6-33. 間話・魔女達は今後の対応を確認する
アニスとシズアの生まれ故郷、ザイアスの街の北東部にある精霊の森。
その入口部分に建てられている賢者の家は、魔女の結界に隠されていて普通には近付けない。
その賢者の家の居間で、賢者を名乗るハイエルフのタキは、優雅にお茶を飲んでいた。
ただ、その表情は顰めっ面だ。
「何故、私はこんなのと茶を飲んでいなければならないんだ?」
「こんなとは何だ、タキ。ワシにはキョーカと言う名前があるにゃ」
「私達がここにいるのは、お頭に呼ばれたからなのです。文句があるならお頭に言うのです」
向かい側に座っているのはキョーカとスイの双子の姉妹。
タキと同じようにお茶を飲んでいる。
「まったくボスはお忙しいと言うのに、今度は何をやらかしやがりました?」
「ワシらがやらかした前提で話をするのはやめて欲しいにゃ」
「そうなのです。私達はキチンと仕事をしてるのです。呼び出しを受ける理由が無いのです」
「何も問題が無いのなら、態々ここに呼ばれることはないとは思わないんですかね?」
キョーカとスイの反論に、タキは目を細めて応じる。
そんな時、リビングの一角で魔女の力を強く感じたかと思うと、新たな魔女の姿が現れた。
白銀の髪をサイドテールに纏め、白地に銀のアクセントの入った服装をしている。
シズアに対してトゥリレと名乗った魔女だ。
「お頭の背が高いにゃ」
「歳を取って縮んだのかと思ってたのですけど、また背が伸びたのです」
「背を縮めているのはワザとであって、歳のことは関係ないわ」
トゥリレが、双子の長であるサラの声で突っ込む。
そこへタキが口を挟んだ。
「それでボス、他人のフリして何処に行ってたんです?」
「他人では無いわ。これが我の本来の姿なのだが忘れたのか、タキ?」
「こちらではずっとちんちくりんのツインテールでしたので、違和感しか無いですね」
「慣れとは恐ろしいな。まぁ良い」
気を取り直したサラは、姿勢を正して胸を張る。
「シズアに会ってきた。あ奴が火の精霊の洞窟に到着した故にな」
「あぁ、あそこならアニスの探知も届きませんからね。それでどうでした?」
「まぁ情報は得られたが、その話の前に我にも茶をくれるか?少し寛ぎたいぞ」
「なら、新しいお茶を淹れましょう。ボスは着替えてきたらどうです?」
「そうだな。そうさせて貰おうか」
そう言い置いてサラはリビングから出て行った。
タキもソファから立ち上がるとお茶のポットを持って同じように出て行く。
その場に残されたキョーカは困惑気味に隣のスイを見た。
「今の話からすると、お頭はアニスに内緒でシズアに会いに行ったのにゃ」
「私達がここに呼ばれたことと何か関係があるのです?」
問われたスイも状況が分からず、首を傾げる。
二人は先程サラから突然呼ばれて来たところで、まだ事情を聞かせてもらっていない。
そんな二人のいるリビングに戻ったのはタキの方が早く、新しいお茶を入れたボットとティーカップを一セット、お盆に乗せて持って来た。
それから少しして、サラも入って来る。
サラの背丈は相変わらず高く、髪型もそのまま。しかし、服装はゆったりとした部屋着に変わっていた。
ソファに近寄ったサラは、空いている席のソファにティーカップを認めるとそこに腰を下ろし、一口お茶を飲むとソファの背に寄りかかる。
「茶を飲むとホッとするな。さて、何から話したものか」
「手紙に書かれた者たちとの関係が気になりますね」
「ん?手紙って何のことにゃ?」
手紙のことを知らない双子が揃って首を傾げた。
「ドワランデの近くに現れた漆黒ダンジョンを消しに行った時にシズアからの手紙を受け取ったのだよ。それがこれだ」
サラは部屋着のズボンのポケットから折り畳まれた紙を出し、双子との間にあるテーブルの上に置く。
それをスイが取り上げて目を通した。
「これはあちらの世界の字なのですね。でも、これは――」
「シズアは転生者だと言っていたからあちらの字を知っていても不思議ではないにゃ。で、何て書いてあるにゃ?」
「『フェリ、デリア、シノと言う名に心当たりがあるのなら会って貰えませんか?シズア』とあるのです」
「なんでそんな名前が出てくるにゃ?転生前は魔女とか言わないにゃ?」
キョーカに目を向けられたサラは、首を横に振って答えを示す。
「それは違う。あ奴は魔女ではなかったよ。だが魔女のことは良く知っておる。あ奴の言葉通りなら、あ奴はフェリの養い子だ」
「つまり孤児だったということですね。あの人も物好きと言うか、堅物に見えて面倒見が良いと言うか。でも、あの人がただの人の子に魔女の話をしてたってことです?」
フェリの為人を知るタキにとっては信じられないことのようで、怪訝な表情をしている。
「前に魔女絡みの事件に巻き込まれたのだと言っておった。それもあってか、随分とフェリに可愛がられていたようだな」
「それで三ノ里にも出入りをしていたのですかね?」
「デリアとシノのことか?三ノ里の連中は一般人と共同の研究機関を設立しているからな、前世のシズアはそこに入っていたらしい」
「そうした繋がりがあったことは分かりましたが、それでどうして我々と連絡を取ろうとしてきたのです?」
「タキ、それは至極簡単で単純な理由からだ」
「何です?」
タキの表情に疑問符が現れる。
「気が付いたのだよ、ここがどんな世界か。それ故、我々がおるに違いないと考えたのだそうだ」
「ここがどんな世界か、です?」
「最初は転移者が目に付くなと思ったところからだそうだが」
「春告草ですか?ランから報告がありましたね」
春告草はアニスとシズアが旅の途中で出会った冒険者パーティーだ。
メンバーは、人族のリョウにカズ、ハイエルフのラン、エルフのエイミー。
そのうちリョウとカズが転移者であるとバレている。
ランはサラ配下の魔女だがそれはシズアには知られていない筈。
「そうだ。そして春告草の男達を同郷だと言って探していたトキノにも出会っておる」
「あぁ、一刻も早く赤ん坊が欲しくて、ボスがこの世界のことを教え込む前に魔女の里を抜け出してしまった戯けですね」
里から抜け出したトキノが出会ったのがアニス達。
そこで冒険者ギルドのことを教わり、倒した魔獣を換金し、一緒に出会ったザイアス子爵の娘イラから二輪車を譲り受けると、男探しの旅に出てしまった。
「あ奴に覚える気を出させようと春告草の男達の話をしてしまったのは失敗だったな。まぁそれはさておくとして、その上でシズアの前にお主達が現れた訳だ」
サラが双子に目を向ける。
「え、いや、ボス。ワシらはシズアに何も教えてないにゃ」
キョーカの隣では、スイが頭を何度も振って同意を示していた。
「行きつけの食堂で納豆や明太子を作らせていたと聞くが?」
「あー、それは、先代のキョーカが教えたのであって、ワシではないにゃ」
「おい、お主、何年我の下で魔女をやっておるのだ?そんな言い訳が我に通じると思うたか?」
怒りを通り越し、サラは呆れ顔でキョーカを問い詰める。
「あー、まあ、少し無理があったかにゃ?」
悪びれもせず、キョーカは両手を頭の後ろに回してサラから目をそらした。
「いや、どう考えても無理しかなかろうに。はぁ、まったくお主という奴は」
サラは頭に手をやる。
「なあ、キョーカにスイ。シズアは、お主らがこちらの世界に来る前にやらかしてフェリの世話になったことも知っておったぞ。まったく自分の監督不行き届きが恥ずかしくて、穴があったら入りたい気分だったのたが、それでも我はその話を黙って聞いて『パルナムに我の配下はおらん筈だが』と言ったのだからな」
「お頭は気にし過ぎにゃ。あの話にお頭の落ち度は欠片もないにゃ」
「お主が気にしなさ過ぎだっ」
即座に突っ込み返すが、飄々としたキョーカの様子に、サラは諦めてソファに深く座り直す。
「ともかくだ。そうしたことで転移者が多いように感じていたところに、漆黒ダンジョンが現れた訳だ。それに黒魔獣もな。だから気付いた訳だ」
「元いたあちらの世界にも漆黒ダンジョンや黒魔獣は現れてましたからね。それにキョーカ達のやらかしを耳にするくらいならこちらの世界のことも聞いていて当然」
タキの言葉に頷くサラ。
「そう、故にシズアはこの世界で一番我らのことを良く知っとる一般人になる。我らの目的も含めてな」
「それでどうするんです?」
タキの問いに今度は首を横に振る。
「何も。あ奴には『我らに関わる必要は無い』と言っておいた。もう、既に一度死んでおるのだ。二度目の人生まで我らに付き合う必要は無いとは思わぬか?我らの待ちわびている日が来るのにもあと五、六十年は掛かるだろうしな」
「まぁ確かに人生のすべてを捧げろとは言えませんね」
「ああ、しかしだ」
サラは視線をキョーカとスイの方に向ける。
「シズアが今後何をしでかすかは分からん。何もするなとは言っておいたが、我らのためにと危険を冒す可能性が無い訳でもない。それ故、キョーカとスイはあ奴と良く連絡を取り合って状況の把握に努めてくれるか?何かあったら我に報告するのだぞ」
「合点承知の助なのにゃ」
「私達にお任せなのです」
「うむ、まぁよろしく頼む」
そう言いながらも、不安しか感じられない心配性なサラだった。
サラは責任感が強いようですね。
それにシズアが何をやろうと知らん振りもできる訳ですが、そうはしない優しさもあるようです。
双子が悪さをしないように、何か仕事を与えておきたかっただけかもですが。
ところで、このエピソードは、シズアとトゥリレが会話をした直後のことです。
この後の話も、時間が戻ると思います。多分、きっと。