5a-28. アニスとシズアは神殿の復活を喜ぶ
神殿の本堂の中。
パイプオルガンの伴奏と共に合唱隊の歌声が響く。
人々に戦う力を与えるアグニウス神。
人々に守る力を与えるマルレイア神。
天空を統べるゼピュロウス神。
大地を育むアルミティア神。
光と共に命を生み出すヴィリネイア神。
常闇で死を見詰めるハデュロス神。
時空の規律を正すラウツァイア神。
運命を見守るファタリティア神。
知識を与えるスキレウス神。
魔法神かつ神々の長たるザナウス神。
十柱を称え、加護への感謝を捧げる言葉が続いていく。
合唱隊と共に、神殿に集まった大勢の人々も声を揃えて歌う。
アニスとシズアもその中にいて、一緒に歌っていた。
ミックニーとの交渉に臨んでから三週間余り。
ティファーニアの尽力で、貧民街にある神殿の復活はあの後直ぐに決まった。
だが、長いこと使われていなかった神殿の再整備や、記念式典の準備のためにはある程度の時間を必要とした。
この間、アニス達はミックニー達と共に神殿の清掃を手伝ったり、派遣事業の財務会計部門立ち上げの準備を進めたりしてきた。
そして今日、南地区の神殿の再開を祝した記念式典が執り行われている。
参加者全員での合唱の後は、神官長の有難くも眠くなる講釈。それに続き、パルナム公爵クロード・デル・ウォーレンが来賓を代表して挨拶をした。
公爵の式典への参列は、南地区の掌握を象徴するものとして神官達が要求したことだ。有難いことに、公爵はその要請に応じてくれた。
さらに公爵は神殿を訪れるにあたり、わざわざ地区の入口で馬車を降り、コーモン一家が警備にあたる中を神殿へと歩くことまでしてくれた。
ティファーニアが父親まで手札に加えて交渉してくれたことも、そのティファーニアを助けてくれた公爵にもアニスは感謝している。
公爵が挨拶を終え、演台からおりると、神官長が神への祈りの時間となることを告げた。
それと同時に、神の巫女達が自分の仕える神の像の前へと進み出る。
魔力の色が見えるアニスの目には、同じ神に仕える巫女達が美しい一つの色の塊に映っており、滅多に見られない十色の塊が並ぶ美しい光景に魅せられていた。
一番左がアルミティア神の茶、その隣にアグニウス神の赤、更にゼピュロウス神の緑、マルレイア神の青、ヴィリネイア神の黄、ザナウス神の銀、スキレウス神の灰、ファタリティア神の薄黄、ラウツァイア神の薄藍、一番右がハデュロス神の紫。
神の巫女達は魔力量が多く、それだけ魔力の色が濃く見える。
そしてシズアはそれ以上の魔力量であり、巫女達の中に混じっても一際目立って見えるだろう。そんなシズアを愛でるのも良いかも知れない。
いやいや、シズアが神の巫女になったらアニスと一緒にいられなくなる。それはいけない。
アニスは頭の中に湧き上がった妄想を振り払う。
「あれ、ティファーニアよね?」
自分が妄想のネタになっているとは露ほども知らないシズアが隣から声を掛けてきた。
巫女達の並びの真ん中に目を向けると、銀色のザナウス神の巫女達の一人が一段高い段上に上がっている。よく見ると見知った顔だ。
「そだね。ティファーニアだ」
ティファーニアの左右でも、それぞれの神ごとに一人の巫女が段上に上がっている。ティファーニアはザナウス神の筆頭巫女だと言っていたから、他もそれぞれの神の筆頭巫女なのだろう。
「大いなる神々の加護に我らの感謝の祈りを捧げましょう」
ティファーニアの声が本堂の中に響き渡る。
ティファーニアが神像の前に跪くと他の巫女達もそれに倣った。
神への祈りの始まりだ。
「我らに日々の糧を与えたもう神の恵みに感謝を。この世界におわす十柱の神々よ、我らを見守り、我らの生きる道を照らし給え」
巫女達が声を揃えて祈りの言葉を告げ、首を垂れる。
参列していた人々も巫女達の動きに合わせ、顔の前で手を組み、祈りを捧げる姿勢になっていく。
そんな中で一人だけボーっともしていられず、アニスも組んだ手に頭を付ける。
だが、ここで神が降りて来て騒ぎになることは避けたい。だから、何かを強く念じるのは止めておこうと考えた。
なので、黙って目を閉じる。
ただ、目を閉じたとしても、魔女の力の眼で周囲の様子が視えてしまう。
周囲の参列者も皆、同じように手を組み祈りを捧げていることが視て取れた。
これだけの人が一堂に会して神々に感謝を捧げていることだけ取っても、南地区の神殿の再開の式典は成功と言えそうだ。
でも、ここは貧民街の中。今日は人が集まったが、今日だけのことで終わってしまうかも知れない。
もうひと押し、人々がまたここに来ようと思う何かがあれば。
そう、神が降臨するとか。勿論、それは自分の前にではなく、今皆の祈りの中心となっているティファーニアの前に。
『まったく、汝に請われては仕方が無いのう。少しだけ手伝ってやろう。少しだけだからな』
頭の中に声が響いた。
え、祈ったつもりでもないのに聞こえてたの?
アニスは焦って問いを投げ掛けるが返事はない。
いや、これは空耳だったのだ。
そう思おうとしたところ、前方で異変が起きる。
それは、暖かみを感じさせる気配から始まった。
何処からだろうと顔を上げて辺りを見回すと、ザナウス神の像に祈りを捧げていたティファーニアの身体が、銀色の光に包まれようとしていた。
魔力?いや、周囲の人々も皆、そちらに目を向けている。皆にも見えているのなら魔力ではなく、魔法の光だ。
その光は靄のようにティファーニアの周囲に集まっていたが、少しすると宙に浮かび上がり靄のまま大きな人の形を取った。高さは人の倍くらいはあるだろうか。
一つ間違えば魔物と恐れられそうなものだが、人の形をした光の靄からは神々しさが溢れ出ていて、人々は恐怖ではなく畏怖の念に打たれていた。
そして、その靄が右手を挙げるような動きをした後、神殿の本堂内に声が響き渡る。
「人々よ、我らはここにいる。汝らが祈りを絶やさぬ限り、我らは汝らと共にあり続けるだろう。だが人々よ忘れるな。汝らの道を進むは汝らの足でしか叶わぬことを。苦しくても諦めずに前へと進む意思を持て。そして忘れるな。汝らは一人ではない。汝らが祈る時、我らは汝らの隣にあるのだ。汝らの人生に幸多からんことを。それは我らの願いでもある――」
最後は段々と声が遠ざかり、それに合わせて光の靄も薄れて最後には消えてしまった。
だが人々は、動かない。そのままの状態で神の降臨の余韻に浸っていた。
多くは無言だが、感動したのか泣いている人も散見された。
少しして、我に返ったか、本堂の中がざわつき始める。
神の降臨の印象が強すぎて、式典が霞んでしまったが、それは仕方の無いこと。
司会進行役が頑張って場を鎮め、演壇の前に立った神官長が式典の終了を宣言することで、何とか式典としての体裁を整えた。
神官長や神の巫女など神殿の高位の者や公爵などの来賓の退場し、参列者も本堂からぞろぞろと出て行く。
だが、アニスは動かない。
「アニー、帰らないの?」
「居残り」
「え?どうして?」
「ティファーニアが話したいみたいだから」
「そうなの?だったらティファーニアを探す?」
「いや、多分、ここに来ると思う」
ティファーニアは退場する前にアニスに目を向け、そこに留まるようにと表情で伝えていた。
そして本堂から出たものの、扉の向こう側で動かずにいるのが魔女の力の眼には視えている。本堂の人が減ったら戻ってくるつもりなのだろう。
だが、大半の人は出て行ってしまっても、立ち話をして動かない人達もいる。
であれば、自分の方からティファーニアのところに行くかとアニスは席を立ち、シズアと共に本堂の裏に続く扉に向かう。
扉の先の通路の傍らに佇んでいたティファーニアは、アニス達に気付くとスタスタと近寄ってきた。
「あ、ティファーニア。凄かった。あれがザナウス神なのね?初めて見たわ」
シズアが語り掛けると、ティファーニアは笑顔を向ける。
「えぇ、私も初めてよ、あんなの。どう頼めばああなるのだろうって思ったわ」
「え?ティファーニアの祈りに応えてくれたのではないの?」
「残念ながらね。消える時にザナウス神が私に言ったのよ」
「何て?」
シズアは首を傾げて答えを求めると、ティファーニアはチラッとアニスを見てから口を開いた。
「アニスの意向で神の威光を示しておいたぞ、以降はよろしくやっといてくれ」
いや絶対それ、その駄洒落を言いたいがためにやったんだよね、とアニスは思った。
ザナウス神はティファーニアにも駄洒落を言っているんですね。
あと、魔素と魔力と魔法ですが、魔素は大気中にある魔法の元、魔力は人や動物など生き物の中にある魔素の集まった物、魔法は魔素や魔力を使って発言した現実改変の事象です。魔素や魔力は魔力眼持ちにしか見えませんが、魔法の光は誰にでも見えます。
で、本章は、本文があと一話で、間話が一つかな...。予告しておいてその通りにならないと恥ずかしいんですが。