6-1. アニスとシズアはドワーフの街を訪れる
「ねぇアニー、ドワーフ族の人が多いよ」
「うん、そだね。流石はドワーフの街だよね」
アニスとシズアの姉妹は、ドワランデの街中を歩いていた。
街に到着したのは先程のこと。
王国の南の公都パルナムからここまでは二輪車で移動してきたが、街の近くまで来たところで降り、街には歩いて入った。
それは二輪車を乗り回していると、どこで買ったとかどうやったら手に入るのかなど色々聞かれるのが面倒だったからだ。
因みに自分達の商会であるコッペル姉妹商会のパルナム支店の職員として雇ったキョーカとスイに二輪車を一台渡したところ、喜んで毎日堂々と街中を乗り回しているそうだ。
それで厄介なことになってないのか心配で尋ねてみたのだが、そうでもないとのこと。
丁度、コッペル姉妹商会の後見に南の公爵が就いたとの話がパルナム内で広がっていて、公爵の関係なら新しい魔具を開発していてもありそうなことと街の人達に受け止められているらしい。
それならそれで何よりだが、そのうち南の公爵ことファランツェ公爵クロード・デル・ウォーレンから何か言われそうな気がする。いや、冒険者ラウラとしてお忍びでパルナムに滞在している第一王女ラ・フロンティーナ・ダイナ・ラフォニアの方からかも知れない。
まあ、そうなったらそうなったで、その時に考えようとアニスは思っていた。悩んでも始まらないのだ。
アニス達がドワランデに到着したのは、パルナムを出発してから六日目の昼前。途中、十五の宿場町があり、三つ目ごとに泊って来た。のんびりした馬車ならすべての街で泊まるので、三倍の速さで移動したことになる。
実のところ、飛行凧に乗ればずっと早い。しかし、ラウラから貰った試練の道の手引きには陸路で魔物などを倒しながら進むようにとあったので、それに従った結果だ。
旅の途中で遭遇した魔獣は、強くてもC級で、冒険者としての経験を積んだアニス達の敵ではなかった。
さて、アニス達が到着したドワランデは、ドワーフの街と呼ばれている。
ドワーフと言えば手先が器用で、物を作らせれば一流。
その評判通り、ドワランデには装備や魔具の工房が沢山ある。
アニス達が歩いている表通りは多種多様な店が並んでいるので強くは感じられないものの、同程度の広さの他の街に比べて職人街の規模は圧倒的に大きいのだ。
そのために他の地域からの商人も大勢集まって来る。
だから街中を歩く人はドワーフ族が多いものの、人族や獣人族なども結構見掛けられた。
「アニー、これからどうする?宿を探す?」
「そだね、シズ。まだ早いから冒険者ギルドに行ってみない?ギルドに行けば冒険者向けの宿を紹介してくれるだろうし、試練の道についても聞いてみたいし」
「私はそれで良いわ。ギルドはこの先の中心部にあるのよね?」
「多分ね」
ドワランデの冒険者ギルドは大体予想通りの場所にあり、簡単に見付けられた。
街の中心部の広場には面していなかったものの、広場から見える大きな看板が、ギルドの場所を教えてくれていたのだ。
そしてギルドの建物に入る二人。
その中はと言えば、他の街の冒険者ギルドとそう大きくは変わらないが、小さな違いが幾つかある。
一つは、ドワーフの低い背丈に合わせたと思われる低い受付カウンターがあること、二つ目としてはギルド内のドワーフの比率が高いこと。
アニス達が通っていたザイアスの街の冒険者ギルドや、パルナムの街の冒険者ギルドにもドワーフの冒険者はいたが、ごく少数だった。
だが、ここの冒険者ギルドにいるのは、半分以上がドワーフなのだ。
中を見回しても、人族の未成年の冒険者はいなさそうだった。
そんなだから、当然、アニス達は目立っているのだろう、幾人かのドワーフの冒険者が近寄って来た。
「なぁ、あんた達は見掛けない顔だが、他所から来たのか?」
「うん、そだよ。王国の北側にあるザイアスからだけど」
「ザイアスって、確かザイナッハから入った奥にある土地だよな?」
「そそ、良く知ってるね」
「そりゃまあ、それなりに長く生きているからな。しかし、よくもまあ、あんな遠くから来たもんだ」
腕を組んで顎をさすりながら感心するドワーフの冒険者。
別の一人はアニス達の装備に目を向けていた。
「この防具、魔物の皮から作ったのか?」
「はい、アームドバッファローの皮から作って貰いました」
「アームドバッファローか。ここらにはいないが、D級なのにC級並みの防御力を誇る奴だよな。それをお前達が狩ったのか?」
「えぇ、苦労しましたけど、自分で狩りました」
「そうか、それは立派なことだな。自分の装備の素材を自分で狩る。それができれば冒険者としては一人前だ」
「ありがとうございます」
見知らぬ冒険者に褒められたのだ、悪い気はしない。
周りのドワーフ達も同意するように頷いている。
アニスもシズアも冒険者として認められたのが素直に嬉しかった。
「それであんた達はここへ何しに来た?」
最初に話し掛けて来たドワーフが再び口を開く。
「所在地登録をしておこうと思って。後、宿を紹介して貰おうかと」
「そうか、ならケイトと話すのが良いな」
と、ドワーフの冒険者は受付の方へ顔を向ける。
「おい、ケイト。あんたにお客様だ。相手をしてやってくれ」
「はーい。こちらへどうぞー」
受付にいたドワーフの女性が二人に手を振ってきた。
誘われるがままに、アニス達はケイトのいる受付の前に立つ。
「いらっしゃいませ。本日のご用向きは何でしょう?」
にこやかに語り掛けて来たケイトに、アニス達は冒険者証を差し出しながら先程と同じ答えを返す。
「所在地登録ですね、冒険者証をお預かりします」
所在地登録とは、ギルドの窓口に立ち寄ったことを記録として残しておくことだ。そうしておくと、その冒険者がいつどの冒険者ギルドの窓口に立ち寄ったか、どの冒険者ギルドの窓口でも確認できるようになる。
アニスとシズアは自分達の無事を両親に伝えるため、週に一度は所在地登録をするようにしていた。
ケイトは二人の冒険者証を受け取ると席を外したが、暫くして戻って来た。
「登録が済みました。冒険者証をお返しします。それで宿ですが、この辺りに幾つもあります。お二人はどれくらい滞在されるご予定でしょうか?」
「えっと、それは試練次第?」
「試練?」
何のことか分からないとケイトは表情で訴えて来た。
「私達、試練の道を辿って火の山に行こうとしているんだけど、私達が貰った情報だと、ここで一つ試練を受けなければならないらしくって」
アニスの説明はケイトに伝わったようで、ケイトの表情が明るくなる。
「試練の道に挑まれるのですね。それなら、役所に行って届出をしてください。そうすれば、最初の試練を受けられる筈です。ただ――」
と、そこでケイトは言葉を切った。
「ただ?」
アニスは首を傾げる。
「あの、先程冒険者証を見ましたけど、お二人共D級ですよね」
「うん、それが何か?」
級を確認されたと言うことは、級に関係する何かがあるのだろうと予感しつつ、ケイトに先を促す。
「試練の道を進むには、騎士爵以上の爵位を持つ貴族か、C級冒険者相当以上の実力を持つことと定められているのです。お二人は案内状はお持ちですか?」
「案内状って、これのこと?」
アニスはラウラから貰った封筒を取り出し、ケイトに差し出した。
封筒を受け取ったケイトは、その中を改めるとアニスに頷いてみせる。
「はい、これが案内状です。だとすると、少なくともこれをお二人に渡した方は、お二人が資格を満たしていると判断したことになります。であれば、ともかくこれをもって一度役所に行ってみてはと思います。追加の試験があるかも知れませんけど、お二人なら大丈夫ですよ」
ケイトがにっこりと微笑みながら案内状を戻してきた。
え?そうなの?と半信半疑ながら相手の笑顔を見ているうちに、そうなのかも知れないと思ってしまうアニスとシズア。
「あっ、宿のことは?」
試練のことで忘れそうになっていたが、アニスが辛うじて思い出す。
「宿のことについても役所に行けば解決しそうに思いますけれど、一応お知らせしておきますね」
ケイトから宿の情報を聞き出した二人は、冒険者ギルドを後にした。
「ケイトはあー言ってたけど、本当に大丈夫かなぁ。何か嫌な予感がするんだけど」
「あら、アニーにしては珍しいわね。普通なら何も考えずに突進するのに」
「え?私だって色々考えてるよ。まぁ、シズに比べたら考えが足りないかもだけど」
頬を膨らませ、口を尖らせるアニス。
「いえ、別に貶すつもりでは無かったのよ。アニーは悩むより先ずはやってみる方が早いと思うでしょうって言いたかっただけ」
「それはそだね。じゃあ、ともかく役所に行ってみよ」
機嫌を直したアニスは、先に立って歩いて行こうとする。
そんなアニスの後を追い掛けながら、ここでどんな試練が待っているのだろうかと考えるシズアだった。
果たしてアニスの予感はあたるのかどうなのか。
さて、お待たせしました。ここから第六章です。
一応構想は考えたものの、詳細は走りながら考えるいつものパターンですので、途中で間が空くかも知れませんが、温かい目で見守っていただけますと幸いです。