7-21. アニスとシズアは王女のお茶会に呼ばれる
そこは温室だった。
二階建て程の高さがある大きな平屋の建物で、屋根までが硝子張りになっている。
窓枠や建物の骨格の色は、すぐ隣に立っている城と同じ白。
なので、周囲の景色に溶け込むように佇んでいた。
季節は冬だが、室内は春のような暖かさだ。
中には草や低木などが整然と植えられ、季節外れの春の花が咲き乱れている。
その一角に白い丸テーブルが設置されていた。
華やかなドレスに身を包んだ美しい女性が一人、椅子に座っている。
その後ろには男性が一人、手を後ろに回して立っていた。
執事に連れられてその温室に入ったシズアとアニス。
ドレス姿のシズアに対して、アニスはいつもの冒険者の装いでいた。
先に行くのはシズア。
アニスはシズアの護衛のつもりか、その後ろに付いて歩いている。
「お客様をお連れしました」
畏まりながらそう告げると、執事は脇に退いた。
入れ替わるようにシズアが前に出る。
「お呼びにより参上いたしました。この度は、お茶会にお招きいただき誠に光栄の極みです、ラ・フロンティーナ王女殿下」
シズアは口上を終えるとドレスの裾を持ち上げ、軽く膝を曲げながら頭を下げた。
そんなシズアを優しく見詰める王国の第一王女、ラ・フロンティーナ。
先日は冒険者のラウラとしてアニス達に接していた彼女だが、今は王族の一員として振舞っている。
「良く来てくれました、シズア。それにアニスも」
ラ・フロンティーナの視線がアニスに向く。
が、アニスがそれに気付くのに、少しの時間が掛かった。
「あっ、お、お言葉ありがとうございます」
慌てて取り繕うように言葉を返すアニス。
「どうかしましたか?アニス。元気がなさそうですが」
「あ、いえ、大丈夫です」
「そう、なら二人共、席に着きなさいな。トニーもね」
「ラウの仰せのままに」
そして四人がテーブルを前にして腰掛けた。
ラ・フロンティーナとシズアが向かい合わせとなり、ラ・フロンティーナの左にトニー、シズアの左にアニス。
侍女が四人の前に、お茶とケーキを並べていく。
「給仕が終わったら、下がっていて貰える?」
「畏まりました、姫様」
すべてを並べ終えた侍女が退出すると、その場にいるのは四人だけとなった。
「では、ここからはいつも通りで良いわよ」
「ラウラって呼んでも良いってこと?」
「そうよ、アニス。でも、どうかしたの?いつもの勢いが感じられないわ」
それこそ普段なら「オバさん」と言って来そうなアニスが、今日は大人しい。
「え?あぁ、ちょっと考え事してて」
「何が貴女の頭を悩ませているのか気になるところだけど、まずはお茶を楽しまないこと?このケーキは、王都で知らない人はいないと言われているアランドール菓子店のミルフィーユよ。中々手に入らない品だから、心して味わいなさいな」
「うん、そうする」
促されるままにアニスはフォークを握り、ケーキを一切れ取って口に入れる。
と、口の中にその風味がパァッと広がった。
「これ、すっごく美味しい」
「そうね、アニーの言う通りだわ。ほんのりした甘さでしつこくないし、カスタードの舌触りがとても滑らかで。パルナムにも美味しいケーキはあったけど、ここのはそれ以上に思えるわね」
シズアが同意の言葉を重ねる。
「分かって貰えたようで嬉しいわ。取り敢えず、これを美味しくいただいてしまいましょう。話はそれからで」
ラ・フロンティーナの提案に誰も異論はなく、他愛の無い会話に花を咲かせながら、ミルフィーユを味わった。
主に話をしていたのは、ラ・フロンティーナとシズアの二人。
王都や南の公都パルナムのスイーツや甘味処について、それぞれが知る美味しい物や素敵な店を紹介し合っていた。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
そう王女が告げたのは、全員がケーキを食べ終え、一杯目のお茶も飲み終わり、王女直々にお茶のお代わりを入れ終えた時だった。
「何の話?」
「神殿の儀式を狙う勢力の動きについてよ」
「魔導国の関係者が混じっているらしいってこと?」
「そう、それで彼らは邪神の力が籠められた攻撃用の魔具を使うのではとの情報が入って来たのよ。って、あら、驚かないのね」
ラ・フロンティーナは、アニスとシズアの反応が薄いことを訝しむ。
「それは昨日の夜に聞いたから」
アニスがさらりと種を明かす。
「私は情報を入手してすぐ貴女方のところへ使者を出したのよ。それと同じくらいに情報が入手できているなんて、そんなことができる組織は一つしか思いあたらないのだけれど」
「多分、合ってると思う」
王女は口にしていないが、宵闇のことを言っているのだろうとアニスは受け止めていた。
「どうしてそんな伝手があるのか尋ねたいところだけど、まあ、貴女方ならおかしくないかしらね。そういうものに関係するにはまだ早い気がしなくもないにしても」
「うん。なるべくなら関係するなって言われた」
「あら、常識的な人がいたのね」
「そだけど、情報がないと対策もできないからさぁ。で、情報が手に入ったのは良いんだけど、折角用意したこれが役に立たなそうで困ってるんだよね」
アニスは左手の中指に嵌めていた指輪をラ・フロンティーナに掲げてみせる。
「その指輪は何?トニー分かる?」
「攻撃魔法無効化の魔具のようだね。前にも見たことがあるけど、それとは少し違いそうだ」
「ふーん、トニーの鑑定眼だと、違いが分かっちゃうんだ。そう、普通なら使う人に合わせた調整が必要なんだけど、これは調整が要らない汎用の魔具だよ」
「なら、私にも使えると言うこと?」
ラ・フロンティーナの問いに、アニスが頷く。
「そだよ。試してみる?」
アニスは自分の手から指輪を外して王女に差し出した。
「ええ、どの指に嵌めても構わないのよね?」
「良いよ」
アニスは席を立ち、テーブルから少し離れたところへと移動する。
「狙いは外すけど、近くまで行くと消えるから見ててね」
手を掲げるとアニスは魔法を起動する。
「ウォーターショット」
アニスが放った水の弾は、宣言通りにテーブルの手前まで到達したところで霧散した。
「どう?」
テーブルに戻りながら、得意気な表情でラ・フロンティーナに感想を求める。
「本当に調整なしで使えるのね。ただ、魔力消費が大きいように感じたけど?」
「そなんだよね。何とかできるならしたいところなんだけど」
「魔石に蓄えた魔力で補うのは?」
「え?あぁ、できると思うよ。ただ、今の問題はそこじゃなくてさぁ」
「どういうこと?」
アニスの気にしていることが分からず、ラ・フロンティーナは首を傾げた。
「さっきラウラも言ってたじゃない。邪神の力が籠められた攻撃用の魔具が使われるかも知れないって。邪神の力が混じった魔法攻撃は、この魔具だと無効化できなくて、それが大きな問題ってこと」
「しかし、彼らの魔具に籠められている邪神の力はごくわずかと聞いていますよ?」
「そう、だから強力な結界ならまだ役に立つって話だけど、攻撃魔法無効化は相手の魔力に干渉する物だから、魔力の力関係が直接結果に出ちゃうんだよね。邪神の力が混じっている向こうの攻撃を無効化するなら、こちらも邪神の力を混ぜないと太刀打ちできない」
「なら彼らの魔具を奪いますか?きっと邪神の力を蓄えている部分があるでしょうから、それを取り出して攻撃魔法無効化の魔具に組み合わせれば、有効な対抗手段になりそうですけど?」
「そだね。私達の魔具にも同じことができれば良いんだよね。でも、まだ向こうの魔具の実物を見た人はいないって話だし――いや、そう言えば前に魔導国の魔具の話を聞いたことがあったような気がしてきた」
アニスは顔を上げるとラ・フロンティーナに向けてにっこり微笑んでみせた。
「もう少し調べてみる。何とかなるかも知れない」
「そう。私達に手伝えることがあれば言ってくださいな。魔導国のことは王国にとっても大きな問題ですから。あと、くれぐれも気を付けて」
「うん、ありがと」
礼を口にしたアニスは、テーブルの方に目を向ける。
「何か、もう少し食べたくなっちゃったけど、ケーキのお代わりはないんだよね?」
「ありません。そのマカロンだってとても美味しいのよ。食べてご覧なさいな」
ラ・フロンティーナに勧められ、アニスはテーブルの皿の上からマカロンを一つ取って口に入れる。
「うん、確かにこれも美味しい。まぁでも、やっぱりケーキの方が上かな?ところでさぁ、ラウラ?」
「何?」
「そのお姫様口調やめない?いつものオバさんの方が良いんだけど」
「これが私の普通なのだから我慢なさい。それと、オバさんではなくお姉さんだと言ってますよね」
いつものアニスが戻って来た。
悩み事が解決したのなら良かったと思うラ・フロンティーナだった。
一人で悶々と考えて答えが出ないときでも、他人と話すと解決策が浮かぶことってありますよね。