6-8. アニスはシズアを置いていきたい
シズアはアニスの腕を掴みながら、じっとアニスを睨み付けている。
これまでいつも一緒に行動していたし、シズアの気持ちも分からなくもない。しかし、相手はあの黒魔獣なのだ。
「ねぇシズ、父さん達が言ってたの覚えてる?黒魔獣には魔法が効かないんだよ」
黒魔獣には魔法が一切通用しない。炎魔法などの魔法攻撃だけでなく、防御結界もまったく機能しない。魔法攻撃にせよ、防御結界にせよ、黒魔獣が触れると何の抵抗もなく消えてしまう。
使えるのは物理攻撃や物理防御のみ。魔法であっても身体強化や、物を動かしてぶつけるなど、最終的に物理攻撃に転化できるものならば問題はない。
「私には魔双剣があるから。魔双剣に勢いをつけて突くのは有効よね?」
「そだけどさぁ」
魔双剣の有用性は認めるしかない。魔法の糸は黒魔獣には使えないとしても、双剣自体、結構な業物だし、魔法で魔双剣を飛ばすこと自体は妨害されない筈だ。戦いの中で十分に役立つだろう。
「それに助けなければならない人たちがいるよね?その人達が怪我して動けなかったら、アニーが一人でその人達を守りながら戦うの?無理があると思うけど?」
「うー」
シズアの言い分は、いちいち正しいので反論できない。
この場でシズアを振り切って一人で出掛けることも不可能ではない。ただそうしたとして、シズアが大人しく待っている保証もない。
シズアをここに留めておきたいのなら、きちんと納得してもらわないといけないのだが、どうしてなかなか手強い。
というか、アニスはシズアを説得するのを半ば諦めつつあった。
「どうした、何があった?」
建物の二階から、ドワーフ族の男性が下りてきた。
逞しい立派な体つきをしている。
「あぁダントン、ケイトに呼びに行ってもらおうと思ってたんだ、丁度良い。こいつの話だと、黒魔獣の群れが出たらしい」
「黒魔獣の群れ?本当だとするとかなり厄介だな」
ダントンは腕を組み、うーんと唸る。
「黒魔獣が出たのはどのあたりなんだ?」
「西に行った先にある森の中だ。ここから大体四、五キロだろうか」
倒れていた冒険者は、起き上がっており、床の上に直接胡座をかいて座っていた。
よほど急いできたのだろう、まだ疲れが残っているようで、息が荒い。
「四、五キロとなると、近いな。街の城壁まで来るかも知れない」
「ギルマス、どうします?」
カウンターから出てきたケイトがダントンに話し掛ける。
アニスはそうかなと思っていたが、ダントンが冒険者ギルドのギルマスらしい。
「群れがいるとなると、ほぼ確実に漆黒ダンジョンができているだろう。当座、要救助者を助け出して遭遇した黒魔獣を討伐するにせよ、さらには漆黒ダンジョン探しが必要だな」
黒魔獣の出現には二つの場合がある。
一つは一体だけが突然現れる場合。この時は、その一体だけを倒せば終わりで良い。
もう一つが、漆黒ダンジョンが出来て、そこから黒魔獣が出てきた場合。
漆黒ダンジョンに生息している魔獣はすべて黒魔獣と言われているし、黒魔獣は漆黒ダンジョンにしかいないとされている。
つまり、漆黒ダンジョンと黒魔獣はそれらで一組のような存在だ。
黒魔獣が群れで現れた場合、その近くには必ず漆黒ダンジョンがある。
そう考えて、まず間違いはない。
アニスもシズアも両親からそう聞かされており、だからダントンの言葉に、心の中で同意していた。
「ですけど、情報が正しいかはまだ確認できていませんよ」
「あぁケイト、分かってる。ダンジョン探しともなると相当の人手が必要だから悠長なことは言ってられねぇが、状況の把握は必要だ。まずは足の速いやつに救出と調査を依頼するか」
腹を決めたダントンは組んでいた腕を解き、周囲を見回しながら口を開いた。
「話は聞いての通りだ。この中に救出に行っても構わないという奴はいるか?ギルド依頼を出すから、行ったついでに調査もしてきてくれると助かる。どうだ?」
ダントンの言葉に、勢い良く上がる手が二つ。
「うん?お前達は誰だ?」
「私はアニス」
「シズアです」
アニスもシズアもそれぞれ空いている方の手を挙げていた。
「見ない顔だが、どこから来た?」
「北のザイアス」
「ザイアス?それはまた遠くからだな。級は?」
「D級だよ」
同じであることを示すようにシズアも頷いてみせる。
「D級だとすると、少し心許ないな」
ダントンは思案顔になる。
黒魔獣はD級くらいのものからになるが、魔法が通用しない分、討伐難易度が上がるとされている。できれば、C級は欲しい。
「私、C級の昇格条件は満たしてるよ」
「アニー、それずるい」
隙あらば自分を置いていこうとするアニスに怒るシズア。
「お二人は試練の道の案内状を与えられています」
ケイトが横から助け舟を入れる。
「そうか、試練の道の資格持ちか。ならば問題なさそうだな」
「ありがとう、ケイト」
お蔭でギルマスに認められたとシズアはケイトに感謝する。
ケイトとしては、お礼を言われることでもないけれどと思いながらも、シズアに笑顔を返す。
ともかく、調査任務は一人で行くべきではないし、ペアを組むなら気心の知れた仲の方が安心できる。それに、先程のやり取りで、二人は黒魔獣についての知識を持っていると知れた。そんな二人なら、油断することもないだろう。
それらを考え合わせれば、アニスをシズアと一緒に行かせるのが最善だ。
ケイトはそう判断したに過ぎない。
そしてギルマスのダントンはそのケイトの判断に乗った。
ただ、問題なのは戦いの技量だけではない。
「それで、お前達は馬には乗れるのか?」
救助は時間が勝負。
能力があっても、早く移動できなければ意味がない。
「馬には乗れないけど、乗り物があるから」
「乗り物?馬車のことか?」
森の中を行くには馬車では辛そうだよなと思いながら、ダントンが尋ねる。
そんなダントンにアニスは首を横に振ってみせた。
「馬車じゃなくて、二輪車」
「二輪車?何だそれは?」
おっと、二輪車を知らないらしい。
何と説明したものか。
「えーと、車輪が二つ付いた乗り物で――」
アニスは口で説明し始めるが、ダントンの不思議そうな表情が変わらないのを見て、どうしたものかと思う。
「ねぇアニー、二輪車で行ける道があるか分からないわよ」
そこへ更にシズアからの突っ込みが入る。
「あー、まぁ、そか。だとすると、箒を使うしかないかな?」
「箒だと?箒でどうやって進むんだ?」
次々と訳の分からないことを言って来るアニスに、ダントンは依頼して大丈夫か段々不安になってくる。
「箒には浮遊の魔法を付与してあるから、飛んで行けるんだよ」
「フライ?それは俺も使えるが、物凄く魔力を喰うぞ。四、五キロ先まで飛んで行くなんてとてもじゃないが無理だろう」
「それは問題ないよ。だって――あっ」
アニスは辛うじて留まった。流石にここで魔術眼が使えるからとは言えない。
「どうしたの、アニー?私達なら問題ないよね?」
シズアはニヤニヤしながら、私達の「達」を強調するように話す。
「うん、そう。シズの魔力量がとても多いからね」
残念ながら、これでシズアの同行が確定してしまった。
アニスは心の中で溜息を吐く。
「よし、なら二人に行って貰おうか。ただし、十分に注意してな。まずは要救助者の救出のことだけ考えてくれれば良いぞ」
「ギルマスは山狩りの準備をして待ってて」
「あぁ、分かっている」
ダントンとやるべきことを確認し合うと、アニスはシズアに視線を向ける。
「それじゃあシズ、仕方ないけど一緒に行こ」
「アニー、まだそんなこと言ってる。往生際が悪い」
「だって、シズのことが心配なんだから、仕方ないよ」
「はいはい。もう少し私のことを信頼してくれても良いと思うけど」
口を尖らせながらも、アニスの心遣いが嬉しいシズアだった。
結局、二人で行くことになりました。今回は、シズアの勝ちと言うところでしょうか。