6-9. アニスとシズアは黒魔獣を討伐したい
アニスとシズアはドワランデの西にある森に向けて箒を飛ばしていた。
二重に見える太陽が随分と西に寄っている。
まだ時間に余裕はありそうだが、何かで時間を取られると日が暮れてしまう。
魔法が効かない相手に夜の戦いは不利だ。早いうちに助け出したい。
冒険者ギルドの前で箒に跨り、ダントン達に見送られながら出発したアニス達。それからまだ数分とは言え、もう二人の目の前には森が広がっている。
「ねぇアニー、救助しなければいけない人達を見付けられるかな?」
「探索魔法で注意深く探すしかないだろうね。あと、黒魔獣は探索魔法に引っ掛からないから注意してね」
「黒魔獣と戦う時も、自分の目と耳だけで相手を確認するしかないってことよね。そこは少し心配。ところでだけど」
「何?」
目の前に迫った救出のこと以外で、今何を話したいのだろうかとアニスは首を傾げる。
「もっと速くならないの?」
「えっ、いや、もうすぐ森だから。って言うか、話している間にもう森が始まってるよ。それに、速度を上げたら助ける人達を見つけられなくなっちゃう」
アニスは一所懸命に反論する。
二人は一つの箒の上にシズアを前にして跨っていた。
だが、魔力を使っているのはアニスだ。だから箒を制御しているのもアニス。
冒険者ギルドを出た時はシズアが魔力を使っていた。だが、ギルドが見えなくなると直ぐにアニスが肩代わりした。
黒魔獣には魔法が効かないにしても、どうなるか分からない戦いを前にして、なるべくシズアの魔力を温存したいとアニスが考えたからだ。
そのこと自体はシズアも同意してのことなのだが、箒の速度にはご不満らしい。
アニスは箒を飛ばすだけでなく、森の中を探知して黒魔獣や要救助者を探してもいた。さらに、空を飛んで来る敵がいるかも知れず、そちらも気にしている。
箒を飛ばすのは魔力だが、探知には魔女の力を使う。魔女の力で探知すれば黒魔獣も見付けられるからだ。
そんな風に異なる力を同時に使い、あちこちに注意を払っていれば、箒の制御に集中できる筈もないし、速度も上げるにも限界がある。
それに、最早慌てる必要も無かった。
「見付けた、と思う」
「えっ、もう?どこ?」
シズアに知らせたのは良いが、どう説明したものか。
「右前の向こうの方。地面の上にポコンと土が盛り上がっているところがあるの、分かる?」
「分からない。どれくらい先?」
「1キロくらい?」
「そんな先?あぁ、何となく分かった気がする。アニー、良く見付けたられたわね。と言うか、本当にそこに人がいるの?」
「多分だけど、形が不自然だから、あの中に人がいるんじゃないかな?」
若干自信無さげにアニスは答えた。
実を言えば、魔女の力を使った探知で盛り上がった土の中に人がいることも、その周囲にうろついている黒魔獣の数も分かっている。しかし、魔女の力を隠している以上、シズアにそれを伝える訳にはいかないので、不確かな言い方にしたのだ。
けれど、シズアはそんなアニスの弱気な発言に疑念を差し挟みはしなかった。
「そうだったとして、どうする?応援を呼びに行く?」
確かにそれも一つの選択ではある。
土の壁の中に籠っていれば、そう簡単に攻撃されることもないだろう。
実際、黒魔獣達も手を出せずに、周囲をうろついている状態なのだ。
けれど、とアニスは思う。
「このまま助けに行く。あそこで隠れてる人達の様子を確かめないと駄目だよ」
「それはそうと思うけど、黒魔獣の数が多くない?」
目指している場所に近付くにつれ、段々とそこの様子が目視で確認できるようになって来た。
森の中でも木が疎らになっている草地の上に、大きなお椀を伏せたような土の塊がある。
そして黒魔獣の姿も。
名前の通り、全身真っ黒だ。真っ黒な猫みたいに見える。いや、大きさから言えば虎か。
敏捷性が高そうだ。
「ともかく、一体ずつ減らしていこ。私が下に降りるから、シズは箒に乗って上から援護して」
「分かった」
アニスは自分がなるべく安全なところにいて欲しいのだなとシズアは感じ取った。
まあ、黒魔獣の方がシズアより体格が大きいし、襲い掛かられたら一溜まりもないだろうことを考えれば当然か。
風の探索魔法を付与したイアリングも黒魔獣相手では役に立たない。
となると、姉が背後から不意打ちを受けないよう、アニスの背中を守る立ち回りをしなければとシズアは思う。
「それじゃ、行くから。シズは箒に魔力を流して」
「えっ、えぇ」
地上に降りていないのにどうするつもりかと思えば、アニスは左脚を後ろに回し、箒の柄にお腹を乗せた姿勢を取る。そこから両腕で箒の柄を押して身体を離し、そのまま下に落ちていった。
アニスのことだから心配はないと思いつつも、落ちていくその姿を目で追い掛ける。
着地した後に前に走り出したのを見て、何事もなかったのだと漸く安心できた。が、その先にいる黒魔獣がアニスに気付いて動き始めている。
シズアも魔双剣を鞘から抜き、自分の両側を飛ばし始めた。
一方のアニス。
黒魔獣の数は確認し終えた。ここにいるのは、全部で十四体。
なるべく数が少ない側を選んで地上に降りたが、四体がこちらに向かって来ようとしている。
四体なら何とかなるだろう。
さあ、行こうか。と気合を入れようとしたところで、おっとと思う。
いけないいけない、忘れてはいけない。
頭の中で呼び掛けると、応と答えがあった。
なので、召喚の紋様を描き、力ある言葉を叫ぶ。
「サモン、アッシュ」
バウッ。
嬉しそうに吠えるアニスの契約魔獣、グレイウルフのアッシュ。
ドワランデへの道中も一緒だったのだが、街には入らずにいた。
ここで呼ばなければ、また拗ねてしまったに違いない。
「アッシュは反対側に回って、向こうにいる奴の注意を引いてくれる?数が多いから、慎重にね」
バウッ。
了解の返事をすると、さっとアニスから離れていく。
さて、では目の前の四体を何とかしますか。
アッシュに向けていた視線を前に戻し、向かってくる相手を見る。
走り出しながら剣を抜くと、右脇に構えて先頭の黒魔獣に狙いを定め、戦闘態勢に入っていく。
体中に魔女の力を広げて身体強化しつつ、防具に沿って軽く防護障壁を張った。
シズアの前なので、魔女の力は派手には使えない。防護障壁をまともに張ると白く光ってしまうので、光らない程度に控え目に。
そして接敵。
アニスが相手の間合いに入った瞬間、黒魔獣が勢い良く跳び、覆い被さるように襲って来た。
跳躍の際に引かれていた右の前脚がすっと前に出てくる。仕舞われていた鋭い爪が姿を現し、アニス目掛けて振り下ろされた。
そんな黒魔獣の動きに、アニスは怯むことなく右に構えていた剣を左前へと構え直し、それで敵の右前脚の攻撃をいなしつつ、更に前へと踏み込んだ。
黒魔獣は、今度は左前脚を出そうとする動きをみせる、が。
「遅いっ」
跳び上がったアニスが、黒魔獣の右の肩口から左胸に掛けて剣で一閃。
そのまま地面の上で一回転しながら黒魔獣の右側へと抜け出す。
斬られた黒魔獣は崩れるように地面に落ち、その場で動きを止めた。
これで一体。だがまだ一体。直ぐ次が来る。
今度は右と左の両側から。
アニスは一体目の下から抜け出た勢いのままに右側へ向かう。
そんなアニスの動きに合わせて、左側の黒魔獣もアニスの方へと向きを変えた。
が、その肩口に突き刺さるものがあった。シズアの魔双剣だ。
「切れ味抜群ね」
勢い良く魔双剣を飛ばせば、少しは刺さるだろうと考えてやってところ、予想以上に深々と突き刺さった。
「あー、でも抜けない」
深く突き刺さったがために、黒魔獣によって魔力が打ち消される範囲に入り、魔双剣が動かなくなってしまった。抜くには地上に降りる必要があるが、アニスの指示に反することになる。
「どうしよう、と言いたいところだけど、他にやることの方が先ね」
空中にから眺めているシズアには、地上の様子が良く見えていた。
二体目の後ろから四体目がアニスに襲い掛かろうとしている。
「今度は急所を狙ってみようかな」
シズアは残った魔双剣の片方を制御し、上空から四体目の後ろの首筋目掛けて勢い良く飛ばす。
丁度相手の死角から近付くことになり、四体目の黒魔獣に気付かれること無く魔双剣は進み、狙い通りに突き刺さる。
こちらは一撃で倒せた。
「黒魔獣も、力尽きれば魔法は阻害されなくなるのね」
空中から魔双剣を操作し、倒した黒魔獣から抜くと、自分の傍らへと戻す。
もう片方の魔双剣が刺さったままの三体目の黒魔獣をどうしようかと見ると、既にアニスが斬りかかっていた。
二体目の黒魔獣は、アニスの後ろに倒れている。そして三体目もそうなった。
「ありがと、シズ。助かった」
アニスがシズアを見上げて手を振って来た。
まだ十体も残っているのに、余裕の笑みだ。
「アニーの役に立てて嬉しい。でも、空中から魔双剣を操作するだけで黒魔獣を倒しちゃうとか、何か反則しているような気分」
「シズほどの魔力量がなければ出来ないことなんだから、胸張ってれば良いんだよ」
「そうね。そう思うことにするわ。で、この先は?」
シズアは箒をアニスの横まで下ろす。
目線の先にいるのは、大きな土の塊の周囲にいる十体の黒魔獣。
その向こうにはアッシュがいた。
黒魔獣達は、土の塊とアッシュとアニス達と、どう対応しようか迷っているような素振りをみせている。
そのため、こちらに向かって来ることも無く、ある意味膠着状態になってしまった。
「できれば、十体まとめてじゃなくて、一部を分断したいんだけど」
「少し近付いてみる?」
「うーん、どうしようかな。あっ」
「どうかした?」
驚いた表情になったアニスを見て、首を傾げるシズア。
そこへ突然、ドーンと大きな音と共に、目の前の大きな土の塊が爆発した。
アニスの戦い方は、他の人から見れば無茶しているように見えそうに思いますが、いつもそんなだからシズアは慣れっこなのです。