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妹大好き姉の内緒のお手伝い  作者: 蔵河 志樹
第六章 アニスとシズア、火の山に赴く
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6-6. マーシャは昔の青年を思い出す

「なぁ、すまんがその魔双剣と腕輪をアタシに見せては貰えないかい?」


二人の前に立ったマーシャは、シズアが身に着けているそれらを指差す。


「ん?勿論良いよ。って、それ、マーシャのお店の売り物だよ。ちゃんと使えるようになったんだから売ってくれるよね?」


律儀なアニスの申し出だったが、マーシャは魔双剣が工房で作ったままだとはとても思えず、工房の品物だと主張して良いのやらとの迷いがあった。


「あぁ、まあ、ともかく見せてくれるかい?」


曖昧に答えながら、シズアが差し出してきた魔双剣の片方を受け取る。

鞘に収められたそれの外観には何の変化もない。

手を加えるとすれば魔石だから、当然と言えば当然ではある。


ならばと、マーシャは魔双剣の柄頭(つかがしら)を自分の方へ向け、留め具の隙間から魔石を覗き込む。


「うん?」


見える筈の魔法の紋様が見えない。

確か、この半球の魔石には紋様を二つ焼き付けていた筈だ。

一つは平面近く、もう一つはそれから少し離したところに。

その二つ目が手前に見える筈なのだが、何故か無い。


「なあ、これに取り付けられていた魔石に何をしたのか聞かせてくれるかい?」


マーシャが顔を上げて尋ねると、アニスがあっという顔をする。


「ごめん、マーシャ。元から付いていた魔石は外しちゃったんだよね。これだけど」


腰の収納ポーチから取り出した小さな巾着袋を、アニスはおずおずと差し出してきた。

マーシャがそれを受け取り、中を確認すると、確かに四つの魔石が入っている。

それらには見覚えがある紋様が焼き付けられていた。


「それじゃあ、今取り付けてある魔石は何なんだい?」

「私が持ってたものだよ。紋様は、元から付いていた魔石の紋様と同じにしてあるけど?」


「はい?」


我ながら間抜けな発言だと思いつつも、マーシャにはそうとしか言えなかった。


わざわざ同じ紋様を焼き付けるのなら、新しい魔石を用意する必要などない。

とは言え嘘を言っているようにも思えず、何か大きな認識のずれを感じる。

あ、また、既視感(デジャヴュ)だ。


「すまない。もっと詳しく見させてくれるかい?ここじゃ何だから、私の部屋に行こう」


こうなったら、ともかく調べなければ気が済まない。


マーシャは強引に二人を引き連れ、店舗の建物内の自分にあてがわれた部屋へと移動した。

その部屋は主には事務仕事に使っているが、工具箱なども置いてある。


部屋に入ると、マーシャはアニス達に椅子に座るように勧め、自分は工具箱を取り出して、机の上で魔石の留め具を外しにかかった。

留め具は直ぐに外れ、マーシャは魔石を手に取って観察する。


そして見て直ぐ分かった。

確かに紋様は二つ焼き付けられている。

が、配置が元のと全然違う。詳細に調べるまでもない。


マーシャは「なんじゃこりゃ」と言いたかったが堪えた。


「悪いが、どうしてこういう配置にしたのか教えてくれるかい?」


極力平静を装いながら、アニスに問い掛ける。


「え?うーん、ともかく魔法の糸が重要だと思ったから、魔法の糸の紋様を界面鏡像を使って二つの魔石に同時に焼き付けて、あとは邪魔にならないように動きの制御の紋様を焼き付けただけだけど?」

「はっ?界面鏡像?」


マーシャは改めて魔石の平らな部分に焼き付けられた紋様を深く観察する。

三層の紋様だ。

元の紋様も三層で、単に複雑度が変わっただけかと考えていた。


だが、そこで少し角度を変えてみる。

すると、平面の向こう側に紋様の鏡像が見えた。

実際に焼き付けられた紋様と、平面の向こう側の鏡像の紋様とで五層の紋様になっている。


界面鏡像とは、魔石の縁に紋様を焼き付けると、その縁を界面とした鏡像ができることを指す。

通常、魔石を真っ平らにはできず、界面鏡像ができると紋様の形が崩れて魔法の効果が下がることから魔石の縁には紋様を焼き付けないのが魔具職人の常識だ。


しかし、アニスは逆に界面鏡像を使って、二つの魔石の紋様の同調度を上げた。


よくそんなことを思い付いたと思う。

いや、それだけではない、もっと重要なことがある。


「この魔石はどうやって手に入れたんだい?こんなに綺麗な平面の魔石は見たことが無いよ」


そして、この魔石があれば、他にも応用ができるだろう。

が、問い掛けられたアニスの顔が曇る。


「あー、それは内緒の伝手(つて)で手に入れて貰ったんだよね。だから教えられないんだ」

「それなら仕方が無いね」


他人の秘密を詮索するのは礼儀に反するが、それ以前の話としてマーシャは秘め事に首を突っ込む気が更々無い。

これまでもそうして生き永らえて来たのだ。今更流儀を変えはしない。


「それじゃあ、アニス。あと一つだけ教えて貰えるかい?五層の紋様はどうやって設計したんだい?元の三層の紋様もかなりの時間を掛けて設計したんだよ」

「設計?どういう意味?」


アニスが不思議そうな表情で首を(かし)げた。


うん?設計という言葉を知らなくはないだろうが、この反応はどうしたことか。


「魔法の紋様について、複雑度を計算して層ごとに絵を描く作業を『設計』と呼ぶのだが、教わらなかったのかい?」


マーシャが説明するが、アニスは首を横に振る。


「知らない。三層から五層にするのは、ただの操作だよね?こう、三層の紋様があったとして」


話しながら、アニスは右手の掌を上に向け、そこに魔法の糸の三層の紋様を魔力で描く。


「五層にして複雑度を六にして」


言葉通りに紋様を変化させる。


「あとは、これを二つに割った魔石の真ん中に入れて位置を合わせて焼き付ければ終わりだけど?」


事もなげに話をするアニスだが、マーシャにはとんでもないことだった。

設計図も書かずに紋様を直接操作してしまうとは。


だが、この驚きは初めてではない。

かつて、マーシャに対し同じことをやって見せた者がいた。


それは王都の魔具工房からやって来た若い青年の魔具職人。

彼は、魔法の紋様を掌の上で自在に操作できた。

それを見たマーシャや工房の職人達がこぞってそれを真似しようとしたが、誰一人として成功した者はいなかった。


その後も何度かその魔具職人とは仕事をしたことはあるが、それも随分前の話になる。


彼は非常に優秀な魔具職人であり、それ故に魔具工房に所属しているにも拘わらず、作った紋様には彼独自に印を付けることが許されていた。

そんなことを思い出しながらアニスの作った紋様を眺めていたマーシャは、あることに気付く。


「お前さんの紋様だが、何でこの印が刻まれているのかい?」


紋様を指差しながら尋ねるマーシャに、アニスは驚いた表情をみせた。


「え?だってここの工房の印だよね?魔双剣を作ったのはここの工房なんだから、それはちゃんと付けておかないとと思ったんだけど」

「そっちじゃない。もう片方のことさね」


そう、アニスの描いた紋様には、二つの工房の印が刻まれていたのだ。

片方は見慣れた自分の魔具工房の物だが、もう一方の印も見覚えがあった。


「あぁ、それは私に紋様のことを教えてくれたお爺さんに頼まれたから」

「頼まれた?どういうことなのか教えてくれるかい?」


咄嗟に欲望がはしたなく顔に出てしまったかも知れない。マーシャは心を落ち着けて、なるべく穏やかに尋ねようと試みる。


「うーんと、そうだね。お爺さんは良く掌の上で魔法の紋様を描いてたんだよ。その紋様がとても綺麗で私が真似してみせたら、面白がって紋様のことを色々教えてくれるようになったんだ。だけど、お爺さん、病気になっちゃって。私の治癒魔法でも治らなくて。で、最後に頼まれたの」


「何て、頼まれたんだい?」


マーシャには分かってしまった。

アニスに魔法の紋様のことを教えた老人は、あの時の青年の魔具職人なのだと。

彼は優秀だったが、王都の魔具工房にも彼の技を継げる者は現れなかったと聞いている。


しかし、神は彼を見捨ててはいなかった。

人生の最後の最後に、彼はアニスに巡り会えたのだ。


マーシャは記憶に引っ掛かっていた何かを思い出した。

アニスとの会話で抱いた違和感、それは昔に彼と話していた時に抱いた違和感と同じもの。


彼、ゼペックは、アニスに自身の技を教え込み、そして願った。


「これから先、満足のいく紋様が描けたら自分の誇りと共にこの印を刻み込んでくれ、それは俺が生きてきた証にもなるからって」

「ああ、そうかい、そうかい」


マーシャは何度も何度も頷いてみせる。


感無量。溢れ出る涙は、止めようもなかった。


......。


流石に本話の最後に余計なコメントを差し挟みたくはないのですが...。


界面鏡像のこと、本話で漸く説明できました。当然ですが、ティファーニアに渡した遠話具の共鳴石にも使われている技になります。


それもゼペックがアニスに教え込んだ技の一つです。


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