5a-23. アニスは対話の鏡を確認したい
宿に戻ったアニスとシズアが部屋で休んでいると、宿屋の娘のリーナが二人に客人だと知らせに来た。
「私達に客って、誰?」
「ラウラです。こちらのお部屋でお話したいそうですけど?」
部屋の中でと言うことは内密の話に違いない。
「うん、分かった。ラウラ、どうぞ」
後ろの言葉は、リーナの後ろ控えていたラウラに向けた物になる。
アニス達に断られるとは考えていなかったのだろう。ラウラは既に部屋の前まで来ており、それにアニスは気付いていた。
「悪いな、突然押し掛けて」
ラウラは部屋に入り扉を閉めた。
トニーも付いて来ていたが、部屋には入って来ていない。廊下を見張るつもりなのかも知れない。
今日のラウラは服装も口調も冒険者のそれだ。髪の毛も魔法付与した髪留めでダークブラウンにしている。
しかし、それによってアニスの態度が変わる訳ではない。
「私達は休んでただけだから問題ないよ。ラウラこそどうして態々ここに?呼んでくれれば行ったのに」
「先日のお前達はザイアス子爵の書状を公爵に渡すと言う名目があったからな。もう一度呼んでしまうと返信を持たされたと思われ兼ねないから慎重にならざるを得ないんだ」
「そか。あれ?でも、私達に運んで欲しいようなこと言ってなかった?」
城で会食した際の会話を覚えていたアニスは困惑気味に尋ねる。
「実際にはな。だがそれは内密の話だ。表向きには公爵家から使者を出すことになっている」
「その使者には、他者に見られても差し障りのない書状を持たせるのですね?」
そういう話には敏感なシズアが口を挟む。
と、片側の眉を上げながらラウラがシズアを見る。
「良く分かったな、その通りだ。ザイアス子爵領までの間には第一王子派の領地があるから襲われないとも限らない。お前達も襲撃を警戒しながら旅をするのは嫌だろう?」
「ええ、そうですね」
「私達は、そう簡単にはやられないけどね」
誇らしげに付け足すアニスにラウラが眉を顰めた。
「その自信は一体全体どこから湧き出てくるんだ?確かにお前は腕が立つ。しかし、こう言っては何だがシズアはまだまだだろう?他人を庇いながら戦うのは相当に骨が折れるものだぞ?」
「それでも私はシズアを守るって決めてるからね。ただ、自分から面倒ごとに首を突っ込むつもりはないよ。第一王女派の動向を探ろうとする人達は公爵様の使者に任せておいて、私達は次の目的地の火の山に行こうと思う」
「ああ、そうした方が良い。そうだ、火の山に向かうお前達に良い物をやろう」
ん?首を傾げるアニスの前に、ラウラが一通の封筒を差し出した。
受け取ったアニスは、封筒の中の紙を取り出して広げてみる。
「『試練の道について』?」
アニスの横から覗き込んでいたシズアが、紙に書かれていた表題を口にした。
表題の下には説明らしき文章と、幾つかの地名が記載されている。
「昔から王家とこの地域の長との間に協定があってだな、その書状を持ってこれらの地に立ち寄り、それぞれの試練を受けて認められると火の精霊の集まる洞窟に案内して貰えることになっている。それでも火の精霊と契約できるかは、保証の限りではないがな」
「これをくれるの?」
驚いた表情でアニスはラウラを見詰める。
「ああ。普通なら対価を貰うところだが、お前達には特別にやろう」
「只より高い物はないとよく言われますけれど?」
シズアの方は疑いの眼差しだ。
「そう構えるな。これもお前達の後ろにクロードが付いている証と考えてはどうだ?」
「分かりました。そう言うことにしておきます」
完全に納得したかはともかく、シズアは矛を収めた。
ならばとラウラは続けて別の物を取り出す。
「ザイアス子爵へのクロードからの書簡と対話の鏡を用意した。これはお前達を見込んでのことだ。火の山に行った後で、子爵に届けて欲しい」
「うん、分かった。ちゃんと届けるよ」
アニスは真面目な顔でそれらを受け取った。が、そこで上目遣いになる。
「ラウラ、あのさぁ、物は相談なんだけど、この対話の鏡のもう片方ってラウラが持っているんだよね?」
「そうだが、それがどうかしたのか?」
「そっちも見せて貰えないかな?どんな仕組みかを調べてみたくて」
「調べる?魔具には付与魔法が使われているのだぞ。付与魔法が見えなければ調べようもないと思うのだが。お前は魔力眼は持っていないと言っていたよな?それともそれは嘘だったのか?」
険しい表情になるラウラに、アニスは慌てて腰の収納ポーチから、ある物を取り出した。
「この眼鏡、この眼鏡を使うの。これ、付与魔法が見える眼鏡だから」
「は?そんな眼鏡があるのか?どれどれ見せてみろ」
有無を言わさずアニスから眼鏡を奪うと、ラウラはそれを自分の顔に掛けて部屋の中を見回す。
そして、アニス達の装備に気付くと、そちらに歩いていった。
「本当だ。付与魔法が見える。それにしてもお前達の装備はあちこちに魔法付与がされているな。普通ならもっと高ランクの冒険者が使うような代物だぞ。と、それは本題ではなかったか」
ラウラは眼鏡を外してアニスに差し出す。
「アニス。お前の要望を受けてやっても良いぞ。ただし、条件がある」
「何?」
「一つは私にもこの眼鏡を用意して欲しい。それともう一つ。夜中に私の部屋まで誰にも見咎められずに来られたら、私の対話の鏡を見せてやろう」
「分かった。今夜で良い?」
アニスはにっこり微笑んだ。
* * *
その夜。
ラウラことラ・フロンティーナは、ベッドの端に腰掛けアーサー・ミーツの最新作を読んでいた。
既に湯浴みを終え、ネグリジェに着替えている。
ラウラとして行動していた際に付けていた髪留めも外しており、美しいウェーブの掛かった金髪が背中に流れている。
忙しい一日を終え、こうしてゆっくりと愛読書に向かう時間はラ・フロンティーナに取って至福の一時であり、いつもなら物語の世界に没頭しているところなのだが、今夜は落ち着かずにいる。
「まったく、あの子はどうやって来るつもりなのでしょう」
ラ・フロンティーナはアニスのことを気にしていた。
夕方、宿屋に行った時、アニスは今夜来ると言っていたが、ここは城の中だ。そう簡単に侵入できるものでもない。侵入できたらできたで、今度は警備に当たっている者達を叱責しなければならなくなる。
アニス達と必要以上に深い関係性を持っているように思われたくないがために、夜中に自室に忍び込むように言ってしまったが、実は不味かったのではと不安な気持ちが湧いてくるのを止められない。
とは言え、その発言を取り消そうにも今更だ。
そんな時、部屋の扉を叩く音がした。
「姫様、少しよろしいでしょうか」
扉越しに侍女の声が聞こえてくる。
「何か?」
「レーネの妹さんがレーネに差し入れを持って来ているのですが、いかがいたしましょう?」
どうしたものかと悩んでいる侍女の様子が目に浮かぶ。
しかし、レーネに妹なんていただろうか?
ん?もしかして、もしかするのか?
「その子の名前は?」
「アニーと名乗っています」
どうやら当たりらしい。
「では、こちらに入れてください」
「よろしいのでしょうか?」
「構いません」
「畏まりました」
暫くの後、再び扉が叩かれ、今度はそのまま扉が開かれる。
そしてその扉から、侍女のソフィアと一人の少女が入って来た。
少女は金髪を頭の両脇で纏めたツインテールにしており、雰囲気がレーネに似ている。防具などは身に着けておらず、町娘の格好だ。
右手に持つ籠の中身は、差し入れと言うことか。
「この子なら大丈夫よ。ソフィア、下がっていて頂戴」
「はい、姫様」
ソフィアが部屋から出て扉を閉めると、ラ・フロンティーナは手にしていた本を脇に置き、立ち上がって少女と向き合った。
「まさか堂々と入って来るとはね、アニス」
「オバさんじゃないけど、上手く化けたでしょう?」
得意げなアニスを半眼で睨んでから溜息を吐くラ・フロンティーナ。
「貴女、そんなこと言っていると、いつか不敬罪で処刑されるわよ」
「私だってちゃんと場を弁えてるよ」
そう言うと、胸に右手を当て頭を下げる。
「ラ・フロンティーナ王女殿下、約束通り見咎められずに参上いたしました。つきましては、例の魔具を拝見させていただきたく存じます」
「分かりました、頭を上げなさい。って、やっぱり堅苦しいのは止めましょう。調子が狂うわ」
「ラウラがそう言うのなら遠慮なく。対話の鏡は?」
顔を上げて笑顔を見せるアニス。
「その前に、もう一つ条件があったと思うのだけど?」
「あぁ、付与魔法が見える眼鏡のことだよね。はい、これで良い?ラウラのイメージで選んでみたんだけど」
アニスはベルトで腰に固定している収納ポーチから眼鏡を取り出してラ・フロンティーナに渡す。
ラ・フロンティーナは眼鏡を掛けて、照明の魔具などの付与魔法が見えることを確認すると、満足そうに頷いた。
「ええ、確かに。それにしても、短時間で良く手に入れられたわね。どうやったの、と問いたいところだけど、止めておいた方が良さそうね」
「うん、そうして貰えると助かる」
「では、こちらにいらっしゃい」
ラ・フロンティーナは体の向きを変え、部屋の隅に置いてある机に近付いた。
机の上には物が置かれているが、布が被せてあって何かは分からない。
その布をラ・フロンティーナが取り払う。
「これが対話の鏡よ」
「分解しても良いよね?」
「構わないけれど、きちんと元に戻すのよ。後、呼び出しが来ても応じないでね。貴女が今ここにいる言い訳なんて考えたくないから」
「はーい、姫様」
調子よく返事をしたアニスは、意気揚々と対話の鏡の分解を始めたのだった。
アニスは魔具を調べるのが大好きみたいですね。勿論、今回は目的があってのことですけれど。