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妹大好き姉の内緒のお手伝い  作者: 蔵河 志樹
第六章 アニスとシズア、火の山に赴く
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6-22. アニスとシズアは正式な契約を結びたい

竜人族の里の夜。


宿屋の部屋の扉が開いて、アニスが顔を出した。


「アニー、どうだった?」


部屋の中からシズアが問うと、アニスはにっこり微笑んでみせた。


「ダリアはまだ起きてたよ。呼んだら来てくれた」


するりと部屋の中に入ったアニスは、扉の把手(とって)を持って開いたまま廊下に向かって手招きする。

そんなアニスの誘いに応じてダリアが姿を現す。


ダリアはネグリジェの上にカーディガンを羽織っていた。

いつもはお下げにしている髪も、真っ直ぐ背中に流している。


「ごめんなさい、ダリア。寝ようとしてた?」


申し訳なさそうに言葉を掛けるシズアに向けて、ダリアは首を横に振ってみせた。


「大丈夫。帳簿を付けていたところだから。貴女達こそ、まだ寝ないの?試練の山に登って疲れていると思うのに。カーラはとっくに寝てるわよ」


宿の部屋は二人ずつに分かれている。

アニスにシズア、ダリアにカーラ、そしてジャコブとケビン。


六人は夕食を共にしていたが、その時点で既にカーラは眠たそうな様子だった。

夕食後はそれぞれの部屋に戻っていて、しばらく経ってからアニスがダリアを呼びに行った。

カーラはそれまでの間に寝てしまったらしい。


試練の山をまともに歩いて往復していれば、自分達もカーラと同じようになっていただろう。


「私達はそこまで体力を消耗しなかったから。それにアニーに治癒して貰ったし」

「ちょっと貴女達、まだ子供なんだから治癒魔法なんて使わないで、しっかり寝なさいよ」


叱られた。

あまり歳は違わないが、それでもダリアは18歳の大人だ。

心配して言ってくれているのは分かる。


「私達は明日、火の山に向かうつもりだから、今日中にやっておきたかったの」

「そんなに慌てて火の山に行かなくて良いんじゃない?」


「ダリアだって、ここには明日までしかいないって言ったよね?」

「まあ、それはそうだけど」


ダリアは真っ直ぐ自分を見詰めるシズアの視線から目を逸らす。


「ねぇダリア、やっぱり私達が火の山から戻るまで待っているってのは無し?」


(すが)るような眼でアニスがダリアを見る。


「駄目よ。ここに温泉があるのは嬉しいけど、骨休みばかりはしていられないもの」

「だよねー」


ガックリと肩を落とすアニス。


「アニー、ダリアと一緒なら二輪車に乗らないで済むかもとか考えてない?」

「え?いやぁ、そんなことは――」


否定しようとしながらも、シズアを直視できない。


「まったく、もう。アニーは都合が悪いと目で見て話さないから直ぐに分かるのよ。そんなに私の後ろに座りたくないなら、私一人で二輪車に乗ってドワランデに行っても良いんだけど」

「あー、それは絶対に駄目だから。そんなことさせるくらいなら、私が後ろに座るから」


途端に態度を変えるアニス。

シズアを一人で二輪車に乗せて、怪我でもされたら後悔してもし切れない。


「だったら最初から覚悟を決めておけば良いのに」

「まぁ、そだけどさ」


試練の山に登る時のシズアとの賭けに、アニスは負けた。


アニスは山から下りて来てドラゴノウトの街に入るところまで、ずっとシズアの後を追っていた。

そうして最後の最後に速度を上げ、シズアを追い抜いて先に銅像に手を突こうとしたのだ。

そんなアニスに向けてシズアは魔双剣の一つを鞘ごと投げ、魔法の糸をアニスの腹に巻き付けて後ろに引いた。


アニスはシズアが何かをしてくるだろうとは考えていたものの、魔法の糸のことまで想定できておらず、咄嗟に糸を切ることができなかった。

それでアニスは後ろに引っ張られ、逆にシズアは前方に加速して、結果、シズアの方が先に銅像に触れることになった。


そうなるかもとは勝負を始める前から予感はあった。

けれど、最初から勝負を捨てていたのでもなく、少しはあがこうとしていた訳で、いや、もう少し勝ちに拘っていれば結果は違ったのか。うーん。


「うふふっ。貴女達って面白いわね」


腕組みをして首を捻るアニスの様子を眺めながら微笑むダリア。


姉妹(しまい)ってそんなものではない?」

「そうね。でも、私には姉妹(きょうだい)がいないから分からないわ」


「あら、ごめんなさい」

「ううん、大丈夫。それより、そろそろ本題に入って貰える?早く用件を済ませて、貴女達を寝かせたいのよね」


心配そうな大人の表情に戻ったダリアを見て、シズアは頭を切り替えた。


「ダリアは私達の商会の傘下に入ると言ってくれたけど、まだ契約も何もかもしていないでしょう?だから、そこをきちんとしたいと思って。勿論、ダリアが本気でそう思ってくれているならだけど」


「何を言っているのよ、本気に決まっているじゃない。商売は私の本業よ。冗談でそんなこと言ったりしないわ。私はね、これでも貴女達を買っているんだから」


不服そうな表情で即答するダリア。


「そう言って貰えると嬉しいわ。なら、これが契約書。こちらの分は署名(しょめい)済みだから確認して問題なければ署名(しょめい)をお願い」


シズアが差し出した書類の束を、ダリアは受け取って目を通す。


「えーと、売上の一定割合を上納(じょうのう)定例(ていれい)の報告義務、守秘(しゅひ)義務、重要事案に対する統制の遵守(じゅんしゅ)、そこまできつくないのね」

「きつくしても、管理し切れないのよ。そうそう管理と言えば、ダリアの商会はパルナム支店の管轄(かんかつ)にするから」


「パルナム支店と言えば、あのキョーカとスイだっけ。シズア貴女、随分とあの二人を信頼してるのね。パルナムに行ってからの知り合いなんでしょう?」


心配そうな顔をしてみせるダリアに、シズアは微笑みかける。

ダリアは本当に苦労性だ。


「私にも人を見る目はあるつもり。それに実務の能力も高いのよ。特にスイ。その契約書を(まと)めてくれたのもスイだし、帳簿の監査(かんさ)もスイに任せておけば問題ないし。ついでに、あの二人は元々情報屋で独自の情報網も持っている。傘下(さんか)組織の管理を任せるのにうってつけとは思わない?」

「聞く限りはその通りね。良いわ、署名(しょめい)しましょう。ペンを貸して」


シズアがペンを渡すと、ダリアはすらすらと契約書に署名していく。

そしてすべてに署名し終えると、二部あった契約書の束のうち一部を取り上げ、シズアに差し出した。


「契約書はお互い一部ずつ保管で良いのよね?」

「ええ、その通り」


シズアは受け取った一部を自分の収納ポーチへと仕舞う。


「それで正式に貴女達の傘下になったけれど、報告はどうすれば良いの?まさか、わざわざ毎度パルナムに行けとは言わないわよね?」

「勿論、そんなことは言わないわ。連絡手段は用意してあるから。アニー、あれを出して貰える?」

「おけ」


依頼を受けたアニスが、収納サックから幾つかの魔具を取り出し、机の上に並べていく。


「これがダリア用の連絡手段。あげるのではなくて、貸すだけだよ」

「いや、貸して貰うだけでも十分だけど、どうしてこんなに色々あるのよ?一つは遠写具(えんしゃぐ)よね、残りは?」


自分の問いにアニスとシズアのどちらが答えてくれるのか分からず、ダリアは二人の間で視線を行ったり来たりさせる。


「これらの魔具は、全部で遠話具(えんわぐ)(けん)遠写具(えんしゃぐ)の一式になってるんだよね。(はじ)っこの時計みたいなのが本体で、隣の小さいのが話すための子機。その隣の鏡みたいなのが相手の顔を映すための子機なんだけど、これは遠写具に届いた文書を見たりもできるんだよ。で、最後の大きいのがダリアの言う通りで遠写具の子機」


それからアニスは、それぞれの魔具の使い方をこと細かくダリアに教えていった。


「あと、ダイヤルで通信先を選べるようになってるけど、ダリアの魔具から通信できる相手は私達のところの00と、キョーカ達のところの01だけになってるから、注意してね」


すべてを説明し終えて満足げなアニスに対し、ダリアは死んだような目になっている。


「ねぇ、どういうことなの?私は遠話具と遠写具の両方の機能を持った魔具も、相手が選べる遠話具も聞いたことも見たこともないんだけど。これらの魔具がどれだけの価値があると思っているの、と言うか、こんなものどうやったら手に入るのよ。これを研究したいって言い出す魔具工房がどれだけあるか想像できる?しばらく預けるだけでも相当な謝礼を貰えるわよ。そんなのを簡単に貸し出しちゃってどうするの?」


「まあ、万が一ダリアがそうしちゃったら、私に人を見る目がなかったってことになるけど、私はダリアがそんなことをしないと信じてる。ダリアは商人なんだから、信用が第一だって分かってるわよね?私の信頼だって裏切らないわ」


シズアの言葉を聞いたダリアは大きく溜息を吐いた。


「そうね、分かったわ、私の負け。これは有難く借りていく。あっと、こんなに色々な物を渡されると考えてなかったから物入れを持って来てないわ」

「それなら小さな収納袋を一つあげる」


アニスが革製の巾着形の収納袋を取り出し、机の上に並べた魔具を次々と放り込んでいく。

ついでに、ダリアの分の契約書も収め、その収納袋をダリアに渡した。


「ありがとう、アニス。悪いけど私、疲れたからもう寝ることにするわ」

「ええ、良い夢を見てね」

「おやすみー」


二人に見送られながら、ダリアは部屋から出ていった。


部屋に残された二人は、互いに顔を見合わせる。


「シズ、これで良かったのかな?」

「良かったと思うわ。ダリアには少し危うげに見せておくのが丁度良いのよ」


「でも、ダリアは前にザイナッハで商業ギルドのギルマスに私達のことを報告してるんだよね?」


それはキョーカ達の調査によって明らかになったことだったが、アニス達はそれを知っていることをダリアに伝えてはいない。


「小遣い稼ぎ程度の話でしかなかったってキョーカ達も言ってたじゃない。だからそれは大きな問題ではないわ。それにそのことを責めたら、私達はダリアを恐怖で縛ることになってしまうでしょう?そうするといずれ裏切られるわ。ダリアとは信頼関係で結ばれないといけないのよ。それに私達が知らん振りしていれば、ダリアはその時のことを後ろめたく思って尚更(なおさら)私達に尽くそうとする筈よ」


「うーん、良く分からないけど、難しいね」

「ええ、人間関係は難しいわね。でも、だから面白いのよ」


ウフフと微笑むシズアを見て、流石は悪女を目指しているだけあるなぁとアニスは思うのだった。


シズアは人を良く見ているようです。


エピソードの中でダリアのザイナッハでの行動についての話がありましたが、「3-19. 間話・ダリアは推進板を複製したい」のことです。100くらい前のエピソードになりますか、随分と時間が経ってしまいました。


さて、いいね・ブックマークに評価をありがとうございます。元気が出ます。


三月中に第六章が終われば丁度良いなと考えておりましたが、この調子だと、残念ながら四月に数話はみ出しそうです。


ともかくも、引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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