5a-20. アニスとシズアは魔法神の巫女に会いたい
公爵の城へ向かった翌日の昼過ぎ。
アニスとシズアは、パルナムの街を左右に横切る三本の大通りのうち、中央の通りを西地区から東の方角へ、つまり街の中心部に向かって歩いていた。
中央神殿は、パルナムの中心部に位置している。
正確には、中心にあるのは噴水とそれを取り巻く広場であって、中央神殿はその広場に面した形で建てられている。
なので中央の大通りは、噴水の部分だけ、それを南側に迂回する形の曲線を描いていた。
アニス達の位置から広場まではもう後少し。
二人の目にも既に噴水が見えている。
そして歩くほどに前方で視界を遮る建物も徐々に減り、広場が段々と全体まで見渡せるようになってきた。
「うわぁ、広いね、この広場。ザイアスの街の広場とはまるで比べ物にならないや」
「住んでいる人の量からして全然違うのだから、比較になんてならないわよ」
「まあ、そうだけどね」
広場に入って少し進んだところで、二人は辺りを見回して広場の広さを実感する。
「あれが中央神殿だよね。大きいなぁ」
「南の公都の中心となる神殿なだけあるわね」
中央神殿の建物は二人の左手、つまり広場の北側にデンと鎮座していた。
石造りのその建物は、長年の風雨に晒されて所々黒ずんだり風化していたりしており、年季を感じさせるものとなっている。
その神殿を目指し、アニス達は広場を斜めに横切るように歩いていく。そして玄関にたどり着くと、そのまま中へと入っていった。
本堂もまた広い。
アニス達の目の前には多くの椅子が並んでいる。
日曜日の祈りの時間には沢山の人が集まるであろうと想像されるが、今は疎らにしか人がいない。
それは領都ザイナッハの神殿もそうだったなと思い返すアニス。
それと一緒にカサンドラのことも頭に浮かんできてしまい、思わず頭から追い出そうと首を振る。
「アニー、どうしたの?」
心配そうにアニスの様子を伺うシズア。
「ううん、何でもない。大丈夫。そこら辺にティファーニアはいたりしないよね?」
きちんと返事をしないでシズアに悪いと思いつつ、カサンドラのことを話題にしたくないアニスは、誤魔化し気味に話を逸らそうとした。
「神の巫女らしき人は、ここにはいなさそうね。事務室にでも行ってみる?」
「うーん、どうしようかな?」
何となく神殿に良い印象を持っていないアニスは、事務室でまともに対応して貰えるだろうかと躊躇してしまう。
南の公爵であるクロードに紹介状まで用意して貰っているとは言え、神殿には貴族の権力は及ばないと聞かされてきたこともあって、より確実にティファーニアに会える方法がないかと考えてしまうのだ。
本殿の奥に立ち並ぶ神像を見て、一番簡単なのはザナウス神に聞くことだろうなと思いつつ、神殿の人間に目撃されてしまいかねないこの場でザナウス神と話をする気にはなれない。
そうか、宿を出る前にザナウス神と話しておけば良かったかと思い至っても今更だ。
「ねぇアニー、中庭にでも行ってみる?誰かいるかも知れないし」
確かにそうだ。実際、そちらの方角に人の気配がある。
と、そこでアニスはザイアスの街の神殿に行った時のことを思い出す。
「シズ、また神殿学校に行きたいとか言い出さないよね?」
あの時、アニスは大いに焦っものだ。
どうしても構えてしまう。
そんなアニスを見てシズアが笑った。
「アニーったら何を言っているのよ。もう冒険者になっているし、火の山だってもう直ぐよね?今になって神殿学校に行きたいなんて言わないわよ」
「なら良いけど」
ホッとしたアニスに笑顔が戻る。
「それじゃあ、シズ、中庭に行ってみよ」
先に立って意気揚々と本堂の隅の方にある扉へと歩き始めたアニス。現金なものである。
まあ、そんなアニスだから好きなんだけどね、とシズアもその後に続く。
二人は扉を開けて本堂の裏に出た。
目の前に中庭が見える。
中庭にはそれほど多くの人は居ない。
子供達と騎士の装備を纏った男性とが木剣で打ち合っている。どうやら、男性が子供達に剣を教えているようだ。
そして、その様子を少し離れた所から女性が眺めている。
「男の人は神殿騎士かな?女の人は神の巫女?」
「丁度良かったわね。あの人達に聞いてみれば分かりそうよね?」
「そうだけど、何だか邪魔しちゃうみたいで悪い気がするよ」
中庭に少し入ったところで立ち止まっているアニス達。
そんな二人に気付いて、男性が手を振ってきた。
アニスはどうしようかと一瞬シズアを見るが、元々話し掛けるつもりだったことを思い出すと、手を振り返しながら男性に近付いていった。
「やぁ、君達は冒険者かい?」
「はい。貴方は神殿騎士?」
「あぁ、そうだよ」
男性は快活そうな笑顔を向けて来た。
成人しているだろうがまだ若く見える。二十歳に行っているかいないかくらいか。
「剣を教えているの?」
「あぁ、僕も神殿学校の時に神殿騎士に剣を教えて貰ったからね。今度は僕が教える番だと思ってる」
「素敵な心掛けですね」
アニスの横からシズアが声を掛ける。
男性は片手を頭の後ろに回し、照れたような仕草を見せた。
「いやぁ、それほどのことじゃないけどね。あ、そうだ君達、少し手伝って貰えないか?この子達に打ち合いを見せたいんだ。僕と手合わせしてくれると嬉しいんだけど」
「私で良ければ、やるけど」
騎士相手だと、シズアにはまだ荷が重い。やるなら自分だと、アニスが一歩前に出る。
そして騎士の相手をしていた男の子から木剣を渡して貰う。
離れて向かい合う騎士とアニス。
ルールも何も決めていないが、相手に合わせれば良いかと気楽に構える。
開始の掛け声も無い。
けれど、騎士が自分に集中しているのが分かる。
加えて身体中に魔力を行き渡らせている。
兄のジークリフも騎士学校に通い始めた後、同じ戦い方をするようになっていた。
ならば準備は終わったのだろうとアニスの方から前に出る。
騎士が構えた剣を振り上げた。
どちらに来るか。
相手の体内の魔力の流れでは動きを読めないものの、アニスには魔女の力の眼がある。少しの動きでも、それを即座に把握して十分対処できる。
だから、左から右からと次々に打って来る剣もすべて易々と受けられた。少しでも打ち込みが甘ければ、弾くかいなすかして相手の態勢を崩し、反撃を試みる。
しかし、騎士の方も予想していたか、直ぐに態勢を立て直して、アニスの打ち込みを受け止めていた。
そうした打ち合いが何度も続く。
見物している子供達からは「ノルド頑張れ」の声が上がっていた。
ふむ、ノルドと言うのかとアニスは思いながら、そう言えば自分も声援が欲しいなとシズアの方をチラ見する。
が、シズアはアニスを見ていなかった。
どうして?と思ったアニスの集中力が途絶え、ノルドの打ち込みを受けきれずに剣を落としてしまう。
ノルドが勝ったと喜ぶ子供達の声を耳にしながらアニスは「参りました」とノルドに頭を下げた。
「君、剣が上手だね」
にこやかに声を掛けて来たノルドに対し、「ありがとうございます」と返事をしながらアニスはシズアの見ている先に目を向ける。
そこにはもう一つの騎士の姿があった。
年代としてはノルドと同じくらいか。ノルドが温厚そうな目をしているのに対して、こちらの騎士はきつい目をしている。
「おい、アーノルド。そんな餓鬼の冒険者なんて相手にしてないでこっちに来い。訓練の時間だ。餓鬼相手では得る物もないだろう」
「もうそんな時間かぁ。でも、この子、結構強いと思うよ。気を抜くと負けちゃいそうなくらいに」
「はぁ?何言ってるんだよ。俺達は騎士だぞ。そんなことある訳ないじゃないか。おい、剣を貸せ、俺が試してやる」
もう一人の騎士がノルドから木剣をむしり取ると、そのままアニスに向かって来た。
何だ、この礼儀知らずは?
アニスは腹を立てていた。
まともに打ち合う気にもなれない。
相手が剣を大きく振りかぶったのを見ると、即座に風魔法のエアブーストを起動して、その勢いで騎士の懐に入る。そして剣を持った相手の右肘を左手で押さえると、右手の木剣を相手の喉元に突き立てた。
「本当の戦いだったら、これで終わっているけど?」
半眼になったアニスが相手に宣告する。
「ふ、ふざけるな。まだ始めてもいないじゃないか」
「あ、そ。だったらもう一度やる?」
自分から離れようとする騎士の動きは止めずに好きなようにさせつつ、アニスは不敵な笑みを見せつけた。
「俺達は忙しいんだ。おい、アーノルド、行くぞ」
「あぁ、分かった」
先に行こうとする騎士に声を掛けると、ノルドはアニスの方に顔を向けた。
「やっぱり君は強いね。また機会があったら手合わせして貰えると嬉しいよ。それじゃ」
ノルドは、アニスに、そして子供達にも手を振って去っていった。
「ふーん、神殿騎士を負かしちゃうかぁ。強いわね、貴女」
ノルド達が去っていったのとは別の方角から声が聞こえる。
見るとそこには若くて美しい女性が一人。
「ねぇ、もしかして貴女がアニス?」
「どうして私の名前を?」
驚いたアニスがポカンとしていると、女性はふっふっふと笑う。
「さぁ、どうしてかしら?って勿体付けても仕方がないわね。私がティファーニアって言えば分かる?」
ザナウス神の巫女は、無邪気な笑顔を携えながら、そこに佇んでいた。
アニスは前より強くなったとはいえ、シズアのことになると直ぐに動揺してしまうところは変わりませんね。
さて、いよいよティファーニアと、と言うところではあるのですが、この先、年末までの間は執筆の時間が取れなさそうでして、一週間程度間が空いてしまうと思います。すみませんが、ご承知おきください。
次話以降も楽しみにしていただけますと幸いです。
それから、いいね、ブックマーク、評価をいただき、誠にありがとうございました。