7-1. アニスとシズアはのんびり王都を眺めていたい
アニスとシズアは王都に続く道の上で二輪車を走らせている。
二ヶ月ほど前に故郷のザイアス子爵領のコッペル村を出た二人は、飛行凧と二輪車とを乗り継いで、西の領都ザイナッハから南の公都パルナムまで移動し、そこから火の山へと試練の道を北上した。
そして無事、シズアが火の精霊との契約に成功すると、ドワーフ族の街ドワランデまで試練の道を戻るが、そこからパルナムの方へは行かずに西へ進み、サリエラ村に再度立ち寄る。
その後、二輪車でテナー山脈の隧道を抜けると、飛行凧に乗ってアルト山脈を越え、一気に王都の近くまで。
そこで二輪車に乗り換えて、王都への道をひた走る。それが今だ。
因みに、二人の故郷は王都の西に位置している。ただ、間に川と山とがあり、その上、山岳地帯には山賊が出ると言う話もあって、ザイアスから王都に向かうには整備された街道を使い、一旦ザイナッハまで行ってから川を渡る必要がある。
もっとも、アニス達には飛行凧があるので、そこまで遠回りする必要はない。
川沿いに山を南に迂回して飛んでいけば良いのだ。
そうすれば、ザイアスから王都は、ザイアスからザイナッハまでの大体二倍くらいの時間があれば行ける。
なので二人にとって、火の山の帰りに王都に行くのは、故郷に帰る前のちょっとした寄り道のような感覚だった。
「シズ、ここが教えて貰った丘の頂上だよ。ほら、王都が良く見える」
「本当に王都が一望できるわね。あの白い塔が建っているところが王城ね」
アニスは丘の上で二輪車を停める。
この場所は、昼食のために立ち寄った街の食堂で教えて貰った。
少し遠回りにはなるが、初めて王都に行くのなら、まずここから王都を眺めるのがお勧めだと言われたのだ。
「言われた通りに来て良かったって思わない?ここで初めて見るからこそ、感動が大きいよね」
「ええ、王城は綺麗とは聞いていたけれど、こうして後ろにある川も含めて眺めるのが一番だと思うわ」
王都は川の分岐点にある。
南西のザイナッハの方から流れてくるラウール川と、南東から流れてくるレモーネ川が王都の北側で合流し、北の辺境伯領を横断した後に海に流れ込んでいる。
その王都の北側、丁度川が合流している部分の高台に王城が聳えていた。
両脇も後方もすべて川。
川の青、その向こうの森や草地の緑、それに空の青を背景にした白い城はとても美しいものとして目に映る。
「これを見られただけでも王都に来た甲斐があったって感じだね」
「その意見にはまったく同意だけど、ねぇアニー、この下の森の辺り、おかしな動きがない?」
シズアもアニスも風の探知魔法を付与したイヤリングをしていた。
二人とも、自分で探知魔法を発動することもできるが、付与魔法は詠唱不要で魔法の維持にも神経を使わずに済むことから、イヤリングの付与魔法を愛用している。
特に街の外では何が起こるか分からないので周囲を警戒する癖がついていたし、それは今もそうだ。
だから森の中で動く物があることにも気が付けていた。
「あー、そだね。山賊、いやこの辺りだと盗賊かな。でも、狙われているのは私達じゃないよね。この道の先を走っている馬車の方だよね」
「多分、そう。護衛が付いているけど、二人だけ。相手は10?」
「11だよ。護衛はフルアーマーの騎士だけど、相手が多過ぎるかなぁ。いや、使える魔法によっては問題ないかも。でも、それは盗賊の方にも言えるかぁ」
腕組みをして、戦力分析を試みるアニス。
「どうする、アニー?助けに行く?」
「シズを危険に晒したくないから放置でも良いんだけど、のんびり景色を眺めている気分にもなれないしなぁ」
「盗賊にやられてしまうのを黙って見ているだけなんて嫌よ」
「そだね。ともかく知らせには行こか。シズ、運転変わってくれる?」
「ええ、喜んで」
シズアが前に座り、アニスは後部座席の上で片膝を突いてしゃがむ。
アニスの両手はシズアの肩の上に。
準備ができたところでシズアが二輪車を走らせ始める。
そこから先は下り坂、シズアの得意とするところだ。
「シズ、ラウドを、って良いや、自分でやる」
水魔法しか使えないことにしているアニスは、風魔法のラウドをシズアに任せたかったのだが、それで運転が疎かになることの方が嫌だと考え、諦めた。
自分で前方の馬車に向けてラウドを発動し、口を大きく開く。
「てきしゅー。警戒態勢」
アニスの声が馬車とその周囲に響き渡る。
これで襲撃を諦めてくれればと思ったのだが、残念ながらそうにはならず、逆に襲撃者の動きが速くなった。
そして襲撃が始まる。
最初は森の中から馬車の前方に飛び出た三人が、護衛や御者に向けて矢を射かけていく。
「弓を持っているのが三人、魔力量が多いのが四人。シズは弓を使えなくできる?私は魔法の方を対処するから」
「分かった」
そう言っている間にも二輪車は加速しながら坂を下り、馬車の直ぐ後ろまで来た。
二輪車を運転しながら詠唱していたシズアが、力ある言葉を叫ぶ。
「トルネード」
風の竜巻が、弓を持った三人を巻き込んで宙に放り投げる。
「シズ、上手い」
直後、二輪車が馬車の真横に差し掛かったところで、アニスが後部座席から跳び上がった。
そのまま、後方に宙返りしながら身体を半分捻り、前傾姿勢で着地してバランスを崩さないように足を滑らせ速度を落とす。
その間にも魔力眼で魔法の発動の兆候を探る。
魔力量が多く、魔法が使えると思った四人は、すべてが森の中に留まっていた。
うち、魔法を発動させようとしているのは三人。それぞれ火魔法、水魔法に土魔法。
残り一人は火と光魔法の二属性使い。
一番優秀そうなのに、魔法を使おうとしないのは何故だろう。
だが今は考えている場合ではない。
魔力眼で狙いを定め、発動されようとしている魔法の紋様に魔力の弾を当てて片端から壊していく。この中に魔力眼持ちはいないから、何が起きたかは分かるまい。
同時に、護衛騎士に剣を振り下ろそうとしている一人に後ろから近付くと、その脇腹に回し蹴りを食らわせ、真横に吹っ飛ばした。
シズアはと言えば、アニスが飛び降りた後に二輪車を横滑りさせて停め、魔双剣を放つ。
その魔双剣で、態勢を立て直しつつあった弓使い達の弓の弦を切ると、今度は護衛騎士に剣を向けている盗賊の二人の身体に魔法の糸を巻き付けて身動きを取れなくした。
「失敗だ。総員退け」
戦闘に参加しなかった二属性使いが叫ぶ。
その号令で、襲撃者達は散り散りになって森の中へと逃げ込んでいった。
ただし、魔双剣の魔法の糸に縛られた二人は残して。
襲撃された馬車の関係者、つまり護衛騎士二名と御者は、傷を負っていたものの無事だった。
「君たちのお蔭で助かった。礼を言わせて欲しい」
護衛騎士の一人がアニス達の前に出て、感謝の気持ちを表す。
もう一人も同意を示すように二人に軽く頭を下げる。
「あ、いえ、どういたしまして。それでだけど、そこの二人を引き取って貰えます?」
アニスは、魔法の糸で動けなくなっている襲撃者の二人を指差す。
「ああ、勿論、そうさせて欲しい」
護衛騎士は馬に付けていた収納袋から縄を取り出し、一人ずつ襲撃者を縛り始めた。
そこに別の声が耳に届く。
「開けてくれ」
声は馬車の上の方から。
馬車は冒険者が使うような幌馬車ではなく、貴族や金持ちが乗るような箱型馬車だ。
声は、その開いた窓から聞こえていた。
指示に従い、御者が馬車の扉を開く。
と、その開けられた入口に男性の姿が現れた。
神官服を着ているので、明らかに神官だ。
歳は三十代半ばだろうか。
赤色の髪を数センチほどに短く切っている。
男性は馬車を降りると、アニス達の前に立った。
「この度は危ないところを助けていただきありがとうございます。私は王都シン・ラフォニアの中央神殿の神官を務めさせていただいているクライン・ファーウェイと申します。失礼ですが、お名前をお伺いしても」
「いえ、名乗るほどの者では――」
アニスはそう言って名乗らずに誤魔化そうとする。が、にこやかに微笑むクラインの目力が思いのほか強く、結局は折れた。
「アニスです」
「私はシズア」
「心優しきアニスとシズアに改めて感謝を。それにしても見事な立ち回りでしたね。特に相手の魔法の紋様を壊して魔法を封じるあたり――おや?」
アニスはしまったなと思う。
護衛騎士含め、戦いの参加者の得意属性は確かめていたのに、馬車の中にいたクラインのことは気にしていなかったのだ。
そのクラインが水属性に適性を持つと共に魔力眼持ちであったとは。
実のところ、魔法攻撃はクラインでも対処できていたのではないかろうか。
余計なことをしてしまったかも知れないと後悔しても、既に時遅く。
なので、せめて名乗らずに済ませたかったのだが、そうもいかなかった。
けれど、クラインは首を傾げている。
クラインの魔力眼では、アニスもシズアも魔力眼持ちには見えていないからだろう。
アニスが魔女の魔道具のペンダントを使って、水属性以外は見えないようにしているためだ。
「どうかしました?」
取り敢えず、惚けてみせるアニス。
「いや、あんなに見事に魔法の紋様を破壊していましたので、お二人のうちのどちらかは魔法の紋様が見えていたのではと思いまして」
にこにこしながらも困惑の色を隠せないクライン。
いや、ここで口は割らないぞと、対抗するかのようににこにこと微笑み返すアニス。
「あ、それなら私です」
硬直しそうな雰囲気の中で、シズアが声を上げる。
「でも、貴女は魔力眼をお持ちではありませんよね?」
不思議がるクラインに、シズアは腰の収納ポーチから眼鏡を出してみせた。
付与魔法が見える魔法を付与した眼鏡だ。
魔法付与されていることは、クラインにも見えているだろう。
「これを使いました。戦うときはこうして眼鏡を掛けて、敵の魔法の紋様を見付けて壊すんです」
そう言いながらシズアは眼鏡を掛けてみせる。
あれ、あの子、眼鏡を掛けていたっけか、と護衛騎士が首を傾げているが、気にせず堂々とクラインを見詰めるシズア。
今度はクラインの方が折れた。
「分かりました。そう言うことにしておきましょう。それでお二人は、これからシン・ラフォニアへ?」
「うん、そのつもり」
代表してアニスが言葉を返す。
「なら、この馬車にお乗りになりますか?丁度、私も王都に戻るところですので」
「いえ、自分達で行きたいので遠慮します」
これ以上話をしていると、ボロを出さないとも限らない。
なるべく早く、お別れしたいとアニスは願う。
「そうですか。でしたら是非、中央神殿にお立ち寄りください。何かお礼をさせていただきたいのです」
「分かりました。覚えておきます。では、私達はこれで」
それを別れの挨拶にして、アニス達は二輪車に跨り、王都に向けてその場から走り去った。
「面白い子達ですね。まだ若いのにあれだけの装備を持ち、戦い慣れしているとは」
去りゆく二人の後ろ姿を眺めながらクラインが呟く。
魔力眼のことは隠せても、装備にゴテゴテに付けた魔法付与は隠しようもなかったのであった。
アニスとシズアは、自分達の装備が傍から見ると高価な物に見えることについて、頭から抜け落ちているみたいです。
クラインの話にあったソファーズですが、ぶどうの産地で有名です。ソファーズ種というぶどうもあるくらいです。
そのソファーズ種の赤ワインは5-24.でエルザが飲んでいましたね。彼女が飲んでいたのはザイアス子爵領内のペアナ村で育てたソファーズ種でしたけれど。
それから、「魔具」は魔法を付与した道具、「魔道具」は魔女の力で作った道具と一応区別しています。今回を機に過去の話を調べていたら、幾つか間違えていたので直しました。
本話に登場している魔道具は主には二つで、一つはアニス達がいつも身に付けている魔法属性を隠す物、もう一つは漆黒ダンジョンを消すときに使っていた杖のような物です。
(他にも出ていたかも知れませんが、忘れてます...)
と言うことで、第七章の始まりです。
今回、アニスとシズアは王都のお祭りに行くようです。
まあ、二人のことなので、ただの祭りの見物で終わるとは思えませんが、どうなるのかはお楽しみに。