ねぇ
「ごめん…」
「…本当にごめんね」
彼女の頬を涙が濡らす。
彼は声にしなかった。
バックミラー。
風になびいた髪を押さえる彼女の姿が遠ざかる。
…そうかぁ―。
「わあぁ、気持ちいぃ」
彼女は息を白くしながら、コンクリート製のガードレールの上を渡った。
通り過ぎるヘッドライトの中で、彼女のシルエットが危なげに踊る。
「危ないって」
「大丈夫だよ」
彼女のこんなはしゃいだ姿は初めてだった。
…少し飲みすぎたかなぁ。
彼は彼女の横顔を見上げた。
「もういい。だったら出ていく」
「もう、戻らないから」
崩れ落ちた彼女とともに、激しく切った電話がアスファルトに横たわる。
「うわっ」
「ほらぁ」
急なよろめきに、彼の肩に彼女の手。
「危ないから、もうやめろって」
「大丈夫大丈夫」
彼女は手をはなすと、なおもはしゃいだ。
ほんの数時間前、彼とのことを反対され、あんなに泣きじゃくっていたのに、この夜、彼女のはしゃぎ様はいつまでも続いた。
―もしかしたら…。
あの時すでに終わっていたのかもしれないな…。
ねぇ、美樹、どうして愛した人と結ばれないのかな。
俺、もう、あんなに誰かのこと、愛せそうにないよ…。
流れる街の明かりが滲んだ。