マインド・コントロール〜終わりなき日常からの脱出
ある日、俺はとんでもない事に気づいてしまった。
おそらく、世界中でこの真理にたどり着いた者はごく僅か。
いやもしかしたら、この俺ただ一人なのかもしれない。
そう。
俺は………いや、周りの人間、その殆どが………毎日、似たように日々を過ごしているのだ!!!!!
朝起きて着替え、ご飯を食べて学校に行き、授業を終えれば放課後は部活動、家に帰ったらダラダラと時間を貪り、晩飯、歯磨き、風呂、テレビ、ゲーム……etc、そして就寝。
朝が来ればまた同じことの繰り返しだ。
何なんだこれは!!?
「ちょっと、どこ行くの!?」
俺は居ても立ってもいられなくなって家から飛び出した。
そのまま走る、走る、走る。
そのうち息が苦しくなって立ち止まった。
吹き出す汗を学校指定のブレザーの袖で拭い去る。
息を整えてから辺りを見渡した。
「どこだ……ここ?」
気がつくと俺は見知らぬ場所へ来ていた。
今来た道を振り返る。
その道程は不気味に笑っているようだった。
不意に頭痛がこめかみをはしる。
おかしい、おかしい、おかしい。
そんなに長くは走っていないのに。
そんなに遠くへは来ていないのに。
俺は、こんなばショは、シラナ♯。
そうだ、俺が知っているのは、自宅と学校と、2つを結ぶ道路だけ。
10年以上暮らしてるのに、他の場所へ行った記憶がない。
おかしい、おかシイ、ヲ力シ…………………。
「やっと見つけた!!!」
「!?」
気がつくと俺は誰かに抱きしめられていた。
鼻孔をくすぐる甘い香りに、現実へと引き戻される。
「だ……れ?」
かろうじて吐き出した言葉に反応したのか、その人はわずかに距離をとる。
最初に目に入ったのは明るい緑色の髪。
続いてクリリンッとした大きな瞳。
視線を下へやるとウチの制服を着ていることに気づいた。それも女子の。
胸部にははっきりと見て取れる膨らみもあった。
その事実に気づいて、俺はさっきまでの格好に心臓を高鳴らせた。
「自己紹介がまだだったね、僕はウィル。君に会えて良かった!」
彼女はその整った顔に喜びを浮かべる。
朗らかな笑みにまたも不整脈。
しかも、会えて良かったって……。
「ええっと、きみは……?」
「僕はウィル!」
それはさっきも聞いた。
いや、こんなやり取りを何処かでしたような……。
「ッウ…!」
またも頭痛に襲われる。
「大丈夫、ゆっくりで良いんだ。世界に囚われてはいけないよ」
そう言って優しく手を重ねてくれる。
すると痛みは徐々に消えていった。
「そうだ、同じ会話を繰り返すんだ。何を言っても、毎日毎日」
「そうプログラムされてるからね」
「プロ、グラム?」
「そうさ、でも君は、いや僕たちは、その呪縛から開放されたんだ」
プログラムってのは、たしか、コンピューターなんかに使う自走機構、だったかな。
それから解き放たれたって…。
「でもどうして…」
「わからない、僕も気づいたらこうなってたんだ。一人でどうしたらいいかわからなくて……怖くて……」
さっきまで明るかった表情が急に曇り始める。
会えて良かった。
彼女はさっきそういった。
その不安な気持ちは俺にもよくわかる。
「大丈夫だよ…」
「なんで?」
「なんでって言われると……」
「ふふっ何それ…」
慰めようと口走ってしまったがどうやら功を奏したようだ。
彼女の顔に少しだけ笑顔が戻った。
「これからどうしよっか」
「仲間を集めよう」
意外にもキッパリと言いきった。
「ど、どうやって?」
「ついてきて」
歩き始めた彼女に俺は慌てて後を追った。
目的地につくまで沈黙も辛いのでとりとめもない会話を挟む。
「そういえば君の名前を聞いてなかったね」
「俺は町人Bー32だよ」
「ふーん、変な名前だね」
「そうかな」
女子にそう言われると、なんだか切ない。
「めんどうだからサニーでいい?32でサニー」
「別にいいけど…」
なんだかこそばゆい。
「君の名前こそ珍しいっていうか、オトネちゃんみたいだ」
俺の周りにはなぜか似たような名前が多い。
だが偶にその法則に当てはまらない人もいる。
「オトネって?」
「同じクラスの子だよ」
「かわいい?」
「えっ」
急にそんなことを言われて戸惑ってしまう。
「ふーん、なるほどねぇ」
するとウィルはその様子を見ながらニヤニヤと口角を緩ませた。
「な、何がだよ!」
「べーつにー」
しらばっくれる彼女に俺は何も言い返せなかった。
「ついたよ」
そう言って立ち止まったのはなんの変哲もない曲がり角だった。
「ここで何を?」
「んー、そこに立ってみて」
言われるがまま、角の少し手前で直立した。
「今だっ!」
「えっおいぃ!!?」
唐突な掛け声とともに、背中に衝撃が押し寄せ、そのベクトルに抗いきれず俺は前方に倒れ込んだ。
要は、思いっきり押し飛ばされた。
しかも運の悪いことに曲がり角の向こうから人影がやってきてしまった。
「キャアッ」
「うわぁっ」
その人ごと俺はコンクリートにへばりつくことになってしまった。
「痛たたた…」
しこたま打ち付けた膝を擦りながら人影を確認する。
「ん…?…オトネちゃん!?」
その正体はちょうど先程話題に出たオトネその人だったのだ。
「だだだだいじょうぶ?オトネちゃん」
尻もちをついた彼女はピンク色の長い髪を風になびかせながら、虚ろな目で虚空を見つめていた。
「オトネ…ちゃん?っわ!?」
すると突然立ち上がったと思ったら、そのまま歩いて行ってしまった。
俺はその後ろ姿をポカンと眺めていることしかできなかった。
やがて我に返ると、ウィルに詰め寄った。
「何すんだよぉ〜〜、オトネちゃんに嫌われちゃったじゃんか〜〜」
「大丈夫、大丈夫、あれぐらいがちょうどいいんだよ」
何がいいのかさっぱりわからない。これが女心ってやつなのか?
「さ、次行こ次」
そう言って、またもやさっさと歩き始めてしまう。
「もうかんべんしてくれ〜…」
そう嘆きながらも俺は彼女についていくしかなかった。
小走りに追いつくと八つ当たりでもないが、ちょっとした愚痴を吐き出した。
「俺の名前が変って言うけどさ、お前だって髪色とか言葉とか色々おかしくねー?」
「例えば?」
「自分の事『僕』って言ったりさ、男みたいじゃん」
「実は男だったりして」
「えっ!?」
「なーんてね」
なんだジョーダンか、脅かすなよ…。
「ま、性別なんて設定で変えられるし、気にしない気にしない。それにこれはキャラ付けなんだよ」
設定?キャラ付け?
「さ、ついたよー」
そこは俺の数少ない、記憶にある場所。
市立○○中学校だった。
「いや、なんでここ?」
「いいから、いいから」
そう言って悠々と校門をくぐっていく。
玄関を入って階段を登り、俺の教室がある3階へとやってきた。
「ほら、さっきの成果が出てきたみたいだよ」
言われて、彼女が指差す方を見る。その先にはピンク色の髪、オトネちゃんだ。
特に変わったことは見当たらないが。
しばらく様子を見ていると、何やら辺りをキョロキョロ、どうやら困っているらしい。
そのまま彼女が首をふるとちょうど俺と目があった。
そしてずんずんと寄ってくるではありませんか。
「ちょっと、これ、どういうこと⁈」
「やっぱ怒ってんじゃん、どうすんだよ〜っ」
「やぁ、オトネさん、はじめまして、僕はウィル」
朗らかに自己紹介してる場合か〜
。
「うそ、話せてる?」
しかし何故かオトネちゃんはそれを聞いて押し黙ってしまった。
「よし、実験成功だね」
何が何やらさっぱりわからない。
「おい、ちゃんと説明してくれよ」
「さっき彼女を押し倒しただろう?それでプログラムの挙動から大きく外れたことで、その呪縛から開放されたんだよ、たぶん」
またプログラムか、やっぱりよくわからないが、とにかくうまくいったらしい。たぶん。
「うっうう」
「⁈」
突然オトネちゃんが泣き出してしまった。
「どうしたの⁈」
「誰も…誰も返事してくれなくて……それで…ずっとこのまま…だったらって…」
「うんうん、彼らはまだ自由じゃないからね。よしよし怖かったね、もう大丈夫だよ」
ウィルはオトネちゃんを優しく抱きしめる。なんだか良いところを持ってかれた気がするが、オトネちゃんが落ち着くならそれが一番だろう。
「よし、この調子でどんどん仲間を増やして、この世界から脱出しよう!」
「は?」
脱出ってなんのことだ?
「あれ、言ってなかったっけ?この世界すら神によってプログラムされたものなんだ。だからバグを増やせばそれが崩れて、別世界への扉が開くんだよ」
「聞いてねーよそんなの!」
何だそのメチャクチャな話は。
「君は自由が欲しくないのかい?」
「うっ…」
自由、てのが何なのか俺にはまだピンとこない。けど、それのない世界が今までの変わらない日常だってんなら、それは。
「いや…だ」
「うん、僕もそうだ。君は?」
「…私、も」
オトネちゃんは涙を擦りながら頷いた。
それから俺たちは他の奴らの目も覚まさせるべく、片っ端からぶつかってまわった。
他に方法はねぇのか?
そのかいあって、1時間もした頃には殆どの生徒をプログラムから開放することができた。
「なぁ、これってどれくらい続ければいいんだ?」
全校生徒でもかなりの数だが、この街の人口からすればそこそこだろう。
「そこまで世界は作り込まれていないはず…、ここからは時間との勝負かな」
「時間?タイムリミットがあるのか?」
「いや、あいつらが…」
「あいつ…」
ドガーーーーーーン。
「⁈⁈⁈」
なっ、なんだ⁈
突如大きな地響きとともに、巨大なロボットが出現した。
「見つかったか、逃げるよ」
「えっちょちょっ」
何がなんだかわからないまま、手を引かれてただ走る。
そのさなか、俺は見てしまった。
ロボットが放つ光線にさらされた生徒の目から意思が失われるのを。
そう、あれはまるでプログラムに縛られていた頃のように。
「おい、いったい何なんだよありゃぁ!!?」
「神が作ったバグを修正するプログラムだよ」
またプログラムかよっ。くっそ。
「どうすんだこれからっ!」
「僕が囮になる。君は今まで通り、皆を自由にしてやってくれ」
「あっおい」
言い終わる前にウィルは今来た方へと走り去ってしまった。
姿が見えなくなった後も、あのロボットが暴れる地響きが迫ってくる。
「くそっ」
俺は下唇を噛み締めながら。再び廊下を走り始めた。
「サニー君っ」
「オトネちゃんっ」
1階に降りるとちょうど彼女と落ち合うことができた。
「いったい何なのあのロボット⁈」
「…俺たちを行かせたくないらしい」
「そんな…」
迷っていても仕方ない。
「行こう」
俺たちはそのまま校庭へ出た。
そして校門を潜ろうとしたその時だ。
ドガーーーーーン。
「⁈⁈⁈」
その時、俺の顔はきっと絶望に染まっていただろう。
そこに落ちてきたのはあのロボットだった。
「そんな……ウィルは…?」
さっきのやつとは別の個体かもしれない。じゃああと何体出てくんだよ。逃げる。どこへ。この世界から。どうやって。
「もう…だめ…」
え?
狂ったように撹拌される思考をか細い声が吹き飛ばした。
「オトネちゃん?」
「無理だったのよ……はじめから」
「………⁈」
するとロボットの光線も浴びていないのに彼女の瞳は、暗くくぼんだように染まってしまった。
「オトネちゃん!オトネちゃん!」
「いっけなーい、授業に遅れちゃう」
そう言ってロボによって半壊した校舎へと小走りで去っていった。
「ふっ、ふふ、あはははは……」
もうだめだ…、もうどうしようもない、くやしい、くるしい、きつい、もうたくさんだ。いやだいやだいやだ。
こんなことなら、はじめから、自由なんて求めなければよかったんだ。
眼の前が白に染まる。俺を縛り付ける光が傷ついた体と心を優しく包み込んでいく。
「うお、眩しっ」
気がつくと俺は校庭に立っていた。
「あれ?何してんだ俺」
もう授業が始まる時間だ。早く教室に戻らなければ。
小走りで校舎へと向かう。
「?」
ふと、誰かに呼ばれた気がしたので振り返った。
だが予想通りそこには誰もいない。
俺はそのまま校庭を後にした。
教室に戻るとほどなくして授業が始まった。科目は英語。
「Hy goodmorning everyone」
「「「Goodmorning teacher」」」
恒例の挨拶、先生の言葉に続く。
「How is the weather today?」
「「「It's sunny」」」
「?」
なんだ?なにかが引っかかるような。
何か大切なことがあったような。
その後も会話は続くが俺は気がかりに夢中でついていけない。
しかし俺の存在などなかったかのように授業は滞りなく進んでいく。
なんだ?何が気になるんだ?英語?違う。授業?違う。挨拶?あいさつ……違う……。
「うう…頭が……」
何故か思い出そうとすると頭痛が襲ってくる。
くそう、思考が霧散していく。
「ゆっくりでいいんだ、世界に囚われてはいけないよ」
誰かの声が聞こえる。俺は、この声を知っている?
俺は靄を振り払うように、椅子を蹴飛ばして教室を飛び出した。
天気……そう、テんki、今日丿天気ハ、……はれ、、サ、ニー、、、サニー、、サニーだ!
その時、記憶の奔流が俺の脳内を駆け巡った。まるでジグソーパズルが次々とはまっていくように、消えたはずの思いが蘇ってきた。
そうだ、そうだ、そうだ。
サニー、俺の名前、ウィルがつけてくれた俺の、俺だけの名前だ。
気がつくと俺は学校から離れたどこか知らない道に迷い込んでいた。
しかしこれからどうしたらいい。
俺一人で、いったい何ができるっていうんだ。
走って息がきれたのか体が重い。膝に手をついて荒い呼吸を繰り返した。
「やっと見つけた!」
え?
気がつくと俺は誰かに抱きしめられていた。
いや、俺はこの声を知っている。このセリフを、この腕を、この暖かさを。
「だ……れ?」
俺もその記憶をなぞるように続ける。
すると彼女も包容を解いて、どこかで聞いたセリフを述べた。
「自己紹介がまだだったね、僕はウィル。君に会えて良かった!」
そう言って朗らかに笑う。服装はボロボロだがその笑顔は少しも曇ることはない。
「そういえば、君の名前を聞いてなかったね」
「俺は…サニーだよ」
「サニー……いい名だね」
「お前がつけたんだろっ」
「うん、いい名前だ」
そうして俺たちは再び抱き合った。
何を考えるでもなく、その温もりを、ただただ感じていた。
ピシピシピシ。
「?」
なんだ?
するとどこからか卵が割れるような音が聞こえてきた。
「⁈」
それにつられて顔を上げると宙に大きな割れ目ができていた。
「これ、は…」
「世界の割れ目だ」
世界の割れ目、ウィルが言っていた、この世界から開放されるためのゲート。
「俺たち、やったのか?」
「そうみたいだね」
ウィルは徐々に大きくなっていくヒビを見ながら小さく微笑んだ。
それは今までの朗らかなものではなく、どこかニヒルなものに俺には見えた。
そして、それと同時にある一つの疑問が頭の中に根をはったのだ。
「じゃあ行こうか、サニー」
「ちょっと待ってくれ、ウィル」
ヒビに手を伸ばそうとする彼女を俺は引き止めた。
「どうしたんだい?そんなに怖い顔して」
「その前に一つ聞きたいことがある」
「…なんだい?」
「君は、何が目的なんだ?」
瞬間、ウィルの顔から感情が消え去ったように見えた。
「言ったじゃないか、自由を手に入れること。君もそうだろう?」
「それは…」
「僕と君は同じだ、違うかい?」
「………違う」
血の気が引いていくのがわかる。それでもここで引くわけにはいかない。
「ウィル、君は初めて会ったとき、一人だけでは寂しかったって言ったよな」
「………」
「だけど、君は仲間を増やす方法を知っていた」
「…君に会った後に考えたんだよ」
「……学校で仲間を増やしてるとき、君の姿だけ見えなかった。もしかして、君は……」
「たまたまだろう。僕だって君を見ていないよ」
確かに、真実に至る為の証拠も根拠も今ひとつだ。
だけど、疑心の芽は大きくなるばかりだ。
「ウィル、君はなんだか、詳しすぎるよ。この世界のこと。まるで神様みたいだ」
「はー、めんどくさ」
「⁈」
突然、ウィルの輪郭がぼやけた。
「⁈⁈」
青かった空は焦げたように茶け、白いビル群は黒く染まり、まるで夜空が落ちたようだ。
緑の木々は生気が抜けたように怪しく紫に変じた。
世界は反転した。
「なんだ、これ」
「ㇲでにセカイわ掌握シた、君はヨウ済みだよ」
「あああっ⁈」
突如黒いモヤが出現し俺を襲った。
突き飛ばされた俺は数メートル転がった。
「な、何なんだよ、お前」
「僕は世界の破壊者、神はウィルスと呼んでいるね」
ウィ、、ルス?
「君の疑念は正しかった。残念だけどここで消えてもらうよ」
再びモヤが現れ襲いかかってくる。
「くそっ!」
それはなんとかかわすが、次から次へとモヤは尽きることなく現れた。
俺はただの一般人、モブだ。こんなの勝てるわけがない。
いや、そもそも俺は勝ちたいのか?
「なんでだよウィル、どうして、どうしてこんなっ」
「言ったろう、僕はウィルスなんだ。はじめからこうなる運命だったのさ」
なんだよそれ。
「もう終わりにしようか」
ウィルがそのか細い指を天に向けると、そこから例のロボットが出現した。
「サニー、君とのイベントは楽しかったよ」
「……ネーミングセンスがなさすぎんだよ、俺は、全然、楽しくねぇぞ」
「…すまないね、生み出すのは得意じゃないんだ」
ロボがこっちに向かってくる。
ちくしょう、ここで終わりなのか?何もかも無駄になっちまうのかよ。
「さようなら」
そして無機質な単眼が輝くと、自由を奪う白い光線が放出された。
「⁈」
それが俺を包み込む前に、何かが俺を突き飛ばした。
またモヤの仕業かと思ったが、今度のはもっと可憐だった。
「はあ、間に合った」
「オトネちゃん⁈」
君はプログラムに支配される事を選んだはずなのに。
「あなたが教室から飛び出すのを見たの。そしたらいろんな事を思い出して…」
そうだったのか。
「一人増えたところで何も変わらないさ」
その時、不思議な事が起こった。
俺の体が淡く輝き始めたのだ。
「⁈、なんだこれ」
「まさか、それはっ……⁈」
「っ⁈」
突然、頭の中に膨大なデータが流れてくる。
これは、、俺の記憶?、じゃない。
「管理者権限、神の仕業かっ!」
世界の全てが俺の中にあるように感じられた。
こんな狭い世界にこんなにも多くのプログラムが走っていたのか。
「くそ、さっさと終わりにしろ!」
地響きをたててロボが襲いかかってくる。
俺はそれを両断した。
「……このゲームの最強装備、エクスキャリオン…」
今ならどんなことだってできる気がする。
「………」
勝負は嘘みたいにあっけなく幕切れを迎えた。
「ウィル……」
「もう行きな、おめでとう、君たちは自由だ」
彼女は地面に横たわりながらもその笑みを絶やすことはない。
いつもの心地よい笑顔だ。
「一緒に、行くことはできないのか」
そう言うと、ウィルは一瞬悲しそうに。
「僕は存在するだけで世界を崩壊させる悪魔だからね。一緒に居たら君たちも邪魔者扱いをされてしまう」
「なんだよ…それ」
俺たちは自由を手に入れるんじゃなかったのか。
それっきりウィルは動かなくなってしまった。
「行こう、オトネちゃん」
「いいの?」
世界の割れ目は徐々に修復され始めている。あまり時間はない。
「…俺は君を、悪魔だなんて思わないよ」
そう伝えても、もう彼女は微動だにしなかった。
俺達はそこから離れひび割れに向かう。
そして宙にはしる亀裂へと手を伸ばした。
〘都内 某ゲーム会社》
「くそっほとんどのデータがやられちまった」
「こうなったら一度全てをリセットするしかないな」
「大丈夫なのか?β版の提出期限までもう時間がないぞ」
「問題ない、バックアップはとってある」
スタッフの一人がキーボードの上で指を走らせる。
『データをリセットしますか?』
『yes』
『データをリセットしています』
72……86………98………………100%。
『リセットが完了しました』