5a-12. アニスとシズアは夕食をご馳走になる
「先代のファランツェ公爵が、ここに金貨を用意していた?」
アニスは頭を整理しようと、ラウラの言葉を繰り返す。
「そうだ」
「どうして?」
「どうして、とは?」
アニスには分からないとこばかりだ。
何から尋ねたものか。
「どうして先代の公爵様の金貨がここにあるの?」
「この屋敷は、元々は先代のファランツェ公の母上の実家の物だったんだ。その後、先代のファランツェ公が引き継いで、ウォーレン家が管理することとなった。そんなことから、この屋敷は先代と所縁がある。先代が金貨の隠し場所に選ぶ理由としては十分ではないか?」
「まあ、そだね。でも、ターニャ達に屋敷を渡した時に、金貨を移動しなかったのは、どうしてかな?」
「さぁな、それは分からない。うっかり忘れていたのか、放置しても問題ないと考えたのか。この家を管理していたエリックすら金貨のことを知らなかった。本当にごく少数の人間しか把握していなかったに違いない。先代が亡くなられたのは五年前、それと共に使用人達も代替わりして当時のことを知る人間が残っていなかったのかもな」
ラウラが寂しそうな表情をみせた。
「なぁアニス。泥棒はどうして一度に金貨6枚しか盗まなかったのだと思う?」
「6枚しか必要ないから?」
「その6枚を何に使っているのかは知っているのか?」
「知ってはいるんだけど――」
ラウラに教えてしまうと、その片棒を担がせてしまうことにもなりかねない。そう思い悩み、アニスは言葉を濁す。
「言えないのか?」
「うん」
アニスは素直に首肯した。
「それなら黙っていた方が良い。まあ、想像はついているんだがな」
「そうなの?」
「ああ、十中八九、貧民街関係だろう。先代はずっと貧民街の住民ことを気にしていたからな」
「貧民街を良くしようとしてたってこと?」
「したかったのだが、できなかった。貴族という立場が邪魔をして。金貨を残したのはせめてもの気持ちだったのだろう。これは私の推測だが、金貨は貴族としての物ではなく、先代が冒険者として稼いだ物だろうよ。それならどう使おうが、当人の自由だからな」
「じゃあ何?金貨はわざと盗ませていたってこと?」
「そうなるな。だから、長いこと問題になっていなかった」
「だけど、ここの金貨が無くなってしまい、泥棒は他の貴族から盗むことにした」
「当然、貴族達はそんなこと知らないから騒ぎになった。それがこの一年のことだ」
泥棒騒ぎの経緯は分かったような気がするが、そうだとすると今の状態を継続するのは不味いのではないだろうか。
まあ、キョーカ達なら捕まえられることなく盗み続けられるとは思う。しかし、盗まれた金が貧民街に流れていることは、いずれ知られてしまいそうな気がする。それだけでも貴族達の怒りの矛先が貧民街に向くには十分だ。
そうなれば、先代のファランツェ公爵の想いとは真逆の展開となる。
「泥棒、止めて貰わないといけないね」
「ああ、だが単に止めては貧民街が苦しくなる。そうだろう?」
「ねぇ、貧民街を良くする方法はあるの?」
アニスは真剣な面持ちでラウラの目を見た。
その視線を受け止めたラウラは、困ったような笑みを浮かべる。
「基本的に特効薬は無いんだ。その場の状況に応じて適切な策を講じていく、そんな地道な活動が必要になる」
「もしかして、南の神殿だった建物を拠点にしていた、貧民街を支援する人達がやっているようなこと?」
「ほう、お前はその人達のことを知っているのか?」
意外そうに目を開き、眉を上げるラウラ。
何と答えようか悩むアニス。彼らが神殿にいるのは見て知ってはいるが、チラ見しただけでしかない。
「ちょっと話に聞いただけ。炊き出しをやっているらしいけど、他に何をしてるかは知らない」
「そうか。勿論、当座の食事は必要だが、それだけでは不十分だな。現状の維持にしかならない」
「ねぇアニー、一度、そこの人達に話を聞きに行ってみない?支援者の人達が困っていることの中で、私達が手伝える物があるかも知れないし。事情も分からずに考えていても、良い案なんて出てきっこないわ」
二人の会話にシズアが参加してきた。
「そだね、シズ。明日にでも行ってみよ」
「ええ」
「行ってくれると助かるのだが、お前達二人だけでは心配だな。あそこは知らない者が足を踏み入れると危険だと聞く。せめて私が付いて行ければなんだが、申し訳ない、私は事情があって、あそこに立ち入るのは難しいんだ」
「ん、大丈夫だよ。案内役には心当たりがあるから」
アニスはにこやかに応じ、シズアに目配せすると、言いたいことは分かっているとばかりにシズアは頷いて応じた。
貧民街のことならキョーカとスイ、あの二人に手伝って貰えば良い。
護衛役としても十分期待できる、ハズ。
「そうか、悪いな」
ラウラは、その言葉通りに力のない笑みをみせた。
「さて、話は済んだかしら。そろそろ応接に戻って、お菓子でも食べながらお喋りしないこと?可愛いお客様達は、勿論夕飯も食べて行くのよね?何か希望があれば言ってね。家の料理長はとても良い腕をしているのよ」
「えっ、あの、本当に良いんですか?」
アニスがラターニアに対し、上目遣いに恐る恐る確認を取る。
「貴女方はラウのお友達だもの。それにお父様の後ろ盾を得るのでしょう?そんな人達に食事を振舞わずに帰してしまったら、私が怒られてしまうわ」
ラターニアの笑顔はそれなりの迫力があり、アニスもシズアも大人しく従ったのだった。
* * *
翌朝。
アニスとシズアは起きて顔を洗ってから、宿の食堂に来ていた。
「まだお腹が張ってるような気がするわ」
「シズ、昨日、結構沢山食べてたもんね。私より食べてたんじゃない?」
「だって、街中の食堂では味わえない料理ばかりだったんだもの。食べないと勿体無いと思ってしまったのよね。特に、あの蟹のグラタンは絶品だったわ」
「あー、あれは確かに美味しかったと思う。ホワイトソースが違ったよね。とってもコクがあって」
「そうね。でも、思い出しただけでお腹が膨れて来た気がするわ」
ポンポンとお腹を叩くシズア。
「まぁでも少しは食べておいたら?お昼になる前にお腹が空いちゃうよ」
「ええ」
そこに宿屋の娘、リーナが朝食を盆に載せてやってきた。
「おはようございます。朝食です」
「リーナ、おはよう」
アニス達の前に皿が並べられていく。
メインの皿には、焼いたベーコンにスクランブルエッグ、野菜サラダが乗っていた。それにスープの器。
丸パンが盛られた皿は、二人の真ん中に。
「昨日は夕飯が終わってから帰られましたよね。美味しい物を食べられましたか?」
「うん、まあ」
貴族の家で夕飯をご馳走になったとか言って良いのか分からず、アニスは曖昧な回答をする。
「あのさ、リーナ。知ってたら教えて欲しいことがあるんだけど」
「何ですか?」
「ラターニア・スティングレーって人のことを知ってる?ホルト子爵夫人の」
「知ってますよ、勿論。と言うか、この街でラターニア様を知らない人はいないと思いますけど」
リーナの言いたいことは分かる。ラターニアは、南の公爵の長女なのだ。それについては、アニス達も昨日の会話の中で聞いていた。
「そのラターニア様が子供の頃に一緒に生活していた貴族の女の子には心当たりある?」
これがアニス達が知りたいと思っていることの本題だ。
「それ、私が生まれる前の話ですよね?でも、両親から聞いたことがあります。王国の第一王女ラ・フロンティーナ様が成人するまでの間、パルナムでラターニア様、ティファーニア様姉妹と一緒に過ごしていたって」
「なるほど、第一王女殿下ね」
身分が高いだろうことは薄々とは感じていたが、王族だったとは。
「リーナって、ラ・フロンティーナ様にはお会いしたことあるの?」
「えっ?無いですよ。私、王都に行ったことないですし」
「今、パルナムに来ていたりとかは?」
「いえ。来られていれば話題にならない筈はありませんけど、何も聞いていませんので」
「そうなんだ。引き留めちゃってゴメンね」
「大丈夫です。どうぞごゆっくり」
リーナはちょこんとお辞儀をして下がっていった。
「シズ、どう思う?」
「お忍びで来ているとしか思えないわね」
「それもそうなんだけど、一番最初に会ったあの時のこと」
「ああ、火魔法を撃ってきたことね。あれ、もしかしたら、ワザとなのかも知れないわね」
シズアが頬に手を当てて考えている。
「それって、私達のことを知ってたのかなぁと思って。自意識過剰かな?」
「その可能性は結構ありそうな気がするわね。気になるなら、直接本人に聞いてみてもと思うけど、別に私達にとっては悪い話ではないわよね?」
「まあね。でも、変な風に踊らされないようにしないと」
「ええ、それは注意しましょう。悪女を目指す者として、他人に踊らされる愚は冒したくないから」
シズアはやっぱりシズアだった。
シズアの当座の目標は火魔法が使えるようになることですが、その先の目標は悪女になることですからね。それが、実現しちゃって良いのかは不明ですけれど。