5a-26. アニスとシズアは神の巫女と成果を共有する
「いらっしゃい。待っていたわよ。意外に時間が掛かったわね、いえ、頑張って早くしてくれたと考えるべき?」
神殿に到着したアニスとシズアをティファーニアが出迎える。
前回ティファーニアと会ってから中四日、つまり五日ぶりだ。
「うん、まぁ、それなりに頑張ったよ。ティファーニアの方はどうなの?」
「えぇ、ある程度の目星はつけられた、かな。詳しいことは部屋に行ってから話すわ」
ティファーニアが先に立って廊下を歩いていく。
彼女の部屋は宿舎棟の三階の奥の側で、アニス達を迎えた本殿からは少し距離がある。
そこまでの間、廊下を歩いていくのだが、途中、通り掛かった巫女の中にティファーニアを見ると立ち止まって挨拶をする者がいることにアニスは気付いた。
ティファーニアも軽く会釈を返すのだが、明らかにティファーニアの方が立場が上に見える振る舞いだ。
「ねぇティファーニア。神の巫女でも貴族の方が位が上なの?」
「え?あぁ、そう、気付いてたのね。私に挨拶をする人がいたのは、私がザナウス神の筆頭巫女だからよ。挨拶してくれていたのは、大体が同じザナウス神に仕える巫女達ね。神殿の中では出身が貴族か平民かは基本関係ないことになっているのだけれど、実際には気にする人もいるから複雑と言えば複雑。ただ、出身のことよりも筆頭巫女であることの方が重要視されるから、まあ、今はマシな状況ね」
ティファーニアは微妙な言い回しを使っている。
「前は違ったってこと?」
「リリエラがいた時にはね。その当時はリリエラがここのザナウス神の筆頭巫女だったのよ。それでリリエラが平民の出で私が貴族の出で。リリエラは良い人だし、私は全然気にしてなかったから私達自身は問題が無かったけど、それを気にする周りの人達が鬱陶しかったわね。リリエラが魔術眼を授かって、神からみれば彼女の方が上ってことが明確になったおかげで随分と助かったわ」
「そのためにザナウス神はリリエラに魔術眼を与えたってことじゃないよね?」
「まさか。そんな個人的なことで魔術眼を授けるとかあり得ないわよ。リリエラが王都に行くことになったのも、過去にそう言う前例があったからだってことだったし、だからザナウス神はそうなることを分かっていた筈よ」
あの駄洒落神が壮大な意図をもって動いていたのか疑わしい部分はあるにせよ、その結果自体は分かっていた筈と言うのはその通りだと思える。
であれば、ザナウス神はリリエラを王都に行かせたかったことになる。
「リリエラに王都で何かをさせようとしてるのかな?」
「そこが分からないの。少なくともここにいる間には指示のようなものは何も貰っていないって聞いているのだけどね。直接ザナウス神に尋ねてもいるのだけれど、ちっとも教えてくれなくて。そうしたことが気になってリリエラと話がしたいのよ」
「あー、そなんだ」
ティファーニアの表情を見ても、本気でリリエラのことを心配している様子が伺える。
今の話でアニス達に相談して来た理由がよく分かった。
「ねぇ、ティファーニア。アニーに魔術眼を与えたことも、何か目的があってのことだと思う?」
「そうね。何の思惑もなしにそんなことするとは思えないし、神の巫女ではなく冒険者に与えたのだから、動き易さを考えていたのかも知れないわね」
「神の巫女だと動き難いの?」
「えぇ、街中を歩くくらいなら問題ないけれど、街の外に出るとなるといちいち申請をして許可を取らなければならないのよ。つまりは行動が把握されている訳。だから自由に動ける人を選ぼうとすると、神の巫女以外になってしまうし、冒険者なんて好都合よね?」
「それはまぁ確かに」
ティファーニアは神のことを良く分かっている。だからその説明には納得できるものがある。
しかし、流石のティファーニアにも神の意図までは分からないし、それをティファーニアに教えてくれと言うのにも無理があることはアニスもシズアも理解していた。
歩きながら話をしていうちに、三人はティファーニアの部屋に到着。
部屋の中に入ると、ティファーニアは二人に席を勧めつつ、お菓子やお茶を用意して自分も席に座った。
「それじゃあ、お互いの成果を共有しましょうか。まずはアニス達から話して貰える?」
「うん、良いよ」
アニスは背負っていた収納サックをガサゴソと探り、品物を取り出しテーブルの上に置いた。
「ねぇアニス。これは何?私には目覚まし時計に見えるのだけれど」
「そだね。これは目覚まし時計だよ。ちゃんと、設定した時間になると鐘が鳴って起こしてくれるよ」
「それは良いのだけれど、これとリリエラと連絡を取ることとがどう関係しているのかが分からなくて」
困惑顔のティファーニアに、自慢げに微笑むアニス。
「これはね、擬装なんだよ。目覚まし時計なんだけど、もっと別のことができるようになってる。これを耳に付けてみて。私みたいに」
アニスは目覚まし時計と一緒に取り出した掌より小さな器具を耳に掛けた。その器具は、耳の穴に当てる本体から曲がった弦が伸びていて、弦を耳に引っ掛けて本体が耳の穴から落ちないように支える構造になっている。
既にアニスはそれを右耳に掛けており、それを見ながらティファーニアも自分の右耳にそれを掛けた。
「これで良い?」
初めてのことで自信がなく、アニスに伺いを立てるティファーニア。
「うん、そうそう、それで大丈夫」
アニスはティファーニアの右耳に正しく器具が装着されているのを確認して頷いた。
「それじゃあ、ティファーニア、いくよ。この状態で目覚まし時計の横にある釦を押すと、釦が光っているのが分かる?これが呼び出し状態で、もう一つの目覚まし時計のボタンが点滅する。で、点滅している釦を押すと、明るさが少し弱くなって点滅の間隔が長くなるからやってみるね」
そう言うと、アニスは片方の目覚まし時計を持ってテーブルから離れたベッドの上に置いた。そして、点滅している釦を押す。
「そうすると。あー、あー、聞こえてる?」
「え?聞こえる。って、何これ?」
突然、耳に掛けた器具からアニスの声が聞こえて驚くティファーニア。
「私の方にもティファーニアの声が聞こえてるよ。ね、分かった。これ、遠話具なんだ。目覚まし時計が本体で、耳に掛けているのが実際に話をするための器具、私達は子機って呼んでる」
「目覚まし時計の形をした遠話具?それに子機?私、こんなの初めて見たわ。遠話具を作るには希少で高価な共鳴石が必要だから、中々手に入らないって聞いていたのだけど、良く入手できたわね。それにこれ、本体と子機の間も共鳴石で繋いでいるのよね?」
「そだよ。目覚まし時計から線が出ていると変に思われるだろうから、線を使いたくなかったんだ。でも、使っているのは小さい共鳴石だから、部屋の中で移動するためくらいに思っておいてほしいんだけど」
「何だかもう凄すぎて言葉も無いのだけど、分かったわ」
ティファーニアの表情は驚きを通り越して呆れているかのように見えなくもなかったが、それだけ強い反応を引き出せたことに満足げなアニス。
「じゃあ、今度はティファーニアの結果を教えてよ」
やることをやったのだから、今度は聞かせて貰う番だとばかりにアニスはティファーニアに迫る。
「そうね。私の方も大体何とかなりそうだけど、一つだけ問題があって相談したいと思っていたの。ただ、その前に条件があるわ」
「え?条件?私達、ちゃんと遠話具を持って来たよね?」
そのまま話が進むかと思いきや、新たな条件の話が出て来て焦るアニス。
「えぇ、持って来てくれたわ。でも、私はリリエラと連絡が取りたいって言ったわよね?遠話具が両方ともここにあったら、リリエラとは連絡が取れないとは思わない?」
「そ、それはそうだけど。もしかして片方をリリエラに渡すところまでやらないといけないの?」
「そうよ、それで初めて連絡が取れるでしょう?」
「えー、そんなのありかなぁ?ねぇ、シズ?」
助かを求めるようにアニスはシズアを見る。
が、何故かシズアは嬉しそうに微笑んでいた。
「良いんじゃない?そういう後出しじゃんけん的な要求って悪女っぽくて好きよ」
「え?悪女っぽいと良いの?そんなこと言ってたら、ティファーニアはどんどん悪女になっちゃうと思うよ」
「そしたらどんなになるのか、とても興味があるわね」
「いやぁ、そんな面倒な人には関わりたくないって思うんじゃないかなぁ」
どうもこの手の議論になると、シズアと話が合わない。
「ともかく、今回の条件には条件で応じるしかないと思う」
「条件ってどんな?」
シズアは戸惑った表情のアニスからティファーニアに視線を移す。
「ティファーニアは、これを配送業者に頼んでリリエラに送るのでは駄目だと思っているのよね?」
「えぇ。途中にどんな目が光っているか分からないから。できればリリエラが街中でただの目覚まし時計を買ったような形にして神殿内に持ち込みたいわね」
「だとすると、私達か私達の信頼する人が直接王都に行かないといけなってことよね。でも、それには時間が掛かる。だから今は遠話具一式をリリエラのところまで持って行くと約束するだけで許して貰えない?」
互いに見詰め合うティファーニアとシズア。
先に視線を下にずらしたのはティファーニアだった。
「いいわ。遠話具を用意してくれたことで一歩前進したのだから、もう少し待つことにする」
そして目を上げるとアニス達二人に微笑みかける。
「神官達は大体説得できているわ。ザナウス神に相談したら、ゾンビ騒ぎは契約精霊が亡くなった契約主の身体を動かしたせいだろうと言われて、それを伝えたら納得してくれた。残るは治安の方ね。相変わらず、お父様の手が届かないところには行きたくないって言うのよ。まったく、こういう時だけ貴族を理由に使うんだから困った人達」
感情が込み上げてきたか、言葉の終わりの方では頬を膨らませていた。
「ふーん、なるほど。公爵様の手が届けば良いのね」
「そうできるの?」
「そう言う体裁が整えられれば良いのよね?それなら何とかできると思う」
シズアはニヤッと笑う。
「ねぇアニー。今の私、ちょっと悪女っぽい?」
「えー、あ、うん」
アニスにとって最愛のシズアは、どんな表情をしても可愛いでしかないのだが、そうも言えずに話を合わせるアニスだった。
ティファーニアとシズアは気が合いそうですね。