのように不満げな声色に聞こえる。
『それはゴメン』
『気にするな。汝の心配事は理解しておる。それより今は壇上を見ておれ』
その壇上のリーリアは祈りの姿勢のまま、まだ光に包まれていた。
「神よ、本日はこれから貴女様の巫女とならんとする者達を連れてきております。どうかお目通りを願います」
『相分かった。それぞれ名乗るが良い』
その言葉に応じるように、リーリアの右後ろに控えていた巫女が、祈りの姿勢を保ったまま一歩前に出る。
「ミラベルにございます」
『ミラベルだな、はっきりと聞こえておる』
次に、リーリアの左後ろの巫女が前へ出た。
「ララにございます」
『ララか、良い声だな』
続いてミラベルの右の巫女が前へ。
「マーレでございます」
『マーレ、今の気持ちを忘れるでないぞ』
そして最後はララの左の巫女。
「デイジーにございます」
『デイジー、汝の働きに期待しておる』
『と言うことで、全員合格だな』
ザナウス神が補足してきた。
『これで終わり?』
『いや、まだだ』
「神よ、御目に映る王国の姿をお伝えくださいませんか」
ヴィリネイア神にリーリアが願う。
『治癒魔法が北と南東の地で多く使われているな。それが病によるか、別の理由かは汝らの目で確かめるが良いぞ。他は取り立てて伝えるような物はない』
「神に感謝を。王国の北の地、そして南東の地のことは調べてみましょう。これからも私達の祈りはヴィリネイア神のために」
『うむ、リーリア、汝らの上に幸あれ』
別れの言葉と共に、リーリアや周囲の巫女を包んでいた光が薄れて消えた。
『ヴィリネイア神の声を初めて聞いたけど、割りと素っ気なかったね』
アニスが感想を思念に乗せる。
『それは儀式だからな、勿体ぶっているだけだ』
『あーら、ひとのこと言えるの?ザナウスだって、同じよね?』
この割り込んで来た声は、ヴィリネイア神?
『そうよ。始めましてね、原初の力を持つ娘さん。ネーアって呼んでくれて良いわ』
『おい、ヴィリネイアよ。汝、まさかここに居座るつもりか?』
『いけない?私、出番が終わったし。貴方こそまだいるの?』
『我がこの娘への対応役と言うことだったよな。我には正当な権利があるのだ。ヴィリネイアこそ権利侵害ではないのか?』
『神だけに?そうよ、私、神だもの。だから侵害しても良いのよ』
どうしてここで神同士の言い合いを聞かないといけないのだろう?
警備の邪魔でしかないような。
何だかもうこれは侵害というより神害だよ、と思うアニスだった。
言い合ってはいるけれど、ザナウス神とヴィリネイア神は仲良さそうです。
「神の巫女を決めるのは人の側」だとザナウス神が言っていたのは、5-8.のことでした。
アニスにとっても随分前のことになりますかね?