94話 「ハーレム」 その12
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「さっちゃんセンパイ……」
「やめて」
「沙月先輩」
「私を見ないで……お願いだから」
顔を覆って泣き声になっている沙月を少女たちが囲んでいる。
「いやぁ――……うん。 最初はキョーミ本意だったんです……ごめんなさい」
「謝らないで……」
「ふたりともどうしたのー? ほほえましいじゃない?」
「お姉さんの感覚と歳が離れてるとは言っても他人とじゃ違うんです……」
沙月の全ては知られてしまった。
いくら言っても聞いてくれないからとは言っても……ゆいの性格を考えたとはしても、やはり他人は他人で男女は男女。
そんな彼が勝手に入ってくるのを本気ではねつけなくなり、今では風呂に入ってこられても普通に談笑して――ときには洗ってやるだとか、頻繁にベッドに潜り込まれても抵抗感なく一緒に寝ていたり。
――みどりの謀略とは言え温泉旅館へ行ってトイレ以外は一緒だったり。
いくら女同士に見えようとある一点だけは明確に男なゆい。
その一点があるからこそ――「万が一」が想像されてしまう。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「違うの」
「……そうですよね。 ゆいくん小学生ですよね。 だからお家で一緒に暮らしてお風呂に入ったり一緒に寝たりする毎日でもなーんにも……ごめんなさいさっちゃん先輩」
「美希、違うの」
「わたし、どうしても。 どうしてもです、どう見てもゆいくんのこと意識しちゃってるさっちゃ――沙月さんがゆいくんと裸のお付き合いしてるって言うのは……そういうお話は大好物ですけど現実でやってるってなるとやっぱりその、犯罪って言うか」
「止めて美希、さっちゃんで良いの。 お願いだから先輩と言って」
だいふくが同類を見る視線を沙月へ放つ。
「そうよねぇ美希ちゃん。 ううん、おねショタって騒いだのは私たちですけど、やっぱりかなり…………………………………………」
「うん、かなり…………………………………………」
「かなり何よ! いっそのことはっきり言って頂戴!?」
「……高校生が小学生をってなんとか条例に引っかかるのかなぁちかちゃん」
「分からないわ……い、一応は同意の上って形だし、たぶんゆい君たちのお母さんもお父さんも良いよって言いそうだけど。 でも、かなり…………………………………………」
「うん、かなり…………………………………………」
その後の言葉を続けられない女子中学生たち。
「ゆいくんも罪な男の娘よねー?」
「……んうー?」
それを傍で楽しんでいる姉と、大きな声に少しだけまどろんでいる渦中の少年。
「この場で起こしてあげた方が良いのかしらー?」
「……やめてあげて。 いくら何でも沙月が可愛そうよ」
「だいふくちゃん優しいのねぇ」
「……………………………………」
千花と美希が手にしていたスマホの画面の「通報」という字が浮かんでいる画面が時間経過で消える。
その程度には沙月の責任が問われている。
高校生が小学生の異性を誘惑しているという責任が。
「リアルはリアル。 フィクションはフィクションなんですよ……? さっちゃ、沙月センパイ」
「だいじょうぶです。 私たち、プロの魔女さんで世界的にも名前が知られてるっていう沙月先輩が……ゆいくんっていう年端もいかない子供に沙月先輩の女性らしい体を見せつけているって知っても、決して。 決して……っ」
「……ううっ」
「沙月先輩……かわいそう……」
「貴女たち!? さっきからいい加減に……!」
そうして全ての注目が沙月に向けられている空間。
頼れる先輩だったはずの人が立派な性犯罪者に――すっぱ抜かれたらなってしまう状況に、本気で悩む少女たちを横目に。
「なるほどー♪ こうやって同じ方向向いてた3人をばらばらにするのねー? さすがねぇみどりちゃん」
「そろそろ頃合いですから。 こういうのはやっぱりゆいくんが自覚し始める前に既成事実にしておかないとですし」
珍しくいい笑顔を浮かべるみどりと談笑する姉、隅で「人間って怖い」とつぶやいているだいふくがいる。
「煽動って表現がぴったりねー?」
「あれだけ反応していればみなさん、実はお互いに憎からずってはっきり分かりますね。 これで心置きなくハーレムに取り込めます」
「……ちょっと! 話を、誤解を解くから聞いてっ!」
「沙月センパイ落ち着きましょう?」
「か、カウンセリングとか、今検索して」
「お願いだから距離を取らないで!!」
「大丈夫です。 ゆいくん、黙っていれば女の子にしか見えませんし、私たちがゆいくんを中心に『そういう関係』に見えても渡辺さんたちが隠してくれたらばれません」
「ゆいくんってば可愛いから多分ばれても問題ないわ? あ、けど、ばれるにしてもさすがに高校生くらいまでは隠し通したいわねぇ。 男の子って16からケッコンできるって言うしー?」
「あ……あたしが人間に馴染むために一生懸命覚えたのって間違っていたの……?」
とうとう人間という種族そのものに疑問を抱き始めるだいふく。
この状況の全ては女装が好きな余りに自分が男だという自覚が皆無な少年が自発的に動いてしまった結果なのだが――当の彼がそれをはっきりと理解できるのには、数年は待たなければならなさそうだった。