7-15. アニスとシズアは十年後に期待したい
「その蜜柑、私達が冒険者ギルドに持っていった物?」
サラが手にした蜜柑を見て、アニスが尋ねる。
「あぁ、偶々王都におったので、我もご相伴に与れたわ」
「え?冒険者ギルドで配ってたの?」
どういう形で蜜柑がサラの手に渡ったのかが分からず、戸惑うアニス。
「そのことについては後程にしようか。それでシズアが連れている女子は何者だ?可愛らしい鬼娘だな」
サラは話を逸らし、シズアと手を繋いでやって来た少女に目を向ける。
「サラ、ご無沙汰ね。こちらはプラムちゃん」
そしてシズアはプラムに顔を向けて手でサラを示す。
「プラムちゃん、こちらは冒険者のサラ。私達のお友達?」
「おい、何故そこで疑問形なのだ?」
「冒険者の先輩を『お友達』って言うのは慣れ慣れし過ぎるかなと思って」
「我はそのようなことは気にせんから、お主も気にするな」
サラは視線をプラムに移すと手を差し出した。
「プラムよ。我はサラだ、よろしくな」
「ウチはプラム。よろしく、サラ」
と、プラムはサラの手を握る。
「電撃」
「うあぁぁぁっ」
サラの身体がぶるぶると震えた。
「おいコラ。初対面の相手に電撃をかましてくるとは良い根性だな」
「軽い挨拶やん。それにサラ、気絶せんかった」
「我はこの程度の電撃で気絶などせんわ」
「なら、もっと強くする?」
コテンと首を傾げるプラム。
その仕草をシズアは可愛いと思ったが、サラは眉間に皺を寄せていた。
「お主、我を気絶させてどうするんじゃ」
「んー、仲良くなる?」
「別に気絶せんでも仲良くしてやるから、電撃はもう要らん。まったく親からどう言う教育を受けとるんだ。ん?お主の親はおらんのか?」
サラの視線がシズア達の後ろに向けられた。
「おとんもおかんも森の中の家にいるん」
「おー、そうなのか。もう遅い時間だが、帰らんで良いのか?」
「姉ちゃん達と泊まって良いって言われてる」
「そうかそうか。しかし、アニスもシズアも冒険者としてはほぼ一人前かも知らんが、未成年だぞ。保護者としては、ちと物足りない気がするのう。そうだ、我も一緒に泊まってやろうか。我なら十分に大人だし」
その言葉を聞いたシズアは、咄嗟にしゃがんでプラムを抱きしめた。
「プラムちゃんと一緒に寝るのは私だからね」
サラに向けて威嚇するような視線を投げつける。
シズアに睨まれたサラが困惑気味にアニスを見ると、アニスは肩を竦めてみせた。
状況を察したサラは、アニスに一回頷いてからシズアに微笑んだ。
「分かった。お主達は今の部屋でプラムと一緒に寝れば良い。我は別の部屋を取る。それなら構わぬだろう?」
「ええ」
警戒を解いたシズアが立ち上がった。
「ならば飯でもどうだ?それともお主達はもう夕飯は食べてしまったのか?」
「いや、まだだよ。モーリスのところに寄ってたら夜になっちゃったんだよね」
「モーリス?まぁ良い。兎も角座れ。話は食べながらでどうだ?」
サラに促され、アニス達がテーブルに着く。
サラの隣がアニス、向かい側がプラムとシズア。
シズアがプラムを膝の上に乗せたがったが、プラムに一人で座れると主張され、シズアの方が引き下がった。
ただ、流石にプラムの背丈にはテーブルは高すぎた。それを見たシズアは、黙って収納サックから毛布を取り出し、折り畳んでプラムの腰の下に入れてあげる。
「シズア姉、ありがと」
「どういたしまして」
プラムに笑顔を向けられ、目尻を下げるシズア。
「シズ、良かったね。プラムちゃんに懐いて貰えて」
「ええ、本当に」
アニスの方を向いたシズアの目がキラキラと輝かいている。
「私ね、この子の成長が楽しみなの。将来、きっと美人になるわ。そしたら、虎縞ビキニを着せたいのよね」
「はい?」
アニスは目を丸くした。
何故に虎縞ビキニ?
「以前、他の奴から聞いたことがあるぞ。ある地方には、虎縞の服を着た鬼が雷を落としているとの言い伝えがあるとな。その真似をさせたいのではないか?」
「へー、そんな言い伝え、私、聞いたこと無いや」
「まぁお主は知らんだろう。遥か遠い異国の地の話らしいからな」
アニスはサラの言い回しから、シズアの前世の話らしいと漸く思い至る。
「あー、そなんだ。その鬼が着てた服がビキニってこと?」
「いや、確か虎縞のパンツだったと思うのだがな。シズアがビキニと言っている理由は分からん」
「それはプラムちゃんがプラムちゃんだからよ」
サラとの会話にシズアが割り込んできたが、言っていることが良く分からない。
「シズ、それ、理由が理由になってないと思う」
「そう?私の中では確かなことなのよね。まあ、見てなさい。あと十年後くらいには私の言葉が正しかったと知ることになるわ」
「じゃあ、十年後を楽しみにしておく」
アニスがプラムに視線を向けると、プラムが美味そうに骨付き肉に嚙り付いている様子が目に入った。
無心に食べている七歳児の姿からは、十年後にどんな大人になっているのか窺い知るのは難しい。
まあ、背丈が伸び、ほっそりとした身体つきながら発育すべきところがしっかり育てば虎縞ビキニが似合いそうではある。
そう考えると、十年後なら自分も。いや、シズアは自分にはビキニを着ろと求めて来たことはない。プラムだからこそシズアの琴線に触れた部分があったのだろう。
それにしても十年後か。
十年後には二十三。今で言えばラウラやティファーニアに近い歳。
今はラウラのことをオバさんと呼んで揶揄ったりしているが、その頃にはラウラに子供がいて、その子からオバさんと呼ばれているかも知れない。
「どうしたアニス、手が止まっておるぞ」
サラが声を掛けて来た。
「え、ああ、少し考えごとをしてた。十年後にはどうなってるかなぁって」
「十年後?また随分と先のことだな。もっとも、その時になればあっという間だったなと思うのだろうが」
「そんなもん?」
「そんなものだと我は思うがな」
ふむ。
と、アニスは取り分けてあったポテトサラダを頬張る。
サラからすれば十年なんてホンの少し前のことなのかも知れない。
自分の十年前は三歳で、まだ物心も付いていない時分だ。記憶も何も無い。
半分の五年前なら記憶がある。その頃は、シズアと一緒にいたくて神殿学校にも行かないと言っていた時期だ。
その後ゼペック爺に出会って魔具作りを教えて貰い、そして死に別れてもう二年が過ぎた。
一日一日、それなりに色々考えて過ごしてきたつもりだが、気が付くと時間が経ってしまっている。
そう考えると、今を大切にしないといけないのだ。
アニスはテーブルの中央の皿から、生ハムとハーブ野菜のピザを一切れ手にして口に入れる。
プラムは骨付き肉を平らげた後、今度は串焼き肉に手を伸ばす。
シズアが少しは野菜を食べた方が良いと世話を焼き、サラはその光景を楽しそうに眺めていた。
四人でお喋りしながらの食事は楽しかった。
シズアと二人の食事も勿論楽しいが、賑やかなのも良い。
好きな物を存分に食べてお腹が膨れたプラムが眠たそうな表情になったので、シズアが部屋へ寝かしつけに行った。
残った二人も席を立ち、サラの部屋へと移動する。
「で、お主達、いつまで鬼娘と行動を共にするつもりなのだ?『宵闇』に繋ぎを取ったのは何かしようとしていたからなのだろう?あの子は足手纏いになるぞ」
部屋の椅子に向き合って座ったサラの最初の言葉がそれだった。
「うん、分かってる。だから預かってくれそうな人を探そうとしてるんだ。で、『宵闇』って?」
「反魔導国の裏組織の名だ。お主達、そのために冒険者ギルドに差し入れと共に伝言を残したのではないのか?」
「そだけど、名前は聞いてなくてさ。聞きたかったのはリリエラに掛けられた呪いのことなんだけど。ザナウス神にも解呪できないらしくて、魔導国が関係してるんじゃないかって」
「その呪いの話は耳にしたことがある。どうも最近、邪神の力の影響を受けた魔具や呪具が出回っておるようだな。ザナウス神の巫女に掛けられた呪いも、そうした呪具に因る物だろう。だとすれば普通の魔力では対抗できん。それが例え神であったとしてもな」
サラが渋い顔になる。
「どうしようもないってこと?」
「普通にはな。今のところ判明している唯一の対抗手段は、魔女の力から作った魔力で解呪などの対抗魔法を発動することだけだ。そしてそれをやった瞬間に魔女であると知られてしまう」
「うーん、そか。魔女の話はあまりシズには聞かせたくないんだよね。って、あれ?シズ来ないね。どうしたのかな?」
「プラムが中々寝付かないのではないのか?」
「そうかもだけど、ちょっと見てくる」
サラの部屋を出たアニスは、自分達が借りている部屋の前へと急ぐ。
そしてプラムを起こさないようにと静かに部屋の扉を開けて中を覗くと、目を閉じたプラムの横でシズアもすやすやと寝息を立てていた。
どうやらプラムを寝かしつけるところで、シズア自身も眠ってしまったらしい。
そっと部屋に入り扉を閉めると、アニスはシズアにもきちんと布団を掛け、二人の微笑ましい寝姿を優しい目で暫くの間見守っていたのだった。
寝かしつけようとして一緒に寝てしまうことって、良くありますよね。
年齢の話が出てきましたが、ラウラは24歳になったばかりなのは7-11.で言及されていた通りです。ティファーニアについて第五A章で記載はなかったと思うのですが、一月生まれの22歳です。
と言うことで四日目の更新となりました。次回、水曜日夜中に更新したいと考えております...。無理そうなら、また活動報告に書きますね。