7-12. アニスとシズアは森の中で追い掛けたい
さて、どうしようか。
暫く進んだところでアニスは考える。
「何かいるのか?」
ラウラが尋ねてきた。
「いや、別に」
アニスは何でも無い振りを装う。
困った。このまま「何となく」と言い続けながら進むのが厳しくなってきた。
それに、もう一つ問題がある。
先程から、目指している相手も動いているのだ。
どうも、アニス達に気付いたようで、こちらが近付いても、離れていく方向に移動してしまう。
さながら鬼ごっこなのだが、どうしたものか。
どうやら、向こう側も風の探索魔法か何かで、こちらの位置を把握しているらしい。
こちらの探索魔法に引っ掛からない理由は、風魔法で探索魔法を妨害しているから。
探索魔法を妨害している時には探索魔法は使えない。
それでどうしているかといえば、探索魔法を妨害しながら移動した後、動かずにじっとした状態で探索魔法を使っている。動かなければ、こちらの探索魔法に引っ掛かり難い。
その繰り返しで風の探索魔法で発見されずに動き回っているのだ。
どうやって身に付けたかは知らないが、随分と賢いことをするよなと思う。
そんな相手の隙を突くのなら、向こうが探索魔法を使っていない移動中に一気に近付けば良いのだが、後々シズア達への言い訳が面倒そうで、やる気になれない。
「今度はどちらだ?」
ラウラが尋ねてきた。
小径がまた分岐している。
「次はラウラが選んでよ」
「私が?そう言われてもな。トニーは何か見付けられているのか?」
ラウラがトニーを見るが、トニーは首を横に振って答えた。
トニーは鑑定眼を持っているだけでなく、風属性も得意としている。
当然、風の探索魔法も使えるし、今も使っている。
「トニーも駄目となると、適当に進むしかないか。では、左でどうだ?」
「おけ」
怪しい動きをする相手からは遠ざかる方向だが、アニスはラウラの好きにさせた。
魔女の力の眼で捉えられているので、少しくらい遠ざかっても問題はない。
それより、どうやって近付くかが問題だ。
そう考えながらラウラの後を付いて行ったのだが、そこで相手の動きに変化が見られた。
予想外のことに、こちらに近付こうとしている。
どうしてだ?
首を傾げるアニスの頬を、緑の匂いのする風が撫でる。
ああ、そうか。こっちか風上なのか。
風下からなら近付いても問題ないと考えているのかも知れない。
そして風を感じたことで、もう一つ閃いたことがある。
向こうの風魔法を邪魔すれば良いのでは、と。
こちらの風の探索魔法は向こうの風魔法に邪魔されているが、その風魔法を邪魔すれば探索魔法で探知できるようになりそうな気がする。
もしそうなれば、シズアやトニーにも探知できるので、変な言い訳を考えなくても済む。
我ながら名案。
「どうしたのアニー、遅くなってるけど」
後ろを歩いていたシズアに声を掛けられた。
考え事をしていたら、歩く速さが落ちたらしい。
「ん?何でも――いや、少し休憩しよか?喉が渇いたから」
「えぇ。良いと思うわ」
ラウラとトニーも立ち止まる。異論はなさそうだ。
うん、休むことについては怪しまれていない。
アニスは腰の収納ポーチから水筒を取り出して一口水を飲む。
さて、どうやって向こう側の風魔法を邪魔したものか。
風魔法に風魔法をぶつけてみる?
上手く相殺できるか分からないし、こちらが気付いたことを知らせてしまうことにもなりかねない。
となると魔術眼を試してみるか。
魔術眼で扱える紋様の中に、相手の魔法を弱める魔法弱体化の紋様と呼ばれる物がある。相手の魔法の紋様の効果を抑えるものなのだが、詠唱魔法を相手にする場合には魔法を発動される前に魔法弱体化の紋様の効果を発揮させなければならない。
まあ、今回について言えば、向こうは風の探索魔法と別の風魔法を交互に使っているので、狙い目となる魔法の発動の機会には事欠かない。
不安要素は、アニスが抑制の紋様を使ったことがないということ。どの程度の効果があるのかを知らず、明らかにそれを使ったことが相手に分かってしまうとラウラ達に魔術眼を持っていると知られる危険があるために加減したいが、加減の程度も分かっていない。
取り敢えず弱いところから始めようかと、アニスは相手の位置を中心に、魔法弱体化の紋様を薄く広く展開する。相手の動きを気にすることなく、効果の強弱の制御に集中できるようにするためだ。
と、一旦止まっていた相手が動き出す。
風の探索魔法に引っ掛からないので、魔法弱体化の紋様が弱過ぎたようだ。
もう少し強くしてみよう。
「ねぇアニーどうかしたの?」
「えっ、何?どうもしてないよ」
シズアに呼び掛けられて慌てるアニス。
「そうなの?さっきから黙ったままだよ」
「あー、ゴメン。ちょっと考え事してて。探索魔法に何も掛からないから、何もいなかったって報告しないといけなくなるのかなぁと思ってて」
話しながら紋様の効果を変化させていたので、最初の時からどれだけ強くしてしまったか分からない。
「確かに探索魔法に引っ掛からないわよね――いや、待って」
シズアが何か他のことに気を取られた。
それが何なのか、アニスには分かっている。
相手が探索魔法に引っ掛かったのだ。
シズアは来た道を振り返り、遠くを見ていた。
トニーもシズアと同じ方角に目を向けている。
「アニー、あそこに何かいる」
シズアが走り出した。
「シズ、気を付けてよ」
注意を促しながら、アニスも後を追う。
それはまだ数百メートルは離れたところにいた。
森の木々の影で良くは分からないが。熊のようなシルエットだ。
こちらが近寄っていくのに気付いたらしく、元いた方角へ逃げ始めた。
「逃さない」
シズアは魔双剣を鞘から抜き、相手目掛けて投げつける。
勿論シズアの力だけでは全然届かないが、魔法の糸に支えられて魔双剣はグングン先に進んでいく。
「シズ、生け捕りにして」
「分かった」
シズアは魔法の糸を相手に巻き付けるように魔双剣を動かそうとする。
しかし、何分にもまだ距離があり、どうしても動かし方が大雑把になってしまう。
そのため、魔法の糸の隙間を掻い潜って逃げられてしまった。
「ねぇアニー。少しくらい怪我させても良い?」
このままだと見失ってしまいそうだと焦ったシズアが、後方のアニスにお伺いを立てる。
「良いけど、足にしておいて」
足止めのためにはやむを得ないかとアニスは考え、答えを返す。
怪我をさせても足の傷くらいなら治癒魔法で簡単に治せるだろう。
「ええ」
アニスの許しを得たシズアは魔双剣の動きを変え、目標の足目掛けて真っ直ぐ飛ばす。
そして魔双剣があと少しで届きそうなところまで進んだ時、それは起きた。
「ウチのおとんに手を出すなぁーっ」
空から声が振って来たかと思うと、バチバチと言う音が上空で鳴り響く。
アニスが空を仰ぎ見ると、ピカピカと光る物があった。
それは自分の頭上からは少し外れているように思える。
「シズ、避けてっ」
アニスは咄嗟に魔女の力を身体中に満たして身体能力を上げると、思い切り加速しシズアの横に並ぶ。
そこでシズアの手を取り、怪我をしちゃったらごめんと心の中で詫びながら、思い切り横に引っ張って自分と場所を入れ替えた。
突然のことで何が起きたか分からず、姿勢を崩して下草の上に倒れ込むシズア。
一時的に方向感覚を失い、魔双剣の制御を手放した。
そのため魔双剣は目標を逸れ、明後日の方向へ行ってしまう。
だが、そのお蔭でシズアは災難に遭わずに済んだ。
間髪を入れず、上空の光の塊から一筋の光の筋が地上目掛けて放出され、ドーンと言う音と共にアニスを直撃する。
「アニー!」
泣きそうになりながらシズアが叫ぶ。
「ん?」
シズアの声にアニスが振り向く。
「え?」
涙で潤んだシズアの目に映ったのは、直前までシズアがいたところに無傷なまま立っているアニスの姿だった。
おかしい。アニスは突然落ちた雷に撃たれたように見えたのだが。
「こらぁ、何でウチの電撃で倒れんのやー」
また空から声が降って来た。
アニスが声のする方に顔を向けると、空中に浮かぶ、エメラルドグリーンの髪を肩まで伸ばした少女の姿が目に入ってきた。
ノースリーブのタンクトップにホットパンツと、今の冬の時期には寒くないのかと言いたくなる格好もだが、目を惹いたのは頭の上の二本の小さな角。
「鬼人族の女の子?」
その少女はゆっくり下に降りてくると、両手をアニスの両肩に乗せ、そのままアニスの上半身に足を巻く形でしがみついた。
「これでどやぁ」
鬼人族の少女の周りでパリパリと音がするが、アニスは何も感じない。
「どして?」
少女が首を傾げる。
「さぁ?」
アニスも少女と同じ向きに首を傾げた。
首を傾げながら目を合わせる二人。
少女の周囲では相変わらずパリパリ音がしている。
そこへ横から声がした。
「可愛い。鬼っ娘、可愛い」
シズアが少女を見てはしゃいでいる。
「ねぇ、貴女お名前は?私はシズア」
「ウチはプラム」
「プラム――プラムちゃん!名前まで可愛い」
目をキラキラさせてプラムを見詰めるシズア。
「私にもプラムちゃんを抱っこさせて」
と、アニスに抱き付いているプラムの両脇を手で掴もうとする。
「あっ、シズ」
危ないから触らないようにとアニスが口に出す前にシズアがプラムに触れてしまった。
「うぁぁぁっ」
シズアは呻き声を上げ、地面の上にひっくり返る。
「シズっ!」
アニスはシズアに近寄りたいが、相変わらずプラムがしがみついているためにそれができない。
「大丈夫、気絶しただけや。人を殺すほどの電撃は出しとらんもん」
言われて冷静に観察すると、シズアの胸が上下している。確かに息をしているようだ。
ホッとしたアニスの耳に、今度は遠くからの声が聞こえて来た。
「こらぁ、家のプラムを捕まえてどないする気やぁ。プラムを離せぇ、この人攫いーっ」
今さっき、シズアの魔双剣から逃げていた熊だ。
いや、頭に角があるから、鬼人族。プラムの父親らしい。
しかし、あれ、いつの間にかこっちの方が悪者に?
と言うか、プラムを捕まえているんじゃなくて、プラムの方がしがみついて来てるんだけど。
幸せそうな表情で気絶しているシズアの横で、この状況をどうしたものかと途方に暮れるアニスだった。
プラムはシズアの琴線に触れたようですね。
さて、今回はいつも通り更新できました。今後もできるだけいつも通りには進めたいと考えておりますが、無理な時は活動報告に書き込みますので、よろしくお願いいたします。