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妹大好き姉の内緒のお手伝い  作者: 蔵河 志樹
第六章 アニスとシズア、火の山に赴く
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番外1. リョウは突然の申し出に戸惑いを隠せない

時間的には、第五章の後のことです。

冒険者パーティー春告草(はるつげくさ)の四人は車に乗り、デンゼンの街の門をくぐり抜けて街道に出る。

そこから街道を少し進んだところで、突然目の前に女性が飛び出し、馬車の前に立ち塞がった。


御者台の上で手綱を握っていたリョウは、慌てて手綱を引く。

馬車は女性の手前で停まった。

事故にならずにホッとしたリョウは、飛び出してきた女性に目を向けてその様子を観察する。


女性は栗色の髪を(かんざし)(まと)めており、腰に剣を帯びているが騎士服ではないことから冒険者なのだと思われた。

歳は若い。二十八歳の自分より明らかに年下に見える。

二十歳前後、いや、二十歳にもなっていないような。表情にあどけなさが残っている。


それにしても、突然馬車の前に出てこられて驚いた。

ここから怒鳴(どな)るか。

いや、きちんと言い聞かせた方が良い。


そう考えてリョウは御者台から降りようとするが、リョウが腰を浮かすよりも早く女性の方が御者台の横にやって来ていた。


貴方達(あなたたち)が冒険者パーティーの春告草?」

「ああ、そうだ」


どうしてか女性の気迫に押されて、馬車の前に飛び出して来たことに対する非難の言葉が口にできない。

隣に座っている魔法師のエイミーも黙ったままだ。


しかし、何故この女性(ひと)は春告草の名前を知っているのだろう?

これだけ綺麗な子なら、一度会えば忘れようもないと思うのだが、どう記憶を掘り起こしても以前どこかで会った覚えがない。


戸惑うリョウとは反対に、女性の方は嬉しそうに微笑んだ。


「良かった。(ようや)く追い付けた。アルスラムから王都に向かっているみたいだったから、その道を反対に進んだのに、会えずにアルスラムに着いてしまったし、冒険者ギルドで確認したらテナー山脈の反対側のサリエラ村の依頼を受けているし。でも、ともかく会えて嬉しい」


どうしてか、この女性(ひと)は自分達を探し回っていたらしい。

何だかリョウは申し訳ない気持ちになる。


「確かに王都に向かっていたんだが、途中で出会った行商人に、南では新鮮な魚が食べらるし米もあると聞いてパルナムに向かうことにしたんだ。無駄足(むだあし)をさせてしまったのなら悪かったな」

「問題ないから気にしないで。それで、貴方(あなた)が春告草のリーダー?」


女性は御者台の下からリョウを見上げていて、必然的に上目遣いになる。

その仕草も可愛い。ぶっちゃけ、自分の好みだ。

しかし、リーダーかと問われているところで、デレデレする訳にはいかない。


「そ、そうだ。俺が春告草のリーダーをやっているリョウだ」


真面目ぶって答えるリョウ。

だがそこで、女性の口から想定外の言葉が発せられた。


「そう、貴方がリーダー。ならお願いがあるのだけど」

「何だ?」


「私に赤ちゃんを頂戴(ちょうだい)

「は?えっ、何だって?」


余所(よそ)行きの表情が一気に崩れる。


「赤ちゃんを頂戴って言ったのよ。私、赤ちゃんが欲しいの、今すぐ、ここに」


と、女性は自分のお腹を掌でポンポンと叩いてみせた。


この女性(ひと)は、自分の言っていることが分かっているのだろうか。

リョウが二の句を継げないでいると、馬車からハイエルフが顔を出してきた。


「力の波動を感じると思ったら、珍しい子がいるじゃないか。久しぶりだなトキ――うっくっく、トキ――アッハッハ」


ハイエルフが笑ったのは、こちらの言葉でトキとは「おなら」を意味するからだ。


そんなハイエルフに、女性が頬を膨らませてみせた。


「人の名前で笑わないで貰える?それが嫌だから、今はトキノって名乗ってるのよ」

「悪い悪い。そうか、トキノなんだな。これからは間違えないようにするよ。それにしても、どうしてこんなところに?君はあちらの世界で警戒(けいかい)任務にあたっていたのではなかったか?」


「ええ。でも、赤ちゃんが欲しいって言って、休みを貰ったの。今はあの人達が代わりにやってる」

「あの人って、あぁ母娘(おやこ)喧嘩(げんか)してるって(うわさ)があったが、本当だったんだ。と言うかまだ続いていたのか?随分前に聞いた気がするぞ」


ハイエルフは何時のことだったか思い出そうとするが、思い出せない。

当時、そんなに興味を引かれるような話でもなかったのだ。


「私にはそれだけ大切なことだったの」

「でも、喧嘩(けんか)をしている()りには休みをくれたんだ?」


「あの人は喧嘩しているとは考えていないのよ。私が(ひと)りで騒いでいるだけだって。だから余計に腹立たしいの。ところで、貴女(あなた)、ランよね?耳が長くなっているみたいだけど?」


トキノがハイエルフの耳を指差した。


「私は今はハイエルフだからな。でも、そう、ランだ。よく覚えていてくれたな。以前に会ってから随分と経ってしまったが。しかし、あの頃の寡黙(かもく)な娘っ子が、随分とお(しゃべ)りになったものだ」

「いつも話し相手がいるからね」


「そこの精霊か?運命神ファタリティアの精霊とは珍しいのがいたな。契約しているのか?」

「ええ、ファラが運命神の加護があれば赤ちゃんが授かり易いって言うから」


トキノがランに向けて嬉しそうに微笑みを見せる。

ファラと言うのは、精霊の呼び名だろう。


「えーと、その話は初耳だな。流石は運命神の精霊と言うべきか」


言葉が尻つぼみになってしまうラン。

長くこの世界に留まっている中で、赤ん坊が授かり易いなどと言う運命神の加護なんて聞いたことが無い。


どんな顔がトキノにそのような話をしたのかと精霊に目を向けるが、魔力眼では精霊の位置は分かっても、その表情は分からない。

それなのに精霊ファラは、ランの視線を避けるためだろう、トキノの陰に隠れようとしている。


ランはため息を()くと、話を先に続けることにした。


「それで、さっきも『赤ちゃん』と聞こえたように思うんだが、リョウと何を話した?それでどうしてリョウは固まっているんだ?エイミーは聞いていたんだろう?」

「うん、聞いた。トキノに赤ちゃんが欲しいと言われて、リョウはどこで襲おうかと考え中」


「俺はそんなこと考えて無いわっ。あまりに突飛なことを言われたから、どう理解したら良いかと考えていただけだ。大体、この子、未成年じゃないのか?」


エイミーの酷い言いように、それまで固まっていたリョウが反応した。


「そう?十五歳より十分(じゅうぶん)上に見える」

「違うよエイミー。こっちの話じゃなくて、俺達の故郷の決まりの話だよ。俺達の故郷では成人は二十歳で、未成年の結婚には親の同意が必要なの」

「まあ、精神的には相当な歳なんだが、その身体は随分と若そうだよな」


ランはトキノに目を向ける。


「なぁトキノ。実際は幾つってことになってるんだ?母親の了解はあるんだろう?」

「えーと」


と、トキノはもじもじし出した。


「この身体は十八なんだけど、それだと支障があるだろうから戸籍は二十二にしておくって言われたの。だから間を取って二十歳ってことにしてる」

「いや、そんな間の取り方は駄目だろう?」

「駄目かなぁ?」


トキノに見詰められたリョウは、胸がドクンとして反論の言葉を口に出来ない。


「ひゃ、百歩譲っても、子供を作るなら夫婦にならないとだ。お前、俺と結婚する気はあるのか?」

「夫婦?結婚?(つがい)になるってこと?(つがい)になって交尾すると子供ができるその(つがい)のこと?」


「あー、間違ってはいないんだが、どう言う教え方をされているんだ?トキノにだってご両親はいるんだろう?」


リョウの言葉にトキノは首を横に振った。


「私に親は一人だけ。親とは呼びたくないあの人しかいない」

「そうだったのか、それは済まないことを聞いたな。俺は父親と母親に育てられたもんだから」


リョウはバツの悪そうな表情になる。

そんなリョウに、トキノは微笑んでみせた。


(つがい)で赤ちゃんを育てるのも楽しそうだから、良いよ、リョウ。私、貴方(あなた)と結婚する」

「えっ、結婚するの?今?でも、ここは異世界で、婚姻届を出そうにも役所に行けないし」


慌てて変な言い訳をしてしまっているなと思う自分がいる。


「役所に行けば結婚できるの?なら、今すぐ行こ」

「いや、俺が言ってる役所って俺達の元いた世界のだから、直ぐには行けないよ」


「ん?問題ないと思うけど。ラン、どこか隠れる場所はない?」

「この馬車の中で良いんじゃないのか?」


馬車の中から御者台に身を乗り出していたランは、少し横にずれて自分の横に人が通れるだけの空間を作る。


「ありがとう、ラン。じゃあ、リョウ、馬車の中へ」


リョウが返事をするより早くトキノは御者台に乗り、リョウの手を引いて馬車の中へ入った。


「ラン、人が寝てる」


馬車の中に入ったトキノの足下(あしもと)には、男性が横になって眠っている。


「そこのカズのことは放っておいて問題ない。二日酔いで寝たいって言うから、睡眠魔法を掛けてあるんだ」

「それは気の毒なことね。じゃあ行くから、リョウ、私の手を離さないで」

「は?」


次の瞬間、トキノとリョウの姿が消失した。


「ねぇ、ラン」

「何だ?」


その場に取り残されたエルフとハイエルフの瞳は、二人が消えた空間を捉え続けている。


「こんなところからでも、いきなり異世界に行けちゃうもの?」

「いや、トキノが特殊なんだ。私にはできない」


「ふーん、リョウもとんでもない人をお嫁さんにしたね。と言うか、リョウ、凄かった。何気に思いっきりプロポーズしてた」

「『俺と結婚する気はあるのか?』って奴?当人にその気があって言っていたのかは不明だがな」


「いつ帰って来るかな?」

「さぁ、直ぐに帰って来るんじゃないか?一刻も早く赤ちゃんが欲しいみたいだし」


「そうかぁ。このパーティーも(にぎ)やかになりそうだね」

「子守をしながら目指すような所ではないのだがね」


それでもトキノがいれば大幅に戦力が強化されるから何とかなるかな、と思うことにしたランだった。


出会いの第一印象は重要ですよね。


ところで、間話ですらなくてすみません。


このお話、今ここで書かないと永遠に書く機会が無さそうなので書かせていただきました。


第四章で出てきたトキノと、第五章で出てきた春告草の出会いはこんな形だったのです。


なお、文中でトキノが二十歳と言っていましたが、4-19.でもそう言ってます。


あと、この年代では、成人は二十歳でした。


それでですが、このお話、あと一回お付き合いいただけますでしょうか。


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