5a-21. アニスとシズアは魔法神の巫女と相談する
ティファーニアは、このパルナムを治めるファランツェ公爵クロード・デル・ウォーレンの娘で、ラターニアの妹だ。
だが、神殿内では貴族の身分は関係無いとされている。
だから服装は皆似たり寄ったりで、誰もが淡い色調の単色のロングのワンピースを着用していた。
ただ、ザイナッハの神殿の巫女達は長袖だったが、ここは暑いためだろう半袖にしている巫女もいる。
ティファーニアもその一人で、半袖の白のワンピース姿だ。
ティファーニアの髪の色は明るい栗色。その長い髪を背中から垂らしている。
巻き毛だからボリューム感があり、それが故か、髪留めでハーフアップにしていた。
髪留めは銀製だろうか。
ザナウス神の色は銀色のため、銀色の装飾はザナウス神の巫女としては当然使うものであり、贅沢ではない。
まあ、銀色の素材は他にもあり、わざわざ高価な銀を使う必要もないのだが、そこは貴族としてなのか、目で分からない形で金を掛けているようだ。
それはワンピースも同様で、袖口や裾周りに銀色の糸で刺繍がなされている。
その刺繍にも出身元の家の身分の違いが現れているような気がした。
そのような観察をしつつ、アニスはティファーニアの後を付いていった。
ティファーニアは、とある部屋の前で立ち止まると、扉を押し開けて二人を中へと促す。
「少し手狭だけど、そこの椅子に座ってくれる?」
最後に部屋に入ったティファーニアが、後ろから二人に声を掛ける。
だがこの部屋、手狭と紹介されたが、実家の子供部屋より十分広い。
入った目の前の窓際に丸いテーブルと四脚の椅子、左にベッド、右奥に棚や引出し付きの机が見えており、それらの間にもゆとりがある。
それでも貴族の基準に照らせば手狭なのかも知れない。
「ここって、ティファーニアの部屋?」
「ええ、そうよ。神殿の中で、唯一私の自由になる場所。と言っても贅沢に飾ると他の巫女達から敬遠されかねないし、質素な飾り付けにしてあるけどね。でも、見えないところでお金を使っているのよ。それが何だか分かる?」
ティファーニアは二人をテーブルに促しながら、問いを投げ掛けた。
アニスもシズアも取り敢えずは椅子に腰かけはすれど、手掛かりを求めて部屋の中を見回してみる。
しかし、質素にしているとの言葉通り、見える範囲には、高価そうなものは見あたらない。
ならば魔法的なものかも知れないとアニスは魔術眼を起動してみる。
と、それまでと違った光景になった。
部屋全体が魔法で覆われている。
それとは別に結界もあるようだ。
「何となくになるけど、防犯対策?」
魔法が見えないシズアが、首をかしげつつ答える。
「そう、貴女いい線行ってる。でも、できればもう少し具体的に言ってみて欲しいかな?」
ティファーニアは嬉しそうに微笑んでいる。
その微笑みの奥で何を考えているのかはよく分からないが、楽しそうではある。
そんな相手の意図はともかく、アニスには大体のところは見当が付いた。
すべてが分かりきらないのは悔しい。しかしだからこそ、そこにお金が掛かっているのだろうと思える。
「一つは音を通さない防音の結界。もう一つは探知魔法みたいだけど、この部屋の中で何を探しているんだろう?」
「音を気にしているのなら、音を記録する魔具を探しているとか?」
「おー凄い。アニスは魔法が得意で、妹ちゃんは考えるのが得意そうね。あ、まだ妹ちゃんの名前を聞いてなかったわね。教えて貰える?」
「シズアです」
「うん、シズアね。良い名前だわ、それに貴女可愛いわね。どう?私の妹にならない?」
ティファーニアがシズアに流し目を送ると、アニスが反応する。
「ティファーニア、何考えてるの?」
半眼になるアニスに、誤魔化すように笑顔を見せるティファーニア。
「んー、別に。貴女の反応を見ていると面白いなぁって」
どこまで本気かは分からないが、結構な悪戯好きに見える。
「つまりこの部屋の中なら、内緒話ができるってことですね」
話を戻すべくシズアが口を開いた。
「えぇその通り。好きなことを話してくれて良いわよ。例えば魔術眼のこととか」
そう言って、アニスに笑顔を向けるティファーニア。
誰とは言わないのはワザとだろう。
面白がっているティファーニアを見て、少し意地悪したくなる。
「それって、リリエラのこと?」
惚けた表情で答えつつ、ティファーニアを見やる。
「違うけど。って、貴女、今ここで使っていたわよね?隠す気ない癖に何を言ってるのよ」
頬を膨らませるティファーニア。
歳上の筈だが、可愛く見える。
「まぁね。ザナウス神から聞いたの?」
魔術眼を得たことはシズアにしか話していない。だからこれはただの確認だ。
「そっ。アニスって子に魔術眼を授けた。何かあれば相談するようにと紹介しておいたから、よろしくってね。それ以上は聞いても答えてくれなかったわ。貴女、一体何をしたの?」
「何をしたって、普通にお祈りしてただけなんだけど」
実際、アニスがしたのはそれだけだったし、心当りがなかった。
いや、一つ気になることはある。
あるにはあるが、ティファーニアに言える話でもないし、別の気掛かりもある。
「ティファーニアは私の魔術眼のこと、神官に話したの?」
「そんなことするわけないじゃない。神様がお告げで個人を話題にするなんてあってはいけないのよ。まぁ実際にはちゃくちょくあるんだけど、そうしたことは心に留めておくだけにしてるわ。貴女のことは最初から他言無用と言われたし、余程のことのようだけど」
返事を聞いたアニスは、神官達に知られていないことが分かりホッとする。
「それで神殿には何の用事で来たの?まさか観光ってことではないわよね?」
「うん、ティファーニアに会いに来た。相談したいことがあって」
「まさにお告げの通りってことね。で、相談ってどんなこと?」
「貧民街にある神殿のこと。話すと長くなるんだけど」
テーブルの横に立つティファーニアを、椅子に座っているアニスは申し訳なさげに上目遣いで見上げる。
「そう」
アニスの言葉を聞いたティファーニアは、椅子を一つ手許に引き寄せ、腰を下ろした。
「では、じっくり聞かせて貰いましょうか」
話を聞く姿勢になったティファーニアに、アニスとシズアは説明を始めた。
ラウラに会ったこと、泥棒の話、ラターニアの家に行き、公爵とも話したことなど。
ティファーニアの質問にも答えながら出来事を一通り話終えると、ティファーニアは腕を組んで目線を下げた。
「つまり、南地区の神殿を復活させる手助けをして欲しいと言うことよね」
「そうなんだけど、お願いできる?」
アニスは期待に満ちた目でティファーニアを見詰める。
が、ティファーニアは顔を逸らし、ニヤリとしながら横目でアニスを見た。
「さぁて、どうしようかなぁ?」
「えっ?」
勿体ぶったティファーニアの態度にアニスは焦る。
話を聞いて納得すれば、ザナウス神の巫女として手助けしてくれると思っていたからだ。
「何か報酬が必要ですか?」
動揺したアニスより先に尋ねたのはシズア。
「やっぱりシズア相手だと話が早くて助かるわ。私が貴女達の相談に乗る代わりに、貴女達にも私の相談に乗って欲しいのよね」
「ティファーニアの相談って何です?」
「私、リリエラと連絡が取りたいのよね。貴女達は商会をやっていて、色んな魔具を扱っているって聞いたから、連絡を取るのに使えそうな魔具が手に入らないかなと思って」
「リリエラって、さっきアニーが言っていた人?」
「そう、そのリリエラ。彼女は以前はここにいたのよ。魔術眼を授かって王都に行くことになってしまったのだけど、向こうでどうしているのかが気になるのよね」
事情を理解したシズアがアニスを見る。
シズアの視線に答えを求められていると捉えたアニスは、どうしたものかと考えた。
「何か私達に用意できる物があるか、調べたいんだけど?」
おずおずと申し出るアニスに、ティファーニアは笑顔で頷いてみせた。
「ええ、良いわ。なら、その間に私も貴女達のために動いてみるから。ここの神官の連中は頭の固い奴が多いのだけど、解決の糸口を探ってみる。そうね、二、三日貰える?」
「うん、私もその間に調べておく。ティファーニアありがとう」
「まだ、お礼を言うには早いわ。お互い成果が得られるように頑張りましょう」
ティファーニアのお蔭で神殿のことは何とかなるかも知れないが、またやることが増えてしまったなと思うアニスだった。
ティファーニアは自由奔放そうに見えて、結構したたかなところもありそうですね。
さて、年内は本話が最後となると思います。残念ながら本章が終わりませんでした。
新年はまずは本章の最後まで書き切るべく頑張ります。
あと、第四章の手直しをしました。改行位置を第五章以降に合わせることが主ですけど。順次、第一章まで手直ししていく予定です。
それでは皆様よいお年を。来年もまた読んでいただけると嬉しいです。