6-19. アニスとシズアは試練の門を通過したい
翌朝、アニスとシズアは試練の門の一つ目の扉の前に立っていた。
「ふーん、これが試練の門なのね」
そう。ダリア達を伴って。
前の日の食事の際、ダリアから同行を持ち掛けられたアニスは、辺境伯の許可がないと駄目なのではと抵抗を試みた。
だがダリアは、試練の門がある北門の前でアニス達を待ち伏せていた際に兵士相手に情報収集しており、竜人族の里までなら同行できるとの証言を得ていた。
事実、朝、試練の門に入ろうとするアニスとシズアにダリア達が付いて来ても、兵士から咎められたりしていない。
それを見て、アニスは諦めてダリア達の同行を受け入れることにした。
足手まといになるようなら願い下げだが、ジャコブとカーラと二人もC級冒険者が付いているのだから、ダリア達はダリア達で身を守って貰えば問題にはならない。
まぁその心配も竜人族の里へ向かう道に出てからの話で、まずは試練の門を抜けないことには始まらないのだが。
「試練の門の扉はこれ一つではないの。昨日は二つ目の扉で引っ掛かってしまったから、その先は分かっていないわ」
「先が分からないことなんていつものことよ。ともかく前に進むだけ。で、この扉は、突破できるの?」
ダリアは扉からシズアに視線を向ける。
「ええ、方法は分かっているから。アニー、良い?」
「昨日と同じように操作すれば良いんだよね?それは私に任せて」
と、アニスが扉の傍まで行き、『始め』釦を押すが、扉に嵌った光る魔石には何の動きも見えない。
「あれ?また魔力切れ?昨日満タンにしたのに」
首を傾げつつもアニスは前日と同じように把手を握り、そこから魔力を流し込み始める。
「アニーの言った通り魔力が無くなっているみたい。左下の魔石が点滅し出したわ」
「もしかしたら、魔力量を試されているのかも知れないわね」
シズアの横でダリアがぼそっと呟く。
「魔力量を?確かに精霊は魔力量が多い人が好きとは聞くけど、パーティーに魔力量が多い人が一人いるかどうかを試すことに意味があるのかな?」
ダリアの推測にシズアは腕組みをして首を傾げた。
「昔は一人ずつ試練を受けなければならなかった可能性は無い?」
「それは無いとは言えないけど」
明確な反論材料もなく、シズアはウーンと唸る。
「まぁ、私の方が考え過ぎなのかも知れないわ。私みたく魔力が少ないと、アニスみたいなことはできないなって羨ましく思えてしまうから、ついそんな考えが浮かんでしまうのよ」
「そうね」
その気持ちは良く分かる。
そう続けたかったが、シズアは思い止まった。
ダリアは以前の自分と同じ。
自分にも魔力が沢山あればと思ってしまう時があった。
だが、それを口にした時、欲しかったのは同情の言葉ではないのだ。
「ダリアはダリアなんだから、ダリアのままで良いのよ」
「何それ?」
ポカンとした表情でダリアに問われ、シズアは少し恥ずかしくなる。
元々は魔力が無いことをこぼした時にアニスから貰っていた言葉「シズは私の大好きなシズなんだから、そのままのシズで良いんだよ」を使おうとしたのだが、流石に「大好きな」とは口に出来ず、そこは外してしまった。
そのために上手く伝わらなかったのかも知れない。
ここで伝えるべきは何だろうかと頭の中で言葉を探す。
「ダリアにはダリアにしかできないことがあると思うし、今まで問題があってもそれで乗り越えて来たのよね?なら、胸を張っていれば良いのよ。弱音っぽいことを言うのはダリアらしくないわ。そう言いたかったの」
今度はきちんと伝わっただろうか。
恥ずかしそうに少し頬を赤らめて自分を見詰めるシズアを見て、ダリアは軽く微笑んでみせる。
「ありがとう、シズア。まったく、年下に励まされるなんてね」
まあ、見かけはその通りだけど、前世を含めると人生経験は自分の方が上なのよね、とシズアは心の中で呟く。
「シズ、魔力が満タンになったよ」
ダリアとの会話が微妙な雰囲気になり、その先の会話をどうしようかと思い悩んでいたシズアにとっては都合の良いことに、アニスから声が掛かった。
見ると、最下列の魔石がすべて点灯し、『始め』の釦が光っている。
「それじゃ、アニー、始めてくれる?」
「おけ」
アニスが『始め』の釦を押すと、右側の十六の魔石が不規則に点滅し始めた。
その点滅が収まるのを待つ間、シズアはダリア達にこれから取り組む問題の解き方を説明する。
もっとも、理解を示したのはダリアだけで、ケビンは良く分からなそうな表情をしていたし、ジャコブとカーラは最初から内容を把握するのを放棄している様子だった。
「つまりは四つの数字を当てるのが目的なのね」
「えぇ、その通り」
ダリアは理解が早い。
「アニー、最初は1234で」
シズアの指示を受け、アニスがダイヤルを操作する。
「1と2だね」
「えーと、一つは位置も合っていて、残り二つは数だけが合っているってことね?」
「えぇそう」
アニスの言葉の意味を確かめてきたダリアにシズアが頷く。
「アニー、次は2561」
「0と1だよ」
「5と6は外れってことかしら」
「そうよ。どちらかが当たりだと、1と2の両方が外れになって、最初の結果と矛盾するから」
ダリアの推測をシズアが裏付ける。
「となると、3と4が当たり、1と2、7と0のそれぞれどちらかが当たりってことね」
「ええ。まずは数字を絞り込むわ。アニー、3014は?」
「1と2だね」
「うーん。2304は?」
「2と2。これで数字は全部分かったね」
「後は位置だけど」
シズアは記録を付けていた紙をじっくりと眺める。
「4の位置が当たりかしら?」
「私も何となくそう思う。2は違うし、後は3か0?いや、0が合ってると2の位置がなくなるから3か。アニー、0324にしてみて」
「おけ。あっ、シズ、開いたよ」
アニスが嬉しそうに振り返る。
「なるほど。シズア貴女、頭が良いわね。で、今の魔石の表示は何を意味しているの?」
「ああ、これは答えを表しているのよ」
シズアはダリアに光る魔石が表している数字の読み方を教えた。
「ふーん。分かったけど、どうして答えが出ているのにわざわざ光って示しているのかしらね」
「どうして、か。それは考えなかったわね」
頬に手を当て考え込もうとするシズアだが、そんなシズアの肩をダリアが叩いた。
「今ここで悩んでも答えは出ないわよ。扉は開いたんだし先に行かない?」
「ええ」
既に我先にとアニスが先へと進んでおり、ジャコブとカーラがそれに続いた。
その後をシズアとダリア、それにケビンが行く。
さっさと把手を握り魔力を流し込み始めたアニス以外の五人は、二つ目の扉の前に並んで立った。
「今度は魔石の数が減るのね」
「ええ。そうなんだけど、もっと厄介なことに必ずしも四度試せるとも限らないのよ」
「どういうこと?」
「最初の段階で一番下の列で光る魔石の数が変わるの。見れば分かるわ」
そこでシズアが黙ってしまったので、ダリアも大人しく待つことに。
暫くして、二つ目の扉にも魔力を流し込み終わったアニスが『始め』の釦を押した。
魔石が点滅し出し、それが収まると最下列の左側の二つだけが光っている状態になる。
「こんな感じ。今回は二度だけ試せるってこと」
「そう。それで昨日はどうしてたの?」
「一つ目の扉と同じようにやってたわ。でも、開けられなかった」
「一度やってみて貰える?」
「ええ、良いけど」
二度ではできる気がしないが、ともかく試してみる。
「アニー、1234から」
「0の2だね」
「2561は?」
「駄目。答えは3160だよ」
やはり無理だった。
シズアは溜息を吐いてダリアを見る。
「こんな感じだけど、ん?ダリアどうかした?」
何故かダリアが目を輝かせている。
「貴女の言った通りだなと思えたのよ。私、分かったかも知れない」
「分かったって、何が?」
「決まっているじゃない。どうすればこの扉を開けられるかよ」
「今ので分かったの?」
どこに分かる要素があったのか、シズアには見当がつかない。
「そうよ。答えが表示されたから。ねぇ、シズア。この答えを見て気が付くことはない?」
「気が付くこと?」
シズアは改めて光っている魔石に目を移して良く見るが、何も思い浮かぶものが無い。
「ダリアは何に気付いたの?」
「一番下の列で光っている魔石の位置よ。左側二つだけでしょう?」
「ええ、そうね」
「まだ分からない?左側二つだけ光っているのは最初と同じなのよ。つまり、最初の段階で、答えの一番下の列は教えて貰っていることになる訳」
それって偶然ではないかと言おうとして、前日の記録を確かめることを思い付いたシズア。
二つ目の扉に挑んだ時に書き込んでいた紙を見返す。
「本当ね。ダリアの言う通りだった。でも、一列だけ分かっても、当てるのは難しくない?」
尋ねるシズアに対し、ダリアは首を横に振る。
「そうじゃないの。『始め』の釦を押して魔石がバラバラに点滅する時に、答えが混じっているのよ」
「は?」
「私ね、パッと見たものを覚えているのが得意なの。さっき最初に魔石が点滅した時、一番下の列の左側二つが光る時には答えの表示と同じ魔石だけが光ってたわ。だから次の時には答えが分かると思う。『私には私にできることがある』って貴女の言った通りね」
嬉しそうに微笑むダリアの顔を見て、仲間に入れて良かったなと思う反面、負けて悔しい気持ちもあって複雑な心境になるシズアだった。
一つ目の扉の成功に引き摺られてしまったシズアと、それに囚われずに済んだダリアの差でしょうか。