2-2. アニスはギルマスに勝ちたい
ガザックの体に打ち込んで、食事を奢って貰う。でも、明らかに手抜きをされて勝っても嬉しくない。
アニスの心の内は些か複雑だったが、やはり意地はあるのだ。
「やぁっ」
アニスは腕と肩に魔力を集め、上段から相手の肩口へと剣を振り下ろす。
ガッ。
型通りの打ち込みが、同じく型通りの受けに阻まれる。そしてガザックは打ち込みを受けたままの状態からアニスの剣を強く押し返す。
強い。
アニスは素直にそう思った。剣を押し返す時も魔力を使わず純粋に筋力だけなのにも関わらず、猛烈な勢いで前に出て来た。バランスを崩されそうになったアニスは、咄嗟に後ろに飛び退くしかなかった。
「もっと筋肉を付けないと駄目かな」
ガザック相手では自分の剣は軽すぎるのだとアニスは感じていた。アニスは決して脂肪太りはしていないものの、特に筋力トレーニングもしていないことから華奢な身体付きで、身長や体重も女子として標準的な範疇に収まっている。
客観的に見て、ガザックに対して相当見劣りしていると認めざるを得ない。魔力による自然強化だけではまだまだ不足している。
だが、アニスの持ち玉はそれだけではない。
そう、それだけではないのではあるが、それをガザックに見せてしまったものか。それに加えて、野次馬の目もある。何が面白いのか、ただ暇なだけなのか、アニス達の試験を見物している冒険者達がいるのだ。戦いの邪魔にならないよう離れた位置にいるものの、動きは常に見られている。
アニスは、ギルマスであるガザックも含めた他の冒険者に対して、自分の手の内はできるだけ晒したくはなかった。
「まあ、初級魔法なら良いか」
普通に打ち込むだけではガザックを崩すことはできない。
早々に戦法を切り替えることにしたアニスは、前へと駆け出しながら魔法の紋様をガザックの目の前に描く。
そして打ち込むための最後の一歩を踏み出すと同時に魔法を起動する。
「ダーク」
闇魔法のダークは周囲の光を奪う。ガザックの目の前で起動されたそれは、ガザックの視野を真っ暗にした。
それと同時にアニスは右上で構えていた剣を左脇に移して構え直し、横向きにガザックの体へ叩き込もうとする。しかし、その動きは読まれていたのか、ガザックの剣によって阻まれてしまった。だが、咄嗟の動きであったためにガザックの剣に籠められた力は先程より弱く、剣の押し返しも来ない。
ならばとアニスは剣を押し込みつつ、ガザックの右脇を擦り抜けて後ろへと回り込む。
片やガザックは、アニスに向き合うように右脚を後ろに下げて上半身を半回転させた。アニスは脚に魔力を集めて急転回し剣を右横に構えてガザックへと向かう。
ガザックの剣は上半身の回転に付いていけておらず、まだ左半面にある。なので、アニスは剣をガザックの腹の右側を狙って振ったが、辛うじてガザックの剣が間に合った。
その時、ガザックの右腕に魔力が集まっているのがアニスには見えた。
アニスの唇が自然と綻ぶ。手を抜いたままでは勝てないとガザックが判断した証拠を見たからだ。
ガザックの態勢が整わないうちに追撃することも可能ではあったが、アニスは離脱を選び、もう一度ガザックの右脇を通り抜けると距離を取ってガザックと向き合った。
そして、ガザックが右脚を回してアニスの方に向き直るのを待つ。
そんなアニスを見て、ガザックはニヤリと笑みを見せた。
「なかなかやるな、アニス。流石は冒険者を志す者と言うところか。しかし、何故最後にもう一撃入れようとしなかった?勝てたかも知れないぞ?」
「手を抜いている相手に勝っても仕方が無いから」
アニスが素直に返事をすると、ガザックはガハハと笑う。
「やっぱり気に入ったぜ、アニス。お前の心意気を買って、本気で相手をしてやろう」
アニスの目の前で、ガザックの体全体に魔力が広がっていく。更にガザックは呪文を唱え始めた。まさか魔法まで使うとは予想していなかったアニスは呪文の最初を聞き逃したが、ガザックの額の前に現れた魔法の紋様はその眼に焼き付けた。
それに、ガザックが発した力ある言葉も。
それが補助魔法であると見て取ったアニスは、自分の額の前に同じ紋様を描き、聞き取った力ある言葉を小さく口にした。
「ウィンドビジョン」
すると、ガザックに重なるように透明な膜が見えた。いや、ガザックの形をした透明な人の像だ。
その像は目を閉じていても見える。紋様の色から風魔法であることは分かっていたが、となると音を使った魔法かも知れない。
試しにアニスが剣を手にしていない左手で片耳を塞ぐと、透明な像は視野から消えた。やはりこれは耳で相手を感じ取る魔法のようだ。アニスの闇魔法による目くらましの対抗手段として使ったのだと思われる。
「ふーん、なるほどね。だけどそれだけで私の攻撃が封じられるかな」
アニスの呟きは小さなものだったので、ガザックの耳には届いているとは思えない。しかし、呟きの後、ガザックの闘気が強くなったような気がした。
ま、聞こえていても構わないけどね。
今度は心の中で呟くと、アニスは剣を構えて前に出る。
目の前に見えているガザックが先程より大きく感じられた。そして、どこにも隙がない。でも、だからこそ、とアニスは思う。
アニスは攻撃の準備として魔法の紋様を各所に配置する。魔法の紋様は意識を離すと消えてしまうが、少しでも意識が残っている限りは存在し続ける。これから行う攻撃に必要な魔法をすべて思い浮かべている限り、それらの魔法の紋様は消えずに残っているのだ。その性質を上手く使ってアニスは複数の魔法の紋様を戦いの空間の中に描き、配置した。
「ウィンド」
ガザックの両耳の脇に設置した魔法の紋様から風が吹き出す。これでウィンドビジョンを妨害できている筈だ。ガザックの表情が僅かに変化したのをアニスは見逃していない。第一段階は成功だ。
アニスは剣を右横に構えた状態で前へ出る。ガザックはこれを直接受けようとせず、上段から剣を振り下ろそうと構えた。これまで受けに徹していたガザックだったが、本気になった今は、防御も兼ねてアニスの腕を狙うつもりなのだろう。
「ウィンドアクセル」
魔法を発動させたものの、直ぐには加速しない。
「フラッシュ」
ガザックの目の前だけでなく、アニスの周囲に配置した魔法の紋様から一斉に眩い光が発せられる。見物人を含めてアニスの姿を見失わせるためだ。
アニスもまた周囲に気取られないように目を閉じずにいたので視界が白い光に覆われた。しかし、風魔法の効果は持続していたし、ガザックが体中に広げている魔力は見えていたので、ガザックの位置を見失うことは無い。
なので、光が放たれた瞬間、アニスは迷うことなく左に軌道を変えると共に加速し、ガザックの右側から後ろへと回り込むことができた。
「うぉーっ」
本能的にかアニスが背後にいると感じ取ったガザックが叫び声を上げながら右脚を引いて半回転する。魔力による強化が効いて、振り下ろしていた剣は再び頭上に持ち上げられていた。そしてガザックが右脚を下ろそうとするが、その動きを狙っていたアニスが魔法を起動する。
「ストーン」
ガザックが足を踏み下ろそうとしている地面の上に石が一つ現れた。ガザックの足がその石の上に乗ってしまい、石の存在を予期していなかったガザックが姿勢を崩す。しかし、流石に熟練の冒険者はそれで転ぶことはなく、石ごと踏みしめて態勢を立て直そうとした。
そこへアニスが剣を左に構えて突撃してくる。
ガザックは不完全な状態のままでの対応を余儀なくされた。ガザックは頭上の剣をアニスの剣目掛けて振り下ろすが、十分に力が乗っているとは言い難い状態だった。
「ファイアエンパワーメント」
アニスはここぞとばかりに身体強化の魔法を発動する。そして、振り下ろされたガザックの剣を弾き返し、それによってがら空きになったガザックの腹に自らの剣を叩き付けた。
「よし。夕飯貰った!」
アニスは魔法については色々器用なのです。