6-24. アニスとシズアはワイバーンをどうにかしたい
試練の道の終点には、火の精霊が集う洞窟がある。
だがそこに至る手前で、挑戦者はその勇気が試される。
それが試練の道の最後の試練。
そう竜人族の里長ドレクから聞かされていたアニスとシズア。
そして正に今、二人は自分達の勇気が試されていると感じていた。
ここまではさほど大きな問題もなく、順調だったと言える。
途中に魔獣がいなかった訳でもない。
逃した魔獣もいたが、倒した魔獣もいた。
でもそれは、普通の旅の中でも経験すること。
野宿もした。
もっとも前の晩は、峠に向けて登る途中で見付けた洞窟の中で睡眠を取れたので、周囲に遮る物が無い森の中で結界の魔具を頼りに寝るよりも、よく寝られたくらいだ。
なので、「試練の道」と言われている割には大したものでもないなと考えていた。
だが、目の前の光景は違う。
「どうしてこんなにいるのかな?」
「ワイバーンって群れを作るとは聞いたことがあるけど、これは壮観ね」
二人は岩陰に隠れて様子を伺う。
試練の道のその先は開けた傾斜地で、そこに多数のワイバーンが羽を畳んで休んでいるのだ。
二人がいるのは傾斜地の谷側、つまりアニス達のところからは上り傾斜となっていて、奥の方までワイバーンがいるのが良く見えている。
「道を間違えたかな?」
魔獣の群れの中に突っ込ませるような試練はあり得ないのではと思い、後ろを振り返ってみるが、すぐそこに魔物避けの結界がある。
だからここは試練の道だ。間違えてはいない。
「ねぇアニー。あの坂を上った先にあるの、洞窟よね?あれが目的地?」
「そだね。あの洞窟に入るのだとは思うけど、まだ先がある気がする」
アニスが違うと思ったのは、一つには洞窟の中に精霊の気配が感じられないこと、もう一つは魔女の力の眼により洞窟が行き止まりではなく、反対側に抜けているのが視えていたからだ。
「そう。ところで、あの洞窟の入口の周りだけワイバーンがいないけど、あそこまで行けば魔物避けの結界があるってこと?」
「ううん、違う。あそこに結界は無いよ」
「なら、あそこまで突っ切れば良いって話でもないのね」
「全然違うから。駄目だよシズ、そんなことしちゃ」
シズアが無茶をしないか、心配になるアニス。
「大丈夫だからアニー。でも、どうしようか?」
「そうだねぇ。しばらくここで待っていれば、ワイバーンが勝手にいなくなってくれるとかだと良いんだけど」
「いなくなると思う?」
「無理かなぁ」
目に入るワイバーンは、どれもくつろいだ様子で、直ぐに動きそうには見えない。
腹が空けば狩りに出かけるかも知れないが、それがいつになるのか分からないし、ここにいるすべてのワイバーンが一斉に狩りに出るとも限らない。
寧ろ、入れ替わりに出掛ける方がありそうなくらいだ。
「私が全部と戦ってもなぁ」
「アニー、本気なの?いくらアニーでも、あのワイバーン達の全部と戦ったら無傷では済まなくない?」
そう。一体や二体程度ならともかくも、これだけの数となると途中でやられてしまう恐れもある。
「そだね。危険だよね」
それに、きっとその後が問題だ。
ここでワイバーンの血を流せば、アレが黙っていないだろう。
アニスは洞窟の中に目を向けた。
そこにアレがいるのが感じられる。
洞窟の入口の周りだけワイバーンがいないのは、結界があるからではなく、アレに近付かないためだ。
今は動きがみえないが、無暗に血を流すのは得策に思えない。
「戦わないで何とかしないとだね」
どうやって道を切り拓こうか。
アニスは頭を巡らせる。
ワイバーンをいなくする方法は何か?
「そだ、私が囮になって、ワイバーンを別の場所まで連れていけないかな?」
「そんな全部のワイバーンがアニスを追い掛けようとするのかな?」
「うーん」
シズアの指摘ももっともかも知れない。
手前の一体や二体を傷付けたとして、どれだけのワイバーンがそれに反応するのか分からない。
もっと沢山のワイバーンを傷付けたらどうか。
いや、それだと大騒ぎになってしまい、アレが出て来そうな気がする。
「ねぇアニー。鳥みたく、大きな音を鳴らしたら逃げないかな?」
「ワイバーンを驚かそうとすると、相当大きな音にしないとだよねぇ?」
それもまた騒ぎになりそうなので、気が乗らない。
渋い顔をしているアニスを見て、別の策が必要そうだとシズアは察した。
ワイバーンが自発的にこの場から去ろうとする理由になりそうな物。
音が駄目なら。
「魔法で幻影を見せて驚かせるのは?」
「ゴメン、シズ。私、そんなことができそうな魔法を知らないんだよね」
「そう。残念だけど、知らないのなら仕方がないわね」
これで目と耳は駄目になった。
残るは鼻?
「ワイバーンが嫌いな匂いを付けるとかは?」
「あー、匂いね。それは使えそうだけど、ワイバーンが嫌いな匂いって何だろ?」
「えーと、そうね。情報屋なら知ってたりしないかな?」
「キョーカ達ってこと?そだね、聞いてみよっか。でも、話をするなら少しここから離れた方が良いと思う」
「ええ」
二人はワイバーンの様子を伺っていた岩陰から下がり、道を少し戻る。
そこでアニスが遠話具の一式を取り出し、通話用の子機を一つシズアに渡しつつ、自分も同じ物を耳に掛ける。
シズアの準備ができたところで、遠話具のダイヤルをキョーカ達の番号である01に合わせて呼び出し釦を押した。
待つこと数秒。
呼び出し音が途切れ、『やほーなのにゃ』と陽気な声が子機から聞こえてきた。
「キョーカ?アニスだけど。今、良いかな?画面が暗いね」
『すまないにゃ。ワシらは出掛けている最中だから、声だけで我慢して欲しいにゃ。で、何か用事かにゃ?』
「ワイバーンが嫌いな匂いのことを知りたくて。キョーカ達、何か知ってる?」
『そうだにゃ。有名なのはドノアの実にゃ。あれは強烈に臭いからにゃ』
流石は情報屋だけあって、良く知っている。
「それって、火の山でも獲れるの?」
『ドノアの実にゃ?獲れるのは、確か共和国の方だったと思うにゃ。スイ、知ってるにゃ?』
『姉様の言う通りなのです。ドノアの実が獲れるのは共和国と帝国の南部なのです。でも、今は時期外れなのです』
せっかくの情報だが、残念ながら役に立たない。
うーんと唸るアニスの横で、シズアが口を開く。
「あの、火の山で獲れるものでワイバーンが嫌いな匂いを放つ物って知りません?」
『試練の道の周辺なのですよね?その辺りには無かったように思うのです』
となると、手は無いのか。
『お二人は一体、何をしたいのです?』
シズアが追加の相談を持ち掛けようとする前に、スイの方から尋ねてくれた。
「試練の道の上にワイバーンの群れが休んでいて。それで、できれば戦わずにワイバーンを避けて先に進みたいの」
『だったら地面の下に隧道を掘るのはどうにゃ?』
「それも考えたんだけど、その先にある洞窟の辺りは硬い岩盤みたいだから、無理に地盤を変化させようとすると洞窟が崩れてしまいかねないんだよね」
キョーカの提案に反応したのはアニス。
シズアは隧道のことは考えていなかったが、あの辺りの地形を思い返すとアニスの見立てが正しいように思える。
『洞窟にゃ?試練の道の終点にある洞窟のことにゃ?』
「試練の道の終点の洞窟は火の精霊の集う洞窟だよね?でも、そこの洞窟には精霊がいなさそうだから、違うと思う」
『それは一つ手前の洞窟にゃ。二つの洞窟は隣り合っているから、終点も同じことにゃ。で、そこにいるワイバーンなら特別な情報があるにゃ』
「えっ、何々?教えてくれるの?」
アニスが食いつくように前のめりになる。
『教えてやっても良いにゃ。だがその前にシズアに伝えておくことがあるにゃ』
「私に?何を?」
『火の精霊が選べるのなら、魔力の色が合うのを選ぶにゃ』
「魔力の色って?」
『それは自分で感じるにゃ。ワシらが教えられるのはそこまでにゃ。で、ワイバーンだが』
シズアの返事を待たずにキョーカが話を進めてしまう。
『餌をばら撒いてみるにゃ』
「餌?ワイバーンの餌って何?」
『魔獣の肉を拳くらいの大きさに切った物で良いにゃ。お前、肉くらい持っているにゃ?』
「それは持ってるけど、本当に餌を撒けば良いの?」
『信じる信じないはお前の勝手だにゃ。それじゃ、こっちは忙しいから切るにゃ。ではまたにゃ』
キョーカが一方的に通話を切ってしまった。
顔を見合わせるアニスとシズア。
「餌を撒けだって。やってみる?」
「例え失敗しても大きな問題にはならなさそうだから、試してみたいわね」
早速、二人は餌の準備に入る。
プレーリーボアなどこれまで狩った魔物や動物の肉は、料理の食材として使ったり、アッシュにあげたりするために収納サックに入れてあった。
その一部を取り出して、キョーカに言われた通り、拳の大きさに切り分けて山積みにする。
程なく餌の山が二つできた。
一つは道の右側用、もう一つは左側用。
二人はそれらの山に浮遊魔法を掛け、先程の岩の陰まで移動する。
「それじゃあ、私が道の左側に餌を撒くから、シズは右側ね」
「ええ」
「せーの。トルネード」
「トルネード」
軽い竜巻の魔法で餌の山を空へと舞い上げ、狙った辺りに餌をばら撒いていく。
すると、それまで優雅に休んでいたワイバーン達がグワッグワッと立ち上がり、撒かれた餌に群がっていった。
「凄い。キョーカの言う通りだった。試練の道が通れるようになったよ」
「そうね。何だかとても餌付け慣れしているような気がしなくもないけれど」
アニスとシズアは岩の陰から出て、洞窟に向けて傾斜地の中の坂道を登り始める。
ワイバーン達は餌を食べるのに一所懸命で、その場から動こうとしない。
いや、群れの後ろの方の何体かがアニス達の方にグワッグワッと鳴きながら近付いて来た。
攻撃してくるようには見えないものの、アニスは剣の柄に左手を置いた状態で立ち止まる。
そんなアニスに集まったワイバーン達は、グワッグワッと鳴いたり、口先でアニスを突いたりを繰り返す。
「どゆこと?」
バウッ。
「えっ、そなの?」
「アッシュは何て?」
問われたアニスは、手を広げつつ肩を竦めてみせた。
「もっと餌をくれって言ってるんだってさ」
最初はこれが最後の試練かと身構えていたが、自分達に対し飼育員のような扱いをしてくるワイバーンの姿を見るに、どうやら違いそうだと感じた二人だった。
想定と違うことってよくあること...ですよね?