6-18. アニスとシズアは押し掛けられる
「それで、私達と会うまでキョーカとスイから連絡があったことも忘れていたのね」
「いやぁ、悪かったと言うか何と言うか。こっちも色々あったし」
アニスは目の前に座っているダリア相手に困惑気味に軽い謝意を示す。
パルナムにいるキョーカとスイから連絡があったのは、アニス達がまだ二輪車に乗ってドワランデに移動している最中のことだった。
アニス達は既にドワランデまであと一息のところまで到達しており、馬車で移動するだろうダリア達からは二週間くらい先行していると踏んでいた。
なので連絡を受けた時、会うとしても火の山から戻ってからになるだろうと考えていたのだ。だから、頭の中から抜けてしまっていた。
火の山からドワランデに戻って来た時にはきっと思い出していた筈。うん、そう、そうに違いない。
だがダリアは今、こうして目の前にいる。
アニス達も漆黒ダンジョン絡みのことで一週間ほど足止めを食ったとは言え、それなりに急いで来たのだろう。
まぁ、会いたいと一方的に連絡を受けただけでしかなく、会う約束もしていないと切り捨てるのも簡単ではある。が、ダリアとの関係を悪化させる利点は何も無いし、それなりに頑張って自分達に会おうとしてくれたと考えれば、悪い気はしない。
そう思ったアニスは少し下手に出てみた。
もっとも、ここで調子に乗って優位に立とうとすれば切り捨てるだけだが。
しかし、ダリアはそうはしなかった。
「あ、そ。別に構わないわ。こっちも一方的に推し掛けた自覚はあるから。キョーカ達と連絡を取る時があったら、ダリアが二人に感謝していたって伝えておいて」
「分かった、そうする」
ダリアはきちんと弁えている。
ならば良し。
「お客様、お待たせしました。」
アニス達の座るテーブルに給仕の女性が来た。
今、アニス達はダリアに誘われて、食堂に来ている。
丁度夕飯時と言うこともあって店内は混んでいるが、幸いにも窓際のテーブル席を確保することができた。
だた、給仕の手は足りていないようで、席に着いて暫く経ってから漸くアニス達のテーブルに順番が回って来たところだ。
「メニューはこちらになります。先にお飲み物をお持ちしようと思いますが、いかがでしょうか」
「ええ、そうね」
最初に反応したのはダリア。
「私達はエールにするけど、貴女達はどうする?」
「シズ、何が良い?」
アニスが振ると、今度はシズアが軽く考える。
「レモネードにしようかな」
「じゃあ、私も」
「アタシもレモネードにする」
声を重ねて来たのは人狼族のカーラだ。
ダリアの仲間で護衛兼冒険者のカーラは、間にシズアを挟む形でアニスの横に並んで座っている。
「分かった。なら、エール三つに、レモネード三つで」
「畏まりました」
ダリアとその横の男性二人はエール、アニス側の三人がレモネードと、きれいに分かれた。
「なぁ、給仕の姉ちゃん。直ぐに出せるツマミになるものは無いか?」
カーラの向かい側に座る人狼族のジャコブが、ダリアと給仕の会話に割り込んだ。
ジャコブはカーラの父親で、カーラと同じく護衛兼冒険者とのこと。
食堂に入る前から、酒を飲むぞと意気込んでいた。
そんなジャコブの問いに、給仕の女性が笑顔で応じる。
「そうですね。ポテトサラダなら。あと、ハムとチーズの盛り合わせでしょうか」
「なら、それを頼む。ダリア、良いよな?」
「ええ、一先ずそれでお願い」
「はい、少々お待ちください」
給仕が下がると、ダリアはアニス達にメニューを差し出した。
「好きなのを選んで。さっきも言ったけど、ここは私が奢るから」
「ありがとう。はい、シズ」
「あ、うん」
アニスは受け取ったメニューをシズアに渡し、自分はダリアと向き合う。
「で、話を聞きたいって言ってたけど、何を知りたいの?」
それはダリアがアニス達を誘う時に言ったことだ。
聞きたいことがある、食事は奢るから、と。
ただ別に、アニス達はただ飯に釣られてダリアの誘いに応じたのでもない。
ザイアスで少しだけ接点を持ったダリアが、どんな思惑でアニス達を追い掛けて来たのか興味があったからだ。
勿論、ただ飯は有難く頂戴するつもりではある。
その食事を美味しくいただくためにも、気になることは先に片付けておきたいとアニスは考えていた。
そんなアニスの問いを受けたダリアは、テーブル上に右手で片肘をついて頬を乗せ、にっこりと微笑んだ。
「そうね。パルナムに商会の拠点を構えた貴女達がこの後どうするつもりなのか、かな?」
「どして疑問形?」
「まあ、パルナムを出る時にはそう考えていたのだけれど、こっちで耳にした貴女達のことって冒険者としての話ばかりでさ。それに、これから火の山に行くんでしょう?それもやっぱり冒険者だからよね?」
「あー、いや、それは反対なんだよね。シズが火の山に行きたいって言ったから冒険者になったんだよ」
「あら?」
と、ダリアは身体を起こして腕組みをする。
「となると、火の山が当面の最終目標ってこと?その後はどうするつもりなの?」
「そだなぁ。余り考えて無かったけど」
アニスは隣のシズアに視線を移す。
「ねぇ、シズ、どうしようか?」
「そうね、私は大虹鱒のムニエルが食べたいかな。それから、この川海老の素揚げも捨て難いわね。アニーは何にする?」
シズアはメニューから目を上げると、返事をしながら眺めていたメニューをアニスに差し出してきた。
「え、あ、ありがとう。いや、そうじゃなくて、火の山に行った後、どうするかってこと」
「それは当然、火の精霊と契約するわ」
何でそんな当たり前のことを聞いてくるのかと言わんばかりにキョトンとした顔をするシズア。
いや、それを尋ねたつもりではなかったのだが。
聴き方を間違えたなと反省しつつ、そのまま話を先に進めれば良いかと思い直す。
「じゃあさ、火の精霊と契約した後は?」
「そうね。最終目標に向けて次のことを考える、かな?」
「最終目標?」
そんな話、したことあったっけとアニスは首を傾げる。
「はぁ、もう。私が目指しているのは悪女しか無いわよ」
「あー、世界を裏で動かす悪女ね」
「そうそう、その通り」
アニスが理解を示したことにシズアは満足そうに微笑み、コクコクと頷いてみせた。
そんな姉妹のやり取りを見ていたダリアは目を丸くしていた。
「ふーん、そうなんだ。目指しているのは商人でも冒険者でもなくて悪女なんだ。シズア、貴女、面白いわね」
「ダリアだって目標持ってるわよね?それと同じだと思うけど」
「そうね。私も今の状況で満足する気はないし。でも、前から少し感じてたことが、これでハッキリしたわ。私、貴女が気に入ったみたい」
「え、あぁ、どうも」
ダリアの勢いにシズアも押され気味になる。
「ついては、賭けの対象を上乗せしたいと思うわ」
「賭けって、推進板の複製を作るって話?」
「そうよ。私達がやっている賭けはそれしか無いでしょう?」
「まぁ、そうだけど」
賭けを始めてから、もう随分と経っている。
いい加減諦めるところだと思うのに、今から掛け金を釣り上げようとするダリアの意図が掴めない。
「上乗せする内容だけど、負けた方が、勝った方の商会の傘下に入るって言うのでお願いするわ」
「は?」
「それで私、降参するわね。あ、そうすると、私の負けだから、残念なことに今日から私達は貴女達の傘下と言う訳ね」
「……」
「あの、ゴメン、話についていけてないんだけど」
口を開けたままのシズアに代わり、アニスが突っ込みを入れる。
「だから私は貴女達が気に入ったのよ。世界を動かすって言うのなら、これから貴女達が何をするのか見てみたくて。当然、私も役立つようにするわ」
ダリアは何でもないことのように軽く言うが、商会のことをそんな簡単に決めてしまって良いのだろうか。
そう思いつつ、ダリアの同行者の顔を順番に眺めていく。
しかし、大人しく隣に座っている商人見習いのケビンも、エールはまだかとブツブツ言っているジャコブも、そんな父親を呆れた目で見ているカーラも、誰もダリアの発言を気にしているように見えない。
「シズ、こんなこと言ってるけど、どうする?」
最後にシズアに視線を向けると、立ち直りつつあったシズアと目があった。
「まぁ、ダリアなら良いかな?仲間は増やしたいところだし。ただ、最近の商売がどうだったかは聞きたいわね。仲間にするなら有能な人が良いもの」
「それは是非とも説明させて欲しいわ。私達、結構算盤の販路は開拓してきたのよ」
ダリアは目を輝かせながら、シズアの言葉に応じる。
「あっ、そうそう」
そこで、何かを思い出したかのように二人に話し掛けるダリア。
「明日、試練の道を行くのよね?私達も竜人族の里まで同行させてもらうから。竜人族の里とは前からお付き合いしたかったのよね」
ん?
何だかダリアに良いように使われようとしているのではないだろうかと、アニスは心配になるのだった。
ダリアもやり手っぽいので、アニスが心配になる気持ちも分かります。
シズアは相変わらず魚介料理にハマっているようです。ドワランデは内陸ですが、淡水魚が獲れるようですね。
ところで、前話に追記しましたが、試練の門をブログ上で再現してみました。そこまで緻密な物は作れてないので、題して「なんちゃって再現」ですが...。
URLは以下です。よろしければお試しください。
(前話までにきちんと完成させられていれば、こんなにあちこちに書かずに済んだのですが、ご容赦ください)
●小説「妹大好き姉の内緒のお手伝い」の第六章試練の門の再現
<https://tsuretsu.blogspot.com/2024/03/blog-post_10.html>