5a-27. アニスとシズアは交渉に臨む
「今日はまたどんなご用件ですかな?」
ミックニーがアニス達に問い掛ける。
アニスとシズアは、キョーカやスイと一緒にコーモン一家の事務所に来ていた。
目の前には大きな机を挟んでミックニーが座り、二人の男が手を後ろに組んで立っている。机の左側がスッケサーン、右はカーク。
二人は険しい顔付きをしているものの、殺気は感じられない。普通に構えているだけのようだ。
「コーモン一家とミトハーン商会を私達コッペル姉妹商会の傘下に加えたいと思います」
ミックニーを前に、シズアが毅然とした態度で言い切った。
「は?お前さんは何を言っておるのですかな?儂達を傘下に入れてどうするおつもりなのです?」
「この地区の神殿を復活させます」
「神殿が戻って来るのは喜ばしい話ですが、それと儂達との話の関係が分からんですな」
ミックニーは机の上で手を広げ、理解できていない心情を強調してみせる。
「それは神殿側がこの地区を公爵様が掌握することを神殿復活の条件にしているからです。貴方達はこの地区への憲兵の立ち入りを制限していますよね。それが問題になっています」
「それでお前さん達が儂達の上に立ってどうするおつもりなのかな?幾らお前さん達が命令しようが、憲兵をこの地区に入れるつもりはないですぞ」
開いた手を顔の前で組み、ジッとシズアを見詰めるミックニー。
相手の出方を見極めようとしているかのようだ。
そんなミックニーに、シズアはフッと微笑んでみせた。
「ええ、どうぞ。私達は何もしませんから」
「は?」
シズアの返事が予想外だったか、目を丸くするミックニー。
「何もしないのに儂達を傘下に入れるですと?そうすることにどんな意味があるのかさっぱり分かりませんな」
「ちゃんと意味はありますよ」
呆けた顔をしているミックニーに、シズアは微笑んでみせた。
「私達の商会は公爵様の後見を得ました。その私達が貴方達を傘下にいれれば、貴方達も公爵様の影響下にあると言えますよね。そうしたら、この地区は公爵様が掌握したことになる。神殿だって認めるしかありません」
「それは若干こじ付けのような気がしなくもありませんが、上手くいくのですかな?」
「問題ありません。私達には優秀な協力者が付いていますので」
勿論、ティファーニアのことだ。シズアはここに来る前にティファーニアとこの筋書きについて相談していた。彼女は何とかなるだろうと言ってくれたので、神殿側の交渉は問題ないと信じている。
だからミックニーを説得するのは自分の役目だとシズアは考えていた。
それもあと一息の筈。
シズアは気合いの入った眼差しでミックニーを見詰める。
「儂達がお前さん達の傘下に入るとして、どうやって統制を取るのですかな?お前さん達はこの街の者ではないと思いましたが。今後はここに根を張るおつもりなので?」
「いえ、私達は旅の途中ですし、本拠地は別にありますから。なので、人を雇うことにしました」
と、シズアは後ろ脇に立っていた二人に手を向ける。
「この街のことはキョーカとスイに任せます」
「ほぅ。そこの情報屋は他者とはつるまないと思っていましたが、やけに気に入られたものですな」
ミックニーは訝しげな眼差しをキョーカに向けるが、キョーカは気にせず受け流していた。
「話を聞いて面白いと思ったにゃ。コーモン様だって、ここのところ停滞気味だと思っていたのではないかにゃ?現状を変えるいい機会にゃ」
頭の後ろで手を組んだキョーカが、気楽な様子で応じる。
「ほぅ、そのような大局観をお持ちでしたか。意外ではあるものの、流石はゴッドマムの娘さんと言うことですかな」
感心するミックニーにキョーカは鼻を高くする。
「そうにゃ。能ある鷹は爪を隠すにゃ」
「いつものお前さんは、いつまで経っても爪を隠さない子猫のようですがな」
「大きなお世話にゃ。若者の心を持ち続けるのが、ワシのモットーにゃ」
腕を組んでプイッと横を向くが、怒っている雰囲気ではない。
「そういうことで、何かあればまずはキョーカ達に報告してもらうことになります。二人とはいつでも連絡が取れるようにしますので、彼女達から私達にも伝えて貰い一緒に対応策を相談します」
話を元に戻そうとシズアが口を開いた。
キョーカ達との連絡には、ティファーニアに渡したのと同じ型の遠話具を使うつもりでいる。
実はこの遠話具、ティファーニアには音声通話用の子機しか渡していないが、映像を送受信するための子機もあったりした。なので、キョーカ達とは顔を見ながら話もできるのだ。
「話はそれだけですかな?神殿が戻ってくるのは良いとしても、儂達の利点があまり感じられませんぞ」
「そうかにゃ?考えようによっては、公爵のお墨付きが得られたようなものにゃ。上手く使えば勢力を広げられるにゃ。商売もやり易くなるにゃ」
キョーカの援護射撃にシズアも頷く。
「それにミトハーン商会での人材派遣業に財務会計部門を作ろうと思います。皆さん会計業務では苦労されているようなので」
「そのための人はどうやって集めるますかな?簡単ではないと思いますぞ」
「それには良い物があります」
シズアは収納サックに手を入れる。
「これは算盤という計算するための道具です。派遣者にはこれを支給するので使い方を覚えて貰います。つまり、人が集まらないのなら育てれば良いとは思いませんか?そうやって人材に付加価値を付ければ単金も上げられますし、ひいては売上も増えますよね?」
取り出した算盤を手に翳しながら説明するシズア。
「ふむ。だとすると今度は儂達がお前さん達に対して何もしなくて良いのかが気になりますな」
ミックニーは顎に手を当てて思案している。
真面目に検討してくれているようだ。
「私達の傘下に入って貰う際に二つの条件を付けます。一つは、売上の一部を暖簾代として納めて貰うこと、もう一つは私達の商会の誰かを会計監査役に就かせて貰うこと。貴方のところの監査役にはスイに入って貰います」
「スイですか。それは何故ですかな?」
ミックニーはシズアを見、そしてスイに視線を移す。
「スイの計算能力は高いですよ。算盤の使い方も直ぐに覚えてくれましたし、なのでスイには算盤教室の講師もやって貰うつもりです。そうすれば、誰もスイの目の前で不正をしようとは考えないでしょうね」
「なるほど。お前さんの考えは概ね承知しました。最後に一つお尋ねしますが、儂達が貴女の商会の傘下にいる利点が無くなったら、傘下から離れることは認められますかな?」
その問いに、シズアは一瞬戸惑いを見せたものの、毅然とした表情を取り戻すと口を開いた。
「えぇ、抜けて貰って構いません。できれば神殿が復活して暫く時間が経つまでは待っていて欲しいですけど、神殿の人達がこの地区に馴染んだ後でしたら自由に判断して貰って良いです」
「うむ。誠に潔いですな」
そこでミックニーはニヤリと微笑んだ。
「分かりました、シズア。このミックニー、貴女の提案に乗って差し上げましょう」
「ありがとうございます」
嬉しそうにシズアは前に出ると、机の前に立ちミックニーに右手を差し出した。
ミックニーもまた右手を出し、シズアの手を握る。
交渉がどうなるのか気が気でなかったアニスは、ほっと肩の力を抜いた。
そこにシズアが戻って来て微笑みかける。
「ねぇアニー。交渉成立したよ」
「うん、偉いシズア。よくやったね」
アニスが手を伸ばしてシズアの頭を撫でると、シズアは嬉しそうな顔になる。
それを見てアニスも嬉しくなるのだが、胸の中にはモヤモヤした部分もあった。
そのモヤモヤを吐き出すように、アニスはシズアに問い掛ける。
「シズさぁ、交渉見てて思ったんだけど、商会の会長はシズがやった方が良いんじゃないかなぁ。私にはこんな交渉無理だよ」
そんなアニスにシズアはニヤッとした表情をみせる。
「あのね、アニー。悪女は表に出ない物なの。アニーが表に立って私が裏で皆を操る。そうして私は影のドンとして君臨するのよ。それが悪女の美学ってこと。だからアニーが会長でないと駄目なの」
「あー、そういうことなんだ」
相槌を打ちつつも、相変わらずシズアの美学が理解不能なアニスだった。
シズアは交渉上手に見えますが、もしかしたら可愛らしい外見も役に立っているかもです。
でも、今回は媚びるような態度は取っていなかったですね。媚びると逆効果だと判断していたのでしょうか。
さて、本章もようやくここまで来ました。あと一息です。