6-21. アニスとシズアは試練の山に登りたい
地竜の接近を知らせに行ったアニスは間に合ったのか?
結論から言えば、間に合った。
アニス達の前を歩いていたのは竜人族の商人の一行だった。
商人の名はクルト。所用でドワランデに行った帰りだったそうだ。
クルトの他には、クルトの商会の従業員一人に護衛が二人。
四人の中に探索魔法が扱える者はなく、地竜の接近に気付けていなかった。
そこへ突然現れたアニスの言葉に、商人達は半信半疑で首を傾げた。しかし、アニスの必死の形相にただ事ではないと判断し、避難することに。
そのまま山道を進むと地竜と鉢合わせてしまうことから、一旦、山道を戻る形で坂を下る。
そこで木の陰などに身を隠し、地竜をやり過ごした。
隠れ場所からノシノシ歩いていく地竜を目撃したことで、アニスの言葉が正しかったことが証明され、クルト達から大いに感謝された。
その後、山道を登ってきたシズア達と合流し、塀で囲われた野営地で一晩過ごして、翌日、竜人族の里へと到着したのである。
「来たね、竜人族の里」
峠を越えて、しばらく下りてきたところで視界が開け、里の様子が伺えるようになった。
その景色をアニスが嬉しそうに眺めている。
里は二重の石垣で囲まれていた。
居住地区を囲う高い石垣と、その外側に広がる畑を守るように囲う、大人の背丈ほどの石垣と。
外側の石垣と道とが交わるところには、木製の門が設置されていて、その横には人が通るための二重の木戸が付いている。
「畑で育てているのは野菜ですか?」
「はい。芋と野菜です」
「そう」
ダリアはクルトの返事に眉を動かしたが、それ以上は口にしなかった。
芋を野菜と区別しているのは、主食が芋だからなのだろう。
アニス達はクルトに里の内側の壁の中へと案内して貰い、更にはお勧めの宿屋も教えて貰った。
既に日の入り近くなっていて、試練を受けるには遅くなってしまったため、宿に入って食事をし、その日はゆっくり体を休めることにした。
翌朝。
アニス達が里長の家に向かうと、里長のドレク自らが出迎えてくれた。
「これはこれは、ようこそ我らが里ドラゴノウトへ。同胞を助けていただいたそうで感謝いたします。ただ、貴女方は全部で六人と聞いておりましたが?」
同行していたのはアニスとシズアにジャコブと、カーラの四人。二人欠けていると言いたいようだ。
「二人は商人のクルトのところに行きました」
ダリアは取り引きの話をしたいそうで、別行動だ。ケビンは当然、ダリアと一緒。
「そうですか。では、試練の道に挑んでいるのは貴女方四人なのですね?」
ドレクの問いに、ジャコブとカーラが顔を見合わせる。
「いや、俺達は商会の護衛なんだ。冒険者でもあるが、今は護衛の仕事中だからな」
「おや、そうでしたか。まあ、ここの試練に成功すれば、この里への通行証が手に入りますから、受けるだけ受けていかれればよろしいでしょう」
「そうさせて貰えると助かる」
ジャコブに対し、ドレクはゆっくりと頷いてみせた。
「さて、通例ですと里の猛者と手合わせしていただいて力量を見るのですが、貴女方は十分お強そうなので、省きましょう」
「え?手合わせしないのか?したいんだが」
「私もしたい」
「アタシも」
シズア以外の三人が口々に異論を唱える。
ドレクは困惑気味だ。
「試練の前に体力を消耗しない方が良いと思うのですが」
「なら、試練の後でも良い」
アニスの言葉に、ジャコブとカーラがウンウンと頷く。
「分かりました。試練が終わった後で手合わせの機会を設けましょう」
「うん、ありがと」
「よろしいですな。では、試練の説明をしますので。里の中央に参りましょう」
ドレクを先頭に移動する四人。
里の中央はドレク家から数分の距離にある広場だった。
広場の真ん中には竜人族の男性の銅像が立っている。
「英雄ヴォルドレク?」
台座に刻まれた言葉をシズアが読みあげた。
知らない名だ。
「その昔、魔王軍と戦った英雄です。戦いに勝利したあと、仲間と共にここに移り住んで里を開いたと言われています」
「竜人族の里の誇りなんですね」
「ええ、その通りです」
理解が得られてドレクは嬉しそうだ。
ドレクの名も。英雄にあやかったのだと容易に想像が付く。
「さて、試練についてですが、まず試練は知と力と勇気の三つからなることはご存知でしたか?」
「いえ。なら、ドワランデの試練の門は知を試す物?」
あの扉の仕掛けで、力や勇気が試せるとは思えない。
正解とばかりにドレクはシズアに頷き返す。
「そして、ここの試練は力になります」
「力?戦う、のではないですよね?」
試練が戦いなら、試練の前の手合わせを先延ばしにすることはないだろう。
「はい。力と言うのは、戦う力ではありません」
ドレクは左腕を使い、東の方を指し示す。
「あちらの山に登っていただきます」
東には高い山が聳えている。
高低差は千メートル以上ありそうだ。
なだらかな斜面で、岩場なども見当たらないから、ひたすら歩けば頂上までいけるだろう。
「山?試練の門の次は試練の山ですか?」
「そう、試練の山です。今から出発して日が暮れるまでに帰ってきてください」
「はぁ」
相当疲れそうな試練だ。
つまり、第二の試練は戦闘力ではなく、体力を測るものらしい。
「あのぅ、乗り物を使っても良いですか?」
登れなくも無いだろうが、日帰りとなると不安もある。
シズアはせめて下りは二輪車か箒が使えればと考えていた。
「いえ、この試練はご自分の脚で進んでいただかないと」
半ば予想された返事だ。
乗り物に乗ってしまったら、体力は関係なくなってしまう。
「装備の付与魔法なら良いんじゃない?あとは、自分に魔法を掛けたりとか」
アニスが口を挟む。
「はい、それでしたら禁止されていません」
「ね?シズ、そう言うことだよ」
何が「そう言うこと」なんだろうとシズアは思う。
まあ、乗り物が駄目なのは分かるにしても、どうして装備なら良いのか?
そこに大きな差は無さそうに感じるのだ。
しかし、装備が良いとなると。
「ねぇアニー。もしかして、アレを使うつもり?」
シズアが飛行凧を作った時、墜落対策にとアニスが防具に飛行魔法と推進魔法とを付与している。
これらは鑑定眼でも分からないようにしてあるので、シズアは「アレ」と言ったが、アニスには通じている筈だ。
「そそ。途中で見てる人なんていないからさ」
そう言いながら自分の肩を手でポンポンと叩いてみせた。
背中の付与魔法のことだと示している。
うん、ちゃんと話が通じていた。
「サッと行って、サッと帰って来ようね」
アニスがにこやかな笑みを向けてくる。
基本的に異論はない。
けれど、とシズアは思うのだ。
「単に行って帰って来るだけだと、少し物足りないわね」
「そう?」
装備付与が使えるとなった時点で、この試練が簡単に思えてきたシズアは、張り合いが欲しくなった。
「結果が分かっていることをただやっても詰まらないとは思わない?」
「そだねぇ」
腕組みをして、考え込む様子を示すアニス。
「だから賭けをしない?」
「賭け?つまり競争しようってこと?」
「そう、試練の山から戻って来て、この像に先に触れた方の勝ちでどう?」
「良いけど、勝ったらどうする?」
「それは、ね。勝った方がドワランデに戻る時の二輪車を運転できる、かな?」
シズアが「テヘッ」と、笑顔で片目を閉じてみせる。
「え」
試練の門を抜けた際に口にしていた話がまだ続いていたとは。
「い、いやぁ、シズ。ダリア達を置いて私達だけ二輪車に乗っていくのはないと思うんだけど?」
「アニーこそ何を言っているのよ。ここから先、火の山に行くのは私達だけなのよ。ダリア達とは別行動になるのだから気にする必要は無いわ」
「あー」
そうだった。
火の山に行った後にここに戻って来るにせよ、ダリア達をここで待たせる理由はない。
となると、やることは一つ。
「分かった。本気で勝ちに行く」
腕を振り回して気合を入れるアニス。
そんなアニスに気落ちした表情を見せるシズア。
「本気のアニーを追い掛けるのは大変そうだなぁ。無理して途中で転んで怪我しちゃうかもなぁ」
「えっ、それって私への脅し?」
ギョッとした表情でシズアを見る。
「ううん、別に。容易に想像できる未来の話をしただけだから」
「えー、ズルいよシズー」
アニスが先に行けば転ぶと言われてしまっては、シズアの後に付いて行くしかない。
こう言うのを小悪魔と呼ぶのだ。
してやられたとばかりに、アニスは大きな溜息を吐く。
「分かったよ、シズ。私が追い掛けるから、先に行って」
もう、こうなったら、最後の最後に追い抜いて逆転を狙うだけだ。
そんなこと、きっとシズアは予想しているだろうが。
「よーし行くよ、アニー。レディ、ゴーッ!」
シズアを先頭に走り出す二人。
そんな二人の出発を見送るジャコブ達親子。
「なぁ親父。あの二人、あんなペースで山に登って大丈夫なのかぁ?」
「アイツらには秘策があるに決まってる。心配するだけ無駄だ。あんなのに付き合って調子を狂わされたら堪ったもんじゃないぞ。俺達は俺達の速さで行くぞ」
「はーい」
ジャコブの懸命な判断のもと、しっかりとした足取りで試練の山へ向けて歩き始める人狼族の親子だった。
ジャコブもカーラも空飛ぶ箒を見てますからね。防具に仕掛けがあるかもくらいは考え付くのです。