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妹大好き姉の内緒のお手伝い  作者: 蔵河 志樹
第二章 アニスとシズア、冒険者になる
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2-5. アニスとシズアは工房に相談したい

「こんにちは、ヴィクトル」

「よう、アニス、来たな」


工房の入口でアニスが声を掛けたドワーフが、ここの工房長のヴィクトルだ。

ヴィクトルは食堂の常連なので、アニスとは旧知の仲である。今日の昼間も食事に来ていたので、その際に工房を訪問したいことをヴィクトルに伝え、了解を取り付けていた。

そして宿の仕事が終わると、早速教えて貰った道順を辿り工房に来た。勿論、シズアも一緒だ。


シズアは午前中は姉の仕事の手伝いをして過ごしていた。午後から合流しようにも移動手段が無いし、そもそもシズアが一人で街道を移動するなんて、両親もアニスも同意できる話ではなかった。なので、シズアも朝、父の荷馬車に乗ってアニスと共に街に来ていた。

そしてアニスの仕事が終わるまでの間、何もせずに過ごすのも退屈なだけなので、アニスの手伝いをすることにしたのだ。


アニスに教わりながら客室の掃除をしたり、ベッドメイクをしたり、食堂の給仕もこなした。常にアニスと一緒に行動しており、二人でやってもアニスがいつも担当しているのと同じ程度の仕事しかできていなかったので、シズアはそんな権利は無いと考えていたのだが、それでも有難いことにマーサはシズアに気持ちばかりの給金を出してくれた。

それに加えて、食堂で給仕をしていると、シズアに労いの言葉やチップをくれる客もいて、ここで働くのも悪くないと思ったりもする。が、やりたいことかと問われると、何か違う気がした。


一方、アニスはずっとシズアと一緒で幸せだった。シズアはアニスより三つ年下だが、頭の回転は速く、ゼンセの記憶のお蔭もあって理解力も高い。教えた仕事は直ぐに覚えるし、テキパキとこなすので、教える方としては楽なのだが、直ぐに追い付かれてしまいそうだ。

そうなると、シズアが独り立ちしてアニスとは別の仕事が割り当てられて、今のように一緒に仕事ができなくなるのではと心配になる。

アニスにとっては姉としての面子よりも、シズアと一緒にいることの方が余程大切なことなのだった。


そんな風に、姉妹はまったく別の想いを抱きながら宿の仕事をこなし、午後になると仲良く連れ立ってヴィクトルの工房へと赴いた。

アニスは、これまでの食堂でのヴィクトルとの会話の中で、ヴィクトルが工房を持っていることは知っていた。しかし、工房を訪れるのは今回が初めてだ。


教えて貰った工房の場所は、街の中心から南東方向、城壁沿いの道から一本内側の道に面した場所とのことだった。

アニス達がそこに向かってみると、その辺り一帯には職人の店が沢山並んでいた。つまりは、武具や防具の店、鉄工所、木材、石材、陶芸工房、硝子(ガラス)店など、素材を扱う店から加工する店まで一通りのものがこの一角に集まっているかのようだった。

アニスはこれらの店の中からヴィクトルの店が見付けられるかと心配になったが、道路に面した店先で仕事をしているヴィクトルに気付き、杞憂だったと胸をなでおろした。


「どうだ俺の店は」


挨拶をしたヴィクトルは仕事を中断してアニス達に向き直り、手で工房を指し示す。

工房の建物は、両脇の鎧戸をしまう部分を除き、道に沿った一面が全部解放されていた。加えて、建物の一階部分は間仕切りの無い広い空間になっているので、内側まで良く見通せる。

その広い空間の中に、作業中と思われるものがそこここに置かれている。一見すると、無造作に置かれているかのようだが、良く観察すると入口に近い方に大きなものが置いてあり、奥になると小さなものになっているから、きちんと考えて配置されているのだろう。


「ヴィクトルの工房は、色んなものを作っているんだね」

「ああ、俺のところは、違う種類の素材を組み合わせた物を作るのが得意だからな。馬車や農耕具や、テントなんかも作ってる。(かなめ)のところには金具を使うから少し値は張るが、それ以上に丈夫で長持ちすると言うのがウチの売りだ」


ヴィクトルのすぐ脇、店の一番道路側の左手に当たる位置には、車輪の取り外された四輪の荷車が台座に乗せられていて、取り外された物であろう車輪が壁際に立て掛けられていた。

その隣には真新しい車輪もあり、その内の一つは荷車に立て掛けられている。ヴィクトルが車輪を荷車の車軸に嵌めようとしていたところに、アニスに声を掛けられて中断したからだ。


その荷車にシズアが近付いてじっくりと観察している。


「ん?どうしたシズア。興味があるのか?」

シズアの様子に気付き、声を掛けるヴィクトル。

「ねえ、この軸を車体に固定している部品は何て呼ぶの?」


「軸受のことか?」

「そう、軸受と言うのね。この軸受の隙間に入れてあるのは潤滑油だけ?」

「ああ、そうだ。それ以外に何を入れるんだ?」


ヴィクトルが不思議そうな表情をする。


「小さな金属の玉、でなければ円柱状の金属」

「は?何でそんなものを入れる?」


「車軸が回る時の抵抗を少なくするためよ。ほら、こうやって二つの金属の間に丸いものを入れれば、転がり摩擦になって軸を回転させるときの抵抗が減るよね?」


シズアが地面に絵を描いてみせた。中心を同じにする二つの円と、それら大小の円に接する小さな円を八つほど。


「え?何だって?そんなことができるのか?」


ヴィクトルが驚きの声を上げる。そこへ横から声がした。


「へえ。お嬢さんは珍しい物を知ってるね。ヴィクトル、それは転がり軸受だよ。百年くらい前に提唱されたが(いま)だに実現されていない物だ」


声の主は、いつの間にかやってきたもう一人のドワーフ。

「バート。お前は知っているのか?」

「ああ、王都へ修行に出ていた時に教えて貰った。抵抗の小さい理想的な軸受だってな。だが、結局、誰も作れていない夢の軸受だ」

「ふーん、夢の軸受か。しかしまた何でそんなものをシズアは知っていたんだ?」


二人のドワーフの目がシズアに向けられた。


「い、いや、知っていたんじゃなくて、そう言うのがあれば荷車を引くのも楽になるのになって思っただけ。ほら、荷車に荷物を沢山乗せると動かすのが大変になるのは、荷物の重さで軸受の摩擦抵抗が大きくなってしまうからよね?だから軸受のところに『ころ』みたいな丸い物を挟めば抵抗が減って動かし易くなるかもって思ったのよ」


焦ったようにシズアが言い募る。アニスはきっとシズアのゼンセの知識にあったのだと思っていたが、勿論、そんなことは口にしなかった。


シズアの説明を聞いたドワーフ達は、視線を交わした後、再びシズアを見た。


「お嬢さんがそう言うのなら、そうなのだろう。それほど良く物を見て理解して工夫を考えられるんなら、職人に向いていると思うんだが、どうなんだ?」


バートの問いにシズアは首を横に振る。


「私は冒険者をやりたいの」

「そうか、勿体ない気もするが、自分のやりたいことをやるのが一番だ。たが、職人をやりたくなったらいつでも言ってくれ。お嬢さんなら大歓迎だ」


バートの横で、ヴィクトルも頷いている。


「ありがとう。頭に入れておくわ」


シズアがにっこり微笑む。その笑みは、二人を誤魔化せた安心感から湧き出たもののようにアニスには見えた。


話が一段落したところで、ヴィクトルがアニスを見る。


「それでアニス、俺に相談があると言ってたよな。どんな話だ?」


急に振られて、話すことをきちんと考えられていなかったことに気付いたアニス。


「乗り物を探しているんだけど」


自分でも要領を得ないことを言ってしまったなと思ったが、案の定、ヴィクトルにも伝わっていなかった。


「乗り物って、そこにある馬車とかか?」


ヴィクトルが指し示した先には、作りかけの馬車があった。


「私達、手頃な移動手段が欲しいの。馬は使わずに、魔力か、人力で動く乗り物が」

上手く説明できないアニスにシズアが助け船を出す。

「魔力なら分からないでもないが、人力って何だ?自分で歩くのとどう違うんだ?」


ヴィクトルがシズアに疑問をぶつける。


「手で漕ぐか、足で漕ぐか。普通は足だと思うけど。足で漕ぐ乗り物はないのね」


ヴィクトルが首を横に振ってバートを見る。そのバートも難しい顔をした。


「聞いたことがない。で、お嬢さんはどんなものを想像してるんだ?」

「車輪を二つ縦に並べて、その間に人が座るところがあって、足のところに円盤と円盤を回すための漕ぎ板(ペダル)を付けて、円盤の回転をベルトで車輪に伝えるの」


説明しながらシズアは地面に絵を描いていく。


「車輪を縦に二つ並べるだけだと横に倒れないのか?」


絵を見ながら、ヴィクトルがシズアに尋ねる。


「速度が出ていれば大丈夫よ。そこの車輪だって、速度が出ていれば倒れずに転がり続けるよね」

「言われてみれば、そうか」


ヴィクトルが納得して髭のある顎を手でさする。すると今度はバートが口を開く。


「大体のところは作れそうだが、この回転を伝える部分をどう作るのかが問題だな」


二人のドワーフは、ウーンと唸り出す。

そこにアニスが口を挟んだ。


「それって足で漕ぐようにするから問題なんだよね。魔法を使えば良いんじゃないかな?」

「魔法で車輪を回転させようってこと?」


シズアがアニスの考えを確認する。


「それでも良いけど、シズが魔法で前に進めば良いんじゃない?そんな魔法が風魔法にあるって聞いたことがあるし、シズは風魔法が得意だから丁度良いよね?」

「アニーの言うような魔法があるのなら、確かにそれが一番単純で良さそうね」


それから四人で話し合って、動力の無い二人乗りの二輪車の詳細を詰めた。

ヴィクトルによれば、一週間もあれば作れるとのことだったので、一週間後にまた訪れることを約束して、アニス達は店を後にした。


「ねえ、シズ」


帰りがけ、アニスがシズアに声を掛ける。


「何?」

「どうして軸受の話をしたの?シズのゼンセのことがバレちゃうんじゃないかと思って冷や冷やしちゃったよ」


「それは悪かったわね。この世界の技術レベルを知りたかったのよ」

「それで分かったの?」


「まあ、何となくは。まだまだ発展の余地があるけど、この世界には魔法があるからそれがどう影響するのか興味深いわね」


澄まし顔で感想を伝えるシズア。


その言葉を聞いたアニスは顔を(しか)める。


「シズの言っていることが難しくて、さっぱり分からないよ」

「良いのよ、分からなくて。ミステリアスなところが悪女っぽいでしょう?」


それのどこがどう悪女っぽいのかもアニスには分からなかったが、黙っていた。


どうやらこの世界の技術水準は、シズアの前世には届いていないようですね。



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(2023/12/30)

後書きが無かったので追記しました。

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