7-20. アニスとシズアは攻撃魔法無効化の魔具を調整したくない
「シズ、行くよ」
「えぇアニー、良いわ」
アニスとシズアは、ストゥラトゥール工房の裏庭にいた。
裏庭は縦横それぞれ20から30メートルくらいの広さで、雨が降った時のためだろう、工房の建物側の四分の一の範囲には屋根が取り付けられている。
二人はその裏庭に、建物の壁を横に見る形で相対していた。
なるべく距離を取るために、どちらもほぼ壁際だ。
シズアは大きな盾を身体の前面に立て、両手で支えている。
一方、アニスは筒型の魔具の持ち手を握り、筒の開いた口をシズアに向けていた。
正確には、シズアよりやや右側。
その状態でアニスは魔具に魔力を籠め、持ち手に付けられた釦を押す。
それに呼応して、筒から光の塊が勢い良く飛び出した。
光の塊はシズア目掛けて突き進むが、数メートル手前でフッと消えてしまう。
「無効化できたみたいね」
盾の陰から覗いていたシズアが、結果を口にする。
先刻、応接室でゼペックの教えを受けていたことをアニスが明かすと、アルカムは攻撃魔法無効化の紋様を教えてくれた。
が、攻撃魔法無効化の紋様は、ただ紋様を描けば良いだけのものではなかった。
使用者の魔力の特性に合わせて調整しなければならず、その調整が結構大変な作業なのだ。
アニス達はアルカムから教わった方法で、先程からシズアに合わせた調整を進めていた。
「うん、ここまでは調整できたけど、まだ半分どころか三分の一もできてないよね。いや、四分の一?」
「少なくとも一つの属性について三種類の攻撃力で調整するように言われているから、全部で三十通り。今迄やってきたのは、火と水属性が三種類、それと光属性が一種類の全部で七通りだから四分の一弱ね」
「うー、まだまだかぁ。今の進み具合だと、今日一杯掛かりそうだぁ」
「それなんだけど、私、思ったことがあるのよね」
「何?」
アニスに返事をしようとシズアが口を開けたところに、アルカムがやってきた。
「どうだ、調子は?」
「やり方は大体分かったかな。けど、この分だと今日一杯掛かりそうなんだよね」
困り顔をしたアニスに、アルカムは目を丸くする。
「何を言っているんだ?一日でできるなら御の字じゃないか。普通は、設計値の変更ごとに設計図を手直ししながらやるから、二日や三日はすぐに掛かってしまうものなんだぞ。流石は『設計図要らず』と言うところじゃないか」
「そんなもんなのかなぁ」
地道な作業は嫌いではないが、それにしても時間が掛かり過ぎるようにアニスには思えるのだ。
「ねぇアニー」
「ん?シズ、どうかした?」
「攻撃魔法無効化の紋様については、最初にアルカムに動作の仕組みを教えて貰ったわよね」
「え?うん、魔法の元になる魔力を強制的に拡散させて魔法を消すんだけど、魔力を拡散させるには相手の魔力に波長を合わせる必要があって、使用者の魔力の波長を攻撃者の魔力の波長に合わせるのが攻撃魔法無効化の紋様の主な役割だって。アルカム、そだよね?」
確認して来たアニスに、頷いて答えるアルカム。
「その通りだ。ただ、攻撃魔法無効化の紋様は万能ではない。攻撃者の魔力の波長に合わせる部分をきちんと動かすためには、紋様に流し込む魔力の波長を揃える必要がある。だから、実際には攻撃魔法無効化の紋様の手前に波長を揃える紋様を置くことになる」
「だけど、波長を揃える紋様はそのままでは使えなくて、調整が必要なんだよね。魔力の波長は人ぞれぞれで、魔法属性や魔力量によって波長を揃える紋様の結果に違いが出るから、何通りもの攻撃パターンを試してどんな攻撃にも対応できるように調整して、漸く使える物になる」
「あぁ、それが攻撃魔法無効化の紋様を使う上で難しいところだ」
アニスが正しく理解していたことから、アルカムが満足そうに微笑む。
「でも、攻撃魔法の一つの属性に対応するのに攻撃力の違いで調整が必要なのって、波長を揃える紋様の特性が悪いとしか思えないのよね」
「特性?」
「そう。例えば、紋様に入れる魔力量が1の時の出力が1だとして、魔力量が10の時に出力が10にならないとか、100だともっと少なくなってしまうとか。相手の攻撃力が強ければ、当然、攻撃魔法無効化の紋様に入れる魔力量も増やさないといけないけど、それが十分じゃないから問題になっているように思うのよ」
「あー」
何となくシズアの言いたいことは分かった。
「だが、特性が悪かったとして、それをどうにかできるのか?」
アルカムの疑問もまたその通りだ。
アニスがゼペックから教わった中にも、紋様の特性を改善する話は含まれていない。
方法があるなら教えて欲しい。
そんな想いで妹を見ると、シズアが眼鏡を取り出して顔に掛け、二人に対して不敵な笑みを見せた。
「良い?増幅回路の特性を良くしたいなら、その出力の一部を入力側に戻す負帰還を入れるの。増幅回路の入力に対する出力比、つまり増幅率が十分に大きければ、出力に対する負帰還の比率である帰還率で全体の増幅率が決まるわ」
「であれば、難しくないか?波長を揃える紋様に入れる魔力量と紋様から出てくる魔力量は殆ど変わらなかったと思うんだが」
アルカムが腕組みをして首を捻る。
だがアニスには閃くものがあった。
「でもさ。波長を揃える紋様が通す魔力量って、攻撃魔法無効化の紋様から来る指示で決まるようになってたよね。その指示を波長を揃える紋様への入力だと考えれば、紋様から出て行く魔力量とは随分な差があることになるよ」
「となると、攻撃魔法無効化の紋様から波長を揃える紋様への魔力の流れと、波長を揃える紋様から攻撃魔法無効化の紋様への魔力の流れの間に負帰還を入れるんだな」
「だね。で、帰還率ってどれくらいにすれば良いのかな?シズ、分かる?」
「そうね。元々その二つの流れを通っていた魔力量の比率ってどれくらい?それと同じくらいから始めてみるのはどう?」
「うーん、千分の一くらいかなぁ。ともかく、帰還率は調整し易いように負帰還の部分はなるべく紋様の外側に置いておこっか」
アニスは考えながら、掌の上で紋様を描き始めた。
「なぁ、アニス。負帰還を入れるなら、波長を揃える紋様に描き込んでいる調整用の値を入れる部分は全部要らなくならないか?」
「あー、そだね。となると、波長を揃える紋様が随分と小さくなるから、空いたところに負帰還の紋様を入れ込めるんだ。で、複雑度を上げて、魔石に焼き付ける。できたっ!」
アニスが完成した試作品を皆の前に掲げてみせる。
「シズ、試してみよっ」
「えぇ」
そして二人はまた、それぞれが裏庭の壁を背にして向かい合う。
「それじゃあ、シズ、行くよ」
「いつでもどうぞ」
それまでと同じように、アニスが筒型の魔具を手にして、シズアが大盾の陰に隠れる。
そして魔具に魔力を籠めたアニスが釦を押して、光の塊を放つ。
光の塊はシズア目掛けて突き進み、数メートル手前でゆらッと揺れるが、少し小さくなっただけで、そのままシズアの横を通り過ぎ、背中の壁に当たってしまった。
「あれ、一度じゃ無理だったかぁ」
「帰還率をもう少しだけ下げた方が良さそうね」
調整して再び挑戦するが失敗、成功するまであと三回の調整を必要とした。
「漸くできたぁ」
度重なる調整で、少しお疲れ気味のアニスがホッとした声を漏らす。
「アニー、まだ一通りしか試せてないわよ。どんどん試してみて」
「おけ。なら次は、光属性の攻撃力中、行くよ」
「どうぞ」
それから二人は順番に攻撃力と属性を変えて試していく。
一つ成功した後は何の問題もなく、すべてのアニスの側からの攻撃について魔法の無効化に成功した。
「これで、本当に完成ね」
「うん、やったね。で、シズはそれ、使ってみてどう?」
「負帰還を入れたら魔力の消費量が大きくなってしまったわね。調整しないで使えるのは便利だけど、普通の人だとそう何度も連続しては使えないわ」
「まぁでも、私達やリリエラが使う分には問題ないから良いんじゃない?」
「確かに、今回の目的には十分ね」
アニスの指摘に、眼鏡を掛けたままのシズアも頷いて同意を示す。
だが一人だけ納得がいっていない人間がいた。
「なぁ、お二人さんよ。それだけの物を作れるのは凄いと思うんだが、その知識はどこから出てきたんだ?それにアニス、その魔力量で、どうして砲撃の魔具をバカスカ撃てるんだ?と言うか、魔力量が全然減らないよな?」
満足げに微笑み合うアニス達に、半眼になったアルカムが問いを投げ掛ける。
「ん?私に関する苦情はマルコにって言ったよね」
「え?アニー、私だけがアルカムに問い詰められないといけないってこと?」
「いや、そう言うつもりじゃなかったんだけどぉ。そだ、シズも一緒にマルコに面倒見て貰おうよ。きっと『最悪だ』って言いながら引き受けてくれるよ。アルカムもそう思うよね?」
良い考えだよねと言わんばかりのにこやかな表情を自分に向けるアニスを見て、アルカムは溜息を吐いた。
「はぁ、マルコもトンだ厄介事を引き受けたもんだな」
久し振りにマルコと飲みにでも行くかと考えるアルカムだった。
アルカムとマルコで愚痴り合う飲みになりそうですね。
ところで負帰還についてですが、シズアは電気回路のオペアンプの知識から持って来ています。シズアは前世で研究者、理系女子でしたから、その手の知識があったのでした。