7-10. アニスとシズアは川魚料理を堪能する
「この虹鱒の香草焼き、とっても美味しい。最初の川鱒のムースも良かったけど、これは素材の味の良さをそのまま引き出していて絶品ね」
目の前のメインディッシュを口にしながら絶賛するシズア。
ここは王都の中央街区の一画にある川魚料理を売りにしている小料理屋だ。
冒険者ギルドから歩いて十分くらいの距離にある。
ラウラお勧めのこの店は、小さな佇まいながら高級感漂う外観をしていた。
アニスとシズアの二人だけでは入ろうとは思わなかっただろう。
お金の心配はないにしても、未成年者だけで入店するには憚られる雰囲気なのだ。
実際、店内に入ると身なりの良い大人しかいない。
かなりの場違い感があり、この中で食事をするのは緊張しそうに思えたくらいだ。
だが、ラウラはこの店の馴染みの客のようで、店員はラウラの顔を見ると奥の個室に通してくれた。
お蔭で他の客のことを気にせず、食事に集中できる。
気が楽になった二人は、ラウラのお勧めを聞きながら思い思いに料理を頼み、出てきた皿に舌鼓を打った。
シズアだけでなく、アニスにとっても満ち足りた幸せな時が流れる。
なので自然と会話も弾んだ。
「お前達、よく黒魔獣と戦う気になったな」
「父さん達から聞いてはいたけど、自分の目で見たことがなかったからね」
「だが、魔法が通用しない相手なんだぞ。まあ、アニスなら問題なさそうだが、シズアのことは心配しなかったのか?」
「勿論したし、最初は私一人で行こうとしたんだよ。でも、シズが一緒に行くって頑なだったから」
「だから、あれはアニー一人では無理だったって。それに私はもう魔双剣を持ってたし、全然問題なかったよね」
「まぁ、そだけどさぁ」
アニス達は、ドワランデ郊外に黒魔獣が出現した時のことを話して聞かせた。
黒魔獣と果敢に戦ったこと。
漆黒ダンジョンを消すところを目撃しようと頑張ったが結局寝てしまったこと。
「ラウラは漆黒ダンジョンって見たことあるの?」
「あぁ、あるぞ。中に入ったこともある」
「へー、入ったことがあるんだ?」
アニスは首を傾げる。
ドワランデ郊外の漆黒ダンジョンでは絶対に入るなと言われていたので、中に入ったことがあるとは考えていなかった。
ん?いや、そう言えば、試練の穴も漆黒ダンジョンだったと思い出す。
「そっか。王家の一員だから当たり前か」
王族は試練の道に一度は挑むと聞いた気がする。
ラウラも試練の道に挑んだ時に、試練の穴に入ったのだろう。
「そうだが、何でお前はそんなことを知ってるんだ?」
「え?皆知ってるんじゃないかなぁ?」
アニスが聞いたのも、パルナムの食堂で相席になった人達と世間話をしている中でのことなのだ。
「そうなのか?まあ、貴族の間では公然の秘密になっているだろうが、一般民衆にまで漏れているとは思わなかったな」
「ラウラがそう思ってるだけだよ」
「そうか」
ラウラは一瞬、納得のいってない表情をした。
しかし、アニスはお構いなしに話を続ける。
「ラウラは漆黒ダンジョンに入った時、黒魔獣とは戦った?」
「いや、近衛兵が黒魔獣に近寄らせてくれなかった。あそこの中では治癒魔法も使えないから私に怪我をさせられないんだ」
「あー、まぁ、お姫様だとそうなっちゃうよね。でもだったら、冒険者のラウラとして行けば良いんじゃない?」
「いや、見知らぬ冒険者が王城内を歩き回るのは難しいんだ。それに漆黒ダンジョンへの入口の扉を開けるには王族が立ち合うことになっているから、家族を誰か呼ばなくてはいけなくなる。流石に家族相手に変装で誤魔化すのは無理があるとは思わないか?」
「ん?」
試練の穴に入るのに、王族の立ち合いは不要だった筈。
ラウラの言っていることを理解できず、首を傾げるアニス。
そんなアニスの様子を見て、ラウラも戸惑った様子をみせた。
お互いに何が何やら分からなくなったところでシズアが口を開く。
「あの、ラウラは王城の中に漆黒ダンジョンの入口があると言ってますよね」
「あぁ言ったな。でも、お前達はそれを知っているのだろう?」
ラウラはきょとんとした表情でシズアを見る。
「知っているのは、王族は必ず試練の道に挑むことになっているらしいという話です」
「それは少し違うな。王族が試練の道に挑まなければならないのは、火属性を持っていない場合だけだ。まぁ、父も兄も弟も火属性を持っていなかったから試練の道に挑むことになったんだがな。私は最初から火属性魔法が使えたから試練の道には挑んでないぞ。だが、試練の道の話がどう関係しているんだ?」
「試練の道の三つ目の試練になっている『試練の穴』が漆黒ダンジョンなんです。アニーはラウラが入った漆黒ダンジョンはその試練の穴だと思ったんですよ。でも、ラウラが入ったのは別の漆黒ダンジョンだった」
「そうだ、王城の地下にある、と言うことは」
シズアの説明で事態を把握したラウラの表情が強張った。
「もしかして、私はやらかしてしまったのか?」
固まった表情のまま隣に目を向けるが、トニーは澄まし顔でエールを飲んでいた。
そしてゆったりとした動作でジョッキをテーブルの上に戻すと、ラウラを見てにっこりと微笑む。
「見事な自爆だったと思います」
「のぉーっ」
頭を両手で抱えて叫ぶラウラ。
「オバさん面白い」
アニスが笑う。
「元はと言えばお前が紛らわしいことを言ったからだろう?」
「あー、大人なのに子供のせいにしようとしてるー」
「まったく可愛げのない子供だな、お前は」
「可愛げのないオバさんもいるよね」
「オバさんではなく、お姉さんだ。それから私が高めたいのは凛々しさだから、可愛げはなくても構わん」
アニスに対抗するつもりかラウラは腕を組み、胸を張ってみせた。
「そか。言われてみれば私もラウラに可愛いって思われなくても良い気がする。でも何で王城の地下に漆黒ダンジョンがあるの?」
「間違えて一般人が入り込まないようにするためだと伝えられている。漆黒ダンジョンの中では魔法が使えなくて危険だからな」
「ふーん。けど、そんなに危ないんだったら、ドワランデの時みたく消しちゃえば良いのにね」
「私も詳しいことは知らないが、すべての漆黒ダンジョンを消すことはできないらしい。だから、危なくない場所に残すようにしているそうだ。試練の穴もその一つなのだろう」
「そゆことなんだ。何か難しい」
アニスも腕組みをしてウーンと唸った。
代わりにシズアが質問を口にする。
「ねぇ、ラウラ。ラウラ達は、消さずに残してある漆黒ダンジョンが王国内のどこにあるかは知らないの?」
「王家の記録を調べれば分かるんじゃないか?日頃気にしているのは自分達が管理しているものだけで、それ以外のものまでは覚えていないんだ」
「なら、管理って何をしているの?」
「漆黒ダンジョンの中の黒魔獣の数の定期的な調査だな。多めなら討伐して減らす。危険なくらい増えていたら助けを求めるしかないが、私が知る限り、助けが必要な事態になったことはないな」
ラウラの説明に対して、シズアは理解していることを示すように頷いていた。
「ラウラは助けを求める相手のことは知ってる?」
「会ったことがあるかと言う意味なら、ない」
「連絡の取り方も?」
「伝承は残っている。だが、実際に連絡を取ろうとしたことはないから、本当に連絡が取れる確信があるかと言われると辛いところだな。でも、伝承に従って、いつも城に常備してあるものがあるんだ。何か分かるか?」
突然の謎かけに、シズアは答えを思い付けずに首を横に振る。
そんなシズアを見て、ラウラの口元が綻んだ。
「そうだよな。分からないよな。答えは果物だ。城では果物を切らさないようにしているんだ」
果物?どこかで聞いた話だ。
シズアはアニスと目を合わせた。
そして今度はアニスが口を開く。
「ねぇ、ラウラ。その果物って冒険者ギルドに差し入れるための物?」
と、ラウラの眉が上がる。
「そうだ。良く分かったな」
返事を聞いた二人は、再び顔を見合わせた。
黙っていても言いたいことは分かり合えている。
どうやらスイが教えてくれたことは、王家にも伝わっている話のようであるらしいね、と。
互いに前提がずれたまま話がすれ違ってしまうことってありますよね。