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ミセス マーメイド
雨が降り出した。
あの日の二人の約束だけで、僕はここに立つ。
いとしくて、恋しくて、せつなくて、そして苦しくて、僕は君に会いにきたんだ。
どのくらい待ったのだろうか、Tシャツが肌にすいつく。
え?
傘を差し出され振り向くと、傘の向こうに微笑む君がいた。
大人びた笑顔に思わず息が止まる。
「はい」
なにも言えなかった。
なにも出来なかった。
ただ、立ちすくむだけで、僕は白いハンカチを差し出す君の指に、唇をかんだ。
なにも知らずに君を待っていたのか…。
もう、あの夏のあの恋は幻なんだね。
僕は本気だったんだ。
…だから、
だからもう、
「…さようなら」