2-3. アニスとシズアは冒険者証を受け取る
「おお、すげえ」
「やるなぁ、あいつ」
「ガザックから一本取れるのかよ」
見物していた冒険者達から感嘆の声が上がる。
その一方で。
「畜生、負けた」
「あんなのありか?」
何やら賭けをしていたらしい声も耳に入ってきた。
私に賭けないから罰が当たったんだと、アニスは悔しがる人達を冷たい目で見渡す。
ともあれ、勝負は付いた。アニスは剣を下ろして一歩下がる。
ガザックも魔力を四肢から抜き、闘気も消していた。
「ごめん、思い切り叩いちゃったけど、大丈夫?」
アニスが観察する限りでは、ガザックの腹は心なしか赤みがかっているものの、それ以上では無さそうではある。ただ、衝撃は体内に損傷を与える場合もあるので念のための確認だ。
「ああ、日頃から鍛えているから問題ない。それにしても、魔法を攻撃の補助として使うとはな。体格差を埋める手立てとしては有効なことは認めるが、それだけ魔法が巧みなら、直接魔法攻撃した方が簡単なんじゃないか?お前には、剣士であることに何らかの拘りがあったりするのか?」
ガザックの瞳が真っ直ぐアニスを見ている。その眼から、本気で尋ねてきているのだと感じ取ったアニスは、小さく溜息を吐いた。
「直接魔法で攻撃するには魔力量が足りないんだよね。初級魔法を連発する分には問題なくても、大きめの中級魔法を放つには」
アニスは辺りを見回し、シズアの試験に使った隣の的に目を止める。その状態で左手を前に出し、人差し指でその的を指差した。
「むにゃむにゃむにゃ」
呪文を唱える振りをしながら魔法の紋様を描いてそこに魔力を籠め始める。真面目に呪文を唱えてしまうと、唱え終わるまで紋様は完成しないのだが、自分で描いてしまえば即座に魔力が籠められる。アニスは時間短縮のためにそうしているのであって、決して呪文を唱えるのが面倒臭かったからではない。
アニスは体中の魔力をかき集めてすべてを魔法の紋様に注いだ。身体強化後の倦怠感を堪えるために脚に回していた魔力すらも使ってしまっため、右手の木剣を地面に突いて杖代わりに何とか立っている状態にまで陥ってしまう。
そこまでした結果、これなら何とかなるだろうと判断したアニスは、力ある言葉を叫ぶ。
「ウォーターショット」
左手の人差し指から放たれた水の弾が狙っていた木製の的の中心に当たり、的は木目に沿って二つに割れた。
「この距離であの的を破壊できるのなら、まずまずの威力ではあるな」
感想を寄越したガザックを見てアニスは苦笑いした。
「最大威力の攻撃が、『まずまず』では駄目だよね。これ、最大出力で撃つと魔力がすっからかんで連発もできないし」
実のところ、アニスの魔力回復力はそれなりに大きい。魔力量が少ないことと相まって完全回復に掛かる時間は十分かそこらである。初級魔法で使った分なら割りと短い時間で回復してしまうので、連発も苦ではない。
でも、それだけでは魔法使いとしてやっていくには不十分だとアニスは考えていた。
「魔法では相手を倒せないどころか傷つけられるかも怪しいから、攻撃は剣を中心にするしかない。そう考えて剣を鍛えて来たし、それに剣技は面白いとも思う。ガザック相手では体格差があり過ぎて、小細工を弄してようやく一本入れられた程度で、今度同じ手が通用するとも思えないんだけど、生きるか死ぬかの実戦だったら相手は大抵は初見だし、その時に先に一本入れられれば圧倒的に有利だよね?」
真っ直ぐに見つめ返すアニスの瞳の中に、強さへの渇望が蠢いているのをガザックは見た。まだ成人前だろうに、大人顔負けの迫力だ。
「お前は何のために強くなりたいんだ?」
ガザックの問い掛けに、アニスは微笑む。
「そんなのシズ、妹を守るために決まっているじゃない。シズに手出しする奴は、私が許さないんだから」
名前を持ち出したところで、そう言えばシズアはとアニスが顔を向けると、シズアはアニスに近付いて来ていた。
「アニー、魔法の試験までやったの?」
姉が自分と同じように魔法を的に当てていたのを試験と勘違いしていたのだと気付いたアニスは妹に微笑み掛ける。
「あれは試験じゃなくて、魔法を実演してみせただけ」
心配そうに自分を見詰めるシズアが愛おしくて、アニスは思わずシズアの頭に手を乗せ撫でてしまう。
シズアは嬉しそうに頭を撫でられつつも、気になっていたことを思い出す。
「それで試験の結果はどうなったの?」
「ん?そう言えばシズの結果も聞いてなかったね」
アニスはシズアの頭に手を乗せたまま、ガザックを見やる。
二人の視線を受けたガザックは両肩を竦めてみせた。
「二人とも合格に決まっているだろう?アニスは実力があるが、冒険者はF級からの出発が決まりだ。なに、実績を示せば直ぐに上に上がれるさ」
「その実績って、冒険者になる前のものでも良いの?」
アニスの問い掛けをガザックは直ぐには呑み込めなかったが、その意味に気付くと逆に問い返してきた。
「証拠があれば構わんが、魔獣でも討伐したのか?」
「そんなとこ。冒険者ならここで解体と買取もして貰えるんだよね?お願いしたいんだけど」
「ああ、解体場はこっちだ」
アニス達はガザックの先導で訓練場を後にして、解体場へと向かう。
解体場は訓練場から受付に伸びる通路を途中で曲がった先にあった。
そこでは一人の男が、解体作業に精を出していた。解体されているのはアームドバッファローのようだ。皮が金属のように堅く、防具の素材に使われる魔獣。村の近くでは出現したと聞いたことが無かったが、この辺りには出没するのだろうか。
「どうした、ガザック。何か用か?あれ?アニスじゃないか。そっちは妹か?」
作業の手を止めて、顔を上げた男はアニスに気付いて話し掛けて来た。アニスも男のことは覚えていた。アニスが働いている食堂の常連だ。
「こんにちは、ロナウド。ここが職場だったんだね」
「アニスの妹のシズアです」
「何だロンはアニスと知り合いだったのか。この二人は今日冒険者登録をしに来たんだが、魔獣の解体と買取をして欲しいと言うから連れて来た」
ガザックの説明を聞いたロナウドはアニスに目を向ける。
「そうか、冒険者になったのか。食堂の方は辞めちまうのか?」
「それはまだ決めてない」
首を横に振るアニスに、ロナウドは笑顔を見せた。
「ゆっくり考えれば良い。冒険者でやっていけるかなんて、やってみないと分からんからな」
「手合わせした感じだと、期待が持てそうだったがな」
ガザックの意見を聞いたロナウドは、片方の眉を上げた。
「へえ。お前がそんなこと言うとは珍しいな。それで、解体するのは何だ?見せて貰えるか」
「シズ、お願い」
アニスに促されたシズアは、背負っていた収納サックを下ろして前に出る。
「ここで良いですか?」
「ああ、空いているところなら構わない」
ロナウドの許可が下りたので、シズアは収納サックに手を入れて、目的のものを解体場の地面の上へと取り出した。
男達は暫くの間、黙ってそれを見詰めていた。
そして、先に口を開いたのはガザックだった。
「俺にはホーンタイガーに見えるんだが」
「そうだね」
アニスが応じる。
「ホーンタイガーはC級魔獣じゃなかったか?」
「そうだね」
再び肯定するアニス。
「お前達二人で倒したのか?」
「私達とアッシュで。アッシュがいなかったら私達の方がやられていたかも」
バウッ。
名前を呼ばれたアッシュが嬉しそうに吠える。
「ふむ。やはりそれなりに実力があるのだな」
感心しているガザックを余所に、ロナウドは死体の検分を進めていた。
「致命傷は首元だな。ウィンドカッター?いや、エアブレイドか?」
「ウィンドカッターです」
「そうか。まあ、お前さんがそう言うのなら、そうなんだな。俺の目も曇ったか」
ロナウドとシズアのやり取りを聞きながら、アニスはドキドキしていた。アニスがシズアのウィンドカッターに重ねてエアブレイドを放ったことをアニスはシズアに話していない。
流石はロナウド、プロの解体師だ。
アニスは感心する一方で、正しく見抜いたにも関わらず、シズアに反論されて自信なさげに検分を続けているロナウドに対して、心の中で深く詫びた。
「こいつ、魔法による傷の他にも怪我をしているな」
バウッ。
ロナウドの言葉にアッシュが反応した。
「アッシュの親と戦ったらしいから、その時の傷じゃないかな」
「そうか。残念だが傷が付いている毛皮は値が落ちるぞ。それに魔石は抜いてあるな。どうした?こいつの魔石なら結構な値が付くぞ」
「いやあ、必要があって取り出したんだよね。無駄なことには使ってないから」
アニスが言い訳めいたことを言うと、ロナウドは笑い出した。
「お前さん達が倒した獲物だ。その魔石をどう使おうが、お前さん達の自由だよ。それで解体した後、何を持って行く?」
「肉を貰ってく。アッシュの餌にするから」
「そうか。じゃあ、骨付き肉もあった方が良いな。任せとけ」
そうしてアニス達はF級の冒険者証とホーンタイガーの肉と素材の買取金と、C級魔獣の討伐報奨金とを手に入れた。
ガザックは約束通り食事を奢ってくれた上に、家まで二人を馬で送ってくれたのだった。
冒険者になり立ててガザックに一本入れるなんて普通ならできないことだったりします。
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(2023/12/30)
後書きが無かったので追記しました。