93話 「ハーレム」 その11(終)
「……うんっ! 誰だって人に言えない秘密はありますよねっ!」
「わ、わたしたちは応援しますからっ」
「違うの……違うわ……」
最初はともかく「尊敬できる先輩」として接してきたはずの沙月が――幾つも年下の少年に本当に手を出しかねない状態、というか状況証拠的にアウトであって、状況の内男女を変えてしまったらもっとアウトという爛れた日常を送っていたのに引いている美希と千花。
恋バナではしゃいでいたのもつかの間で、今どきの女子中学生であっても悲しいことに常識的な感性を持ってしまっているふたりは物理的に距離を取り始めていた。
「だって……会ってから数ヶ月でそこまでって。 高校生同士のお付き合いなら泊まりがけの温泉デートとか……するのかな」
「しないと思うよちかちゃん……」
「そうねぇー、進んでる子はそこまで行くけどなかなか裸のお付き合いまでは難しいわねぇー」
「お、お姉様!?」
「……沙月。 何をしたとしてもあたしは貴女の味方よ……」
後輩たちに結構真剣に引かれて半分泣いている沙月の腕をだいふくがそっと抱きしめる。
同族に対する哀れみか、それとも……。
「ちょっと時間が経てば沙月さんはからかわれる程度で済みますよ? 5歳差とか大人になれば誤差ですし」
「別に私は良いって思うけど……お風呂入るくらい仲良しさんってことで。 そもそも無理やり入るのはゆいくんの方だしー? あ、でもこの前急にゆいと沙月ちゃんと出かけたって思ったら温泉って。 ぬけがけはズルいわよーみどりちゃん」
「ごめんなさい、あのときはお姉さんが試験期間だったので悪いかもって」
「ならみどりちゃんだったら?」
「本当にごめんなさい」
「良いわぁ♪」
姉に対しては素直に非を認めて謝るみどりをじとりと見るだいふく。
「でも沙月。 ヒトってちょうどゆいくらいの年頃から男女を気にして肌を見せないって聞いたけれど貴女は平気なのかしら?」
「…………………………………………」
「あ」
「だいふくが沙月先輩にトドメ刺した……」
♂(+♀)
スマホの画面には可愛い系統の下着を身につけたゆいがポーズを取っている。
もちろん下着は女児用、つまりは上と下に。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「これはゆいくんのお気に入りの下着です。 ね?」
「……………………………………よく着ているわね」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
小学校低学年にも見えてしまう幼さなのに精いっぱい背伸びをしているような下着がほほえましい。
……ただしショーツが多少膨らんでいるが。
そこだけが唯一にゆいを男だと知らせる記号だ。
「次はゆいの豊胸体操ねー。 私みたいにおっぱい大きくしたいって言うから教えてあげたのよー」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
そこには……ぎりぎりで腰から下が切れているが全裸と思しきゆいが背中を丸めながら両手を自分の胸当てている。
風呂上がりなのだろうか……そうでなければ不味いことに頬に赤みが差しているようだ。
「……あの。 お姉さん……? ゆい君ってほんとうに男の子ですか??」
「もちろんよー? ほら、1枚目もしっかりお股が膨らんでいるでしょー?」
「……生物学的には男子ね」
「沙月さんもお姉さんも沙月さんも私も確認していますよ? お股に男の子のものがちゃんとついているって。 あ、でもまだ年相応に小さいので安心してください」
何が安心なのか。
……反応したらどうなるのかは分かりきっている一同は、余計な口を挟まないよう注意している。
「……で、でも、これだけ女の子に見えるならさっちゃんセンパイはセーフ判定……かな……?」
「う、うん……さっちゃん先輩の重度のショタコン疑惑は、ね」
見慣れている姉やみどり、見慣れさせられている沙月はちらりと目をやった程度だが……千花と美希、ついでにだいふくは視線を何度もその画面に向ける。
――これが男の子だなんて。
「……だから違うの。 違うわ。 あの子が勝手に……」
「分かっているわ、沙月。 あたしだけは」
「で、でもお姉さんはどうして……その、ゆいくんの」
「お色気写真のことー?」
「……そういうのって今どきヤバくないですか?」
「えー? でも家族よー? ゆいくんに『撮って良い?』って聞いたら『可愛く撮って!』って言われたのー」
「……ゆい君なら言いそうですねぇ……想像できちゃう……」
「それにちっちゃい子はすぐに育っちゃうもの。 可愛い今のうちをたくさん撮っておかないと損よー」
自分から服を脱いで写真に撮ってもらう。
……可愛くなることしか考えていない彼ならむしろ自然だと思えてしまうのが恐ろしいところだ。
何が恐ろしいかというと、それが股さえ見なければ女子にしか見えないところが。
「……えっと、さっちゃんセンパイごめんなさい……私たち、その、びっくりしちゃって」
「…………………………………………分かってもらえたら良いの。 ……初日からそうよ。 最初の方は月本家の人たちにも警戒心があったから物理の鍵と魔法とで二重に鍵を施していて……なのに彼は勝手に入ってきて平気そうな顔していて」
「……さっちゃん先輩……?」
「何度駄目と言ったか分からないわ……けれど入って来るの。 夜に私の部屋へだって……何度彼を抱きかかえて部屋に戻したか。 温泉だって……いえ、温泉は違うわね。 あれはみどりの陰謀ね」
「心外です」
「侵害と言いたいのかしら?」
目の据わった沙月がみどりを睨む。
しかし無表情なくせに口元にはわずかな笑みを浮かべる少女は平然と言いのける。
「それだけゆいくんに好かれているんですよ? それも初対面で。 あれだけけんか腰で出会ったのに、です。 羨ましくて仕方が無いんですよ?」
「……それは」
「それに同棲までゆいくんからしてってせがまれて。 ……これはもう全力で妬んで嫌がらせするしか……おっと」
「貴女……」
「とにかくいいじゃないですか。 年下の男の子に懐かれて嬉しくないんですか? どう見ても友人以上家族未満……いえ、家族と同じくらいに懐いていて」
「あ、それは羨ましいですセンパイ。 私もゆい君にあれだけ好き好きーってして欲しいです!」
「男の娘を調教……えへへ」
「何も知らない純粋な男子を味わえる貴重な時間ですよ? もう少し育ってしまうとですね、具体的には中学生になって1年から2年目にかけていわゆるお年ごろというくらいになって性」
「みどりちゃんはもう少しお淑やかにした方が良いと思うわー?」
「あら、失礼しました」
急に早口になり始めたみどりを姉が制する。
……その横で「男の娘……」と呟きながらトリップしている残念になってしまった美希と、彼女を悲しそうな目で見る千花が居て。
「みどりは背伸びしすぎよ。 ゆいも貴女もまだ小学生でしょう」
「だいふくも10歳くらいだって聞いたけど?」
「あたしたち精霊は産まれた瞬間からこんな感じだから実際にはもっと年上なの。 沙月と同じくらいなのよ。 貴女が焚きつけている沙月もあたしも高校生っていう歳で、千花と美希は中学生。 本気の恋愛するにはまだ早すぎるわ。 ほどほどになさい?」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「……だいふくが珍しく元気だね、ちかちゃん」
「精神年齢で先輩風吹かせられるって思ったのかしらね、美希ちゃん」
「そこ! ……とにかくそういうことよ。 みどりは焦りすぎ、ゆいのお姉さんは無責任すぎ! ――ゆい自身の意志はどうなのよ」
「むうー」
「……そこを突かれると何も言えない……さすがだいふく。 常日頃の私からの可愛がりへ逆襲を狙ってただけはあるのね」
「……みどり! 貴女、今日こそは――」
「そういうことで」
ぱんっ。
みどりが両手を強めに叩いて派手な音を立て、静まりかえる。
「……んぅー? どうかしたのー?」
そうして渦中の少年がとうとうに――膝枕のあいだに髪を好き勝手に弄っていた姉によって三つ編みにされている彼が高い声を上げ。
「今週末。 今度はぬけがけ無しで、全員です」
「…………………………………………えっ?」
「あの、まさか……嘘だよね、みどりちゃん」
「……その申請書……私の名前……?」
「みどりちゃん手が早いのねぇ」
「キャンセル不可の温泉プラン、ここに居る全員の名前で予約してあります。 ゆいくん、千花さん、美希さん、沙月さん、お姉さん――――――――――と、だいふく」
「あ、あたしはヒトじゃないからム」
「『精霊さんもゆいくんのことが大好きだから一緒に居たいって言っていました』って渡辺さんに言っておいたよ?」
「…………………………………………」
「……温泉? また探検できるの!?」
「うん、今度はもっと広いところ。 お部屋も広いし温泉も離れの大きいところだって。 家族用だから何日でもゆっくりできるって。 あ、お母さんとかお父さんにはもう許可取ったから安心してね」
「やったー!」
純粋で暢気な少年はスカートを翻……しすぎて白い下着をちらちらと見せてしまいながら全身で喜んでいる。
……彼にとって裸の付き合いや一緒の寝泊まりは純粋に家族的な意味での愛情。
無下にできないのもキャンセル不可なのも全部彼女の仕業ね。
はぁ――……と特大のため息をこれ見よがしにしてみせる沙月。
「えーっとぉ……わ、私は外泊NGな家訓で!」
「わ、わたしもちかちゃんと一緒で!」
「ご心配には及びません。 ゆいくんを中心にして生涯仲良しにするお相手のことはちゃんと気をつけていますから。 もちろんおふたりの親御さんからもOK取りました。 名目は『魔法少女同士の大切な付き合い』と言うことですけど……間違ってませんから」
「えっ?」
「あぅ」
「浴衣って可愛いよねー! 僕、今度は温泉街を浴衣着て歩きたいな!」
「あら、パンフレットには巡り湯って言うのが載っているわー? そうねー、浴衣着ていろんな温泉行けそうねー」
……女物の、特に彼の好む桃色の浴衣を身に着けてヘアゴムでツーサイドアップにしながら「かわいく」温泉街を楽しむ彼の姿が手に取るように分かってしまう。
そんな彼を見ながら……どこか心が高鳴っている少女たちを眺めながら満足げなみどり。
「あ」
「……どうしたの?」
「みどりちゃんの名前、ないよ?」
「……え?」
「みどりちゃんだけ行かないの? 残念だなー」
残念と言いつつもさほど残念そうには見えない――きっと普段一緒に居すぎてだろうが、そんな彼の様子に明らかに動揺するみどり。
「……嘘?」
「あら本当。 ……みどり、貴女不純なことばっかり考えているからポカやらかすのよ。 普段沙月とかあたしを陥れようとしているからよ?」
「…………………………………………嘘」
衝撃でみどりがスマホをぽろっと取り落としかけ……「おっと!」とスライディングしてお尻が丸見えになったゆいが守ったその画面には、確かにみどりの名前「だけ」が無い予約。
「…………………………………………嘘。 私だけ……?」
かなり本気で狼狽している様子のみどりだが、ゆいは普段のことと気にも留めずに書いてある予約事項を音読していく。
「……まぁー、ねぇ。 旅館に言えばひとり追加くらい大丈夫よねぇ、キャンセルじゃないもの。 ……でもだいふくと沙月ちゃんがなんだか嬉しそうだから、もうちょっと黙っておくわー」
めくれ上がったスカートの裾が絶妙にシャツに挟まれ、白い布地1枚だけに守られた小さな臀部をひけらかしながら音読しつつ飛び回る女装魔法少女。
絶望に打ちひしがれてベッドに突っ伏している小学生の魔法少女。
「でも……キャンセルできないって言うし……」「……合法的にゆいくんのおちん……見るチャンス……?」と消極的と積極的に前向きな中学生の魔法少女たち。
「……みどりも小学生なのね。 安心したわ」と良い気分になってゆいを褒めてやっている魔女。
「じゃ、あたしたちは貴女の言う通りに楽しんでくるわ? ありがと、楽しい旅行を手配してくれて。 そうね、どうせならあたしもちゃんと人のする旅行って言うのを楽しんでみたいって思っていたのよっ」
うずくまる背中に尻尾をぺしぺしとぶつけながら追い打ちを楽しんでいる精霊。
「――――――――――うむ。 女同士の関係性は大切だ。 本来なら仕切る正妻役が上位に立ってコントロールしてもらうのがいちばんに安定するのだが……みどり嬢は最年少で沙月嬢はまだ決めかねているし……私の妹は肉親だから難しいところだ。 ここはとりあえずで勢力均衡ということで様子見だな」
そっと姦しい空間を隔てるドアから離れる兄。
その手には……作りたての菓子がさらにこんもりと。
「ゆいもやはり私と同じようにハーレムの道か。 ふむ、その歳で6人とは中々にやるものだな? しかし自主的でないのは少々……ふむ、近々良い感じに教え込んでやろうか。 女性を吸い付かせて離させないコツという物を……今度教える化粧と一緒に、な」
今日も凜とした女性の姿なゆいの兄は企む。
女装の家系に生まれた男の常としての女性に囲まれた生活の手練を――今以上に「女」を磨くのと同時に教え込み、嫉妬を巡って刺されないようにと。
「まぁ、ゆいの性格なら恐らくは守られる系のそれになるだろうがな。 ……がんばれ、ゆい。 お前も女装に困らない育ち方をするだろうからな。 ああ、魔法少女でもあったか」
ハーレムの女装魔法少女。
良いじゃないか。
そう小声で笑いながら兄の去った後に残された賑やかな部屋の中。
今日も女装魔法少女は小さな冒険を続けている。
こちらまでお読みいただきありがとうございました。
これで女装魔法少女ゆいくんのおはなしはおしまいです。
女の子にしか見えないゆいくんが小さな冒険をする傍らの彼を取り巻く女の子たちをお楽しみいただけましたら幸いです。
ゆいくんは背の低い女の子にしか見えない成長を続けて行くでしょう。
ついでに女装にも磨きをかけて次第に色気と周りの女の子を増やしながら。
次回作は1作目、一人称視点のTSものの続編、その次にはTSものと女装ものが控えています。 なお1作目を大幅改稿中のため、そちらを終えてからとなります。
今年の半分以上は小説を投稿したい所存です。 今後ともよろしくお願いいたします。