5a-16. アニスとシズアは姫様の侍女と話す
アニスとシズアは公爵の居城に来ていた。
依頼主のザイアス子爵、アルバート・スペンサーがしたためた紹介状に何と書いてあったのかは知らないが、二人は豪華な部屋に通された。応接間のようにも見えるその部屋は、正門から案内してくれた職員からは、控えの間だと教えられた。
その職員が去り、入れ替わりに侍女が入って来た。
「どうぞお掛けになってください」
侍女は二人にソファへと座るように促し、お茶の支度を始める。
勝手が分からないアニス達は、戸惑いながらも剣を腰帯から外し、並んでソファに座った。
アニス達はこの日も冒険者装備で城に来ている。
その服装については、ザイアスを出る前に、アルバートに相談していた。
「そうだな。冒険者として依頼を受けた使者の役目だから、冒険者の格好で良いと思うのだけど、二人はそれでは嫌かい?」
「嫌ではないのですけど、お城に行くならドレスなのかなと思って」
控え目に憧れを語るシズアの言葉に、アルバートは顎に手を当てて思考を巡らせた。
「勿論、城に上がるのにドレスではいけない規則は無いけどね。そうだな、商人であれば、いや、商人であっても普通の訪問でドレスは無いな。食事や茶会に呼ばれれば、それなりの服装が必要だからドレスも十分ありだけど」
貴族の常識を弁えているアルバートにそう言われては、シズアとしても従う他はない。だが、念のためとドレスも収納サックには入れて来たのはご愛敬。
アニスはアニスで、折角だからフルアーマー装備にしようかと提案したのだが、それは可愛くないからとあっさりシズアに却下された。
と言うことで、いつもはミニスカートを履いているシズアだったが、今日はロングのワンピースを着用し、その上に革の防具を着けていた。
少しでもドレスに近づけたかったようだ。
そうした拘りのないアニスは、まったく普段通りの格好で来た。だが、控えの間の豪華さに対して、場違いな気がしないでもない。
しかし、もう城に来てしまっているのだ。気にしても始まらない。
「お茶が入りましたのでどうぞ。クッキーも美味しいですよ」
侍女が二人の前にティーカップとクッキーを盛り付けた皿を置いた。
早速アニスがクッキーを一つ取って口に放り入れる。
「うん、本当に美味しい」
にこやかな表情で、満足そうに感想を漏らした。
「アニーはよく食べられるわね。私はそんな気にはなれないわ」
どうやらシズアは緊張しているらしい。
それでも喉が乾いていたか、カップを手にして、お茶を飲む。
と、嬉しそうな顔になった。
「このお茶美味しい。香りがとても良いわ」
「確かにそうだね。クッキーにも良く合ってる」
アニスが同意すると、控えていた侍女が頭を下げる。
「畏れ入ります。このお茶は、姫様のお気に入りのものになります」
姫様。
普通に考えれば、公爵の娘のことだろうが、アニスには引っ掛かるものがあった。
公爵の娘は二人。
姉のラターニアは三年前に結婚してこの城を出ている。
妹のティファーニアは成人して以降は、神殿に住まいを移した。
それらのことは、先日ラターニアと夕食と共にした時に聞いている。
つまり、二人のどちらも今はこの城にはいないのだ。そんな二人を城の侍女が話の引き合いに出すだろうか。
それにこの侍女は、姫様達とは言わず、姫様とただ一人を指している。
ならば、とアニスは考えた。
「あの、お名前を聞いても?」
「私のことは、レーネとお呼びください」
「じゃあレーネ、貴女が何故ここに来たのか、教えてくれるかな?」
アニスの問い掛けに、目を細めるレーネ。
「どうしてそれをお尋ねに?」
そう聞き返された時点で、答えて貰ったも同然だった。
想像通りであれば、この侍女は自分達を見極めに来たのだろうとアニスは睨んだ。
であれば、シズアについても知って貰った方が良い。
「ねぇ、シズは分かっているよね?私がレーネに質問した理由」
幾ら緊張していようが、流石に今のやり取りは理解できている筈だ。
いざとなれば助け舟を出す腹積もりで、アニスはシズアに話を振った。
「ええ、まぁ。公爵家に仕える者が姫様と呼べる人は二人だけ。でも、二人共この城にはいないし、どちらの姫様か判別できない曖昧な呼び方をするのも変。となると、貴方は公爵家には仕えていない。公爵様を訪問しに来た私達に、公爵家に仕えていない侍女が来たのは何故か、アニーでなくても気になるわ」
シズアの答えを聞いたレーネは、細めた目はそのままに、口角を少し持ち上げる。
「流石は姫様が目を付けられた方々ですね。見た目はガキンチョですけれど、お頭の血の巡りの良さそうなことは分かりました。姉のアニス様はそこそこ腕が立つと伺いましたが、属性は水ですか。魔力量もそれほど多くなく、しかし、随分と装備に魔法付与がされてますね。それで姫様に勝てたと言うことでしょうか。妹のシズア様は風属性、魔力量が凄まじい。中々に興味深いお二人です」
魔力眼全開で二人を観察するレーネ。
「私達の属性が見えるのですね?」
既に聞くまでも無く明らかなことだが、相手の反応を見たいと考えたシズアが問う。
「はい、正にその通りです。姫様にお仕えしたい一心で古の精霊の森に潜り、ザナウス神の僕たる精霊と契約を結びました」
「えっ、あの森に入ったのですか?」
古の精霊の森とは、王国の北東部に広がる巨大な森林地帯のことだ。ザイアスの街の近くにある精霊の森と同様に魔素が多く、それ故に半ばダンジョン化していて、中に入れば道に迷うことが必至だ。
他の地より精霊を見付ける可能性が高いものの、それ以上に命を落とす危険性が大きい森と言われており、足を踏み入れるのは余程の猛者か命知らず。
そこで精霊契約して来たとなれば、シズアでなくとも驚く話だ。
「エヘン、そうなのです。そこら辺の有象無象とは気合の入り方が違うのです」
腰に手を当て、ドヤ顔のレーネ。
「森にはどれくらいの間?」
「半年余りです」
「食べ物はどうしてたのです?」
「気合で見付けてました」
「魔獣もいますよね?」
「私には風の探知魔法がありますからね。大型の魔獣にさえ近付かなければ良いんです」
「なるほど」
レーネは何て事の無いように言っているが、シズアにはどうすれば半年もの間、魔獣を避けながら精霊探しができるのか、想像できない。
自分も精霊契約はしたいものの、レーネのような無鉄砲な行為はできる気がしないし、する気も無い。
よくそんなことをやってのけた物だと感心するばかりだ。
「分かりましたか、ガキンチョども。私はこれまでも、これからも、全力で姫様、いえ、この国の第一王女殿下にお仕えするのです」
当人は凄く熱が籠った演説をぶっているが、聞いている二人は呆気に取られるばかり。
「あの、それでどうして今日、私達のところに?」
「あぁ、それは最近、姫様の口から良く貴女方の話題が出てきていましたので、どんな輩か興味を持ちまして、城の侍女に交代してくれと頼んだのです。勿論、相応の謝礼は用意しましたから、快く私のお願いを聞いてくれました」
「謝礼とはどんな?」
「若い侍女が望むもの言えば、理想の殿方との出会いしかありません。幸い、私は姫様の近衛騎士達とは親しいですから、彼らに公爵家の騎士隊の独り者を見繕って貰って城の侍女達との内輪のパーティーを企画しました。その誘いに乗らない侍女はおりませんよ」
「はぁ」
自分達と会うために態々お見合いパーティーを催すとか、どれだけ手間を掛けているのだろうかとアニスもシズアも感心するばかり。
「どうです?少しは私の有能さが理解できました?私は姫様の密偵の中でも一番だと自負しているのですよ」
「密偵?」
「そう、あるときは男爵令嬢、またあるときは近衛騎士、あるいは冒険者、はたまた侍女。貴女方ガキンチョに好意的に接しているのも、有能な密偵の私が侍女を完璧に演じているがためですからね。そこのところは良く覚えておいてくださいな」
「は、はい」
普通、密偵は自分が密偵であるとか自分の手の内は明かさない物だと思っていたが、優秀な密偵はそうではないのかと認識を新たにしたアニスとシズアだった。
勿論、優秀な密偵は、自分が密偵とは言いませんし、自分の手の内も明かしません。レーネが特殊なのです。
いや、それでも雇われ続けていると言うことは、へまはしていないのでしょうし、となれば優秀?
さて、少しお休みをいただいてリフレッシュしました。年内に本章の終わりまで行きたいです。