7-3. アニスとシズアは粘り勝ちしたい
「おっかしーよねー、ザナウス神の言う通りにしたのに」
腕組みをして首を捻るアニス。
「アニーは『粘れ』としか言われてないのよね?きっと、粘り方を間違えたのよ?」
「そっかなー」
シズアの指摘も、アニスには納得がいってなかった。
神のお告げは大体が曖昧なのだ。
でも、その通りにしていれば、大体何とかなる。
アニスはそういう印象を持っていた。
それなのにまさか地下牢に入ることになってしまうとは。
地下牢の中あるのは簡素なベッドが二つだけ。
ベッドの寝床の部分は、板張りの上に薄っぺらいマットが敷いてあるのみ。寝られはしても身体が痛くなりそうな代物だ。
そのベッドの一つにアニスとシズアは並んで腰かけていた。
「でもさぁ、あそこで剣を抜かなかったら、摘まみ出されてたと思うんだけどさぁ。他にやり様があったかなぁ」
「『リリエラに会わせてくれるまで、梃子でも動かない』って宣言した時の話よね。確かにそれまでは、問題になるようなことはやっていなかったと思うし、あんなに立派な身体つきの神殿騎士が来たら捕まる訳にはいかないと考えるのも普通のことよね」
「でしょー。それにちゃんと『危害を加えるつもりはない』って言ったし、実際に誰も傷付けてないし」
「えぇ、ただ単に粘っていたいだけだって気持ちは伝わったとは思うわ。だから『そんなに粘っていたいのなら良い場所を教えてやる』って言って貰えたのよ」
「それがまさか地下牢の中だとは思わなかったけどね」
アニスは腕組みを解き、少し仰向けになって身体の後ろで手を突いた。
「でも何だかなぁー」
気落ちしたアニスが呟く。
そんなアニスを慰めるようにシズアが声を掛ける。
「考えようによっては、中央神殿から追い出されるより良かったかも知れないわよ。憲兵に引き渡されてもおかしくはなかったのだし」
「まぁね。追い出されたら、暫くは入れて貰えなくなるだろうしね。でもここ、神殿の人が誰もいないし、忘れられちゃわないかなぁ?」
「確かに地下牢の中に放置したまま忘れることもありそうではあるけど、そこまで無責任な人達とは思いたくないわね。ただ、嫌になったらいつでも出て行ってくれて良いとは思われているんじゃない?装備も荷物も何も取られてないのって、そういう意味よね?」
そう普通なら、牢に入れられる時は武装解除されて荷物も取り上げられるものなのに、二人はそのような扱いは受けていない。
「うん、そだね。でも、ここで出て行っちゃったら、摘まみ出されたのと同じことだよね?それだと負けな気がする」
「ええ、だからこれは根競べね。私達の方が圧倒的に不利な」
「暫く頑張るしかないかぁ」
ある程度の意見の一致をみた二人は、地下牢の中で時間を過ごす態勢に入る。
アニスはベッドの上で横になり、シズアはベッドに腰掛けたまま本を開く。
薄暗い地下牢の中、手元を照らすためにシズアは魔法で光の玉を出すと、天井近くに上げる。
それから暫しの後、アニスは横になったままシズアに目を向けた。
「シズ、何読んでるの?アーサー・ミーツ?」
「えぇそうよ。一度読んでしまったのだけど、他にやることもないから。アニーはどうしてるの?」
本に目を向けたまま問い返すシズア。
「ん?何かやれることないかなぁって考えてる」
「何かって?」
「風魔法で受付に声を届けるとか。『リリエラに合わせろ』って聞かせ続けるのってどう思う?」
「それってもう嫌がらせの世界ね」
本から目を離したシズアがアニスを半眼で見る。
「だって、粘れって言われたしさぁ」
「何にしても、べた付いた感満載の粘り方よね、それ。でも、実際に声を届けるにしても、扉があるから事務室の中まで声は通せなくない?事務室の扉に加えて、ここに入る手前にあった階段にも扉があったと思うし」
「ん?扉は閉まってても、換気口があるよね?それを使えばできなくはないよ」
「できたとしても本当にやるの?今度こそ追い出されてしまわれかねないわよ。ここで大人しくしている方が良さそうな気がするのだけど」
「うー、でも、ただ待っているのは辛いよ」
「なら、アーサー・ミーツの本でも読めば?アニーはまだ読んでないのが随分あったわよね」
シズアは読んでいた本を脇に置いて、自分の収納サックの中を探り始めた。
「ありがとう、シズ。でも今は止めとく。それよりさぁ、お腹空かない?私はお腹が減って来た気がするんだよね」
「そう?私はまだだけど、時間としてはそろそろお昼かも知れないわね。ただ、牢屋でお昼が出てくるかは知らないわ」
収納サックから目を離さずに何の気なしに話すシズアの言葉に、アニスは目を丸くして驚く。
「えっ、お昼抜き?そんなのアリなの?」
そこで漸くシズアはアニスの方に目を向けた。
「無いとは言い切れないわよね?それに、出てこなければ、その方が好都合かも知れないわ。『お昼を出さないなんて虐待だ。悪いと思うならリリエラに合わせろ』なんて言えるようになるから」
「そかなぁ。収納サックに入ってた食料を食べてだろうって言われそうな気がするけど」
「あぁそうね。それはありそうね。そこまで考えて収納サックを取り上げずにいたかは分からないにしても、私達が文句を言い難くなっていることには違いが無いわね。それで実際、食べられる物は何があったっけ?私の方は肉とか米とか食材ばかりで、すぐに食べられる物は無さそう」
シズアと同じようにアニスも自分の収納サックの中を確かめる。
「うーん、私の方も食材ばっかだなぁ。あ、堅パンならあるけど本当の緊急用だから、今食べる物じゃないよね。となると、火を起こして焼くか煮るかしないとだよ。木の切れ端は沢山あるし、床は土だから焚火はできるけど」
「この牢の中は狭すぎて危ないわね」
それについて、二人の見解は一致していた。
牢の中にある二つのベッドの間に空間はあるのだが、火を起こした時にベッドが近くなりすぎて下手をするとベッドに火が移ってしまいそうなのだ。
なので牢の中で焚火は無理。
「そこの通路で焚火をやろっか?」
アニスが目を向けたのは鉄格子の外の通路。
周りにあるのは鉄格子だけだから燃える心配がない。
今のところ他の牢に人はいないようなので、迷惑にもならないだろう。
「それは良いけど、鍵が掛かっていて出られないわよ」
「そんなの開けちゃえば良いだけだよ」
アニスは収納サックに入っていた針金を右手に持つと、鉄格子の隙間に右手を通し、通路の側から鍵穴に針金を差し込んだ。
そして魔女の力の眼で鍵穴を観察しながら、針金をちょいちょいと動かす。
と、カチッと音がして、牢の扉が開いた。
「ほらね。簡単だよ」
得意気になるアニス。
「アニー、凄いわね。誰に教わったの?」
「え、いや、冒険者の人からだよ。誰だったかなー。色んな人から色んなことを教わったから覚えてないよ」
サラとは言えず、内心では冷や汗を掻きながら一所懸命に惚けてみせる。
その先の追及から逃れるべく、アニスはさっさと牢から出て、通路部分の土の床の上で火起こしの作業に入った。
細かい木切れを積んでから、それに被せるように大きな木切れを積み、火魔法で中心にある細かい木切れを狙って火を点ける。
直ぐにパチパチと木切れが燃え始めた。
「それでどうする?面倒だから肉を焼いて食べるので良い?」
「えぇでも、少し煙いわね」
「あー、湿った木が混じっちゃたみたいだなぁ。風魔法で通気口に煙を流そっかな」
アニスは直ぐに魔法の風で煙の流れ道を作る。
それから肉片に櫛を刺し、塩コショウを軽く振ってから焚火の火に掛けた。
シズアも牢から出て来て、アニスと一緒に肉を焼く。
暫くすると、焼けた肉の良い香りが漂い出す。
しかし生焼けはよろしくないので、涎が垂れそうになるのを抑えつつ、念入りに焼いていく。
「そろそろ良いかな?」
頃合いだと判断したアニスは、焼いた肉の串をフーフーと息で冷ましてからかぶりつく。
「うん、美味しいよ。シズも食べて」
アニスに串を渡されたシズアも同じくかぶりついた。
「確かに美味しい。でも、お肉だけじゃなくて野菜も食べたいわね」
「だったら次は間に葱でも挟もっか」
最初に焼いた肉を平らげたアニスは、今度は肉と葱を交互に刺した串を作り、先程と同じように焚火に掛けていく。
「こういうのを食べられるんなら、地下牢で粘るのも良い気がしてきた」
「食事が良ければ良いなんて、アニーも現金ね。でもこれだと、食事が出てこないって文句は言えないわね。どうしようかなぁ」
ただ地下牢に居座り続けても、状況が変わりそうに思えず、何か対策はないかと思案するシズア。
と、奥の方が騒々しくなった。
奥には地上階に抜ける階段がある。
階段を上った先に扉があるが、その向こう側で騒ぎが起きているようだ。
「ねぇシズ、何か騒がしくない?」
「そうね。何かあったのかも」
二人は呑気に焼き串にパクついていたが、少しして人がどどっと階段を降りて来たのには驚いた。
降りて来た人達の先頭にいたのは、二人を地下牢に連れて来た神殿騎士だった。
「お前達、何をしているんだ?」
「ん?お昼を食べてるだけだけど、どうかしたの?」
「どうかしたじゃないぞ。地下牢の換気口から煙が出ているから火事になっているんじゃないかと通報を受けたんだ。お前達が火事に巻き込まれたんじゃないかと心配したんだぞ」
その神殿騎士の表情を見て、アニス達は申し訳ない気持ちになる。
「それはごめんなさい。お腹が減って来ちゃったんでつい」
「ついってなぁ、お前達、まったくこっちは大騒ぎになったんだからな」
神殿騎士は、怒りを通り越して呆れた表情でアニス達を見る。
そんな時、降りて来た人達の後ろの方で笑う声がした。
神殿騎士が振り返り、その人物に視線を向ける。
「補佐官殿、笑いごとでは無いですよ」
「いや、すみません。そのお二人は本当に逞しいなと思いまして」
補佐官と呼ばれた人物が後ろから進み出て来て二人の前に立つ。
「またお会いしましたね。今度は私がお二人を助ける番でしょうか」
それは、二人が王都に入る前に助けた神官のクラインだった。
とんだ行為がとんだ勘違いを引き起こしたようですね。
ところで鍵開けのこと、4-16.でサラと競っていたのを覚えていますか?