7-7. アニスは魔法神の巫女から事情を聞く
アニスに睨まれたリリエラは、ガックリと肩を落とした。
「完全に貴女の力量を見誤ったわ。ホンのご挨拶のつもりで軽く脅して主導権を握るつもりだったのに、まさか反対にやられちゃうとはね。ゼント、貴方、手抜きにも程があるんじゃない?」
「いやまぁ、確かに油断があったな。面目次第もねぇ。ところで姐さん、この嬢ちゃんに剣を引いてくれるよう頼んで欲しいんだが?何とも落ち着かなくていけねぇ」
「暫くそのままそこで反省してなさいな。来て貰った甲斐がないじゃない」
「それを言われると、反論できねぇが」
目の前の会話で、二人の関係を察したアニスは溜息を吐いた。
「つまり、リリ小母さんがこの人に私を襲わせたってこと?」
「いやぁね。だから軽く挨拶程度に驚かせただけよ。貴女は知らないだろうけど、ゼントが本気になってたら、殺気なんてまったく感じないまま斬り捨てられてるわ」
まぁ、確かにさっきのは、気付けよと言わんばかりの殺気ではあった。
「そうだったとしても、挨拶にしては少し乱暴だったと思うけどね。私、帰っても良いかな?」
リリエラの話に興味が無い訳でもないが、無理して付き合うこともない。
魔術眼をくれたザナウス神はどう思うだろうか。
いや、別にリリエラと何をしろと指示はされていないのだ。気にしなくても良い。
アニスはゼントから少し離れると、手にしていた剣を誰もいない方へと放り投げた。
そして、収納サックを背中から下ろし、箒を取り出そうと手を入れる。
「アニス、ちょっと待って。あっ」
アニスに急いで近付こうとしたリリエラが、何もないところで躓いて派手に転んだ。
それも正面から。
とても痛そうだ。
両手を頭上に挙げた格好のままバルコニーの床にうつ伏せになったリリエラは、そこから顔を上げ、アニスに右手を伸ばす。
「いかないで。私が悪かったから、ね、お願いだから私の話を聞いて欲しいの」
その姿は、どう見ても悪戯をした子供が過ちを詫びているようにしか見えない。
そのまま放置して立ち去るのは、相手が哀れな気がしてきたアニス。
リリエラの前へと進み出ると、膝を突いてしゃがみ、手を差し伸べた。
「仕方がないから話は聞いてあげる」
「そう、ありがとう。感謝するわ」
アニスの手を取り立ち上がるリリエラ。
服についた汚れを払い除けながら、自力で体を起こしつつあったゼントを見やる。
「ゼント。折角来て貰ったけど、ここは二人だけにしてもらえる?調査の方は続けているのよね?」
「あぁ、王都の中は思った以上に混沌としていて、思ったように情報が手に入らねぇ。済まないが、もう少し時間が掛かりそうだ」
「貴方のことだから大丈夫とは思うけど、気を付けてね」
「あぁ。じゃあで俺は行くわ。嬢ちゃんさっきは悪かったな。今度会うことがあったら、手加減抜きで手合わせしてくれ」
「考えとく」
相手は時空魔法の使い手だ。本気でやるとなると、身体強化と装備の付与魔法だけでは太刀打ちできそうもないが、相手の強さも、自分がどう対処できるかにも興味はある。手合わせしてみたい気がする。
まぁ、次に会った時に決めよう。
そう考えながら、自分達に手を挙げて去っていくゼントを見送るアニス。
ゼントの背中には哀愁が漂っているように見えた。
「で、リリ小母さん、話って何?」
ゼントが支柱の扉の向こう側に消えるのを確認した後、アニスがリリエラに水を向ける。
「相談があるのよ」
「相談?リリ小母さんて、相談相手を襲う趣味があったの?」
アニスが目を丸くして見ると、リリエラはバツの悪そうな顔になった。
「だから、さっきも言ったでしょう。こっちの方が力が上だと思わせた方が、話が早く済むと思ったのよ」
「負けるとは思わなかったの?」
「あの手の不意打ちは、大抵上手くいってたのよ。勿論、通じないとわかっていたらそんなことやらないのだけど、慢心してたのね。調べが足りなかったわ」
リリエラは、視線を下に向けた。
「ふーん。で、私を驚かせようとしてゼントを雇ったの?いや、それだけじゃないよね、調査も依頼してたみたいだけど?」
この際だから、すべてを話して貰おうとアニスは強気に攻める。
「ゼントは私の仲間なのよ」
「仲間?神の巫女に仲間?リリエラも冒険者をやってて、その仲間ってこと?」
神の巫女が他の仕事もしていると言う意外な話の流れに、うっかり小母さんと呼んでいたことを忘れるアニス。
「近いけど違うのよ。ゼントは裏の仕事仲間。私の実家は表向きはパルナムで昼行灯商会って言う交易商をやってるのだけど、裏では秘密調査や汚れ仕事を請け負っているの。貴女、パルナムにいた時に夜烏って組織の名前を聞いたことはない?」
聞き覚えのない名前だ。アニスは首を横に振る。
「知らない。それがリリエラのいる組織の名前?」
「ええ、そうよ」
「神の巫女なのに裏の組織に入っているんだ」
「反対よ。私はそう言う家に生まれて、小さい頃からその仕事を手伝っていたの。それなのに神の巫女に選ばれたのよ。神はそんなこと気にしないのね。もっとも神殿の人達には教えていないわよ。そうでなくても明かせない仕事だもの」
「私には話してるよね?」
「貴女には味方になってもらわないといけないのよ。仲間にはキチンとすべてを話しておかないと。裏の世界は信用が第一、隠し事は良くないわ」
ふむ、裏の仕事をしている人は、真面目なのだなとアニスは思う。
しかし、例えリリエラが自分のすべてを話してくれても、自分が魔女だとは話せない。
そう考えると自分の方が悪者のように思えてしまう。
「で、私に相談があるって言ってたけど?」
アニスは話を逸らすことにした。
「昼間も話したけど、私に掛けられている呪いのことよ。もしかしたら、貴女なら解呪する方法を知っているのではないかと思って」
問われたアニスは、時空呪力眼を発動させてリリエラを観察する。
リリエラの身体には呪いが掛けられている。
その元を辿ると、とある異空間に存在する呪具に行き当たった。
その異空間は広くはなく、出口を見付けるのは難しくなかったのだが、出口の先はどこなのか良く分からない。
取り敢えず、異空間の出口に魔女の力で印を付けておく。
それから呪いを解けそうか、呪具とリリエラの身体それぞれに解呪の魔法を軽く掛けてみるが、手応えがない。
魔力が打ち消されているような感覚だ。何だか黒魔獣が魔力を打ち消すのと似ているような気がしないでもない。
そこまで確かめたところで、リリエラに視線を戻す。
「私には解呪の方法は分からないよ。けど、どうしてそう思ったの?」
アニスが尋ねたが、リリエラは暫く黙っていた。
ん?と、アニスが首を傾げたところで、漸く口を開く。
「貴女、今、何かしてたでしょう?」
「え?何もしてないけど」
しらばっくれるアニスに、半眼になるリリエラ。
「まぁ、そう言うことにしておくわ。私にも話せないことはあるし、詮索するのは裏の関係ではご法度だもの」
「あれ?信用が第一とか言ってなかった?」
「ええ、そうよ。信用が第一。だから嘘は言わない、裏切らない、秘密は守る。ただ、それに反しないのなら、不都合なことをわざわざ話す必要はないのよ。私だって全部は話していないもの」
「そか」
リリエラにも明かしていない話があるようで、アニスは少しばかりホッとする。
「それでアニス、貴女、魔術眼を授かった時のことだけど、ザナウス神から言われたことを覚えてる?」
「えーと、何だったけ?あぁ、リリエラにも魔獣眼をあげたってことと、話し相手になって欲しいようなことを言ってたような」
「そう、私のことに触れてたのね。なら、やっぱり貴女が私の呪いを解く鍵に違いないわ」
「そなの?」
アニスにはどうしてなのかが分からない。
「神はハッキリ言ってくれないことが多いから、どうしても推測が混じるけどね。そう考える理由を教えてあげる」
「何?」
「私に掛けられた呪いを解いて欲しいとお祈りした時、神は呪いを解く代わりに魔術眼をくれて、呪いについては考えておくとだけ言われたの。その後、私が王都に来て少し経った頃に、貴女に魔術眼を授けたとお告げがあったのよ。ザナウス神はそれ以上言わなかったのだけど、それが呪いに対する神の答えに思えたのよね」
「私に調べてもらえってこと?」
問われたリリエラは、肩を竦めてみせた。
「さぁ、分からない。でも、私が掛けられた呪いについて何か情報を得たら教えて貰えると嬉しいわ」
「情報の見返りは?」
いくらなんでもただでとは言わないだろうと尋ねてみる。
リリエラの方も想定済みだったのだろう、眉毛をピクリともさせずに返事がきた。
「呪いについて調べていれば、貴女にとっても役立つ情報が手に入る筈よ」
「どゆこと?」
「お金になる情報が手に入るだろうってこと。だって、私に掛けられた呪い、魔導国が絡んでそうに思えるから」
魔導国。アニスが魔女になるきっかけを作った国。
リリエラの話が本当なら、魔女としても調査しなければならない。
だが、取り敢えずリリエラに何て答えようかとアニスは悩むのだった。
リリエラは、幼い見た目のお蔭で助かりましたね。
アニスが魔術眼を貰った時の話は5-8.になりますが、もう随分と前のことなので、記憶が曖昧になるのも良く分かります。