6-7. アニスとシズアは人助けをしたい
ドライエフ魔具工房を後にしたアニスとシズア。
「マーシャ、嬉しそうだったね」
「そだね。私もゼペック爺の昔の話が聞けて楽しかった」
あの後、泣き止んだマーシャと二人は暫く話をしていた。
アニス達はゼペックの村での様子を、マーシャはゼペックと仕事をした時のことを。
シズアはゼペックとは余り接点がなく、口を開いていたのはほとんどマーシャとアニスだったが、楽しそうに話す二人の言葉をニコニコしながら聞いていた。
「それにしても、いつもアニーが精霊を引き連れていたなんてね」
「だからマーシャにも言ったじゃない。勝手に付いて来てるんだって」
そう、話をしている中で、マーシャがアニスに尋ねたのだ。
「お前さんの傍にいる精霊は、もしかしてゼペックの契約精霊なのかい?」
「ん、そだよ。どうして分かったの?」
「そりゃあ、珍しい属性だからねぇ。普通だったらお前さんが出会うことなんてなかっただろう。契約を引き継いだってことなのかい?」
マーシャの問いにアニスは首を横に振った。
「ううん。これ、勝手に付いて来てるんだよね」
「は?契約していないのかい?勿体無い話のような気がするが、お前さんがそう考えるんなら好きにすれば良いさね」
勿体無いとは、契約すれば使える魔法属性が増えるのにとか、精霊の知識を与えて貰えるのにとか考えてのことだろうか。アニスはそれらには興味がないし、と言うかマーシャには明かしてないが最初から全属性使えるので必要がない。
「アニーに付いて来るってことは、その精霊はアニーに興味を持っているってこと?」
「そうみたい。何でかは知らないけど。傍にいるだけで何も教えてくれないし」
契約したら教えてあげますよ。何ならシズアでも構いませんが。
「あ、話し掛けて来た。見えないけど今もここにいるのね」
「そそ。でも、気にしないで良いと思うよ」
その通り。私はただの語り手ですからね。
「えー、でも、お風呂とか便所にも付いて来るのよね。あんな姿とか見られてるってこと」
シズアの顔が赤い。
「いや、そういう時にシズの傍には行かせてないから」
その権利は自分にしかないのだとアニスは考えているためなのだが。
「アニーのだったら良いんだ」
「うん、私は気にしてないし」
シズアのことは気にしまくるアニスだが、自分のことにはトンと無頓着。
そんなアニスの返事を聞いて、シズアははぁっと溜息を吐く。
「まぁ、アニーが良いのなら良いことにするわ」
「そそ、それが一番。なーんにも気にしないっ」
アニスは歩きながら両手を広げ、楽しそうにくるっと横に一周回ってみせた。
「で、シズ、これからどうしよか?」
「そうね。折角魔双剣が手に入ったし、熟練度を上げたいところだけど」
「そだよね。魔双剣、貰っちゃったしね。宣伝しないとだよね」
アニス達は魔双剣の代金を支払うと主張したのだが、マーシャは魔双剣を完成させたのはアニスだからとお金を受け取ろうとしなかったのだ。
その代わりと言っては何だが、アニスの工夫は只で使って貰うことにした。
界面鏡像は使える魔石が無いから無理にしても、魔法の糸の紋様を大きくできるだけでも随分と性能が改善される見込みがある。
上手くすれば、商品として売り出されるだろう。
なので、二人は魔双剣の知名度を上げて、少しでも沢山の魔双剣が売れるようにできればと考えていた。
「ねぇアニー。やっぱり実戦で使うのが一番かなと思うのよね」
「そだね。私も賛成だよ。冒険者ギルドに行って、手頃な依頼を探そっか?魔獣が良く出る場所を聞いても良いし」
「えぇ」
二人は冒険者ギルド目指して街の中心部へと向かう。
シズアは歩きながら魔双剣を動かす練習をしていた。
危なくないように鞘をしたまま、自分の周りを飛ばせている。
通り掛かりの人々から奇異の眼で見られているが、宣伝にもなると割り切れば何ということもない。
そうして二人は中心部に繋がる太い道に出る。
往来する人の数が増えた。
と、二人の脇を一人の男が走り抜けていく。
「引ったくりだぁー、そいつを捕まえてくれーっ」
後ろから叫び声がする。
「ねぇシズ、出番だと思うけど?」
「えっ、私が追い掛けるの?」
「違うって。シズの周りで飛んでるそれを使うの」
アニスが頻りに魔双剣を指差す。
「あー、そうか。やってみる」
刹那、右側の魔双剣が前へと飛び出した。
無関係な通行人を巧みに避けて、あっという間に逃げる男の真後ろに。
そして次の一歩を踏み込もうとしていた男の脚を後ろから突く。
「あ、転んだ。シズ、何やったの?」
魔双剣を追い掛けて走りながらアニスが問う。
「膝かっくんよ」
「膝かっくん?」
「知らないの?膝かっくん」
「知らない」
「あー、アニーは学校に行ってないから、知らないかぁ」
アニスと話をしていても、シズアは転ばせた男から注意を逸らしていない。
男が手を突いて起き上がろうとしているのを見ると、魔双剣で男の手を払った。
「今度は肘かっくん?」
「いえ、肘かっくんって呼び方はないのよね」
「ふーん。良く分かんない」
喋っている間に男のところに到着した二人は、その場で男を取り押さえる。
シズアが魔双剣で男の動きを制限していたので、何てことはない。
そこへ鞄を取られた男性が息を切らしながら追い付いてきた。
「助かったよ、ありがとう。いつもは肩から下げているんだが、肩紐が切れてしまって手で持っていたらこの始末だ。この中には帳簿などが入っていて無くすと大変なことになるところだった。ぜひとも礼をさせて貰いたいんだが?」
商人を名乗るその男性は、二人に丁寧に礼を述べた。
男性の言う通り、鞄には切れた肩紐が付いている。
だが、男性の言葉だけでは、判断がつかない。
結局、アニス達は、騒ぎを聞いて駆けつけて来たドワーフ族の憲兵に男達を託すことにした。
これが片方がドワーフ族で、もう片方が人族だと悩むところだったが、幸いにも当事者はどちらも人族だ。種族の違いで贔屓される心配はない。
ドワーフ族が多いこの街で、人族同士のいざこざとは少し引っ掛かりを覚えるものの、そこまで他人事に首を突っ込む趣味も持ち合わせてはいない。
それ以上、関わるつもりもなかった二人は、名前を告げることなくその場を離れた。
いざこざの関係者と思われないよう、シズアは魔双剣を腰に戻している。
人混みに紛れて少し離れてしまえば、再び魔双剣を飛ばしても気にされることもなかったろうが、シズアはそこまでして魔双剣の練習をしなくてもと考えたようで、魔双剣を腰に挿したまま冒険者ギルドまで歩いていった。
そうして到着した冒険者ギルドの中。
依頼をこなして戻って来たと思われるパーティーが幾つか目に付いたが、それほど多くの人は居ない。
アニス達はギルド依頼の掲示板を軽く眺めてから、ケイトのいる受付カウンターへと向かう。
「あら、こんにちは。試練の道のことはどうされたのですか?」
ケイトはアニス達のことを覚えていてくれたようだ。
「役所に行ったんだけど、保留になっちゃった」
「あらあら、そうなのですか。きっと族長、いえ辺境伯様にお伺いを立てるのでしょうね。でも、きっと大丈夫ですよ」
二人を安心させるようにケイトはニッコリ微笑んでみせる。
直ぐに許可を出さなかったのは、役人が責任逃れをしたいからだ。辺境伯なら二人の紹介者である貴族の意向は無視しないだろう。
数日待てば、きっと許可は下りる。ケイトには過去の経験から大体の予想がついていた。
だが、アニスはそんなケイトに真顔で応じる。
「多分、ケイトの言う通りかも知れない。でも、待たされたのは私達の実績が足りなかったからだよ。だから待っている間に依頼を受けたいんだけど」
「そうですか、分かりました。そうなると、欲しいのはB級かC級の依頼となりますね。ただ、残念ながら、その等級の個別の討伐依頼が今は無くて。常設のC級以上の魔獣狩りになりますけれど」
個別の討伐依頼は依頼主からの報奨金が出るが、常設の依頼は冒険者ギルドの設定したもので、報酬は討伐した魔獣の素材の買い取り金だけになる。
まあ、C級以上の魔獣の魔石なら、ある程度の金は手に入るので捨てた物でもないが、個別の討伐依頼に比べれば実入りは減ってしまうのは避けようもない。
ただ、アニス達にとって必要なのは実力を示すための実績であって報酬は二の次なので、常設でも問題ないと言えば問題ない。
そして、常設の依頼は特に受注の手続きも不要だ。対象の魔獣を狩って来れば良い。
なので、C級以上の魔獣が目撃されている森の情報を尋ねようとアニスは考えた。が、それを実行に移す前に邪魔が入る。
冒険者ギルドの扉が勢い良く開かれ、人が一人入って来たのだ。
それは人族の男性冒険者だった。憔悴しきったような表情をしたその冒険者は、入口から二三歩進んだところでバタンと倒れた。
だが、そこで動きを止めることはなく、腕を立てて顔を上げ、何とか起き上がろうとしながら口を開く。
「だ、誰か助けてくれ。森で魔獣の群れに遭遇して、仲間達が戦っているんだ。このままだとあいつらが魔獣に殺されてしまう」
助けを求める冒険者に、入口近くにいたドワーフ族の男性冒険者が近付きながら話し掛ける。
「オイオイ、どうしたんだ?元々討伐依頼を受けて行ったんじゃないのか?依頼内容に間違いがあったってことか?」
「あれは依頼された相手じゃない。全身真っ黒のこれまで見たことのない奴だ。それが十体以上もいた。仲間はギルドに知らせるために俺を逃がしてくれたんだ。頼む、誰か仲間達を助けてくれ」
ボロボロになった冒険者の姿は、嘘を吐いているようには見えない。
「おい、それってお前、まさか…」
ドワーフ族の冒険者には、戦っている相手に心当たりがあったらしく、その場で絶句している。
そこで動いたのはアニスだった。
「シズはここにいて。私はあの人の仲間を助けに行って来るから」
一人で行こうとするアニスだったが、その腕を掴む者がいた。
「どうして私を置いていこうとするの?私も一緒に行く」
アニスを引き留めたのはシズア。
そんなシズアにアニスは険しい表情を見せる。
「分かってる?相手は黒魔獣だよ。危ないんだよ」
「知ってる。それでも、アニー一人では行かせられない」
黒魔獣、一般の魔獣と区別して呼ばれるそれは、この世界の人間にとって忌まわしい相手だ。
それと聞かされてもシズアは一歩も引かず、正面からアニスを見詰め続けるのだった。
一転してシリアスっぽくなりました。
さて、膝かっくん、分かりますよね?子供の頃、やったりやられたりした記憶があります。
まあ、普通は立っている所に後ろからやるもので、走っている相手にではないですが、そこのところはご容赦いただいて。