2-6. アニスとシズアは案内を頼む
コンコンと玄関の扉を叩く音がした。
続いて母のサマンサが「はーい」と返事をして玄関に向かう足音を耳にしながら、アニスはシズアに声を掛ける。
「来たみたいだから、行こう」
「ええ」
二人が部屋を出たところで、サマンサと行き逢った。
「アニス、貴女が言っていた人が来ましたよ。中に入ったらと勧めたのですけど、外で待っていますって」
「分かった。それじゃあ母さん、行ってくるね」
「行ってらっしゃいな。くれぐれも気を付けてね」
「うん」
サマンサに見送られながら玄関から外に出た二人。そこには一人の女性が立っていた。
「やあ、アニスにシズア、迎えに来たぞ」
「サラ、おはよう。今日はよろしく」
「おはようございます」
「ああ、おはよう。何はともあれ直ぐに参るぞ。東門にニャンタを待たせているからな」
サラが先に立って歩き始める。アニスとシズアは二人並んでサラの後を付いていく。
サラはD級冒険者。ミディアムの髪を頭の両側で纏めている。背の高さはシズアと同じくらいであるが年齢不詳。とっくの昔に成人している筈なのだが、童顔で背も低いので、若くと言うか幼く見える。
熟練の冒険者と聞いていたことから、アニスが初めてサラに会った時は、当人から名乗られるまで気付けなかったくらいだ。
アニスがサラに会ったのは、依頼のためだった。
先日、街の工房でヴィクトル達に注文した二輪車には動力が無い。それは魔法で動かすつもりだったからなのだが、アニスは相応しい魔法を知らなかった。
ただ何となく風の力で押せないだろうかと考え、食堂に来たヨゼフに相談したら、賢者に聞くのが早いと教えて貰った。そして、賢者に会いに行くには案内人を雇う必要があるとも。
その案内人と言うのがサラだった。
アニスはサラとは面識がなかったので、冒険者ギルドを仲立ちにしてサラに連絡を入れた。
三日後、サラから返事があり、アニスは初めてサラに会えた。そこで依頼内容を伝えたところ、サラから結構な額を要求されたのだが、結局はシズアのためとその条件を呑んだ。ただ、保険のためにギルド経由の依頼にして貰った。
サラは依頼をギルド経由とすることについて嫌な顔一つせずに了承し、ギルドの手数料分の増額も求めて来なかった。なのでアニスはサラのことを依頼料の高い案内人ではあるものの、実は親切な人かも知れないと感じていた。
そんなサラを含めた三人で歩いていると、アッシュが駆け寄ってきた。
「おはよう、アッシュ」
バゥッ。
「今日は一緒に行けるよ。行く?」
バゥッ。
アニスが声を掛けると嬉しそうに返事をする。
「良く懐いているのだな」
「アッシュは賢いんだよ。連れてって良いよね」
「構わんよ。我にも契約魔獣はおるからの。ただ、我らに付いてこられるかな?」
「どういうこと?」
「直に分かる」
それから少しして、一行は東門に到着する。
街ほどではないが、村にも城壁がある。家や畑の一部は城壁の中だ。城壁には東西南北に四つの門があり、東門はその内の一つにあたる。
門は通常時の昼間は開かれたままだ。そのお蔭で、アッシュも自由に出入りできている。
城壁の外側には畑が広がっていた。村の門から延びる道の両側は畑しかないので、普通であれば見通しが良い。
しかし、その日、東門から延びている道の脇に大きな塊があった。
「何あれ?」
見慣れない塊にアニスは首を傾げる。
「あれがニャンタだ」
塊に近付くサラ。立ち止まると、声を張り上げた。
「おい、ニャンタ、寝とるのか。折角急いで戻ったと言うのに、お主が寝ていたら台無しではないか」
サラの声に反応して、塊が動く。そしてその一部が割れて、猫の顔が現れた。
ニャア。
その眼でサラを捉えたニャンタが、甘えた鳴き声を発した。
「大きな猫ね」
シズアが素直な感想を口にする。
「そうだね。ホーンタイガーよりずっと大きいけど、それよりよっぽど猫っぽい。モフモフしてみたい」
アニスは欲望が丸出しだった。
「二人は見たことが無いのか?こいつはジャイアントキャットだ。それの中でもショートヘア種だな」
「ジャイアントキャット、大きな猫、名前のまんまだね。で、サラは何でこの猫さんを連れて来たの?」
アニスの視線を受けたサラは、あきれ顔になる。
「勿論、これに乗って移動するために決まっておる」
「おお、だとすると、モフモフを堪能しながら移動できるんだ。良いなぁ、私も契約したいなぁ」
「お主にもグレイウルフがおるではないか。そ奴だとて、そう遠からず、お主を乗せて走れるようになると思うのだが」
バウッ。
サラに同意するかのようにアッシュが吠える。
指摘を受けたアニスはアッシュを見る。確かに最初に出会った頃より大きくなってきている気がする。
「そうだね。アッシュ、ごめん。でも、今日は猫さんに乗せて貰うよ」
バウッ。
アッシュに了解を得たアニスは、改めてニャンタを見た。ニャンタは起き上がって伸びをしている。そのしなやかな背中に乗れば、さぞかし気持ちが良いことだろう。
だけど、とアニスは思った。
「ねえ、サラ。皆でニャンタに乗っていくの?」
ニャンタは確かに大きいが、アニス達三人を乗せるには少しばかり心細く見える。
「全員で乗れなくもないだろうが、ニャンタに無理をさせる必要もない。ここにもう一頭呼び寄せれば良いだけのことだ」
「サラには他にも契約魔獣がいるんだ?」
答える代わりにフッと笑みを見せると、サラは空いている空間に向けて手を翳す。
「我と契約せし魔獣ミーコよ、我の許へと参れ」
呪文と共に掌の先の地面の上に魔法の紋様が現れる。
「サモン、ミーコ」
力ある言葉と共に紋様の光が膨らみ、弾けたと思うとそこにもう一匹のジャイアントキャットがいた。ニャンタより一回り小柄だ。が、アニスはミーコではなくサラを見ていた。
「どうかしたか?」
サラはアニスの目が気になったようだ。
「ううん、何でも」
取り繕うように首を横に振ると、アニスは召喚された魔獣の方に目を移す。
「ミーコ?」
ミャウ。
アニスの確認にきちんと返事をするミーコ。賢い。
「そうだ、サラ、聞いても良い?」
「何だ?」
「召喚って何属性?」
魔法の紋様が見える自分が、まさかこんな質問をすることになるとは思わなかったが、見たことの無い紋様の色にアニスには判断が付かなかったのだ。
「アニス、魔法の属性の色がそれを司る神を示しているのは分かっているよな」
「うん」
シズアの得意とする風属性魔法の色である緑は、天候神ゼビュロウスの色、アニスが得意なことにしている水属性魔法の色である青は、護りの神マルレイアの色だ。
「色のある魔法は神の力の一部を具現化しているとも言える。だが、召喚は魔獣をその繋がりを元に呼び寄せるだけのもの、そこに神は関係していない。だから属性の色はなく、無属性魔法だ」
「なるほど」
だから召喚に使う魔法の紋様の色が白なのかとアニスは納得する。
「無属性ってことは、誰でも使えるってことだよね?」
「ああ」
「じゃあ、私もやってみる」
意気揚々と地面に向けて手を翳し、呪文を紡ぎ始めるアニス。
「我と契約せし魔獣アッシュよ、我の許へと参れ」
紋様が描けたことを確認すると、力ある言葉を叫ぶ。
「サモン、アッシュ」
紋様の光が膨らみ掛けるが、そこで一気に霧散してしまった。
「あれ?アッシュが現れないよ」
「言い忘れたが、召喚には強制力が無いからな。魔獣の側にその気がないと機能せんぞ」
「へ?」
アニスは呆けた顔でアッシュの方に首を回す。
「アッシュ、何で来なかったの?」
バウッ。
返事を聞いて、アニスはガックリ項垂れる。
萎れたアニスの様子を気にして、シズアが声を掛ける。
「アッシュは何て?」
「もうここにいるのに、何で呼ぼうとしているのって。つぶらな瞳でそれを言われちゃったら、私がただの間抜けみたいじゃない」
悲しそうな表情のアニスの肩をシズアが叩く。
「アニー、ドンマイ」
アニスと心が通じ合っているように見えるアッシュも、この時ばかりは分からなかったみたいですね。
不定期と言いつつ予告ですが、明日はお休みします。
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(2023/12/30)
この後書きの一文目を追記しました。