7-5. アニスとシズアは事情を伺いたい
「あっらー、可愛い娘さん達、よく来てくれたわねぇ。どうぞ中に入って」
結局何のお咎めもなく、クラインの執務室でお昼の鍋を食べ終えたアニスとシズア。
食事を共にしたクラインに連れられてきた部屋にいたのは、妙に可愛らしい女性だった。
背丈もシズアより少し高い程度でしかない。
ティファーニアと同じように銀色の糸の刺繍の入った白のワンピースだが、裾は膝上までと短く、ショートにした金髪と童顔とが相まって、女性を幼く見せている。
誰?と問いたいところだが、部屋の中にいるのはこの女性一人。
つまり、この女性がリリエラなのだ。
リリエラは扉のところで二人を部屋に迎え入れる。
その時、チラリと流し目を送って来た。
「あざとさを感じるわね」
リリエラの前を通り過ぎた後、シズアが小声で呟いた。
隣にいたアニスが漸く聞こえるくらいの声量で、アニスに聞かせるつもりがあったかどうかも分からない。
リリエラの目の前でもあるので、アニスは反応せずにおく。
扉の外側には護衛が2名立っていたが、部屋の中はリリエラ一人。
忙しそうなクラインが執務室に戻らずに一緒に部屋に入ったのは、リリエラが心配だからなのか。
クラインがいるとなると話せないこともあるとは言え追い出す訳にもいかず、仕方がないと諦める。
四人は、リリエラの勧めで小さな丸テーブルを囲むように椅子に着いた。
リリエラから時計回りにクライン、シズア、アニスの順。
そしてリリエラは、アニスとシズアと交互に目を向けた。
「貴女達がアニスとシズアね。それで、どちらがどちらなの?あ、私はリリエラ。リリーって呼んでくれても良いわよ」
「私はアニス。よろしく」
「初めまして、リリエラ。シズアです」
ちょこんと首を傾げるリリエラに、それぞれ自分の名前を告げる二人。
二人のことはお昼を食べていた間にクラインが伝えてくれているので、説明は要らない。
「そう、貴女がアニス。ティファーニアとお友達なのよね?」
「うん、まあ」
お友達と呼べる関係だったっけかと頭の中で悩みつつ、アニスは曖昧な表情で頷く。
「だとすると聞いてた話と違うような――あ、いえ、問題ないの。ティファーニアは元気だった?」
「元気は元気だったけど、リリエラと連絡が取れないって心配してたよ」
「あー、あの子はパルナムでのことを知っているから、気にしてくれているのでしょうね。そのことは問題なくなったのだけど、今は大人しくしてろって言われているから、連絡が取れないのよ。もしティファと話せる機会があったら、パルナムと同じことは起きてないから心配しないでって伝えてくれる?」
「伝えるのは良いけど、パルナムで何があったか教えてもらっても良いかな?」
それは前にザナウス神が言っていたことではないだろうかと、アニスは気になった。
「何がどうしてなのか自分にも分からないけど、私個人を狙った嫌がらせが続いていたのよ。最初は部屋にある物が壊されてたりしたくらいだったのだけど、終いには呪いをかけられたりとかね」
「呪い。誰が?」
アニスが尋ねるが、リリエラは首を横に振る。
「それを調べようとしたのだけど、分からなかったの。呪力眼が使える神の巫女に頼んで視て貰ったのだけど、呪いの痕跡を辿れなかったのよ」
「あー」
呪いの掛け方には二つある。
術者が直接呪いを掛ける方法と、呪いのための道具である呪具を使う方法だ。
呪いの元を呪力眼で辿れない場合は、大体が異空間にある。
術者が異空間にいるか、呪いに使った呪具が異空間にあるか。
どちらにせよ、呪いの元が異空間にある場合には時空呪力眼が必要となる。
呪力眼を使うには、魔力眼と闇属性魔法が使えれば良いが、時空魔力眼となると更に時空魔法が使えなければならない。
魔力眼持ちも少ないが、時空魔法が使える人も少ない。
いくら神殿でも、時空魔力眼に必要な三属性を持つ人となると難しいだろう。
調べられなかったと言うのも納得できる。
「時間を掛けて痕跡を辿れる人を探すことも考えたのだけど、嫌な呪いだったから解呪するのを優先したの」
「それってどんな呪い?」
「最初のは、神に祈ろうとすると声が出なくなる呪い。でも、実際に出ないのは声だけで、祈りは通じていたみたいだったから、まだマシだったのよね」
それはつまり、神には心の声が届いていたから何とかなったと言うことらしい。
まあ、確かに神に対して声に出して何かを言う必要はないよね、とアニスは自分の経験から理解した。
だか、リリエラの話はそれで終わらない。
「その次が、神の声が聞こえなくなる呪い。いえ、神に声が届かなくなる呪いか、神と繋がらなくなる呪いかそこはもう良くわからないのよ。はっきりしているのは、それは闇魔法の解呪が効かなかったってこと」
「じゃあ、どうしたの?」
「私達にはどうにもできなかったわ。結局、ティファと一緒にお祈りして、ザナウス神に何とかしてもらったの。ただ、呪いについて言えば、未だに解呪できていないままよ」
その返事を聞いたアニスは、呪力眼を起動してリリエラを観察してみる。
確かに呪いそのものは残っているように視えた。
「呪いが残っているのに、ザナウス神とは話せるようになったってこと?」
「ええ、その通りよ。簡単に言えば、呪いを上回る繋がりを与えて貰ったの。まぁ何にしても、こんな呪いを掛けるなんて、ザナウス神の巫女としての私が気に入らない輩の仕業よね。まったく、腹が立つったりゃありゃしない」
自分に振りかかった理不尽な行いに対する憤りを思い出してか、リリエラは頬を膨らませてみせる。
「でも、それだとパルナムのことが解決しないまま、王都に来たってこと?」
「未解決のまま放置したかった訳ではないけど、成り行き上ね。ただまぁ王都に来たお蔭か、そうした嫌がらせは無くなったわ。とは言え、こっちはこっちで別の問題が起きているのよね」
フッと溜息を吐きながら、リリエラは目を細めてクラインに流し目を送った。
「その話は私からしましょう」
リリエラの合図を受けて、クラインが話し始める。
「先程もお話したように、貴族派は神官長の失脚を画策しています。その口実として、祭の最中に執り行われる神々への感謝の儀式が狙われているようなのです。儀式では、リリエラがザナウス神に認められて正式に神の筆頭巫女となる予定ですが、それを妨害、場合によってはリリエラに攻撃の刃を向けることすら考えているようなのです」
「そこまで分かっているんだったら、結界とかで護れたりしないの?」
「強力な耐魔法結界は神との繋がりを弱めてしまうのです。特にリリエラは呪いのことがあるので、結界を使うのが難しいのです」
クラインの言い分は分かるが、それだとリリエラを護れないことになる。
「だったらどうするの?身代わりを使うとか?」
「リリエラが偽物だと知られれば、それもまた問題になります。なので儀式にはリリエラに出て貰わないといけません。それで私達が調べたところでは、魔法攻撃を無効化する魔具があるとの噂がありまして、今、それを作れないか、王都の魔具工房に相談しているところです」
「ふーん、どういう魔具なんだろ?」
「魔法に使う魔力を打ち消すものらしいのですが、詳しいことは分かりません。そう言えば、貴女がたの商会では魔具も扱われているようですが、取引されている魔具工房で作れたりしませんか?代金ははお支払いしますので」
「お金も良いけど、もう少しやる気になれる特典が欲しいわね」
商売の話になったところで、シズアが口を挟む。
「ふーん、シズア、貴女、何が欲しいのかしら?」
リリエラは横目でシズアに微笑んでみせる。
「そうね。世の中を動かせる力が欲しいわね」
堂々とリリエラに言い放つシズア。
その答えを聞いたリリエラは、大きな声で笑った。
「シズア、貴女、とても素敵ね」
リリエラは嬉しそうに頷いてから、先を続ける。
「良いわ。もし、貴女達が魔具を持って来てくれたら、世の中を動かす力の一端を教えてあげる。ザナウス神に掛けて誓うわ」
明るく宣言するリリエラに、シズアは疑いの眼差しを向けた。
「その誓い、絶対に守って貰うからね。アニー、リリエラを護るための魔具を探すわよ」
「おけ」
何だか楽しいことになりそうだなと、アニスは思う。
それにしても、どうもシズアはリリエラを敵視しているように見えるのだが、何故だろうか。
その理由は、中央神殿を出た後に分かった。
「まったく、あのリリエラって人、気に喰わないわね。幼さそうな顔しながら、世の中を牛耳っているような態度を取って、何様のつもりなの」
街中を歩きながら、シズアは頬を膨らませ、一人で文句を言っていた。
ふむ。
幼いながら、世の中を牛耳ろうとしているシズアだって似たような物――ああ、そうか、リリエラが自分に似ているから気に入らないのだ。
「大丈夫だよ、シズ。最後に笑うのはシズだから」
「そうね。私が最後に笑えば良いのよね」
アニスの言葉で少し機嫌を直したシズア。
そんなシズアを優しく見守りながら、別れ間際にリリエラにそっと握らされた紙片をいつ見たものかと悩むアニスだった。
リリエラはティファーニアより幼く見えますが、年上なのです。
当然、シズアのことは、幼い子供のように見えているのでしょうね。