7-13. アニスとシズアは電撃娘の相談に乗る
冒険者ギルドで依頼を受けて王都の南の森に調査に来たアニスとシズアに、二人を手伝うと言って付いて来たラウラとトニー、さらに森の中で出会った鬼人族の少女プラムとその父親。
全部で六人がその場にいた。
いや、いるにはいるが、シズアはまだ気絶して地面の上で伸びたまま。
そんなシズアの頭の側にトニーが近寄り、上半身を起こしてカツを入れた。
「あっ、私、どうしちゃった?」
地面の上に座り込んでいる自分の状態に気付いたシズアが、呆然とした表情でアニスを見る。
「プラムの電撃で気絶してたよ」
「うー。プラムちゃんを抱っこしたいー」
泣きそうな表情でシズアは訴える。
「そう言ってるけど?」
「姉ちゃんを痺れさすのが先や」
「無理じゃないかな?」
「無理やない」
プラムはアニスにしがみついたまま、いまだにパリパリと電撃を出し続けている。
そろそろ諦めてくれても良いのだけどと、アニスは思う。
そう言えば、シズアを雷から護ろうとした時に魔女の力で身体能力を引き上げたままだった。
元に戻しておいた方が良かろうと考え、魔女の力を身体から抜こうとしたところ、魔女の力を弱めた箇所がビリビリし始める。
そうして漸くアニスは気が付いた。
プラムの電撃で何ともないのは、魔女の力が自分を護ってくれていたからだったのだと。
もしかして、これは非常に不味いのでは?
恐る恐る周りの様子を観察する。
シズアはプラムの方に注意が行っていて、アニスが変かどうかは気にしていなさそうだ。
ラウラは電撃を発しているプラムから距離を取ろうとしているし、トニーの視線はラウラを向いているから、ラウラの安全を心配しているのだろう。
電撃に耐えられるのは、それほど変なことではないのかも知れない。
きっとそうだ。そうに違いない。そうでないと困る。
いや、そう言うことにしてしまおう。
腹を決めたアニスは、さて、と自分にしがみついている鬼人族の少女に目を向ける。
プラムの背丈はシズアに較べて一回り小さい程度。
見た目からするとシズアよりも年下だろうが、そんなに離れているようにも見えない。
つまり、アニスが抱えるには結構大きかったりするのだ。
まあ、今はプラムの方からしがみついてきているし、プラムは華奢で軽いし、身体能力も強化しっ放しなので負担ではない。
が、そろそろ降りて貰いたいところではある。
もっとも、可愛いと言えば可愛いし、こうして抱き付いて貰っていると尚更可愛く思えたりもするのだが、いや、自分にとってはシズアが一番なのだ。
そう思いつつも、ついつい手を伸ばしてプラムの頭を撫でてしまう。
髪の毛が細くさらさらで気持ちいい。
「あー、アニー、ずるい」
シズアの恨めしそうな声が耳に入って来た。
できれば強制的にシズアに渡してしまいたい。
しかし、プラムはまだ電撃を出し続けている。
このままシズアに渡すとまたシズアが感電して気絶してしまいそうなので実行に移せない。
頼んだところで聞いて貰えそうな雰囲気でもなく、どうしたものか。
「ねぇ、プラムって何歳なの?」
「七つや」
年齢は見立て通りだった。
ただ七歳なら、今ここにいるのはおかしいような。
「誕生日を迎えたばかりってこと?」
プラムはポカンとした表情でアニスを見た。
「どうしてそう思うん?ウチの誕生日はラウタスの月やけど?」
「いや、バカントの月になった時点で七歳なら、神殿学校に入っているんじゃないかと思って」
何気なく答えたアニスだが、その言葉にプラムが喰い付いた。
「そや、学校や。ウチ、学校行きたいんや」
「学校に行きたい?どゆこと?」
行きたいのなら、行けば良いだけでは?
「ウチ、森の中で出会って遊んでた友達がいたんやけど、学校行くから森には来られなくなる言われて。ウチも学校行ってみたいって言うたけど、おとんもおかんもどうすれば良いか分からんらしくてな。おとんが村に聞きに行ってくれたんやけど」
そこまで話したところでプラムが言い淀む。
ここから先は父親に聞かねばならなさそうだ。
父親とは先程挨拶を交わし、名前はトラジだと聞いた。
トラジは大柄で髪の色は濃い緑、プラムと同じように頭の上に2本の角を生やしている。
その体格から一見怖そうであるが、良く見ると優しい目をしているのに気付く。
アニスがそのトラジに目を向けると、トラジは大きな体を萎縮させた。
「村の前までは行ったんやが、中に入れなくてな」
「どして?」
「あそこの村の連中、犬を飼ってるんや。村の入口にも番犬がいてな。でもワシ、犬が大の苦手やねん。それで森の木の陰から村の様子を伺ってたら、怪しげな影が見えるからって村人の連中があろうことか森に犬を放ちおったん。そしたらもう逃げるしかないやん」
「確かに」
アニスは頷いた。
犬嫌いに犬を嗾けるとは言語道断。
もっとも、森の中に見える不審な影が、犬嫌いかどうか、村人は知る由もなかっただろう。
「それで今度は村人が森に入って来た時に話し掛けようと思ったんや。が、皆、犬を連れてくるから、近寄れないねん。そうこうしてる内に、あんさんらが森に来たのや」
「つまり、冒険者ギルドに調査依頼を出されたんだ」
事の経緯は大体分かった。
村人の勘違いであったという話は、調査依頼の報告としては今一つな気がしなくもないが、凶悪な魔獣が見付かるよりかは安心だろう。
「ウチのおとんはどうなるん?」
不安そうな表情でアニスの様子を伺うプラム。
「誰もどうもしないから、心配しなくて大丈夫だよ」
「そうなん?なら良かった」
嬉しそうに笑う。
「でさぁ、プラムは学校に行きたいんだよね?」
「行きたい。ウチ、学校行けるん?」
「行ける行ける。そこのシズアお姉ちゃんが連れてってくれるよ。ね、シズ?」
アニスが振ると、シズアは喜んで首を縦に振る。
「私がプラムちゃんを学校に連れてってあげる。だから、私のところに来てくれるかな?」
シズアは立ち上がり、プラムに向けて笑顔で両手を広げてみせた。
それを見たプラムは、アニスにしがみついていた手足を離し、宙に浮いたままふわふわとシズアの方へ移動する。
「電撃は止めてよ」
「分かってる」
シズアがまた気絶しないかと心配で声を掛けたアニスに、プラムは一瞬振り向き、心外そうな表情をみせた。
いや、だって、私にしがみついている間中、ちっとも電撃を止めなかったよね、と心の中で反論するアニス。
ともあれ、プラムはシズアのところに到着し、アニスにしたのと同じようにしがみついた。
「プラムちゃん、良く来てくれたね」
シズアが幸せそうだ。
「シズア姉がウチを学校に連れてってくれるん?」
「うん、連れてってあげる。でも、この近くに学校はないから王都に行くことになるけど、良い?」
「王都やと、ウチの家から遠いなぁ」
「家が遠い人は、学校の宿舎の部屋を借りて、そこで寝泊まりするの。そうだプラムちゃん、私と一緒に神殿学校の宿舎に入ろうか?」
「「いやー、それはちょっと」」
トラジとアニスの声が重なった。
と、アニスはトラジの顔を見る。
「トラジ達の家から王都まで毎日通うのは無理だよね?」
「でも、宿舎に入ってしまうと、中々会えなくなるのと違わんか?」
「それはそうだけどさぁ」
仕方がない話だと言いたいところではあるが、考えたら自分もシズアと離れるのが嫌で神殿学校には入らなかったのだ。
トラジに何かを言える立場でも無いなと思い直す。
なので、頼みの綱とばかりにラウラに目を向けてみた。
「私がどうにかできる問題でもないと思うが。あ、いや、そう言えば、神殿学校の子供の中に知り合いの家に泊めて貰っていた者がいたな。王都に知り合いはいないのか?」
ラウラの問い掛けに首を横に振るトラジ。
「王都に仲間がいる話は聞いたことがないんや」
「うーん、そか。困ったね」
悩むトラジとアニスだが、そこに助け舟が入る。
「ねぇアニー、私に心当たりがあるの。一度王都に戻ってみない?」
「え、良いけど」
王都にいるシズの知り合いって誰かいたっけ?と首を傾げながらも同意を示す。
それをきっかけに、一行は森の入口へと移動を始めようという雰囲気になる。
丁度そこへ、別行動していたアッシュもやってきた。
バウッ。
嬉しそうに吠えながら、アニス目掛けて走り寄ろうとするアッシュ。
「うわぁ、犬やぁー」
アッシュの姿を見るや、トラジは大慌てで逃げ出して森の奥へと見えなくなる。
バウッ。
グレーウルフなのに犬とは失敬な、とのアッシュの抗議の叫びも、トラジの耳には届いていなかった。
念願かなってプラムを抱けたシズアが嬉しそうで良かったですね。
ところで、アニス達の世界は11月が新学期だって話は以前書いたような気がしなくもないのですが、もしかして、書いてなかったらごめんなさい...。11月が学年の年度始めなのです。
それと、今回も何とか三日で更新できました。